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「第七-初恋物語(中編)-」

人に弱みをうまく見せられる人は、本当にズルイです……。

狼階のエースの正体と、料理の特訓相手、そして菅野編のちょっとした描写と被る部分等、

仕掛けが沢山あるお話となっております!



※若干のBL注意(?)

※誤字・脱字がございましたら、一旦心の目で透かして読んでください^^;

※約6,000字です。

1998年4月12日 日曜日 夜(天気:晴れ)

片桐組 狼階 食堂

裾野(後鳥羽 龍)



 俺はぜえぜえと肩で息をしながら食堂へと駆け込んだ。

だがそこには、既に撤収も終わった真っ暗な空間が広がっているだけであった。

「はぁ…………はぁ……間に……合わな……かっ…………た……はぁ」

俺はワスレナグサが揺れる槍を担ぎ直し、引き返そうとした瞬間、誰かの引き締まった腹筋に頭をぶつけてしまった。

おそるおそる見上げてみても、夜中の為表情は伺えず、ギョロリと光る深紅の目だけが俺を射貫いていた。

だがその男の人以外にも、もう1人居るらしく、すぐにその人の隣で「おぉ……?」と、不思議そうに俺たちを見比べた。

「ごめんなさい」

俺が怖さもあってすぐに謝ると、聞き覚えのある声で、「その声は、裾野くんだね」と、囁くように言われた。

これは狼階のエースの声だ。

本当にこの人の声は、ここの組織の誰よりも安心する声をしている。

「エース、ですか?」

「そうだよ。あと、忍は謝って」

エースはやはり面倒見が良いので、1人1人としっかり向き合っている。

それだからか、ドSな忍さんの前であれ常識を翳し、皆で仲良くさせようとする。

俺は賛成でもあり反対でもあるが、少なくとも忍さんの前で常識を翳すのは、聊か無駄な気もする。

「ふっ……」

忍さんは今の俺には予想通りの行動をとった訳だが、当時の俺にとっては、エースの言う事を聞かないのは悪い人なので、正直苦手でもあった。

なので俺はつい、

「エースの言う事を聞かないのは、悪い人ですよ!」

と、かなり年上の忍さんにキツく当たってしまっていた。

それに対しエースは、「そうだそうだー!」と、半分冗談で笑い飛ばしながら言うが、当の忍さんは無表情のまま鞭で俺の脛を叩いて転ばせると、

「下僕の分際で俺に意見するな」

と、ドスのきいた低い声で吐き捨て、その場を後にしてしまった。

「……いたた……」

俺は利き足の脛を思い切り叩かれた為、しばらく立ち上がれなかったが、それでもエースは黙って立ち上がるのを待ってくれた。

そして俺が立ち上がるのを見届けると、エースは「なんか話したくなっちゃったから、ちょっと座って」と、食堂の椅子を2つ引いてくれた。

俺がすぐにお礼を言うと、エースは口の端を少しだけ上げ、

「うん、あのね、裾野くん。この世界ではね……相棒と情報屋以外は、誰も助けてくれないと思った方がいいよ。今俺がやっているエースだって、前の人が居たけど殺して奪い取ったんだ。だからきっと、俺も誰かに奪われて、裾野くんに見えない所に行っちゃうんだよ。そんな世界で助け合いなんて、ありえないんだ、絶対に」

と、その声を掴もうとしたら泡沫のように儚く消えそうで、表情も悲愴感に溢れていた。

それからエースは、膝を抱えて座り直し、テーブルの一点を見つめては何度も瞬きを繰り返していた。

「俺は……ずっと、ここに来るまで支えてくれた人が居ました。だから、上手く言えないんですけど……エースだって、そういう人が――」

俺がエースを励まそうと肩に手を置くと、エースは目を閉じて首をゆっくりと横に振った。

「皆、居なくなっちゃったんだ。えっとね、裾野くんだけに本当の名字を言うけど、俺は光明寺家の次男なんだ。裾野くんだって知っているでしょう? ……あの歴史のこと」

エースは現在殉職してしまっているから名前を伏せていたが、俺としたことが、ここで名前を言うことをすっかり忘れていたようだ。

ちなみにコードネームはLuna。本名は光明寺優太。

この頃は勿論光明寺云々の話は聞かされていないから、首をかしげつつも頷いただけであったが、騅もその友人の光明寺誠(こうみょうじ せいや)が話していた通り、光明寺には暗黒の歴史がある。

