「9歳-はじめまして-」
菅野の口から語られる過去。
9歳の日記帳の始まりから……
※5,500字程度です。
※菅野が思い出しながら話しているので、話が飛び飛びな時もありますが、わざとそのような表現にしております。
2004年8月13日……
関西 自宅
菅野
俺がまだ3歳の頃、毎日パチンコをしていたオトンに疲れたオカンが出て行ったから、オトンと2人暮らしで、オトンはなんとか土方の仕事を見つけて働いてくれているんやけど、全然給食費の支払いも、新しい文房具や給食袋、ましてや服なんか買えるわけもなくて、毎日がサバイバルやってん。
せやけど、その中でも楽しみがあってな……それは3日にいっぺんの銭湯やった。
まぁオカンが出て行くまでは、中流家庭くらいの暮らしはしてたらしいねん。オカンが頑張って働いていたし、家も勿論あったんやで?
せやけど、今は何ヶ月も彷徨って見つけたボロボロのアパート。
家賃0円。畳のリビングのみ。風呂無し。払うのは光熱費、ガス代、水道代。もうあと数年後には取り壊される家だったんよ。
それでも喜んで住みついた。
服と文房具は学童の入り口の門に置いてある慈善箱から、なるべく綺麗なものを恵んでもらっててん。
せやけど、慈善箱に入れている人ってな……クラスメイトやったり、上級生やったり、とにかく周りの人なんよ。……もう、わかるやんな?
俺の実家は、とてつもなく恵まれておらんかった。
……あの日、までは――
この日は誕生日で、俺は9歳になる歳やった。
せやから、何が貰えるのかいつも楽しみにしておった。
去年はショートケーキ1ピース。
その前は鉛筆1本と消しゴム1個。
それだけでも嬉しかってん。
ほんで今年は何かとウキウキして、ちゃぶ台の前の座布団に正座して待っておった。
いつもオトンが帰るのは、21時過ぎやから。
「ただいま~竜斗」
いつもオトンは日に焼けた腕をブンブンと振って、俺にそう言うんよ。
汗ばんだ白い鉢巻を頭につけて、「関原」と名前の入ったベージュ色の土方の制服を着て。せやけど、これがめっちゃカッコイイねん!
「おかえり」
この頃の俺は、いつも慈善箱のことでクラスメイトに悪口を言われていたから、ほんま暗かったなぁ。
声も蚊がなくくらいの小ささや。
服は覚えてへんけど、慈善箱の服だったことはたしかや。
「誕生日おめでとう!」
オトンはA4ノートくらいの大きさの包をちゃぶ台の上に置いてん。
そしてわしゃわしゃと俺の髪を撫でつける。……裾野みたいにな。
「ありがとう。これ、なに?」
「開けてからのおっ楽しみや! ほれ、開けてみいや?」
オトンに促されて包を開けると、それは赤い表紙に金の刺繍が入った見るからに高級そうな日記帳やってん。
裏表紙を見るとそこには、「およそ5年分のことを書くことができます」と書かれててん。
それってまぁ、1日1ページ計算らしいねんけどな。
オトンからの予想外のプレゼントに、あまりに嬉しすぎて、俺は思わずその日記帳をぎゅっと抱きしめてそのまま10分くらい無言のままやってん。
「竜斗。毎日この日記帳に自分の気持ちを書いてみいや? ほんで、日記帳とお友達になるんや。せやから~よかったらな、竜斗がオッケーって言った時でええから、オトンにも見せてな?」
オトンはぎゅっと抱きしめている日記帳に向かって笑顔で言うから、クスクス笑うてしもうたんやけど、オトンは多分気付いてへんかった。
その日の夜から書き始めた日記。
俺の大好きなお友達の日記と、毎日話すように書いておった。
だから最初の1ページは自己紹介やってん。
《俺の名前は、関原竜斗。9歳で、身長は135cm。O型や。ねこが大好きなんやけど、白猫やないと近づきたくない。裁縫も得意なんやで~。あと、槍も習ってるんやで。・・・》
こんな始まり方やったから、オトンに見せたら大爆笑やってん。
「せやな、せやな! お友達に自己紹介せなあかんもんな」
とか言うてたけど、バカにはしとったで。
そうそう! 忘れるところやった。
俺はスポーツ競技として、槍を習ってたんよ!
