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覚悟はすでに決めている

「で、こんな馬鹿やれる身分なのかな、キミ」


 アスカはいつになく突き放したような冷たい声で、街の門に向かう足を止めることも、振り返ることすらせずに言った。

 スザクも立ち止まる気はないらしい。ゲンブがいることを全く意に介していないような速度で進む。


「スザクにも言ったけどさ、俺、お前らがデスゲーム化させたなんて思えねえんだよ。だって、そうだろ? 天下の《鉄壁のナイト》と《お転婆ウィッチ》だろ?」


 《お転婆》はハジマリセカイで《ナイト》とコンビを組んでいたINT全振りプレイヤー。特徴も当てはまる。


「馬ぁ鹿」


 スザクがそうだったように、アスカは頬をほんのりと赤くしながら呟いた。歩調が緩む。

 ふっとスザクが首を回した。追ってアスカ、ゲンブがそちらを向く。


「セイリュウと、ビャッコですね」


 事実だけを淡々と告げる。


 近付いてくる二人はなんだか雰囲気がおかしかった。セイリュウはマップを閉じると険しい顔をして、早足で近付いてくる。追うビャッコはちらちらとセイリュウとゲンブらを見比べては、憂い顔で俯く。セイリュウに声を掛けようと口を開いては、結局何も出てこずに閉じることを繰り返していた。


「おーい、セイリュウー、ビャッコー。んだよー、そんな辛気臭い顔してー」


 ゲンブはへらへらと笑いながら大きく手を振った。周囲の見知らぬ人からも白い眼で見られることに気付いていない。現状をまるで理解していないようなゲンブの言動に、セイリュウは歯軋りをしてアスカを睨み付けた。それを受けて、アスカはたちまち笑顔になった。


「そうでないと。もう、ゲンブがむたくた頭弱いから辟易してたところだよ。ゲンブはメニューを開いてログアウトをタッチするべきだ。そのおめでたい頭、どうにかならない?」


 ゲンブがアスカの言葉を吟味する前に、セイリュウが吠えた。


「何で、何でこんなことするんだよっ!!」


 セイリュウは大剣を手に取る。オブジェクト化したばかりの、まだ描画の完了していない大剣を、一薙ぎした。


 ここは街中だ。

 知ってる。


 アスカのデスゲーム化宣言を聞いたときと同じ、激しい想いのままに走り出す。


 つまりは安全圏内だ。

 知ってる。


 ついにセイリュウはアスカの目前まで迫った。


 剣を振るったところで。

 知ってる。


 腹の底から絶叫した。


 何の効果もない。

 知ってる。


 振り下ろした大剣がアスカにぶつかり火花を散らす。


 効きやしないんだ。

 知ってる!


 ガキンと、とても硬いもの同士がぶつかった音だけさせて、弾き返された。


 どうしてそんな無駄なことをする。

 知ってる!


 再び、やたらめったらと斬りつける。型なんてあったものじゃない。


 倒したいならアスカとの戦闘に加わっていればよかったじゃないか。

 知ってるって!


 大きく振り上げ、渾身の力を込めて叩き付けた。


 逃げたんだよ、臆病者。

 知ってるってば!


