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「第八-初恋物語(後編)・狂いだす歯車-」

裾野の運命を狂わせる大神教官の恋愛観とは?

そして縛られていく裾野の精神……


※約9,100字です。

※誤字・脱字がございましたら、一旦心の目で透かして読んでみてください。

※ショタ、BL表現有りです。

1998年10月6日 深夜 火曜日(天気:雨)

片桐組 狼階 厨房

裾野(後鳥羽 龍)



 ついにこの日を迎えてしまった。

雨音がパタパタと響き、頬が紅潮してゆき高鳴る心音すら掻き消していく。

俺は震える手を誤魔化すように前に組み、頭の中から同期たちを追いやって、すっかり照明が消されて暗くなった食堂で、エプロンを付けている俺がよく見える席にドカッと大きく構えて座る1人の成人男性に笑顔を向けた。

「ではその、少しだけ待っていてください」

俺が俯いてもじもじしていると、大神教官は脚を揃えて姿勢を正して座り直し、「待ってるよ」と、絵に描いたような笑顔を向けてきた。

思い出すだけで、これが大人の余裕なのか、と憧憬の念を抱いていた自分を斬り殺したい衝動に駆られる。

そして料理を作り始めた俺は、”新入生喰らい”という大神教官の異名を思い出しつつも、光明寺さんに習った通りにチャーハンを丸く盛った。



 ここで前日の話をもっと詳しくしておこうか。

午後も槍術、体術訓練や道徳、殺し屋の心得、国語や英語等の勉強をした後、夕飯を食べる為にまた烏階の食堂に集まった時のこと。

向かい側に座る茂の手元には、珍しく資料も何も置かれていなかった。

そのうえ俺の隣に座るあことしは、日に焼けた頬をポリポリ掻きむしり、「まだ取れるのか~」と、欠伸はしているものの、突っ伏したり、他の同期と話をしたりしていない。

――今日は何かが違う。

俺の勘はアラート音のように警鐘をけたたましく鳴らしているが、俺はここに入る際に”三途の川”を渡って死んでいるのだ。逃げることもできやしない。

俺はそう覚悟を決めて深呼吸をし、全員分の皿を重ねて食堂のスタッフに返却をしてきた。

 遠目から見ると、それはまるで脱獄囚が罠に掛かるのを待ち続ける断罪人のようで、どうしても足が竦んだ。

するとあことしがバッと立ち上がり、俺の腕を引いて近くの柱の裏まで連れて行き、同期たちに背を向け俺の耳元までつま先立ちをすると、

「大神教官と付き合ったりしないよね?」

と、囁くように言い、涙をいっぱい溜めこんだ不安げな目で見上げてきた。

俺はこの時に嘘を付いてしまえばよかったのに、逃げられないという言葉の意味をはき違えて首を横に振ってしまった。

「……そっか」

あことしは諦めたように言い、100円玉を突然天井に向かって指で弾き、手の甲に落ちた瞬間左手でそれを隠した。

「じゃあ最後に……裏か表か賭けてよ。すそのんのんが勝ったら、ずっと味方でいる。負けたら、しげちゃんの言う通りに動く……けど、心の中では味方でいる!」

こんなに手が震えて唇もわなわなと自信さなげに動くあことしだが、それでも生粋のギャンブラーだ。もし発案者が、言う通りに動く主の茂だとしたら、烏階の頭のキレ具合は凄まじいものになる。そんな茂のことだ。万が一俺が山勘で当てたら、という場合も何か仕組んでいるのだろう。

