三人は伝手を手に入れた!
ここはデスゲームだ。
くどいくらいだが、そうやって言い聞かせていなければ忘れてしまいそうなほどにのどかだった。
フィールドを行くプレイヤーに緊迫感はなく、話し声にも悲壮感はない。
まるでいつもと変わらない、ゲーム内だ。
フィールドでレベル上げにいそしんで、やがて辺りは暗くなった。一日中、一刻も早く強くなりたいという一心から戦い続けていたのだ。疲労感は不思議なくらいにない。これはゲームなのだ。
そう考えればここは肉体的ではなく、やはりゲーム的なのだと考えてしまう。
やはりログアウトのボタンは白黒だ。そのことだけが現実に引き戻していた。
疲れがないとは言っても、一日動き回った程度の疲労が不思議と感じられて、三人はブルームへと向かった。
門をくぐり街中に入ると、服装が登録していたカジュアルファッションへと変化する。
「もし。そこのお三方。今、フィールドから帰ってきましたよね。よければ、素材アイテムを譲ってはいただけませんか? 店で売るよりは高く買い取りますよ」
見覚えのない、ドワーフの青年が声を掛けてきた。キャラクター作成画面で見たままの初期装備の彼は、人のよさそうな笑顔を浮かべて近付いてきた。
素材アイテムは技術スキルツリーにあるアイテム作成に使うことができるものだ。
熟練度を上げて高品質なものを作れるようになれば、店売りのものよりも遥かに良いアイテムを作れる。
しかし、作成には要求数が多い。熟練度を上げようにも素材集めに結構な労力を必要とするため、作成好きでもない限りは、大抵値が張るのを承知で武器屋を開くプレイヤーから買い取るのが主流である。
セイリュウら三人もまた、唯一作成が容易な回復アイテムの作成スキルだけなら解放し、熟練度を上げているが、他は店売りに頼るつもりだった。35レベルが達成できれば、スザクと銘の打たれた武器に換えるつもりでもある。要求レベルもさることながら、恐ろしく高い性能はプレイヤー作成だからだろう。
なんにせよ、三人にとっては回復アイテムの作成に必要な素材以外は不要である。素材のNPC商店での売値は買取値の二倍。直接プレイヤー同士で売買をすれば、双方WINWINとなるわけだ。
「いいですよ。回復アイテムの作成に使うもの以外の素材アイテム全て、店で売ったときの1.5倍の値段でどうですか?」
セイリュウが交渉に前に出た。
それを見たビャッコがムッとした顔で押しのけ、ヒール付きの高身長で見下ろす。感情に反応する虎耳と尻尾がブワッと毛を逆立てた。
「このチビの言った事は忘れてくれにゃいかしら。ああっ、もう。あたしにこんにゃ『にゃんこ口調』にゃんてオプション付ける阿呆にゃの。で、1.5倍じゃ売れにゃいわね。1.8倍よ」
「1.8倍となると難しいですね。もっと安く売ってくれる方もいるので、この話はなかったことに」
「あら、それは残念。わりとレアドロップも持ってるんだけど、それじゃあ仕方にゃいわね」
ビャッコは背を向け、当初の予定通り宿屋のある一帯に向けて歩き出した。残された二人がどちらに行くべきか悩み、やがてセイリュウが軽く頭を下げてから、ばつが悪そうな顔でビャッコに続いた。ゲンブもまた続こうとして、ドワーフの男に先を越された。
「レアドロップ、ということは店では売ってませんよね……。数と、その素材アイテムを見せてください」
「とにゃると、買い取ってくれるのかしら?」
「物にもよりますよ」
二人はトレード画面を出して、ビャッコが全ての素材アイテムを開示した。セイリュウとゲンブの分も合わせたここ数日分の成果だ。
ドワーフの男は顎に手を当ててふうむと唸る。
「1.8倍でしたよね」
「ええ。下げるつもりはにゃいわ」
「将来性を買って安くは?」
「にゃらにゃい。まあ、懇意にしてあげにゃくはにゃいけど。少なくとも今回は下げられにゃい。だってあたしら三人のここ一週間分のドロップ、レアドロップ以外はほとんどただで搾取されてたのよ!?」
「まさかの私怨!?」
ドワーフ、完全にとばっちりである。
「そーよ。私怨も私怨、個人的にゃ問題よ。そいつらに一言言うためにあたしらは前線まで行くんだから!」
「ギャフンと言わせてやるんだ!」
今の今までおとなしく黙っていたゲンブが、拳を揚げて意気込みを発する。
