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「第二-”24日組”と”25日組”、そして幼馴染との出会い-」

5歳の裾野に矢継ぎ早に明かされていく、後鳥羽家の真実。

今回は、”24日組”と”25日組”の埋められない溝。

そして……そうさせない為の乞田の秘策!



※もし誤字、脱字がありましたら、一旦心の目で透視してください。

※約10,000字程度です。

※良いお年をお過ごしください♪

2014年12月29日午後(天気:雨)

後鳥羽家 2階自室

裾野(後鳥羽 龍)



 紫煙がため息と共に空へと消えていく。

あぁ、タバコを吸い始めてもう1年が経とうとしているのか……。

菅野が吸わせろと煩いから、なかなか藍竜組で吸えないのが最近の悩みではあるが、そう言えば……ハンバーグが食べたいと言っていたか。

今日の話が終わったら、特製ハンバーグを作ってやるとしよう。

 俺が吸い終えたタバコを携帯灰皿に押し付け、幼少期のように窓を全開にし、そこから足を出していると、勉強机の椅子に座っていた5歳上で親友の颯雅(そうが)が、強い口調で俺の名を呼んだ。

「ん?」

俺が首だけで振り返ると、颯雅は頬杖をつき眉間に皺を寄せつつも、横目で俺のことを見守っていた。

颯雅とは”うなぎ”と呼んでいるけーちゃんと同じ頃に知り合った、所謂幼馴染みである。

見た目がオレンジ色の髪な上に、黙っている時が無愛想で威圧的な為、なかなか人を寄せ付けにくいが、話してみれば優しさと純粋さで溢れている男だ。

「危ねえから降りろ」

そう言って目を逸らす颯雅の、年下を気遣いながらもぶっきらぼうに言うところ、俺がもし透理兄さんなら、執拗にイジっていそうだな。

まぁ俺はあの人とは違うから、素直に足を引っ込め窓を閉めた。

「颯雅にまだ話していないこと、あったよな」

俺は勉強机の上で脚を出して座り、颯雅を見下してみる。

けーちゃんにはもう話したが、菅野よりも先に話しておきたかった。

今までかなり世話になっているし、な。

その上、颯雅とはかなり長い付き合いになる。

「それ、慶介は知ってるのか?」

「あぁ」

俺が短く返事をすると、颯雅は「なら話してくれ」と、言いながら目を伏せた。

颯雅はいつも人の事を先に気にする。

そこは俺にもある要素ではあるが、この人程ではない。

それにいつでも、けーちゃんとは呼ばずに下の名前で呼んでいる。

勿論それは、俺のことも。

 それから俺が話そうと口を開くと、颯雅は「ちょっと待て」と、口を挟み、

「……龍。お前は俺にとって、今までもこれからもずっと、必要な人間だ」

と、急に意味深な発言をしてきた上に、真剣な眼差しで俺を射るので、俺はどうしたら良いかわからず、視線をぐるっと泳がせた。

「その反応は……やっぱり最近特に自分の生命を軽んじていないか?」

なるほど。お前が訊きたいのは、そういうことか。

俺は目を伏せ、黙ったまま口の端を上げて返事の代わりをすると、

「今のお前は昔の(あいつ)にそっくりだ。……言っとくけどな、残された方はすげー辛えんだよ。だから俺、いや俺たち皆のために生きてくれ。龍が危ない時は、生命を懸けてでも俺が守ってやるからよ」

颯雅はそう言い終えると、俺の表情を伺ってきた。

一応確認しておくが、淳は菅野の彼女である龍勢淳(たつせ じゅん)のことである。

 俺は今どんな顔をしているんだ、颯雅?

なぁ、お前の目にはどう映っているんだ?

