「誕生、そして虎の日記」
※『騅-後醍醐のもう1人の息子-』の番外編です。
※この作品だけを見ても楽しめるとは思いますが、本編を読んでからの方が何十倍も面白いです。(作者談)
※今回一応BL注意を外しておりますが、全く無い訳でもございません。
2013年8月13日
某病院 分娩室外
菅野
入れ替わり事件解決からもう1ヶ月が経ちそうや。
夏も本番やし、関東はほんま暑いわ……。
んで、俺、裾野と騅は分娩室の外のベンチに並んで座ってんの。
なんか……この状況に笑けてくるで。
なんでかって、今日は裾野と弓削子さんの赤ちゃんが産まれる日なんやて。
あ!
そう言うてたら、なんかめっちゃ大きい泣き声が聞こえてきたで!
「産まれましたね!」
騅はベンチから立ち上がって、もうほんま嬉しそうに飛び跳ねてる。
そうそう、騅は黒髪と工事のバイトを辞めて、俺らと一緒の殺し屋になったんよ。
髪は金色に戻してな!
「あぁ……!」
裾野は俺の頭をわしゃわしゃと撫でると、立ち上がると同時に俺の方を向いて、
「かわいい男の子ですね~」
と、いつも検査の時に居った看護師さんの事務的すぎる一本調子の声を真似ながら言うので、思い切り吹き出してしもうた。
「ぶっ……はははっ!! 似てるで、裾野」
「だろ?」
「裾野さん、菅野さん。入っていいみたいですよ?」
「そんな訳ないだろう、騅。2時間以上は安静にしないと……」
「で、入ってええの?」
と、騅の言葉しか聞いていなかった俺の頭には、見事に握りこぶしが一発。
「お前は人の話を聞け」
「イテッ……。だって、俺知らんも~ん」
「それは僕も一緒ですし、裾野さんだって……お父さん1年目ですよ?」
「上手い言い方だな」
と、裾野と騅は互いに見あって微笑んでるけど、この2人に関してはさぁ……知識があるやんか。
俺、分娩室なんて言葉、裾野が居らんかったら一生知らん言葉やったで。
ほんでしばらく待っとったら、看護師さんに呼ばれてん。
でも検査の時のあの人とちゃうから、その人、めっちゃ俺らのことを順々に見ててん。
で、迷った末に言った言葉が、
「えっと……誰がお父さん、ですか?」
そしたらな、3人で大爆笑してしまったんよ。
たしかにな、17歳、19歳、21歳やから全員一応なれるもんなぁ。
でもな裾野が左手を見せてしまったから、一件落着してしまったんよ。
俺としては、もうちょいイジリたかったんやけどな~つまらんわぁ。
「それでは、お父さんとご友人の方々、こちらへどうぞ」
と、優しい声の看護師さんの後を付いて分娩室に入ると、そこにはまだ赤い顔をした小さい子どもを抱く弓削子さんがめっちゃ汗かいてはるから、相当大変やったんやろうなぁ。
ほんでベッドから近い順に、裾野、俺、騅が丸いすに座ると、弓削子さんはニッコリ微笑んだんや。
「元気な男の子だって、パパ」
弓削子さんは元藍竜組系の殺し屋で、光明寺家出身のお嬢さんや。
声は高めやけど、怒るとむっちゃ低くなる。
現役の頃も知ってんねんけど、ナイフが達者で、多分やけど恋より強い。
黒髪で髪型はボブ、顔は……せやな、女優さんでピアノが達者で歌も上手いあの人に似てると思うで!
年齢は裾野と同い年。身長、体重とかは裾野の方が知ってるで。
「パパ、かぁ」
と、恥ずかしそうに後頭部を掻く裾野。ちょっとムッとしたから、
「殺し屋のパパなんて嫌やんな~?」
と、子どもに向かって言うと、これが……段々子どもの顔色が……これって……
「うわ~~ん!!」
「ちょっと、菅野くん!!」
弓削子さんの切れ長の目で睨まれると、背筋が凍るんよ……怖いわぁ。
「ご、ごめん! え? ど、どないしたら……」
俺があたふたしとると、裾野は毛布に包まれた子どもをひょいと持ち上げて、
「高い高~い。このお兄ちゃん、怖かったな~? ごめんね~」
とか何とか言いながら、くるくる回りながら目だけで俺を睨んでいたら、段々子どもが笑顔になってきてん……!
「流石パパだね」
と、弓削子さんは腕を組んで頷く。
「裾野さんなら身長も高いですし、お子さんも楽しそうです」
騅は冷静に分析し始めるし……俺の立場何なん? もう嫌や……帰りたい……
ほんで俺がぶすっとしていると、裾野は弓削子さんに子どもを渡して、
「なぁ弓削子。名前は決めたか?」
完全に夫婦の話になっているから、騅の腕を突いて、
「夫婦の話し合いは邪魔せん方がええやんな?」
と、この場を離れたくて言うと、騅は笑顔で頷いてん。
ナイスや、騅!
このまま2人だけ先に帰る話が出て、それで帰るんや!
「あの、そろそろ僕たち――」
「名前は龍虎!! ……ねぇ、私ネーミングセンス無いんだけど、どうかしら?」
ふぃ~……俺の本名スレスレやん。って、名前決まってたんかい!
そしたらな、裾野は拳をぎゅっと握ってうつむいてん。
何があったんやろ?