 ここで後悔しているのは、俺がそうやって曖昧に頷いたのが全部知っていると受け取られてしまい、エースがため息をつきながら、抱えた膝の中に顔を埋めてしまったことだ。

おそらく俺は、彼を思い切り傷つけたのだろう。

だが当時は全く気が付かなくて、この人は超人なのかと思っていたのだ。

「……そうだよね。だから俺は逃げたくてこの世界に入ったんだ。だからね……家族も家政婦さんも助けてくれる訳がなくってね、遺体は片桐組で燃やしてって言われているんだ。…………あ、あれ? 裾野くん?」

エース改め光明寺さんは、俺が知らず知らずの内に涙を流していることに気が付いたらしく、眉間をじっと見ながら、指で涙を掬ってくれた。

「…………ひっ……うぅ……」

俺は溢れてくる涙を何度も何度も腕でゴシゴシと拭っていたが、その両腕を優しく包むように掴んで心からの笑顔を向けた光明寺さんは、頭をぽんぽんと撫でてこう言った。

「でもね、この話をしたのが裾野くんで良かったよ。だって一緒に泣いてくれて、一緒に賢く戦ってくれる大事な狼階のメンバーだもの! だから俺ね……もう少しだけ、あと数年で良いから、裾野くんと戦いたいな。そしたら……いつか」

と、月明かりが差すような微笑を洩らしながら話し、そこで一旦言葉を区切って、ふっと息をつくと、

「ここまで来て」

と、紙のように顔をクシャクシャにして、目尻に溜まっていた涙を零しながら笑った。

 当時の俺は悲しいことにその言葉の真意が分からず、何も返事が出来なかった。

頷きもせず、ただその覚悟を決めたエースの笑顔に、俯いてしまったのだ。

するとエースは徐に立ち上がり、椅子の背もたれに誰かが掛けていった忘れ物のエプロンを手に取った。

それは黒のシンプルなデザインのエプロンだった。

「お腹空かない? 良かったら、何か作るよ!」

光明寺さんは先程とは打って変わって笑顔を満開にし、料理を作るジェスチャーをした。

「俺、その……」

俺が大神教官にゾッコンなことは、烏階所属の同期である茂曰く、狼階全体に知れ渡っているらしい。

だから光明寺さんには何も説明無しに言ってもいいだろう。

そう思って切り出してみたのだ。

「ん? どうしたのかな?」

思い出しながら感じるのだが、光明寺さんも相当優しいお方だったな。

なんせ菅野なら「はよしろや!」と、でも言い出しそうなくらいモジモジしていたから。

「大神教官の……胃袋が……」

俺が座りながらモジモジして話すものだから、光明寺さんは何を思ったのか、「え、えぇ!?」と、急にオーバーリアクションを取ったのだ。

それに対し、俺が少し申し訳なさそうにしていると、

「胃袋!? か、変わったご趣味を……って、冗談冗談! それならね、いたって簡単なチャーハンの作り方を教えてあげるね!」

と、いつも通りの安心させてくれる声で言い、俺を厨房へと招いてくれた。



 厨房は先程の真っ暗な食堂と比べて照明も多く、あまりの明るさに明順応しきれず、目がチカチカしてしまっていたが、今は下準備も終え、何とか中華鍋を振るっているところだ。

「そうそう! いい感じだね! はぁ……この際話しちゃうけど、光明寺家ってアレルギー一家だから、チャーハンに卵なんか使えないんだよね」

と、面倒臭そうに言うと光明寺さんは続けて「俺がその卵なんだけどね」と、苦笑を浮かべ、俺にまた手順を教えてくれた。

「卵……アレルギー?」

俺が言われた通りの御飯やら具やらを投入しながら訊くと、

「そうそう! 本当に不便でね……でももし好きな人がアレルギーだったらって考えて作ると、食べるのは自分なのに気合が入っちゃうんだよね」

と、また笑顔の中に苦い色を混ぜたような顔をした。

 でも本当は家族に食べて欲しいのかな?

