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開幕はハウリングと共に

 それは唐突に起こった。


 何の前触れもなく、プレイヤーが皆中央都市フィーメルへと飛ばされたのだ。


 それはとても異常なことで、この「エイプリルフールイベント」とは無関係であることは自明の理であり、決してあってはならないことである。

 けれども。この事態を異常だと認識し、その上で楽しむ、やっぱりかとさえ思うプレイヤーが少なからず存在するのだ。


「お、おい。この展開、ライトノベルで読んだことあるぜ。えっと確かこの展開はそう、《デスゲーム》。……って、うぇっ?!」


 ゲンブは自分で言っておきながらその考えに慄き、不安そうに辺りを見回している。辺りに知り合いは見当たらなかったが、ほかの人も同じように、混乱しているようだ。ちらほらと、デスゲームという言葉が飛び交う。

 すると。当然の成り行きとして、この世界のゲームマスターのアバターである、ひげを蓄えた白髪の老人が浮かび上がった。


「プレイヤーの皆様へ。これは『エイプリルフールイベント』ではありません。システム不調により、ゲームを正常に終了させることができなくなっています」


 この文言から始まる長々とした、システム不調による弊害の説明とお詫び。

 たまにイベント中にバグが出て、すぐさま対処とお詫びのテロップと、迷惑を掛けたという事でアイテムつきメールが届く、なんてことはあった。

 確かに、今回の事態の場合は規模が違う。それでも、前代未聞の大掛かりな突発事態に多くのプレイヤーが戸惑う。


 そんな中、他のプレイヤーと明らかに違う行動をするプレイヤーがいた。


 スザクはその言葉を聴きながら、いや、聞きながら、アスカを見る。アスカはメニュー画面をときにニヤつき、ときに憤りつつ、ひたすら操作する。

 ホロキーボードも、見えないながらにあるはずで、そのメニューさえ、基本オープン状態だというのに、クローズド状態、つまり非表示状態になっていた。

 らしくない。だが、今ならそんなものだろう。アスカは、システム内へのアクセスを試みているのだということを、彼女は知っている。


 見えないキーボード。スザクはキーボードで何を打っているかを判別することは読唇術よりはるかに簡単だと思っており、実際彼女にとってそれは簡単だった。

 しかし。

 この場合、分かるからといって意味を成さない。大体母音があれほど続かずに打てる文面なんて存在しない。


 内部の人間にとって、リアルのある人間にとって決して喜ばしい状態でないことは明らかだ。それなのに。

 俯き加減の二人の表情は、どうしようもなく笑顔だった。


 と、突然アスカは、その手を一切止めることなく、振り向きもせず、スザクに向かって話しかけた。


「スザク、この世界では、《ハジマリセカイ》のときみたいに、大暴れするね。騒々しくなる。ゴメンね」


 軽く笑っているのが伝わる。自分でも決して悪いとは思っていないのが見え見えだ。そんなアスカに、スザクは一番欲しているのであろう言葉を返す。


「それって普段通りってこと? もっと暴れてもいいよ。私も私で、満喫させてもらうし、ね」


「サンキュ、スザク。愛してるよ。なーんか権限が極端に制限されちゃってたけど、ま、目処はついてるよ。大丈夫。楽しいことが起こる、いや、起こすから。あとは、お・た・の・し・み、だよっ!」