 一際大きな火花が、眩いほどに迸った。


 勝てやしないだろ。


「分かってるって……、言ってるだろ!!」


 心がうるさくて、仕方なかった。

 勝ち目なんてない。そもそも勝つ気があったなら多対一だった戦闘に加わっていた。

 オレは不正、チートがないかと疑って、傍観者を決め込んでいたんだ。

 違う。

 ただ、絶望するのが怖くて逃げたんだ。


 弾かれた大剣が、セイリュウの手を離れ、乾いた音を立てて地面を転がった。スッと光の集合体に変わり、セイリュウの中へ消える。


 ぺたりと情けなく尻もちをつく。


 歯噛みし、顔を上げることもできずに拳を握った。ビャッコがそっと側にしゃがみ込み、その手を包む。


「セイリュウ……。ねえ、あんたたち、本当に」


 ビャッコが言葉を切る。セイリュウが立ち上がり、アスカを真っ向から見据えた。

 アスカはセイリュウが走り出したときから変わらない、不動の笑みを、値踏みするような趣味の悪い笑みを浮かべたまま見つめ返す。


 その表情はデスゲーム宣言のときの顔に通じると同時に、いつもの好奇心にあふれた顔にも通じているようだった。


「なあ、本当に、お前らがデスゲームにしたって言うならさ。……ビャッコだけでいいから、オレのことは殺してくれて構わないから、出してやってくれないか? 頼む」


「ちょっとセイリュウっ、にゃ、にゃに言い出すのよ!」


「そ」


 同意しかけて身を引くゲンブ。俺空気読む子、と呪文のように唱える。

 集まっていたギャラリーも固唾を呑んで事の行方を見守る。

 スザクもまた傍観者を決め込んで三人を見ていた。


「なかなかカッコイイ事言うね、お兄さん。彼氏さんあんなこと言ってるけど、どうなの? 実際」


「彼氏じゃにゃいけど良い訳にゃいでしょこの馬鹿っ! あんたに死にゃれたら困るのよっ。分かってんでしょ!?」


 パシンと、平手打ちが炸裂した。目元に涙を溜めて、再び手を上げて、下ろす。膝立ちのまま俯き、今度は燃えるような瞳でセイリュウを威圧する。

 ポロポロと涙が零れ落ち、頬を濡らした。


「デスゲームがにゃによ! 全員、誰も死にゃずに生還すればいいだけのはにゃしじゃにゃいの、このドヘタレッ!」


 ビャッコとセイリュウは、二人で戦闘の様子を傍観していた。アスカは一人であるにも関わらず、バトルロワイヤルで、明らかに善戦していた。

 武器は大振りの盾と槍、それをまるで手足のように滑らかに扱い、次々と挑戦者たちを仕留めていった。

 力量差は歴然としていた。

 始めにステータス開示をしていたために多くは断念していったが、それでもと食らいついた挑戦者たちを容赦なく倒していった。

 防御全振りと言っていた通り、ステータスの《攻撃》は低かった。だが、それでもまだ序盤である。どれほど高威力の槍なのだろうか。槍の攻撃力も加算されてか、少しずつでも確実にダメージを与えていった。

 対して挑戦者側は連携も何もあったものではない。稚拙な連携でスキルや魔法で集中砲火を浴びせた。

 アスカはそれら全てを、“避けた”。

 見事なまでのヒットアンドアウェイ戦法が功を奏し、たとえ当たってもその高い防御力に阻まれ、自然治癒スキルが無に還す。

 回復アイテムは使用不可。

 卑怯だと罵られようと戦術を変えない堅実さに隙はなく、レベルの近いプレイヤーなどは、SP切れを起こして、毒の追加効果に沈む。

 途中参戦した妙に存在感のあるプレイヤーが、派手で豪快な技を連発して味方さえも倒していたことはあったが、そんなプレイヤーさえも笑顔で、笑いながら仕留めていった。

 動画での華やかさなど微塵も感じさせない泥臭い戦いだった。身のこなしは頭一つ抜けていたが、不正などない、ステータスに相当したものに見えた。

 唯一気になったのはレベル差くらいか。

 それでも。入場時に見たマップでは、アスカ経由のフレンドは誰一人として戦闘に参加していなくて。

 だからきっと。


「だいたい、やっぱりあたしにはアスカがやったとは思えにゃい。トラブルだって、言ってたじゃにゃいの。セイリュウだって……、ねえ、そうじゃにゃいって思ってるんでしょ?」


「…………。ああ。でも、もし、アスカがやったなら、オレはなんとしてでもビャッコを、こんな危険な場所に置いておきたくない」


 再び平手打ちをした。咲き誇る紅葉は二片に。


「馬鹿にしにゃいで」


 啖呵をきる。泣かない、泣いてる場合じゃない。


「自分が死んでもいいからってにゃに様にゃ訳? それで帰されて、セイリュウはもういにゃい、ゲンブの安否は分からにゃい、にゃんて、耐えられるわけにゃいでしょ!? さく……、妹はどうすんのよ。そんにゃにゃさけにゃいカッコの付け方して、きゃーあたしのためにここまで体張ってくれるんだー、にゃんて言う馬鹿おんにゃじゃにゃいのよ。ねえ。知ってるでしょ? だったら。オレがラスボス倒して一緒にここから出よう、くらいの根性見せにゃさいよこのお馬鹿ぁ!」


 ダンと拳を地に叩き付けた。

 ギンと向けられた視線を受けとめて、セイリュウはゆっくりと頷く。「白虎の癖に、女豹のポーズ?」なんて言って茶化して、ビャッコの頭を抱き締める。ぽんぽんと、頭を撫でた。


「ごめん。オレの気持ちばっかり先走ってたな。分かった。絶対に、死なせたりなんかしないから」


 その場にいたアスカすら霞む恋愛劇は、ひとまず閉幕のようだ。ビャッコが立ち上がり、二人してアスカに向き直る。


「ねえ、あれって嘘だろう? 嘘だと言ってくれよ。何か訳があってあんなことを言ったんじゃないのか? あのとき、零時ぴったりに何かを始めたのは、ログアウト不可に気付いたからじゃないのか?」