菅野の目前で死ぬことになっても、乞田や橋本の思いに応えられなくとも、弓削子や空に知らせずに失踪することになろうとも、眉1つ動かさずに受け入れられると思い込んでいる、このどうしようもなく欲しがりで自分勝手な後鳥羽龍は。

「……なーんてな。まぁ守ってもらうのは、もうお腹いっぱいだ」

俺は意味もなくフフッと微笑みお腹をポンと叩くと、颯雅は椅子から立ち上がって、俺の胸ぐらを掴みそうになったので、ひょいと仰け反って避けた。

「バーカ、俺も龍も、他の人たちだって居るんだ。もっと周りを頼れよ」

颯雅はわしゃと俺の前髪を撫でると、席にストンとついた。

あぁ……道理でどんな状況下で俺に撫でられても、短気な菅野が避けない訳だ。

これはそこまで悪くない、かもしれない。


 話が逸れてしまったが、5歳から6歳になるまでのこの1年は、この2人と出会った大事な年でもある。



1998年1月1日 元旦 (天気:曇りのち晴れ)

後鳥羽家 2F自室

裾野(後鳥羽 龍)



 後鳥羽家の庭は高木が無い為、非常に見晴らしが良い。

だがこの年の朝は曇り。ずっと見ていても目が痛くならないような朝日を拝むことは出来なかった。

俺は残念そうに勉強机から飛び降りると、橋本と乞田以外の3人は、「危のうございます!」「万が一お怪我でもされたら……!」等と、ぴよぴよ鳴いているが、あの2人は仲良く隣に並んでじっと俺のことを見下していた。

そして俺が2人のことを見上げると、乞田が「あ、そうでした」と、口走り、その隙を逃さず橋本が先に、

「あけましておめでとうございます。」

と、片膝をついて頭を下げ、挨拶をしてしまっていた。

俺はとりあえず、「あけまして……おめでとう」と、口ごもって返した。

すると乞田は、

「あ! 執事長乞田の仕事をよくも! もう減給処分にしますよ、橋本!」

と、地団太を踏みながらも乞田も同じように挨拶をした。

「へぇ~、執事長も権力を翳すようになったんですか」

橋本はそう言いつつも、乞田よりも1、2歩下がったところで立ち上がった。

先に立ち上がっていた乞田は、ふんと鼻を鳴らしはしたものの、下手クソなウィンクを橋本にやっていた。

それから乞田は俺に袴を着せながら、こう耳打ちした。

「龍様にお伝えしなければならないことがありますので、新年の御挨拶が終わりましたら……この部屋に乞田と2人だけで戻りましょう」

そのときの乞田の表情はどことなく暗く、新年を迎えたのに曇る空のようだった。

それに橋本は眉を潜めたが、乞田が何か指でサインを送ると小刻みに頷き、他の3人にも同じことをしていた。

 俺の袴はサイズこそ成長しているが、今でも同じ柄のものを着ている。

それは深緋色の家紋柄の羽織に、黒の長襦袢、紺の長着に馬乗り袴、黒の帯、羽織と同じ色の下駄というもの。

俺のイメージカラーから父上様が直々に選んでくださったようだが、深緋色の下駄は当時から今でも珍しく、藍竜組の成人式ではかなり目立った記憶がある。


 そしていよいよ新年の御挨拶。

梨園のように堅苦しいそれは、殺人界のマスコミにも人気で毎年取材されている。

まず3Fに全体を使った大ホールがあるのだが、そこは和を意識した果てしなく広い70帖の畳の部屋で、しかもぶち抜きだ。一応左右に廊下があり、左側の廊下は後鳥羽家の裏庭を一望できるし、右側は中庭を見ることが出来る。

1人で酒を楽しみたい方や、気が置けないメンバーで呑む時は良いだろう。

 ここに1番驚くやもしれないが、全くと言って良い程装飾がなされておらず、本当に畳と和の壁、廊下を隔てるものと窓前の障子、入り口の襖、それと段の高い階段を3段上がったところにある檜製のステージ、そしてステージの壁に掲げられている家紋が大きく力強く描かれた布と日本の国旗の布だけなのだ。

本当に……それだけしか目立った装飾はなされていない。

 話が逸れたがそこで行われる大規模な新年の挨拶とは、家族が1列に正座して並び、1人1人が抱負を語るのだが、古典の授業でしか使わないような言葉遣いに、抱負よりも長い前置きの堅苦しい父上様の挨拶。

このせいで毎年マスコミの中で、居眠りがどうしても出てしまうが、父上様も本妻様も諦めていらっしゃる。


 こんな新年の挨拶の話なぞ、語るに値しない。

俺は毎年本当にやりたいことを語って座るのだが、この年はたしか…………「挑戦がしてみたい」と、言っていただろうか?