だが俺は不意をつかれたせいか、裏か表かも全く見ていなかった。

完全にこれは……ギャンブルなら負ける筈のものだ。

なので俺は100円と書かれた字の方が好きなため、

「裏」

と、一言だけ呟いた。

するとあことしは、普段からギャンブルの時だけはポーカーフェイスを貫くのに、ちらちらこちらを気にする同期たちにも見えるように明らかに残念そうに顔を歪めたのだ。

それからそっと左手を退けたのだが、それはたしかに100の文字と平成3年の文字のある裏面で、賭けに偶然にも勝っていたのだ。

「……!! あことし?」

その行動に今度は俺が不安になる番で、何故嘘を付くのか、と目を見開いて彼を見下して言った。

それに対しあことしは、同期たちに見えない様にくるりと背を向けてにっこり笑うと、

「もしかしたらバレちゃうかもしれないけど、何でも教えてくれるすそのんのんの方が、何でも隠すしげちゃんより好きだもん。お礼、したかったんだ」

と、押し殺した声で言うと俺の肩をポンと叩き、そのままポーカーフェイスに戻って席に着いた。

俺もその後に続き、「賭けに負けたよ」と、一言だけポツリと置いてから座った。

「はい。それでは、遠慮なく貴方を追及させていただきますよ。まず明日の件です。貴方は本当に大神教官に告白を実行するのですね?」

茂は机の上ではなく、腕を膝の上に置き、軽蔑するような目で俺を見ている。

俺はやはり茂が断罪人のボスにしか見えなくなってきたため、頷くことしか出来なかった。

すると意外にもゆーひょんがここで口を挟んだ。

「私、先輩たちと仲が良いから、あなたの将来の彼氏について聞きまわってみたの。そしたらとんでもない噂しか耳に入ってこないじゃない! ゲイで10歳以下の子どもに興味があって、愛に飢えている新入生の童貞を狩って、全部食い散らかしたら捨てるって聞いたわよ。それでそこから着いた異名が――」

と、背筋をピンと伸ばし顎に手を添えたまま言おうとしたところで、茂が俺の目を真っすぐに見つめてこう言った。

「”新入生狩りの大神”ですよね? 見た目だけは美しいですから、その容姿にハマりこむ新入生も少なくないようでして、去年も4人が犠牲になっていました。それからこれは噂程度のお話ですが、何人か教官を引き連れて部屋で襲うとも聞きましたよ。それでも貴方は……付き合うのですか?」

茂もゆーひょんも、本気で心配しているからこそ聞きまわったり調べていたりしてくれたのだ。

だがこの時の2人の言い方がかなり強い口調だったためか、6,7歳という年齢が災いしてか、俺は明日の為に場を設けてくれる光明寺さんのことや、明日わざわざ時間を作ってくれる大神教官のことをまず考えてしまい、俺は自信満々に頷いてみせたのであった。

その態度にゆーひょん、あことし、茂はそれぞれに落胆の意を示した。


 だがあのナルシストを忘れてはいないだろうか?

まさかずっと鏡を見ていた訳ではないのだ。

一応佐藤が唯一の同所属階の同期なので、俺も他の同期に言われている間もチラチラ様子を伺っていた。

そんな佐藤は手鏡をカタと慎重に置くと、俺の半身に穴が開くほどじっとりと見て、

「ムキムキになれば、教官を御姫様抱っこするのも夢じゃないな……!」

と、何を思ったのか真剣な表情で、大根芝居のように変な感情の込め方をして言うと、また手鏡に視線を戻し、手汗で張り付いた前髪をまた弄り始めてしまった。

 当時の俺はこんな佐藤に安心してしまっていた。

いつもナルシストで、いつも自分中心な巨漢に。

こうして何があっても自分のことだけを考えて、他人への興味の向かなさに安定感すら感じる男に。

 やがてこの話は茂が佐藤のおかげで呆気に取られたおかげで、自然に流れていき、夕飯終わり恒例の全員で賭け無しポーカーが始まった。

全部で7回勝負をしたのだが、やはりあことしの独り勝ちで場はお開きとなった。



 さて、話を戻そうか。

それから俺は大神教官の前にチャーハンを差し出し、「胃袋を掴まれたと思ったら、付き合ってください」とだけ言い、隣に座って様子を見ることにした。

窓に目をやっても月の見えない夜では、外灯の照明の元雫の跡だけをだけを繰り返し映し出すだけであった。

 そうしたことを思い出している間に、ペロリと平げてしまい艶やかな笑みを浮かべる大神教官の右手が俺の唇をなぞった。

「……っ!」

俺は初めてのことにギョッと驚き、思わず指を払いながらのけぞってしまったが、彼はそのまま俺のことを抱きしめた。

「俺はすっかり裾野くんの虜だ……! こちらこそ、よろしく!」

そしてそのまま向かい合えるぐらいまで腕を離し、大神教官の顔が近づいてきた。

どうしてもその行為が、この前の”悪魔の目”のせいな気がして両手で顔を押さえて阻止すると、

「ごめんごめん。いきなりすぎたね。でもこうして抱き合うのも、唇をなぞるのも……料理を作ってくれたのも、”初めて”だよね。……俺、裾野くんの”初めて”の相手を全部俺にしたいな!」