 アスカは人差し指を口元にあてにんまりと笑うと、面白いことを言うね、と呟いた。


「じゃあ、荒唐無稽な話と、明確な攻略方法と、どっちが好み? 明確な攻略方法なら、もうすでに開示してるわけだけど」


「それってつまり、お前らが考えるこの事態の原因は、荒唐無稽なものだってことなのかよ」


 ようやくゲンブも会話に混じる。


「まあまあまあ。そんなに結論を急ぐなよ。ただ、そうだねえ。可能性の話さ」


 二人はログアウト不可の現状には一切関与をしていない。

 運営すら関与をしていない。

 ただの超常現象が起きている。


「そんな可能性も、有り得てしまうわけですよ。あくまで、可能性としてですが」


 スザクが締め括り、今の今までにこやかに立っていたアスカは、さらにわざとらしい程に作ったような笑顔を向けた。その上ちょっぴり困ったような苦笑いまで貼り付ける。


「そりゃあ、僕たちは会ってから一週間にも満たないからね。いきなり信じて欲しいって言ったって信じてもらえるような話じゃないよ。僕も今でも信じられないんだもん。あの時あんな言い方で、デスゲームマスターだなんて言ったのは、混乱を避けるためだったんだよ。一週間も! 僕と一緒にパーティ組んでたんだから分かるでしょ? だからさ、僕と一緒に戦って欲しいんだ。もしかしたら、他のプレイヤーを、キルすることになっちゃうかもしれないけど……、でもっ、みんなで外へ出るためなんだよ。多少の犠牲は、仕方ないでしょ? だって、外へ出ようと頑張る僕の邪魔をする人は、外へ出るのを邪魔する人でしょ? さっきまでしてた戦闘は観戦にも来ないでって言ったよね。本当に、来なくて正解だったと思うよ。すっごく野蛮な人たちばっかりだったんだもん。ねえ、お願いだよぅ」


 声から滲み出る媚びにゲンブは顔をしかめる。

 見せ付けるような嘘と矛盾だらけの、下手な三文芝居の大根役者のような言動に、セイリュウとビャッコも辟易とした表情を浮かべた。


「オレたちにそんな見え見えの嘘吐いて、一体何がしたいんだ。もしかして、演説のときに言っていた、共闘相手としての勧誘のつもりなのか?」


 セイリュウはあえて選んで演説のときの話を付け加えた。じっとりと睨みつけながら言ったのは、不審の表れではなかった。勘ぐり過ぎでなければなんて無茶振りをするんだと、軽めの非難を込めたものだ。

 アスカは糊付けの笑顔にヒビを入れて、それが割れる効果音、つまるところ舌打ちを、ギリギリ周りに聞こえる音量でやった。それでさえセイリュウには礼に聞こえるのだから、慣れで頭がおかしくなったのかもしれない。

 人垣になるほどだったギャラリーは、もうだいぶ薄くなっていた。


「ま、とにかくだ。さっきまでの戯れ言はエイプリルフールだったってことで適当に流しちゃってよ。んで、こっから本題。僕はあんな大勢に威勢よく啖呵切っちゃったからさぁ。アッハハハ!」


「笑い事じゃねぇよ」


 ゲンブに一蹴されてもアスカは強い子。ニヤニヤ笑いは止まらない。


「だから、ここでバイバイ。厄介ごとに巻き込むのはこっちとしても本意じゃないし。楽しかったよ」


「また何かあれば気軽に声を掛けていただいて結構ですので。またどこかで会いましょう」


 スザクもまた澄ました顔で、ニッと笑った。

 三人に背を向けて、アスカとスザクは街の外へと歩き出す。デスゲームのただ中へと。


「おい、待てよ」


 ゲンブが言った。

 しかし、二人は聞こえていないかのように、その歩みを止めない。

 セイリュウはゲンブをちらりと見ると、何も言わずに二人の後を追って街の外へ出た。


「ゲンブ、お前はどうしてそんなところにいるんだ」


 ひどく怒った声でセイリュウはゲンブを睨んだ。

 その意図を理解したビャッコもセイリュウに続き、街を出た。


「あの二人が、安全圏にゃいにゃんかに留まるわけにゃいじゃにゃい。あたしたちはもう決ーめた。あとはゲンブだけじゃにゃい」


 あかんべえをして二人も背を向けた。


 ゲンブは自分がしていることに気がつく。


 そうだ。スザクが、アスカが、戦う意思のないヤツの言葉に耳を貸すわけがないんだ。

 一緒に居るだとか、そんなことを言うなら、それを態度で示す。それが、誠意ってもんだよな。


 駆け出す。


 門の境界でBGMが、空気が変わる。


 まるで、世界が一気に冷たくなる感覚。


 これが、デスゲーム――。


 こんなところで、ソロはもちろん、二人でですら、生きていける自信がない。


「俺も行くっ! ……俺達も行く。言っただろ? 俺は、ずっと一緒に居てやるって」


 叫んでスザクの肩に腕を回そうとしたところで、アスカに殴られた。


 けれど、今はそれで満足だった。

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