もしかしたら次の年だったかもしれないが、過去の映像を見たくもないから察してほしい。

 そのとき、父上様がマスコミのカメラの前では無く、俺を廊下に呼び出してまで語ったことは、今でも”憤怒”の対象として、忘れはしない。

5歳の俺の手を引き、大ホールの左廊下にそっと出すと、

「お前なら、後鳥羽家を継がせて良さそうだな」

と、薄い顎ヒゲを擦りながら言われ、俺はパッと笑顔になった。

「いいのですか?」

「あぁもちろんだ。でもお前のお兄さんたちが先だから、順番は守りなさい」

あの時の父上様の顔は、明らかに当主候補に向けた笑顔であった筈。

「はい」

「それから、ピアノはどうかね? 他にも楽器をやっているそうだが……」

父上様は何でもお見通し。乞田が話しているのか、全て父上様に良い情報として伝わっているようだ。

「はい! ピアノもサックスも、ヴァイオリンも楽しいです」

乞田に教わっているピアノ、橋本から教わっているサックス、そして他の3人から叩き込まれているヴァイオリン。俺はどうやら音楽の才能があるらしく、幼少期からどの兄弟よりも上手に演奏していた、らしい。

だが父上様はその時だけ、本当に一瞬だけ、心の中で舌打ちをしているような気がした。


 俺は一通り新年の挨拶を兄弟たちと交わすと、すぐに廊下に出て人の目を気にしつつ乞田を呼んだ。

「お待ちしておりました」

乞田は障子に寄り掛かっていたが、俺にそう言う時だけは片膝をついて右手を左胸に当てていた。

俺は黙って乞田を見下し、何度か瞬きをすると乞田はそれを合図に立ち上がった。

それから俺の手を引き、隠密に俺の部屋に戻った。

――当時の俺はそう思っていた。

だが本当はその様子を……一番見られたくない透理兄さんと1番目の派手な愛人に見られていた。

だからこそ、あの愛人は…………俺に目をつけたのだろう。

その隠密な抜け出しが”弱み”と信じ込んで。


 そうして何も知らない俺らが部屋に戻ろうとしたところで、愛人に引き止められた。

「あらやだ。2人でイイコトでもするつもり?」

この人はいつも大胆な恰好をしていて、今日も新年の挨拶だというのに胸元と背中のざっくり開いたショッキングピンクのドレスを着ていた。

「……」

俺が黙って乞田を見上げると、乞田は心底困惑した表情を浮かべていた。

知っている。

乞田はこの人のことが苦手で、逆らえないことも。

「じゃあ、この子のこと――」

そう愛人が言いかけると、廊下の死角からひょこっと、透理兄さんが真っ赤な羽織袴を揺らしながら近づいて来た。

「嫌だなぁ、お母様。”嫉妬”しちゃうから、ボクと遊んでよ」

そう含み笑顔で言って。

俺に借りを作りたいことくらいわかっていた。

だがこの時は、5歳の俺には……何もわからなかった。

それにこの2人は、血の繋がっている所謂本当の親子。

偶然その場に居合わせれば、すぐにでも口裏合わせくらい出来たのだろう。

「あら、トーリィ!」

それから愛人はわざとらしく高い声で愛称を呼び、豊満な胸に抱きとめた。その後すぐに兄さんを下し、俺の目線までしゃがむと、

「ごめんなさいね、龍ちゃん。今度お姉さんが、すっごく、すっごくイイコトして、可愛がってあげるからね」

と、小声で言うと、わしゃわしゃと俺の頭を撫でまわした。

その時の兄さんの表情は”嫉妬”そのもので、ただでさえ赤い眼がギラギラと輝いていた。

一方兄さんの執事長はと言うと、面倒そうに彼のことを見下しているだけだった。

他の執事たちも、うっとおしそうな目線を送り、乞田や橋本のように遊んでくれているとは……到底思えない態度であった。

 やがて2人が去ると、乞田は倒れこむように部屋に入っていった。

こんなことは初めてだった。

主人よりも先に執事が、ましてや主人の部屋に入るだなんてことが……。


 乞田は一気にやつれた表情になり、勉強机の椅子に座った俺の側に片膝をついて座り、「ご無礼、よろしいでしょうか?」と、訊いてきた。

今なら愚痴を言いたいであるとか、所謂面倒事への解決の為、弁解の許しだとわかるのだが、5歳の俺だ。無礼だなんていつも通りだと考えていた。

だからこそ、

「いつも言ってる」

と、無表情で言ったのだろう。