と、大神教官は屈託のない笑顔で言い、また俺のことをぎゅうと抱きしめた。

大神教官の”初めて”が俺でなくていい。この人は俺の”初めて”を全て経験させてくれる。

”狩る”だなんて……言い方が悪すぎるではないか。

俺はそう思い、不安で溢れていた心の中にストンと重しを下した。

「じゃあ俺は大神教官に、”初めて”を全部あげますね」

俺は大神教官に、雨にも負けないくらいにパッと笑顔になり声を張った。

この一言が……すべての始まりだった。


――”初めて”の相手を全部俺にしたい。


――じゃあ俺は大神教官に、”初めて”を全部あげますね。


その一言が、たった数秒で紡がれたこの言葉が、


……俺を狂わせた。



 大神教官はそれから更に俺への依怙贔屓を加速させ、先輩たちと一緒に受ける訓練や授業でも俺ばかりを当て、俺ばかりを可愛がるようになった。


――それを……自分の”初めて”することだと言って。


 でも俺には、その時の俺にとっては……物凄く嬉しくて、毎日教員室に通っては世間話をしたり、膝の上に座って一緒に仕事をしていた。

そのときも、本当に心の底から喜んでいるかのような表情を浮かべて、

「これも”初めて”だね。俺も男の子を膝の上に乗せたのは、”初めて”だよ。お互いにまた増えたね! 大好きだよ、裾野くん!」

と、頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。

大神教官は俺と違って頭を撫でることは好きではないらしいが、俺にはよく撫でてくれた。”初めて”の相手だそうだ。

……今思えば、全部詐欺師の作られた運命であったのだ。

俺は良い様に騙され、食い散らかされるところだったのだ……。


 また数か月もすると、冷え込む寮と共に俺の誕生日を迎えた。

この頃になると、教官と相棒関係になるという異例のことをやってのけていた。

何せ7歳の誕生日までに相棒を決めなければならないから。

ちなみに、あことしとゆーひょんが組み、佐藤は自分が相棒と言い切り、茂は藤堂エースの元でまだ学びたいと主張し、選択を先延ばしにした。

 その報告を行った狼階での昼食の席でも、俺は何となく茂とうまくいかなくなり始めていた。

というのも、茂は教官と不適切な関係にあることにも反対だが、槍と刀の組み合わせは喧嘩しやすいとの統計が出ているから、というデータ脳の説教に、俺はうんざりしてしまっていたのだ。

 それも今でも親交があることと、もう少し考えれば、”新入生喰らいの大神”に全部を食い散らかされることへの懸念と、リーチの近い者同士が手柄を取り合って、気配りの得意な俺が譲り、押しが強い大神教官の給料だけが増えるのではないか、という心配から言ってくれていたのだと分かった筈なのに。

 所謂、すれ違いという心の交通事故のようなものだ。

だから俺は会えば小言を言う茂を極力避け、陰で好いてくれるあことしにノロけるなり、ゆーひょんの居ない時に部屋に行って一緒に考えたりしたものだった。

 そして誕生日の夕飯後には、全員から1つずつプレゼントを貰った。

あことしはポップな柄の日記帳、ゆーひょんは子どもがするようなダークブルーのアナログ型の腕時計、佐藤は色違いのダークレッドの手鏡、そして茂は俺の前に歩み寄り、無言でぶっきらぼうに小さな小包を手渡してきた。