ドワーフの男はそれを見て、堪らずに噴き出した。
「くはっ、あはははっ! なんだよそれ! え、何? 君達って、外に出たいとか、暗闇で時間を無駄にしたくないとか、そんなことすっとばかして、前線に行く理由が私怨!? はっ! そりゃいいや。我こそ英雄なんて言って傲慢に高く売ろうとしてた奴らなんかよりずっと期待できそうだ! はー、失礼。いいねえ。是非とも、俺の武器で『ギャフン』と言わせて貰いたいな」
しきりに笑いながら、トレード欄にドロップ品価格二倍設定で金額を打ち込んだ。それに驚いたのはビャッコである。
「え、二倍って、そっちに利益がにゃいじゃにゃい」
「初回限定サービスだ。次からは1.5倍で頼むよ」
流石にレアドロップ品は相場の二倍で買う余裕はないといって、相場に色を付けた程度でトレードを終えた。
笑い続けるドワーフの男は、小さく手を上げて謝罪の意を表す。が、全く行動が伴っていない。
感謝すべきなのだろうが、どうにも馬鹿にされているような気がして素直に礼を言えない三人である。
「いやあ、失礼。くふっ、変にツボに入っただけだから気にしないでくれ。ああ、見えてるだろうけど、俺はスミスだ。まんまで覚えやすいだろ」
やはりスミスは笑い続け、フレンド登録を済ませたとき、ようやく笑いが治まったようだった。
まだひくひくと動く頬が、「何かあればいつでも笑えるぜ」と待機している事はこの際無視しよう。
「けど、まさか売ってもらえるとは思わなかったんだわ」
スミスは語る。
フィールドからプレイヤーが帰還するのを見て、門の前に近付いた。その時点で、ビャッコら三人が装備に店売りにないものをつけていることに気がついたらしかった。
三人は技術スキルツリーをほとんど解放していないために知らなかったが、装飾スキル系列に素材アイテムの見た目そのままに、武器を含め装備に飾りとして付けられるというスキルがあった。
スミスはそれを知っていたため、惜しげもなくレアドロップすら装飾に使っているのを見て興味を持ったのだと言う。
もしその装飾がレアドロップを顕示するようなものだったなら、ただの馬鹿な生産者とみなして、売ってくれるはずもないだろうと無視していただろう。
だが、実際にはそうではなく、デザインとしてとてもしっくりときており、他にもあるレア度もまちまちなアイテムと同列に扱っていた。このことに好感が持てたため、声を掛けたという事だった。
「しかも、普段着登録のそれ、フィーメルで売ってる奴だろう? 戦闘着登録と違って装飾はないが、どっちも世界観にぴったりな、普段着登録に相応しい服装ときた。こいつらどんだけTRΨAND楽しんでんだよって話だろ。しかも戦闘動機が私怨!? 笑うしかないって。お前ら最高」
また笑い上戸に入ったスミスを見て、どうしようもなく肩身の狭い思いをする。デザインを気に入っているのは確かだが、これは貰い物である。
スミスは三人のそんな気まずそうな顔を見て、先の私怨の話と繋がったようだ。
「もしかして、あの戦闘着登録してた服って、その仇さんが作ったのか?」
「ええ。まあ、仇討ちと言うほどオレたちは怨んでるわけじゃあありませんけど」
「だろうねえ。くふっ、ギャフンと言わせるんだろ? 憎い相手にそれはない。ああ、どうせゲームなんだ。タメでいい。リアルでどっちが年上かを議論するのは、DECIMAのバグを探すことくらい不毛だからね」
時間はそろそろ遅くなる。軽く情報交換をした四人は、また連絡を取ろう、と約束をして別れの挨拶をした。
湧き上がる昂揚感。
これで。
スミスと仲良くやっていければ、このスザクお手製の武器をも越える良品を売ってもらえるかもしれない。
「ギャフン」と言わせるときが近付いた。
三人はスザク製の武器を取り出してにんまりと笑って。
「ちょい! そ、それ、もしかして、その仇さんがくれたっていう武器!? よければ見せて欲しいんだけど!!」
引き返してきていたスミスが、セイリュウの低い肩に手を乗せて息を整えながら言った。
「オレ、オブジェクトじゃないんだけど」
「あたしは構わにゃいわよ」
「そうか! ありがとう!」
セイリュウの抗議はビャッコに無視された。
「な、無視するなよ……。あ、ちょ、ビャッコ! 勝手にオレの武器とってくなって。まあ、見てもいいけど」