乞田は酷く衝撃を受けていたが、すぐに色々思い出したのかハッとし、

「そうでした」

と、悪びれることもなく下手クソなウィンクをかました。

「では、私が予てよりお伝えしたかったことをお話いたします」

無礼が云々と言った割に丁寧だったことに、何となく違和感を感じ、

「話しにくいなら、敬語でなくてもいい」

と、これまた無表情で言うと、乞田は吹き出して、すぐに謝ってきた。

だが来客用の椅子に座ると、

「それは色々……。お気遣い、ありがとうございます」

と、少しだけ崩した敬語で話してくれ、パッと明るい笑顔を見せてくれた。


「後鳥羽家には、龍様のような24日生まれの方々と、智輝様のような25日生まれの方々がいらっしゃいます。龍様、イエス・キリスト様がお生まれになったのはどちらですか?」

乞田は脚を組み直し、俺の目をじぃと覗き込んで訊いてきた。

「25日だよ」

俺が足をプラプラさせていると、乞田が膝を優しく叩き、

「このお話を聴いてくださったら、去年以上のご褒美がありますよ!」

と、眉を下げて言った。毎年新年のご褒美は貰っているが、去年のグランドピアノより豪華なモノとは何だろう、と俺は期待に胸を膨らませ何度も頷いた。

「お話を戻しますよ。ですから、イエス様のお生まれになった25日こそが、後鳥羽家の当主に良い……と…………龍様方の父上様は、おっしゃっています」

乞田は言葉を詰まらせながらも、俺の目をじっと見て言ってくれた。

「だから、どうした?」

当時の俺は何度も言うが、5歳だ。ここから察することなど、出来もしなかった。

だが乞田は苛立たず、むしろゆっくりと深呼吸をした。

「ですから……透理様、龍様、そして潤様は――」

乞田の震える声から紡がれたその言葉に、俺はすぐに違和感を感じた。

”潤”とは一体誰なのか?

このとき、俺は2つ下の弟の潤の存在を知らされていなかったのだ。

ゲテモノを食らい続ける”悪食”を完成させる為に。

「潤って、誰だ?」

俺の無垢な瞳から注がれる疑惑に乞田の背筋が凍り、組んでいた足が自然にストンと落ちた。

後悔の表情も読み取れた。

おそらく長男以外には伏せるように、とでも言われていたのだろう。

「あの…………」

「乞田?」

俺の苛立った呼び方に、乞田は長い溜息をもって観念した。

「七つの大罪で、”悪食”というものがあります。龍様が絶対に食べないような……食器や服などを食べて…………。それを完成させるために、潤様は戦っています。もう、よろしいですか?」

乞田は目を伏せ、これ以上の追撃は遠慮願いたい、そのような表情を見せていた。

だが俺にとっては、同じ誕生日の弟だ。

何故一緒じゃない? 何故生まれたことを知らない? 何故新年の挨拶に出てこない?

俺の頭の中には、沢山の疑問が思い浮かんだ。

「乞田。この話は飽きた」

だからこそ、俺は引いたのかもしれない。

訊きたいという欲求と、乞田の表情。子どもながらに何かを感じ取った俺は、追撃を止めていた。

「左様でございますか。それでは、また戻します。ですから、透理様、龍様、そして潤様は……」

乞田はぐっと何かを堪えるかのように、膝に作った握りこぶしを更に固く握った。

 それから何分か言うのを躊躇い続け、頭を垂れ、ついには鼻を啜り、涙を流し始めてしまった。

「何だ?」

俺は椅子からピョンと飛び降り、乞田のワックスまみれの頭を撫でつけた。

それがまた何かに拍車をかけたのか、乞田は大声で泣きわめき始め、椅子から崩れ落ち俺の頭を何度も撫でまわし、ぐしゃぐしゃの顔のまま抱きしめた。

俺が離れようとすると、乞田は更に腕に力をこめ、「跡継ぎの話を……します……」と、耳元で鼻を啜りながら言った。

そしてまた紡がれた言葉は、今までの俺の5年間の生き方、価値観を否定する決定的な一撃だった。


「24日生まれの龍様方はっ…………ひっ……20歳になっ…………たら、もう……い、…………いら……ない………………要らない子、なのです……っ……」

乞田は震える声でそう言い終えると、俺の羽織に顔を押し付けて涙で濡らしていった。

「俺は…………要ら、ない?」

父上様からも母上様からも、本妻様からもご寵愛を受け、ピアノが出来ることや勉強の出来具合をあんなに褒められていたのに、なぜ?