「……裾野は、いつも……擦り切れた鉛筆を使っていますから。これで日記でも書けばいいじゃないですか。……何です? 要りませんか?」

茂のこの優しさに俺は、「不器用、だね」と、俯いて呟くように言いつつも受け取った。

それから耳まで赤くする茂のことを見上げて、

「ありがとう」

と、出来る限りの笑顔で言った。

 このことがあったおかげで、茂とはまた仲良くすることが出来た。

その筈なのに…………いや、これはまた話そう。


 そうしているうちに20時を過ぎたのでカーテンも閉められ、俺たちはそれぞれの寮へと戻って行った。

俺は入口で待っていた大神教官と。

あことしとゆーひょんは、誕生日の早いあことしの鷹階へ、佐藤は狼階、茂は烏階へと。


 俺たちは同期のこと、誕生日プレゼントの話をしながら歩き、大神教官の部屋へと戻った。

大神教官の部屋はホテルの部屋のようにベッドメイキングが常にされているのに、訓練生時代から使っているものから見てはいけないものまで物で溢れていて、正直言って足の踏み場が無い部屋だ。

なので天井の色がライトグリーンであることと、壁の色がライトシアンで模様が消えかかっていることくらいしか書けない。

 俺はお風呂に入ろう、と言う大神教官を尻目に、ダブルベッドの上に置かれたメモに手を伸ばしていた。

前もって準備されていたであろうその手紙には、こう書かれていた。


『7歳の誕生日は特別なことをしたい。

俺も”初めて”だから、出来るかわからない。

でも、裾野くんのために俺……頑張っちゃうよ! だって俺たちさ……2か月は付き合ったでしょう?

愛しているよ 大神より』


 俺は顔が赤くなるのを感じながら、近くに置いてあった透明な”ナニカ”に手を伸ばそうとしたのだが、その指は大神教官によって絡められてしまった。

「あっ! 絡めるのは”初めて”だ! 今度は片桐組の外に出て、手繋ごうね……。それも”初めて”……だからさ?」

それから見せるこのズルイ大人の表情だ。

作っていることにも気づかず、人形のように美しい際立った顔の奥に隠れた罪の臭いにも気づかず……俺はトロンとした笑顔で頷くのだ。


 あぁ……もう詳しくは書きたくないので書かないが、この後お風呂に一緒に入り、一般男性なら通報か抵抗するような行為をされ、それも”初めて”や、うっかりという言葉で丸め込まれ、いつ用意したのかは定かではないが、他人の臭いが残るバスローブを手渡された。

 その時に見えたチラリと見えた大人のモノが、どうしてあそこまで主張していたのか、当時の俺には理解できなかったが、こちらに関してはまた後で話す。

 その後、何も知らない俺がパタパタと大神教官が寝転がるベッドに向かって、物を跨ぎながらダイブすると、大神教官の手にはあの透明な”ナニカ”が握られていた。

「……ん? これはね、裾野くんの為の大事な大事な道具なんだよ。俺も”初めて”使うし、優しくしてあげるからね…………ほら、バスローブを脱いで? 俺に見せてよ……裾野くんの身体」

大神教官は口の端から唾液を垂らしながら、俺に馬乗りになり、何をするのか理解出来ないままに素肌を露にされた。

幾ら物が多いとはいえ、冬の空気に裸を晒して横になるのは寒い。

そのうえ、触られたところも無い場所を口の端に滴る唾液で指を濡らしてねっとりと撫でるその手つきと、

「”初めて”だね……? 気持ちいいだろう? 気持ちいいよね?」

と、唾液を俺の腹や足元、シーツに垂れ流しつつ、何度も何度も訊いてくる大神教官の歪んだ性欲の悪魔のような表情に、大声をあげることすら出来なかった俺は、同期の注意を聞かなかった後悔から、大粒の涙を朝日が昇るまで流し続けた。


