俺たちの冒険はこれからだ!
三人だけ。一人じゃない。五人じゃなくなっただけ。人数は十分にいる。そのはずなのに。相手はただのザコのはずなのに。
こんなにも手こずるのはなぜなのだろうか。
セイリュウとビャッコの剣戟が煌き、ゲンブのパチンコが火を噴いて、辺りのモンスターが数を減らしては、ポップによって元に戻る。
たったそれだけの単純作業といえばそれまで。それでも、レベルを上げて、技術を磨いて、スキルと魔法を駆使して敵を一掃して行く快感は何にも勝る。そう思うからこその武器で、レベル上げという苦労が娯楽となる。
あまりにも弱い敵を相手に無双して、最強を気取る井の中の蛙なんてつまらない。自分が敵うか敵わないかくらいの敵を相手取るスリルがまた楽しい。
はずなのだが。
格下の敵、デスゲーム化しての小手調べとしてのつもりだったこのフィールドで、突然に相手が強くなったような感覚に襲われた。
体力は少しずつだが確実に減らされ、回復薬の消耗は目に見えるほどに増えた。
今までならば再ポップするまでに視界に入るモンスターはあらかた倒せていたというのに、今は取りこぼしが多い。
狩場荒らしと罵られてもおかしくないレベルで、下手くそ初心者となじられる被害妄想。
今までだって、スザクとアスカという攻撃の要はいたが、二人ともどうも援護ばかりを好み、取りこぼしと三人の手の回らないモンスターだけと戦っていた。そのため、実質的にはそれほど環境は変わっていないと思っていた。けれど、この現状を見る限りではそうとは言い切れないようだと今更ながら気づく。
「やっぱ、あいつらがいた方が、っくぅ、悪ぃ、回復サンクス」
「言っても仕方ないだろ。はっ、ふぅっ、パーティ募集でもするか? オレはあんまり気が進まないけど」
戦闘効率の低下は著しい。人数の問題ならばと提案するが、基本的に内輪で遊ぼうと思って始めたオンラインゲームだ。大変だろうと気乗りしないものは気乗りしない。
立ち去った二人のレベル、そして数値外のものが如何に大きかったかに起因しているのだろう。五人パーティから三人パーティに減ったという以上に、二人の存在は大きかったのだ。
それでも、問題はそれだけではないのだ。
擦り傷が増える。避けきれずに体力を持っていかれる。狙いが外れる。
これは確実に、三人の問題だ。
この辺りのモンスターは基本的に、近くで戦闘が行われていない限り自分から攻撃しに来ることはない。いわゆるノンアクティブモンスター。近くのモンスターを一掃してしまえばもう気にすることはない。
そう思うと戦い続ける理由すら失った気がした。
最後に残っていたライクラビットを撃ち抜くゲンブを見て、ビャッコは棒立ちになっていた。
ビャッコ、セイリュウ、そしてゲンブが順に武器を下ろした。
「で、どうするの? あたしも気は進まにゃいけど、人数が多いほうが効率がいいのは確かだし。ってか、そもそも戦うの? どうせ攻略はあの二人とか、そのフレンドの強豪が戦ってくれるんでしょ? 勢いでああまで言ったものの、結局倒さにゃいといけないのはラスボスで、しかもそれ倒したら戻れるかってのも不確かにゃわけでしょ? さらに言っちゃえば、アスカの仮説を信頼したとして、肉体はどこにあるのよ。肉体の衰弱死っていうタイムリミットも曖昧な状況で、必死ににゃってどうにゃるのよ」
爪先で地面を蹴る。自分でしておきながら、土が抉れる感触と、さっと撒かれた土煙に慄く。なかったはずのリアルなエフェクト。少なくとも、これほどまでではなかったはずだ。
「おい」
ビャッコの様子を見て、ゲンブは声を荒らげる。コメディタッチの顔に皺を寄せ、険しい顔のまま「あー」とか「うー」などと言って唸り始める。それだけならまだしも、彼はその場でぐるぐると回り始め、ビャッコとセイリュウは呆気に取られて言葉も出ない。セイリュウが肩を竦め、ビャッコが怒鳴りつけようとしたとき、ゲンブがふいに動いた。
けたたましい爆発音が続けざまに二発、モンスターの消滅サウンドが二つ。そしてゲンブのもどかしそうな呻き声が叫び声に変わり、再び破裂音が鳴った。
仁王立ちで銃を構え、地団太を踏んで三度撃つ。
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよっ。死ぬのが怖くない奴なんているもんか。けどよ、誰かがやってくれっからぬるく遊ぶって、それは違うだろ。なあ! もうわっかんねぇよ? 俺だってこの通り足震えてっし、あいつらいなくなって難易度上がってビビってっけどさあ、でも、あいつらも運営も関係ないって言うんなら、条件は同じだろ。たぶん、俺があんな腑抜けたこと言ったからあいつらも愛想尽かしたんだ。けどそれって悔しくねぇのかよ。だって、要するにさあ、お前らといても仕方ないから先行くってことだろ!? なあ!!」
沈黙したままの二人にゲンブは顔を向けない。何かを吐き出すように雄たけびを上げ、何度も何度も弾を込めてはぶっ放す。
頭の中であれやこれやと考えるのは苦手だった。きっとビャッコの言うように、誰かがクリアしてくれることを待つのが賢い方法なのだろう。はっきり言ってこんなふざけた死に方なんて望んではいない。こんな事態は物語の中のどこかの誰かが勝手にやってくれて、それをすごいな、などと言いながら、胸を熱くしながら見るものだ。
当事者になるようなものじゃない。
だが、当事者になった以上、何もしないでいるなんて、できるはずがない。
もはやこれは理屈じゃない。衝動だ。
「死にたがりだって言うのなら好きに罵れよ。けど、俺はっ! こんなとこで、脇役なんかで終わりたくなんかねえよ! つか嘗めんな! 次あいつらに会ったら、ギャフンと言わせてやろうぜ」
どこか遠くを、二人の立ち去った方向を指差して吠える。
清々しいほどの宣言に、二つ、笑い声が湧いた。
「なんだよ。笑うなよ」
むくれて口を尖らすゲンブに、笑い声はますます大きくなる。
「いや、そんなつもりじゃないから。ハハ、ああ。そうだな。お前の言う通りだ。立ち止まってても、仕方ない」
「そうよ! 悪かったわね。でも、もう迷わにゃいわ。一緒にいにゃかったことを、こっちが後悔させてやるわ!!」
尊大な態度でビャッコが高笑いをし、ゲンブが同調して高笑いをする。セイリュウがくすりと笑い、武器を手に取る。
ここからが、本当のデスゲーム攻略だ!