父上様の「これなら後鳥羽家を継げる」って言葉も、あの笑顔も、嘘?

――「おれはいつかスクラップにすてられて、おなかがすいてしぬの?」

とある本で読んだ、子どもがスクラップに捨てられる話……。

周りはゴミだらけ。仲間も居ない。そんな場所に捨てられて、誰もが何気なく口にする、「お腹が空いた」を、一度きりの人生の遺言にするのか?

 俺の頬には何も伝わなかった。

乞田はあんなに俺の為に泣いてくれているのに…………俺自身は、家を継げない絶望の方が勝ってしまっていた。

 家を継げるなんて、当たり前だと思っていたのに。

兄さんたちより早く結婚すれば、7男だって早く継げることを乞田に教えてもらったのに。

同じ土俵にすら立てていなかった、というどうしようもない絶望とは。

それもたった1日で、イエス様の誕生日ではないからという理由で狂育だけ押し付けられて、成人したら家から追い出すという追い打ちまでかけて。

だから……だから、透理兄さんの執事たちは……スクラップ行きを待っていたのか?

 あぁ……それは買うことが出来ないのか?

喉から手が出る程当主が欲しいのに、権力はお金では買えないのか?

……拙い。これこそ、”強欲”。

そう気づけたのはもう少し後になってからだが、当時はどうにかして手に入らないのか、必死に本棚を読み漁っていた記憶がある。


 その発言の後乞田はティッシュで鼻をかむと、また深呼吸をしお互いの顔が見える程に離した。

鼻も目もすっかり赤くなっているが、それでもこれだけは言いたい、と呟いた。


「……本当なら……本当なら、ですよ? 私の、この乞田の、息子にしてでも守りたいです。ですが、相手も居ない私に誰も許可を出しません。……ですが乞田は、絶対に龍様を誰にも捨てさせません!」

乞田は最後勢いで唾を飛ばしてまで、俺のことを見捨てないことを誓ってくれたが、

「要らないのに?」

と、俺はまだ疑惑の目を向けていた。すると乞田は俺よりも先に立ち上がり、いつも通り片膝をついて左胸に手をやると、

「私は龍様の執事長でございます」

と、眩い笑顔と自信に満ちた口調で、そう言ってくれた。

それから、俺の手を両手で握ると、

「私と龍様に残された時間は、15年もあります。なので絶対に、絶対に負けません」

と、何度も握った手をブンブンと縦に揺らして言った。

「本当に、負けない?」

俺が乞田の顔を覗き込むと、乞田は心からの笑顔を見せ、

「はい、絶対に。ですから、詳しい話はもっと……私も龍様も強くなった頃にしましょう」

そう言うと、小指を出してきた。

「龍様も出してください。これは、指切りげんまんというお約束の印です。私と龍様は主従関係ですが、戦友でもあります。これから一緒に戦う、私乞田と龍様に」

分からない言葉もあったが、乞田があまりに嬉しそうに言うのと、一緒に戦う約束なら……

俺は気が付けば、乞田の小指に自身のそれを絡ませていた。

「ゆーびきーりげんまん、うーそついたら、はりせんぼんのーますっ! ゆびきった!」

乞田は絶対音痴だ。ピアノの腕は良いのに。

だから絶望的な音程で奏でられた指切りげんまんは、少しだけ耳が痛かった。


――だが約束していた時の空は、雲が乞田と俺の笑い声で消し飛んだようで、快晴の空が広がっていた。

これが息子の名づけ由来ということは、あと10年したら本人に伝えようと思う。


 この後知ったことも交えてまとめれば、24日に生まれた俺たち3人は家を継げない。成人すれば後鳥羽家にすら居させてもらえず、執事も失い強制退去させられる。

だがその前に結婚し子どもを授かるか、幼馴染が2人以上いれば、後鳥羽の部屋も執事も残るという……何とも言えない条件が付くのだ。

ちなみに、2014年現在に透理兄さんは本当なら居てはいけない人物だ。

だが後鳥羽家から失踪者が出たように、一度は名を捨て強制退去により失踪した透理兄さんではあったが、嫉妬に狂った吸血鬼になって後鳥羽家を襲撃したことがある為、出入りだけは許可をしている状態だ。