当時の俺はそう思ったが、どうしても先程のことがつっかえてしまい、結局俺も乾いた笑顔を向けることしか出来なかった。


「……っ!!」

やがて丸く盛り付ける段階になり、ふと厨房から食堂を見遣ると、そこには歪んだ笑顔を浮かべる忍さんがぼんやりと見えた。

そして次の瞬間、その唇が「ありがとよ」と、動き、またぼうっと消えたこの光景は今でも忘れられない。

全部、全部聞いていたのか……!!

早く光明寺さんに言わないと、と焦る脳みそと、盛り付けをやらなければ、と震える腕。

だが光明寺さんは全く気付いていない様で、照れ笑いを浮かべながら俺に蓮華を渡してくれた。

それから俺がぼうっとしているのに気づいて、肩を揺すってきたのだ。

「……裾野くん?」

俺は本当に心配してくれている光明寺さんの腕が、なぜだが忍さんの腕に見えてきて、恐ろしさのあまりに側に立てかけてあったバルチザンを巻き込んで、滑り込むように尻餅をついてしまった。

「あ……ああ……」

俺はその場で四肢をジタバタと必死に動かし忍さんの影から逃げようとし、目の前が段々薄暗くなっていき、コントラストも狂い、目の前がぐるぐると回り始めて来た頃、

「怖かったね。もう大丈夫だよ」

と、言う大神教官にも似た声が聞こえ、安心感からどっと疲れが出てしまった俺は、チャーハンが冷めてしまうくらいまで、光明寺さんの腕に抱かれていた。

だがここから何日も何日も日が経って、忍さんがあの時聞いていたことを言った頃には――

――意外なことを言われたものだった。

まぁこれは大分先の話だ。


 このことがきっかけで、俺はほぼ毎日こっそりベッドを抜け出しては、光明寺さんと料理特訓に励んでいた。

なので2人で見回りの教官に怒られ、それでも2人でどんどん腕を上達させていった。

やがて数か月の特訓の末、ついに大神教官に告白する為の料理も納得がゆくまで特訓できたので、それをすぐに光明寺さんに報告すると、何と数日後にその場を取り持ってくれることになったのだ。

 だがその背景には、俺と一緒にベッドを出ていることから勘違いをされ、根も葉もない噂まで流れる始末だったこともあり、耳に入るとすぐに集合をかけ、全員の質問に耳を傾け、見事に誤解を解いて見せたのであった……。

 そして大神教官への告白を翌日に迎えた昼休み。

烏階の食堂に集まった同期組は、盛夏だというのに窓側に陣取り、席順もいつも通り俺の向かい側に茂、その隣に佐藤、俺の左隣にあことし、ゆーひょんが座った。

こちらの食堂は、学生食堂のように長いテーブルに椅子が適当に並べられているような場所で、簡素な雰囲気があった。

それから狼階と違って、情報漏洩を防ぐ為かどこにも窓が無い為、常に人工的な電気の元、昼休みであるにも関わらず、烏階の隊員たちは資料や携帯に目を通していた。

「……烏階ってさぁ~……怖いね」

鷹階所属のあことしは、何十枚という分厚い資料を前に真剣に目を通す烏階所属の茂に向かって話しかけているが、当の本人は相当読み込んでいるのか、全くの無視な上に先程から難しい表情をしている。