なんやろ……薙刀と仕組みとルールは近いんかなぁ。知らんけど。
とにかく、相手の槍を吹っ飛ばすか、競技用とはいえ実際の槍を使うから相手の眉間ギリギリに矛先を向ければ勝ちなんよ~。あともう1つあるんやけど……あれは絶対にやったらあかん勝ち方。
あと、剣道みたいな防具はあらへん。袴で戦うんやけど。
せやから、大会会場には保健室が30部屋くらいあるねん。
それから夏休みが終わると、一気に学校のイジメの話で埋まってん。
俺が通ってた小学校は、兎角小学校。とにかく小学校なんやで。
ウソウソ、「うさつの」小学校。本当は宇佐津にしたかったらしいねんて! 知らんけど。
えっと、ここでの4年間は悲惨やってん。
毎日朝稽古をした後に学校に行くんやけど、まずクラスに入ったら「汗臭い~」の嵐。
そのあとに必ず、「同じ服や~」か「あれ俺の捨てた服」「俺の捨てた鉛筆や~」
まぁここらへんがお決まりや。
今はこうして楽しそうに話しとるけど、当時は本当に死にたくなったで。
あとは、誰もペアワークしてくれへんし、給食を運ぶ時に一緒に運んでいた清水にわざと力抜かれて落としたときに俺のせいにされたり、1番死にたくなったのは、アツアツの汁物を運んでいるときにな、同じことされて、大火傷の一歩手前までいったことやな。反射神経は唯一自慢できるところやから、そこまで被害は受けへんかったけど。
せやから、あんまり女の子に手出したりとか、したくないんやで。
胸の下あたりやから、普段は見えへんのやけど、そういうことなら、な?
ん~まぁそうなると、知ってるのは裾野だけになるんかな?
それにウチは給食費が払えんかったから、ずーっと滞納しとってん。
せやから、めっちゃ学校からは怒られていたんよ。
……あの人が救ってくれた時は、泣いて喜んだで。
2004年冬
関西 自宅
菅野
貧乏人の冬って正直夏よりも辛いんやで。
新しく物を買うことは出来へんから、寄り添って寝るしかなくってな。
小さいころは別に良かったんやけど、この頃だと何というか……なんとなく嫌でなぁ。
今日もそんな何となく嫌な夜かと思ってたんよ。
――ジリリリリリ
もうかなり古い黒電話の音が鳴り響く。
いつも電話といえば、変な勧誘か間違い電話しかあらへんから、最初は無視してたんやけど、めっちゃそれから鳴りまくるからな、ついにオトンが出たんよ。
ほんでしばらく頷いていたんやけど、5分もしないうちにオトンが泣き始めてな、ムカついて俺が受話器を奪った時に聞いた言葉が……
「カンバラサン、を、タス、け、タイ、です」
という片言の日本語だったんよ。
「は……?」
と、返すと、
「リュウガク、セイ、です! France、カラ、キマシタ! シミズさん、ヒドイヒト! ダカラ、ワタシ、がタスケル!」
この留学生が言う清水は、俺を火傷されたり上履きを隠したりするような男やった。
「留学生……? フランスから?」
「ソウデス! 給食費、ワタシが、ダシマス! ワタシのhometownは、オオガネモチ!」
「えっ……」
「カンバラリュウトさんの、ゼンブ、タスケル!」
という彼女の声の向こうで、「余計なことをするな、留学生が!」という清水の声が聞こえてきてん。
せやけど、彼女は嬉しそうに笑うてた。
そして最後に……
「ジュウショ、シラベタ。ゼッタイ、タスケル!」
という一言を最後にブツと切れた電話。多分、清水が受話器を奪い取ったんやろうな。
その後、オトンは完全に泣き崩れて畳にシミを作ってん。
「こんな……こんなに……最低な俺に……っ……神さまはチャンスを……っ……くれたというんか…………?」
今ならわかるけど、あの時は何で泣いているのか全くわからんかった。
それから1日も経たないうちに錆だらけのポストに入っていた、というよりもささっていたのは、とてつもなく分厚い茶封筒。
すぐに部屋に持ち帰って、オトンと開いて数えてみてん。
「98,99,100……100万か! おっと、声が大きいか。それにしても、こんなお金いただけへんなぁ」
オトンは後ろ頭を掻きながら、封筒を裏返すけど、そこには住所も何も書いてへんかった。
「もらったら、あかんの?」
「あかんよ~。申し訳あらへん。って、何か挟まってるやんな……?」
と、オトンが見つけたのは、小さな猫の形をしたメモ用紙。そこには綺麗な字で、
《これで、給食費も払ってください。ペンも消しゴムも、何でも買ってください。清水さんには内緒ですよ。 あしながおねえさんより》
と、書かれていた。
清水が留学生を受け入れていることは、本人が自慢しとったから知ってるけど、多分家でも俺のことを言ってたんかな?
そうでもせんと、助けようなんて思わんやんな?