「はっはっはーっ! その低身長だから仕方ない」
「お前が縮めたんだろうが!」
「ひたいたいたいたいたいたいたい! 口ひっぱってぶらさがるなって! お前がそれしたらマジでガキにしかデデデデデッ!」
隣で男子二人は抓り合いのケンカである。戦況はセイリュウが優勢だった。
「学生さん?」
「にゃ、にゃんで分かったの?」
「あんなの見てたら、な」
スミスは武器ステータスを開いて検分を始め、持ち柄に彫られた「スザク」という銘をゆっくりとした動作でなぞる。貪るようにしてステータスに目を通していくスミスの顔には、怒りとも喜びともつかない感情が浮かび、愛おしそうに三つの武器を撫でていた。
名残惜しそうにしながらも、スミスは恭しい手つきでビャッコに武器を返すと、未だ抓り合いを続ける二人に向かって言い放った。
「仇と言ったな。撤回しろ。そして崇めろ」
「唐突過ぎる!」
ゲンブの突っ込みに、スミスは大きくため息を吐いて続けた。
「あんな。この武器、現在プレイヤーが持っている武器の中でも最強の一つって言ってもおかしくないくらいの性能、デザインだぞ。レベル制限にしちゃあ強い」
「相場はどのくらいなんだ?」
スミスはセイリュウに向かって大きく頷くと、声を潜めた。
「はー、NPCショップとか掲示板見れば分かるだろうけど、店売りで見つけようと思えばさらに10レベは欲しいな」
「マジでか」
「マジでだ。そんなレベルのモンを軽く渡して別れてるわけだろ。どう考えてもお前らが勝手に拝借されたっつー素材より額にして高い」
レベル制限がレベルだけに強いという認識はあったが、よもやそこまでのものだとは考えが至らなかった三人だ。衝撃の事実に頭が追いつかない。
「はー。まあいい。スザクさんに会ったときは俺のことを紹介してくれよ。ギャフンと言わせたいのはそいつだけか」
「い、いや、あと、アスカって奴も……」
「アスカ、だと? 全角カタカナか?」
目の色が変わる。まさにそんな様子だった。ゲンブは気がつかないままに言葉を連ねる。
「そうそう。って、なんで全角カタカナって特定? ん、何か聞いたことあるな。えっと……」
「馬鹿! デスゲーム化した張本人でしょうが! にゃに馬鹿にゃこと口走ってんのよ!!」
すかさずビャッコの平手が入り、ゲンブはようやく自分の発言に気が付く。関係者と疑われても仕方のない文言だ。だが、スミスはビャッコとセイリュウの態度を見て、ひとまずデスゲーム化をした相手として倒すべき対象に入れているものと納得したようだ。険しい顔はそのままだが、構成成分に苦笑いが配合された。
「そうか。まあ、あいつ桁違いに強そうだったが、絶対ぶちのめしてくれよ」
さらっと言ったその語気は荒い。そうして、スミスは用は済んだとばかりに背を向け、武器なら任せろと胸を叩くと、そのままに立ち去って行く。
別れを告げて、手を振って。
そしてその後姿を見て。
「やっぱゲンブは馬鹿よね」
いつもより数段トーンの低い「馬鹿」に、突っかかる気分も落ちてしまった。不満だけが滞って唇が尖る。
「もう少し考えてからものを言え、って、言っても仕方ないのがまあ、長所でもあるし」
そんな言い方をされても嬉しくなんかない。どう考えても短所を挙げ連ねているようにしか思えず、ますます口は尖る。
「あんたね、まだ分かってにゃいでしょ。アスカは、デスゲームを開始したデスゲームマスター、いわばお尋ね者よ。敵って認識してないほうが不自然よ」
「そ。オレも、あいつらの身の振りどころは計りかねるけど、少なくともいい顔はされないさ。せっかくの申し出をふいにするところだったんだぞ」
「そんな事言ったって、お前らだってあいつらがやったわけじゃないって思ってるんだろ!?」
声を荒げたゲンブに抑えろと言って、二人は首を横に振った。
「分からない」
「分からにゃい」
二人の返事は間髪いれずに出てきた。それが尚の事面白くない。数日の付き合いだろうとなんだろうと、認めるわけにはいかなかった。
そうしてますます仏頂面をするゲンブに、二人は諭すように声を和らげた。
「そりゃあ、どんな奴かが分かるくらいには一緒にパーティ組んで、戦ったりもしたけどさ。オレも一晩考えてみたよ。結局あいつらは信じろなんて一言でも言ったか?