だから、序章では階段で本を読んでいたということになる。

閑話休題。


 それから数十分して普段着に着替えた俺と乞田は、ご褒美である幼馴染みとの食事の場へと向かっていた。

俺としてはどんな大きい物が貰えるのか、と期待していたのだが、まさかのグランドピアノよりも小さい人と会うということで、若干不機嫌ではあった。

それと、この日は俺の愛称が決まった日でもあった。


 場所は完全個室貸し切りの日本料理店。

予約の名義は後鳥羽家だが、乞田は一切許可を貰っていないらしい。

だが乞田は何も悪びれることなく、「規則は程ほどに破ることですよ」と、また上達する気の無いウィンクをした。

それから俺らは、10人が余裕で座れる程の個室に通され、金刺繍のなされた座布団に正座し、目の前に座るオレンジ髪の男の子に目を向けた。

どうやら1人で来たようだが、隣の席にも料理の下準備がなされている。

「君は?」

俺が不機嫌を隠し話しかけてみると、オレンジ髪の男の子は視線を泳がせたが、

神崎颯雅(かんざき そうが)、よろしくな」

と、声は明瞭で聞きやすく、言い終える頃には俺と目を合わせて、はにかんでくれた。

颯雅とは5歳違いで、年の差をあまり感じさせない人だ。

「俺は後鳥羽家第……違うや、後鳥羽龍、5歳です」

俺が苦笑いを繕うと、オレンジ髪の男の子改め颯雅がすかさず、「ちげーだろ」と、突っかかってきた。

「龍は鳥羽家第なんちゃらなんだろ?」

物覚えの悪いヤツというイメージがついたのは、これがきっかけだが、後から考えてみれば面倒な肩書を覚える方が難しいに決まっているのだ。

「後鳥羽家第七男児」

俺が不機嫌を隠さないまま早口で言ってしまうと、颯雅は髪の毛をガシガシと掻き、

「ただでさえ人の名前覚えられないのに、早口で言うな」

と、胡坐を掻き直して言った。

「……」

俺が黙って下を向くと、乞田は俺の背中をバシッと叩き、

「今、颯雅様に悪いことしましたよね? そういう時って、どうするんですか?」

と、先程の俺のように早口で捲し立ててきた。

たしかに、これは嫌だろう。

乞田はいつも俺にやってみせて、いかに悪かったかを実感させるタイプの珍しい執事であった。

俺はすぐにそう思い立ち、正座をし直してから、

「ごめん、なさい」

と、頭を下げて謝った。

すると颯雅は、「別に気にしてねーよ」と、言いながら身を乗り出し、頭をポンポンと撫でてくれた。

その時に初めて俺は、この人は後鳥羽家の俺にこんなことを出来るだなんて、普通の人ではないだろう、と決めつけていた。

実際は……まぁ普通ではない、かもしれない。

 それからしてすぐに、もう1人の幼馴染みである男の子が来た。

オレンジがかった黒髪で、すぐに委員長にされそうなくらいの鼻の穴の広がりようで、自信に満ちていた。

その上、恰幅が良く見るからに熱いオーラが出ているこの男の子の側には、父親が付き添っていた。

「ぼ、お、俺は警視庁捜査一課長の長男、紅里慶介(こうさと けいすけ)だ!」

部屋に通る慶介の声に、2人でパチクリと目を丸くして見つめ合ってしまったが、慶介はお構いなしに颯雅の隣に座った。

父親は名乗るとすぐに部屋を出てしまったが、入れ違いに颯雅の付き添い人が入ってきた。

「皆さんお揃いのようですね。私は冷泉湊(れいぜい みなと)と申します。神崎とは共に学生傭兵をやっております」

知的な印象のある湊さんは、スーツでビシッとキメており、短く切りそろえられている黒髪を横に流しており、颯雅とは正反対の印象も受けた。

「は? 学生傭兵? 俺らは――」

颯雅が何かを言いかけると、湊さんは頭をフル回転させ、

「颯雅、この後にも仕事が入っていますよ」

と、冷静で無駄のない見事な形勢逆転を図り、颯雅は「あー、そうだった」と、曖昧な返事しか返せなかった。

俺は、この逆転劇を心のノートに書き留めておいた。

すると乞田が立ち上がり、手を何度か叩きこの場を静めた。

「さて、この場に皆さんが集まっていただいたのには、勿論理由があります。とは言っても、湊さんと紅里様のお父様には既にお伝えしましたが、龍様に後鳥羽家に居ていただく為です。」