 その時に俺は、喘がされつつも大神教官に問い続けていた。

「大神教官は、本当に俺じゃなきゃダメなんですか?」

と。

だがその問も性欲の獣を前にすれば、猛獣の吐く熱風のような吐息に儚く掻き消されてしまうだけであった。



 俺はその日を境に、大神教官から身体を求められるようになり、逃げようとすれば教官の剣で斬られ、噂通り何か月かに1回は他の教官らしき人たちも俺の身体を貪り食った。

それも何回か続けば、部屋から逃げることも諦め、泣くことも諦め、光の無い目で受け入れる俺が出来上がってしまった。

 そのせいか、俺の身体はいつの間にか剣の傷ばかりが増え、ろくに治療もしなかった為、個人訓練を見てもらっていたある日、制服に染み込んでいたことを……不幸にも光明寺さんに知られてしまったのだ。

「裾野くん……どうして?」

個人訓練後の薄暗いグラウンドで、僅かに肩を上下させる光明寺さんは俺と視線を合わせる為にしゃがんで、肩に手を置いて俺と向き合ってくれた。

 本当なら、どうして言わなかった? 相談してくれればよかったのに!

強く……そう言いたかったのだろう。

だが俺の死んだ目を見て、状況を察して言葉を飲んだのだろう。

「……」

俺は俯いて、こんなにも近くに居たエースに今まで言えなかったことを恥じて唇を噛んだ。

「……傷、見せてくれる?」

それでも光明寺さんは、心配そうに眉を下げて、俺と向き合おうとしてくれる。

でも俺は、誰かに脱がされるのが怖くて怖くて、顔を手で覆って座り込んでついこう口走ってしまっていた。

「そ、それ、それも……全部”初めて”ですか…………? ぬ、脱げば……喘げば、許して、斬ら、な、ない、で、……俺、を、許して……くれま、す、か? ユル、シテ…………もう、ヤメ、て……」

この時”初めて”、いや……初めて俺は、自分が大神教官に食い散らかされていたことに気付いたのだ。

身体も心も。全部。

そんな俺を見た光明寺さんは、恐怖に震える血の滲んだ身体を抱きしめて、ストレスで毛量の減った頭をぽんぽんと撫でたのだ。

「大丈夫だよ、すぐにお医者さんに診てもらうからね。裾野くん? お医者さんは良い人だから、ちゃんと治してくれるよ。そしたらまた訓練頑張ろう、ね?」

光明寺さんは子どもをあやすような心地よい声で言うと互いに自力で立ち上がり、差し出した俺の傷の目立つ手を後悔の表情を滲ませて見つめていた。


 その後も船を漕ぎながら、医務室の待合室で俺の診断を待ち、逆に医務当番だった烏階の藤堂エースによって、空いているベッドに運ばれてしまっていた。

その寝顔は安らかで、教官から俺を保護できたという安堵感に満ちていた。

藤堂エースはすぅすぅ寝息を立て始めた光明寺さんを見遣ると、背中の傷に消毒液を塗りながら、

「お節介って思ったことある~?」

と、欠伸混じりに訊いてきた。

背中をポンポンと少し大きめの白い綿棒で叩いている様子を横目で見ると、その肩には烏が数羽とまっていた。

俺は光明寺さんのことを言っていることまでは理解できたが、なぜ烏階のエースが気に掛けるのかだけが引っかかった。

「いえ。あの、藤堂エースはどうしてLunaさんのことを?」

俺が藤堂エースがポンポン叩き終わるのを止めてから、振り返ってその表情を確かめた。

だがその表情は俺の思っていたものとは違い、首をかしげて困っているようだった。

「……あ~言ってないんだ。俺とLunaは相棒関係で~す。よろしくね」

藤堂エースは肩にちょこんと乗る烏たちに羽を振らせて、自分は治療用具の撤収を始めた。

「こちらこそ、宜しくお願い致します」

俺が最敬礼をすると、藤堂エースは「昔のLunaみた~い」と、空笑いをした。

「ほら、なんちゃらくんも休んだ休んだ。あ~ベッド1つしかないんだった……今度買っとくから、Lunaと一緒に寝てて~……はーい、おやすみ~」

藤堂エースは俺の痛む背中をグイグイ押して、光明寺さんの隣に寝転がすと、見張りの烏を1羽だけ残し、本当に部屋へと戻ってしまったのだった。



 この出来事から約1年後の2000年4月。俺も8歳になり、適正試験により役員と片桐兄弟に実力を見込まれた俺は、当時の最強コンビであった光明寺さんと藤堂エースコンビのアシスタントを務めることになった。