「今は茂に話しかけない方が良さそうだな」

と、俺があことしに向かって言うと、あことしは「え~!?」と、あからさまに嫌そうな顔をし、ぐで~んと半身をテーブルに投げ出し、顔だけをこちらに向けて言い、

「なぁなぁ、すそのんの~ん。つまんないから、ギャンブルしようよ~!」

と、指でお金マークを作って、にんまりと笑う姿、やはり一流のギャンブラーの顔だ。

現金が友達だ、と豪語しているあことしのことだ。

ここでノれば、間違いなくコテンパンにされる。

……これは数日前にノッてしまったが為に、1,000円を失った俺からのアドバイスだ。

なので、「俺はいいや……」と、苦笑いを浮かべながら胸の前で手を振った。


 すると突然茂がバッと資料から顔を上げて、

「そう言えばあなた、やけに狼階の大神教官と仲が良いですね」

と、眉間に皺が寄り過ぎて痕がついてしまっている厳つい顔を向けて、矢のように鋭い声で言った。

たしかに狼階全員がこの事実を知っているのならば、烏階の下っ端はもっと前から知っていてもおかしくはない。

だから俺は観念して頷くことにしたのだが、茂は何と唇を噛みしめてテーブルを両手でドンと叩いたのだ。


「早く別れなさい、裾野聖!!」

いつも冷静な茂が大声をあげて立ち上がったことで、流石に資料や携帯に集中していた烏階の隊員たちの目線もこちらへと向いてしまった。

「いっ……え……」

突き刺さるイタイ視線と茂の威圧的すぎる目線に、俺は言葉を失ってしまった。

そのうえ、この一件には沈黙を貫いていたゆーひょんも、「それはそうとね」と、口を開いた。

「象階では、成績を上げる為に身体を売る生徒が続出しているそうよ。もしかして、あなたもそうなのかしら?」

ゆーひょんは、完全に寝落ちしているあことし越しに俺を睨み、顎に手を当てて話しかけてきた。

「……」

俺はその問いに、何も言い返せなかった。

別にそういう気持ちは無いし、むしろ純粋に大神教官が好きで努力を重ねて、武器の鍛錬も重ねてきたのだ。

それなのに、よりによって同期に疑われるだなんて何なのだ?

俺の頭の中はそのことばかりがぐるぐる回り、ついにはあことしと同じように突っ伏してしまった。

――あぁ、このまま眠ってしまいたい。


 俺が烏階に嫌われるのも時間の問題か、と諦めかけていたその時、烏階の隊員たちを掻き分けて足音を聞く限り茂の元にやってきた誰かは、「エースインフォーマーって、どこに居るのかな?」と、ほんわりとした声で言った。

――もしかして、この声は光明寺さん!?

俺はそう思い即座に顔を上げると、そこに居たのはあの優しい光明寺さんだった。

やはり茂の真横に立ち、俺のことも時折チラチラ見てくれている。

「あなたはLunaエースですね? エースインフォーマーなら、昼休みはいつもお部屋で休まれています」

茂は事務的にそう告げると、何も無かったかのように座り、他の烏階の隊員たちも資料に目を落とし始めた。

それから光明寺さんも俺に微笑みかけると、その場を後にしてしまった。

だが俺はすぐにでもお礼が言いたくて席を立ち、コードネームで呼び止めた。

「ん? どうしたのかな?」

光明寺さんはエースインフォーマー室に急ぎの用らしく、何だかいつもより歩幅が大きい。

「……大神教官のことをお聞きしたくて」

俺はどうしても話題が話題で俯きがちになってしまい、身長差もあってか、すぐに置いていかれそうになる。

「あぁ……うん。あの人はね、お気に入りの生徒にはとことん……その……愛を注いじゃうんだよね。だから俺からも言うけど、付き合ってからもし何かあったら、俺も頼っていいんだよ? あのね、あの人って……すぐ縛っちゃうから」

光明寺さんは、言いにくそうに目を逸らしたりしながら歩を早め、急に止めるとその目の前がまさにエースインフォーマー室であった。

なので最後に引っかかったことを訊こうと思ったのだが、

「ありがとうございます。あの、縛っちゃうって――」

「いいよ。じゃあ、また午後で会おうね。お昼休みはしっかり休むんだよ」

光明寺さんは、意味深な笑顔を浮かべながらエースインフォーマー室へと消えて行った。


 俺はまだ知らなかった。

この時俺の真後ろに、その人物が居ることに――


「裾野くん。明日、楽しみにしているから、ね?」


――後編へ続く。

こんばんは。

日付を跨ぎましたね、執事長の乞田です。


今回のお話は、狼階のエース・光明寺優太様の大人の余裕というものを見せつけられたような気がいたします。

私の知らなかったお話なので、少し嫉妬していまいます。

それと忍様の存在、同期たちのうち誰と仲が良くて、誰とソリが合わないか、いよいよ分かってきた頃ではないでしょうか?

この関係はのちのお話にも繋がってきますので、是非人間関係にも注目してお読みくださいませ。


次回の投稿日ですが、何も無ければ通例通り、2月4日(土)となります。

あぁ……ついに来てしまうのですね…………あの日が。


執事長 乞田光司

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