それを見たオトンは、すぐに俺に見せつけて、
「清水ってやつは誰や?」
と、聞いてきてん。せやからつい口がすべって、
「いつもイジメてくるやつ」
と、言ってしもうて、オトンは大激怒や。
おかげさまで、火傷のことも含めて全部話す羽目になったんやけど。
この日があって以来、あしながおねえさんに助けられつつ、イジメを乗り越える術もオトンから教わってん。
「貧乏人は心が豊か。せやから、絶対大金なんか持っても無駄遣いせえへん。もうパチンコ通いもやめたしな」
そう話すオトンは、ほんまカッコ良かってん。
その言葉を聞いたから、俺も何も贅沢なことは言わんように……今もしてるしな。
それに、
「その留学生だかなんだかが居る家は金持ちなんやろ? 心はむっちゃ貧しいんやから、人間としては俺らの勝ちやんか。怖がらんでええし、むしろ皆のこと笑わせてこい!」
これが今の俺を支える言葉やな。
金持ちはどこかで俺らを見下している。それは出会った頃の裾野も……そうやってん。
可哀想だね、が口癖やった。
ありゃ、話が逸れたわ。
このことがきっかけで、清水は皆の前で笑われたんや。
その時のこと、話しとくで。
これはオトンにそう言われた次の日やな。
教室でいつも通りバカにしにきた清水を教卓前まで連れてって、
「今の言葉、もう1回言ってみてくれへん?」
と、わざと大きめの声で言った。そうなると、みんな注目するやんか。
そこで俺のことを盛大にバカにしようとしてきた清水は、
「貧乏人! 今日も昨日と同じ服やし、くっさいわ~近寄らんといて!!」
と、いつも通りの悪口を口にしてん。みんなはそこで大笑いやってん。
勇気軍の居らん俺なら、ここでだんまりやった。
でも今はちゃうやん? みんなの大声の笑いに負けへんように、
「そう言うお前は、心の貧乏人や!! 俺はお金があらへんから、ほぼいつも同じ服やけど、それでも大事に、洗濯機なんか使わんと手で洗ってる。お前にそれが出来るんか……?」
人生初の言い返しやってん。正直怖かってん。殴られるかも。俺の浅い計画なんて……そう思っててん。
せやけど、結果は違った。
俺の言葉を聞いてみんなが黙った瞬間、俺は自然と涙を流していてん。
嘘やろ? みんな……俺のこと……嫌いやと思ってた。
でも、聞けば……
「ちょっと面白がってただけや」
「ごめん」
「清水に脅されていただけで……」
という言葉だらけやってん。
ほんでその後むしろ俺がクラスの中心になっていってん。ほんの少しずつ、少しずつ……。
おとなしかったけど、ちょっとした一言でみんなを笑かすことは出来た。
清水のことは当たり障りなく接……そんな器用なことは出来へんから、完全無視やってん。
そうそう、あしながおねえさんは、毎日電話してきてん。
元気にしているか、あれで足りたかとか、思い出すだけでも色々あるで。
ほんで清水のことを聞けば、反省していると言うけど、俺は不器用やと自分でも思うから、その後も無視やってん。
でも俺としては10歳になるまで、その後は知らんけど、ずっと電話をし続けてくれたおねえさんにお礼が言いたいなぁ。
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裾野、菅野、騅の部屋
菅野
俺ら3人は青いパーテーションの裏のそれぞれのベッドの上に座って話していたんよ。
「まあ、9歳の頃ってこんなもんなんやけど」
「菅野は本当に説明が下手だな。色々突っ込んでいいか?」
裾野は日記帳をペラペラめくりながら、苛立たしそうに言う。
「いやあの、僕からは1つだけ。いいですか?」
騅は遠慮がちに手をあげる。俺が「ええよ~」と言うと、リヴェテを抱えながら、
「僕の推察が正しければ、あしながおねえさん=留学生。リヴェテ、いやお母さんはフランス人です。なので、もしかしたら~なんて思っているのですが……?」
と言うので、俺は思わず「は!?」と叫んでしまってん。
いやまぁ、言われてみれば? 言われてみればやけど……でも、なぁ?
ねこやん。黒やし。
すると、リヴェテは嬉しそうに笑いながら、
「お見事」
と、一言。
しばらく3人と1匹に重い空気が流れた。
ずっとお礼を言いたかった人が目の前に居る。
裾野は俺を睨むし、騅は心配そうに見てる。
俺は、ずっと人間を想像していたんよ?
なのに、ずっと猫と電話してたなんて……俺、なんかアホみたいやんか?
「俺さ、ずっと猫に助けられてたってことやんな?」
その一言に裾野はスッと立ち上がり、俺の頭に黙って拳を突き落とした。
「……ッ!!」
「この……バカん野!! お前は騅の過去をしっかり聞いていたのか? だいたいな、お前は本質まで聞かないから、そうやって……!」
裾野が説教するときは、ガチでキレているときだけや。え……俺、怒らせた?
「裾野さん、いいですから……。あの、リヴェテはもともと人間だったんです。ですけど、僕にバレないように動くために猫にしてもらったんです」
騅が苦笑いを浮かべつつも言ってくれたことで、色々繋がってん!!
せやから、純司ってやつは科学者やったのか!!
……納得や。
ほんでリヴェテ本人は溜息をつきながら、
「本当にあなたたちは仲が良いのね。菅野くん、続きが聞きたいわ。私も電話で話していたとはいえ、詳しいこととか……当時の本国語力じゃ理解できてなくって」
と、言うので俺はまた口を開いた。
10歳。俺の人生が180度変わった年の話。
10歳になった菅野の身に一体何があったのか?
今回の投稿が遅れてしまってすみません。
次回投稿日は、8月6日の土曜日です。
お楽しみに^^