アシスタントと一口に言っても、死体処理や依頼場所の下見、制服のメンテナンス等、仕事は多岐に渡るが、逆に殺人の心臓部分を担うことになるため、信頼関係も無ければ務まらない仕事だ。

俺はこれからこの仕事を数年間やることになる。

たしかに学ぶことが沢山あった上に、俺の殺し屋人生においても大事にしていることの1つを習得することになるのだが、今特筆すべき話ではない。


 それよりも大事な話がある。

情報屋集団の烏階所属の茂が、不器用なりに俺のことを心配し、大神教官のことを全て洗いざらい調べ、今の俺の置かれている状況まで教えてくれたのだ。

……二度言うが、不器用なりに、だ。


2000年4月下旬頃 夜(天気:くもり)

片桐組 狼階 食堂前廊下

裾野(後鳥羽 龍)



 そういうわけで、俺は茂に呼び出されていた。

「大事な話があります」という、ありきたりな呼び出し方で。

食堂は真っ暗で廊下も非常灯のみ点灯しているため、分かりやすいように俺は非常灯側の壁に寄り掛かって茂の到着を待ち、数分もすると彼がこちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。

相変わらずのカンバースのスニーカーだが、アシスタントの経験が生きたのか、俺には鳴らずとも振動で距離がわかる……ようになっていた。

やがて俺の目の前に来ると、茂は携帯の画面を俺に見せつけた。

その小さな画面には、そこには先輩たちとキスをしたり、身体を触り合う大神教官の姿が動画で映っていた。

その動画はものの数十秒であったが、こちらの存在には全く気付いていないようであった。

おそらく烏階のやることだ、どこかに烏でも忍ばせて撮影したのだろう。

「……貴方はこれを見てもまだ、あの人が好きですか?」

茂は本当に心配でこんなことまでしてくれた。

だが黄緑色の不気味な非常灯の灯りの下では、メガネが光ってしまいどうしても怒っているように見えてしまう。

だからつい弱腰になった俺は、茂から視線を逸らし、

「俺は……逃げたら斬られるから、好きでいないと駄目だ。ずっと……一緒に居ないと――」

と、語尾に行くにしたがって声量も小さくなっていった。

すると茂は今で言う壁ドンをかまし、

「貴方の……貴方の破廉恥な動画が撮られていたらどうするんですか? それを世界にばら撒かれたら? 浮気相手たちに見られたら? ……貴方は本当に考え無しなんですね!」

と、今までにない程の大声で叫び、その声は数十メートルもある廊下に響き渡った。

これでは見回りに見つかるのも時間の問題となるが、それよりも茂に怒鳴られたショックが大きく、俺は言葉を紡ぐ前に、唇をわなわなと動かすことくらいしか出来なかった。

 だいたい5分くらい経った頃、そうしているうちにお互い冷静になってきて、茂は壁から手を離して軽く払うと、

「……言いすぎました。ですが、大神教官は浮気性のショタコンです。……貴方が更に傷つく前にもう別れてしまいなさい」

と、諭すように言うと、茂はその場を後にしてしまった。

だが俺は最後の一言に、自分への使命を感じ取ってしまっていた。


「俺が傷つく前に別れたら、今度は違う人が犠牲になる。全部順番、順番……浮気も順番……順番……それ、俺が……止めないと。止めて皆を楽にしてあげないと……俺がや、やらないと。助けないと」

俺がそうブツブツ呟きながら、総長室に向かったという目撃情報が流れたのは、これより少し後の話になるな。


 ……というわけだ。

大分後に回した話があるが、こちらはおって話すことにする。



――初恋物語(後編)-使命-へ続く。

執事長の乞田です。

私はこのお話を知りませんでしたので、毎回毎回聞く度に龍様のことを知ることが出来ますので、

楽しみでもあり、狂気じみている部分もございますので少し怖いです。


次回投稿日についてですが、中途半端なので出してしまいたいという作者の希望により、明日投稿いたします!

明日は私乞田も久々に本編登場ですので、お楽しみに!



執事長 乞田光司

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