「弓削子。知ってたのか?」
「あら、何のことかしら?」
「とぼけるな」
「子どもの前なんだから、やめましょうよ」
「……わかった。とにかく名前に関しては、断固反対だ」
「じゃあ、パパは何か考えてきたの?」
そう言われても、裾野はうつむいたままやってん。
ほんまどないしたん?
騅は1人で首かしげて、ブツブツ言ってるし……
俺はめっちゃ不安やし、顔をのぞきこむことしかできへん。
「空、かな」
と、満面の笑みで言う裾野の表情に、弓削子さんも俺もあっけにとられてしまってん。
「おぉ~! ええやん、ええやん! 裾野空? あ、本名やと――」
「一応、俺ら夫婦の苗字は高橋だ。だから、高橋空」
「へぇ~そうなんや。どっちにしろええやん!」
「そうね。ここは私が折れなきゃね」
と、弓削子さんは子どもの背中を優しくさすりながら言った。
ほんで、裾野は窓の外から見える雲ひとつない青空を見ながら、俺と目が合うとウィンクをしてきてん。
こいつ、元から考えてきてはったんやな。
それにしても、どうして龍虎はあかんのやろ?
たしかに怖そうやけど。
「なぁ裾野?」
と、俺が聞こうとすると、裾野は無視して弓削子さんの方に向き直り、
「さて、そろそろ男組は退散するぞ」
と、無理矢理俺ら2人の手を引いて分娩室を後にされてん。
めっちゃ聞きたいことあるのに……!!
まぁこいつの腕、普通とちゃうからな……俺と騅が持ち上がる怪力を有する、やけ?
間違ってたらごめんな~。
ほんで藍竜組の俺らの部屋に戻ってきたんやけど、裾野の運転は相変わらず安全運転なんよ。
BWMのセダン230iやったかな~とにかくマニュアルのギア操作がカッコイイんよ!!
あとは今度時間あったら考えとく。
「改めておめでとうございます、裾野さん」
騅は部屋の中を歩きまわりながら、ぺこぺこ頭を下げて言ってん。
変やな~と思って顔をよく見たら、めっちゃ泣いてん。隠すのヘタすぎやろ。
「ありがとう」
「なぁ……裾野。どうして龍虎はあかんかったん?」
と、聞いてみると、裾野は俺から完全に目線を外して、
「お前と似た名前をずっと呼び続けられる自信が無い。だいたい、お前に会いたくなるだろ……友だち、恋人、相棒と似た名前はあれ程よせと言ったのに……!」
「なんや~そんなことかいな。騅、裾野って意外と繊細やろ?」
「いえいえ、見た目通りですよ!」
「ふん、騅はよく人を見ているからな」
「あの、龍虎と菅野さんって名前似てませんよね……?」
騅のその発言に、思わず2人でマズイという顔で見あってしまってん。
そう言えばまだ本名を教えてへんかった。
「俺の本名と近いんよ、龍虎ってな。あ~どないしよ? これって、俺の過去も共有した方がええの?」
と、俺が裾野を見上げて言うと、裾野はしばらく「う~ん」と悩んで、
「騅の過去はこの前話してもらったから、ここは俺と菅野の馴れ初めも話すべきか……」
裾野がさらっと言うから、騅は顔を真っ赤にして、
「な、馴れ初めって……あの、お2人って……!?」
と、その場でジタバタし始めるけど、馴れ初めって出会いやんな?
別に普通とちゃうの?
「何驚いてるん? 馴れ初めって、出会いの話やろ?」
という俺の発言に裾野は溜息をつき、俺の耳元で、
「こ・い・び・との出会いの話だよ」
と、言われてカッとなった俺は、裾野に食ってかかろうとしたんやけど、見事に後ろからぎゅっとされてしまってん。こいつ、力が強いだけとちゃうからさ……勝てへんのや。
「ごめんごめん、騅。普通に初めて会った時の話をするな?」
「菅野、口頭で話さなくても日記があるだろ?」
そう裾野に促されると、たしかに書いていたような……いや、今も書いてるんやけど、いつから書いてるかが思い出せへんもん。
ほんで本棚の下の扉の中を探したら、大量の日記が出てきてん。
しかも書いてへん日、無いんちゃう?
えっと始まりは…………9年前の誕生日プレゼントに日記をおとんから貰った時からや。
って、字汚いなぁ。
「たくさん書いてありますね!」
「いや、騅の方がめっちゃ多いで。よしじゃあ、9年前から話すで。裾野は横槍入れてくるん?」
「時と場合によるかな。極力入れないようにするから」
「……極力って、あんまり、やけ?」
「できる限り」
「ありがとう。じゃ、俺の日記1ページ目から、ちょいちょい飛ばして話すで」
幼かった8歳の頃の日記帳は、おとんが寂しい財布の中からお金を出して買ってくれた物やった。
新しい鉛筆も消しゴムも買って、夏生まれなのに学童の慈悲箱から拾ったボロボロのサンタクロースの格好をしてくれたなぁ。
おとん、今もボロボロの服を着て一生懸命働いてるん?
それとも……“みんな”と遊んでるんか?
読了いただきまして、ありがとうございます!
番外編、いかがですか?
誰が描かれるのか、予想していらっしゃった方もいたのでは……?
次回投稿日は、7月30日(土)です。
お楽しみに♪