走り出した三人の視界を、メッセージが横切った。チャットウィンドウには個人チャットが二通ずつ。
緊張感だとか上がっているボルテージだとかを気にしないのはチャットでも変わらないらしい。もはや笑いすら起こるレベルだ。送り主は見るまでもなくアスカとスザクだった。
『決起した? ねえねえねえ。(゜∀゜≡゜∀゜)ギャフンと言わせたいならそれ相応の覚悟で来てよ? 僕たちをがっかりさせないでよ? ねえねえねえ。(゜∀゜≡゜∀゜)屮カカッテコイヨ』
『アスカがうざくてすみません。ま、この装備送りますので、せめてこれを装備できるレベルにはなってくれませんと話になりませんけど。』
スザクの方が素でうざかった。一層決意の炎が燃え上がる。
それよりも辺りを見回したくなったのは三人共だった。が、姿はなく、マップには位置情報非表示でもなく、不明。まだ到達していないためにエリア解放されていない地域にいるという事だった。
つまりはこちらが見えていないというのに想像だけでタイミングも、話していた内容、少なくともギャフンというキーワードを当てられたという事で。
冷汗の出る三人は、それ以上考えることをやめた。
その後メールで届いた装備というのは、三人それぞれの武器、大剣、短剣のセット、銃と、それから弾がいくつか、これはあてつけに違いない。どれもレベル制限が35レベルと高――
「っておかしくね!? あいつら30レベだっただろ!? 少なくとも今朝までのバトル前のステータス開示の時点ではさあ!!」
「チート使ってるにゃらこうも堂々と……、あの二人がチートするような人とは思わにゃいけど、する人だったら悪びれにゃいわね……。って、そうじゃにゃくて。考えたら負けよ。ほらあれよ。デスゲーム化する前にレベル上げてるんだから、十レベくらい上のエリアに行ってても不思議じゃにゃいわ。普通は同レベル帯でも手こずるとかいう常識は置いといて」
兎にも角にも、現時点では倍以上もあるレベル制限の武器を装備できるほどには強くならなければ、ギャフンと言わせるどころか鼻であしらわれるのが関の山だ。
「けど、この武器引っさげて会いに行ってって、それじゃ芸がないよな。せめて、これより抜群に性能のいい武器を持って倒すくらいじゃないと、ギャフンと言わせられないよな」
愉快そうに言うセイリュウの目はガチだ。つまりちょっと怖かった。低身長と童顔に似つかわしくない獰猛な笑みはもはやホラーだ。
そんな折に三人それぞれに再びメッセージが横切った。なんだなんだと見ればアスカから。
『そうそう。言うタイミングなかったから言えなかったけどさ、ビャッコに諭されてるセイリュウって構図が、お母さんに怒られてる子供って感じがスゴイして、もう、消音して見たかった! いやあ、本当に。』
鬼気迫る様相でタイピングするセイリュウからは何か立ち上っている幻視すら見せた。個人チャットらしく内容は開示されないが、例えどんな内容だろうとアスカがそれを見て大爆笑するのはありありと目に浮かぶ。
「さてと」
苦い表情を頭を振って振り払い、ギラギラと燃える瞳で二人を見つめる。
対する二人も、噴き出しそうな表情を気合で押し殺して、そして二人を思い浮かべて目の色を変える。
「色々と邪魔が入ったけど、それじゃあ一つ、あいつらをギャフンと言わせに行こうか」
「おう!」
ここに明らかに周りとは目的の違うパーティが誕生した。
辺りのモンスターがここまで弱かったかと驚愕することになるのだが、曰く、「二人には感謝なんかしてないんだからっ」だそうである。