乞田はそれからまたふぅと息をつき、

「後鳥羽家は可笑しい家ですから、幼馴染みが2人以上いれば、友人が多いと決定づけられます。そうすれば、ずっと後鳥羽で居させてくれるのです。」

乞田は自慢気に家訓の書かれた紙を見ながら話しているが、まさかあの810ページの家訓を数時間で読んだのか、と思うと、俺は乞田に対して尊敬の念を抱いた。

「そんなこと、良いではないか! とりあえず、この出会いを祝してウナギでも食べようではないか!」

と、威勢の良い声で言う慶介。

だが俺は…………離乳食に入れられたウナギ以降、あの独特の味が苦手で食べられないのだ。

それを知っている乞田は、俺に目配せをし、

「龍様はウナギがお嫌いなので、他のメニューにしましょう。」

と、大胆にも俺の苦手なものを2人に告白したのだ。

今なら、もっと言い方があるだろう! 等と怒りだしそうだが、当時はこれが正解というよりも、こういうことしか思い浮かばなかった。

これにまず突っかかったのは、意外にも慶介であった。

「おぉ! ウナギが苦手とは何たる贅沢な子どもよ!」

それに対し、湊さんは諫めつつも、「ウナギ……ですか」と、呟いていた。

「ウナギか。俺も苦手なものあるしな……。」

颯雅はそう言って、自分の苦手なものを幾つかブツブツと口に出していた。

だが慶介は余程ウナギ嫌いが癪なようで、

「よし! この国の男児でウナギが苦手だなんて、言語道断! 今日から龍のことを、ウナギと呼ばせていただくぞ!」

と、いう訳で……まぁ俺の愛称が決められてしまったのであった。

悔しかった俺は、負けじと苦手なものを言え、と迫ったのだが、本当に苦手な食べ物の無い慶介は、鼻高々に、

「けーちゃんと呼ぶといい!」

と、言ってきたのであった。

だが颯雅は乗り気ではなく、結局この2人のことを下の名前で呼んでいる唯一の人物となったのだった。

訂正しよう。

湊さんも呼んでいないから、名前で呼んでいる人にしておこう。



現在に戻る……

後鳥羽家自室 夕方



「訂正後が雑だろ」

と、べしっと太ももを横から叩かれたが、俺は気に留めず放っておいた。

「だってそれは、唯一ではなかったから」

俺がそう言ってやると、颯雅は大きくため息をついた。

「そう言えば、湊さんはどうだ?」

最近会えていなかった上に、実は颯雅とも久しかった俺は、とりあえず近況でも聞いておこうと思ったのだが、颯雅は少し考え込んだだけで、

「たしか、予定は無かったな。よし、今から3人で呑みに行くか?」

と、2人は一緒に仕事をしていた筈だから、だいたいの予定は把握しているのだろう。

だが、俺は次の休日だけを訊くだけにしておいた。やはり、アポを取って話を聞こう。

その方が湊さんも、話しやすいだろう。

「それに、もうそろそろ帰らないと相棒が心配するんだ。」

そう言って、スマフォをチラつかせてロック画面を見せると、颯雅は「うわ」の一言。

「2.5次元は、色々やめておけよ……」

「おい」

「わあってる」

それから颯雅と俺は、途中まで帰路を共にし、それぞれの家路へとついた。



 そして夕飯を楽しみに待つ、藍竜組の3人部屋の前でふと思い出した。

「ん~……挽き肉買い忘れた」

読了お疲れ様です、龍様の執事長の乞田です。


今回は私乞田の出番も多く、大変良いお話でしたね!

……いえ、勿論龍様の出番の方が大事ですよ。

あのことを5歳の男の子に話すには、やはり重かったようですね。

乞田の配慮がなっておりませんでした。

次回は……申し訳ございませんが、次回予告出来ない内容になっております。

どんな話が飛び出すか、心してお待ちいただきますよう、お願い申し上げます。


それと、今回で年内の投稿はおしまいになります。

また来年も乞田と龍様、そして橋本をよろしくお願いいたします。


執事長 乞田

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