『勝手に僕に騙されて。悪いようにはしないから』
それだけだろ。納得いかなくても、それで窮地に立たされるなんて望んでないだろ」
「そうよ。あの二人のフレンド、全員が全員だんまりを決め込んでるわ。あの声明は嘘だったとも、にゃんとも。その人たちの方があたしたちよりもずっと二人のことは知ってるんだから」
「でも、でもよぉ……」
それでも諦めのつかないゲンブに、セイリュウは冷ややかに言い放った。
「お前はどうしてそこまで躍起になってるんだ。言ってしまえば行きずりだ。お前がそこまで思い入れる必要はない」
その一言に得も知れぬ反発を抱く。
必要がない。そうじゃないんだ。行きずりだとかそんなコトは関係なく、ただ、そう。
「俺は自分が正しいと思ったことをする! あいつらの主義とかそんなの関係ねえ! ただ、俺はあいつらを信じて、それを曲げたくないだけだ! あいつらは本当だとも嘘だとも言わなかったわけだろ? 勝手に信じろって事だろ? だったら俺は! 俺の信じたい方を信じる。悪いか!」
二人の表情が、崩れた。険しかった顔は、呆れたように笑い出す。
そんな二人の笑い方が、昨夜のスザクを連想させる。
そうだった。信じるに足りる理由は、あるじゃないか。
「それにアスカの演説! あれ、要約したら、『絶対に死なないようにラスボスを倒しましょう』ってことじゃねえか。デスゲーム発生させといて、普通死ぬなって言うか?」
まるで気でも触れたような言い草で、普段の二人を知っていてもなお本能的な恐怖に襲われる哄笑。
あれをまともな人間とは、流石のゲンブでも思えない。
けれども念を押すかのように繰り返していたのは、決して死ぬなという意図のものに聞こえた。あれを聞いて、脳が理解を拒絶しようと、自殺してまでその正否を確かめる気になれるようなら、そいつはよほどの馬鹿か、言語が分からないに違いない。
引きこもりたいなら好きにしろ。挑戦するなら実際に倒れる訳ではないバトルフィールドで。
二人も思い返していたのか、三人して青い顔で震える。
「分からにゃいでもにゃい。けど、あれが演技? 演技だったら、それはそれで、嫌よ」
返す言葉もない。
「そうだ。ゲンブは、あのあと観戦じゃなくて、スザクといたんだろ? そういう話は?」
「これ言おうとしたら、言いたいことは分かってるっつって、聞かせるなって……。ビャッコ、何でだと思う?」
「あたしに聞かれても知らにゃいわよ……」
考えが行き詰まってしまった。そんなとき、セイリュウがポンと手を打って朗らかに笑った。
「なんにせよ、分からないこと尽くしは変わらないんだ。どうせ、オレたちがすることは決まってるよ。違うか?」
ビャッコとゲンブは顔を上げ、二人揃って口を開いて。
「ラスボスを倒す!」
「ギャフンと言わせる!」
「……ゲンブ、ここでそっちを言うか? まあ、どっちもだな!」
「そ、そうだぜ! 細かい事気にしてるとハゲるんだぞ! そして旨いメシのある宿屋だ!」
「小学生か! いいわ。時間も時間だしね」
夕方の長い影は、三つ、団子のように連なって歩いた。