 心なしか手の動きに切れが増したアスカは、何事もなかったかのように作業を続ける。


 ゲンブは遠目にその一部始終を見ていた。いったい何が起きているのか。二人は何を知っているのか。ざわめきの中途切れ途切れに聞こえた会話で、人の波をかき分ける。

 けれど、なかなか頑丈な人の波は動かない。辿り着けないままに、運営の文言は締めにかかる。

 長老は深くお詫びしますという何の解決にもならない無責任な一言を残して霧散した。


 それによって生まれた一瞬の静寂。アスカはそれを逃さない。


 アイテムウィンドウを出したアスカはいくつかのアイテムをオブジェクト化する。と同時にマイクによるキーンというハウリングが響き渡る。


 誰もが耳をふさいでいる間にも、次から次へとアイテムを取り出す。円盤型の滑空機能のある移動用アイテムや、メタリックな目玉に羽が生えた記録装置。

 さらに巨大な飛行スクリーンと音源であるマイクとスピーカー。飛行円盤以外はNPC商店でも市販されているものだ。円盤は管理者が使用しているのを見たことがある。

 それに軽々と飛び乗ったアスカは、スピーカーに向けていたマイクを口元に持ってくる。スクリーンとともに上昇して行き、カメラもそれを追いかける。


 自信満々、傲岸不遜に見下ろして、アスカはニヤつく頬を抑えもせずに口を開く。


「あ、あ~、テステス、ただいまマイクのテスト中。ん~、無反応。もしかして聞こえてない? 見えてない? え、これってトランス機能付き? いや、でも見上げてるよね。じゃ、じゃあ、僕の声が聞こえてる人、返事して!」


「はーい」


 一体何のつもりだろうか。事態の収拾をしてくれるのだろうか。期待を込めて見上げ、ゲンブもまた返事をする。セイリュウとビャッコの声も、見えないながらに近くに聞こえた。

 ちらほらと上がる声の中にはティアラの声がある。かすかに聞こえる猫の鳴き声はタマとミケだろう。ほかにもいくつか聞き覚えのある声があった。


「よかったぁ。結構マジな感じで心配だったんだよね。まー、ちらほらとしか声が上がらなかったけど、なかなかこのテンションについてくる人もいないよねー。じゃあ、僕の話を聞いてくれるかな? プレイヤーの皆さん、こんばんはー。僕の名前はアスカだよ。全角カタカナ《アスカ》だよー。みんなの同性、僕っ子アスカ! どうもどうもお忘れなく。えっとねー、んっとねー、皆々皆さーん、デスゲームは好っきでっすかー?」


 デスゲーム。何を言い出すんだ。この状況下で、そんな口調で。

 好きですか、だなんて、それではまるで、――じゃないか。

 スザクと、セイリュウと、ビャッコと、三人と合流しようともがくことも忘れて、ただ茫然と見上げた。


 アスカはそんなふざけたことを抜かし、愕然とするプレイヤーたちの顔、顔、顔を見下ろすと、満足げに頷く。


「そっかそっかぁ。あんまり好きじゃないかなぁ? でもねー、僕は大好きっ! ってことで、みんなにも楽しんでもらえたら嬉しいでっす!」


 群集はざわめく。納得などできるはずもない。明らかに怒気の混じった野次が飛び交う。


 ふざけるな、と。


 スクリーン上のアスカはぷくっと頬を膨らませて、映らない手でそっとマイクを動かす。


 再び強烈なハウリング音が辺りを支配し、ざわめきが小さくなるが、これでは反感が高まるばかりだ。


「うるさいなぁ。今はルール説明の時間でしょー? マナー違反はシステム誤作動を招いちゃうかもよ。ま、僕が誤作動を引き起こすんだけどねー。あはははっ、死にたがりはこの指とーまれっ。ってね。んじゃっ、いっちょルール説明行きますか」


 軽快な口調でトチ狂ったことを宣言し、「うるさい人はこの世からおさらばだよー」とさらに追撃し、それはそれは楽しげに笑う。


「ルールは簡単。キミたちはゲームクリアのために一生懸命になってくれればいい。ラスボスを倒せばキミたちの勝ち。あるいは、そうだね。僕に勝ってもキミたちの勝ち。ま、ラスボスより強いから期待しないほうがいいと思うけどね。多対一で問題ないけど、場合によっては僕に味方してくれる人を作ってチーム戦しちゃうから、それもよろしく。って、あれ? ルールってコレだけ? わわっ、デスゲーム運営って楽チンだねー」


 なんて素晴らしい日なんでしょう。くるりくるりと回転しながら、それでも地上からひそひそ声ばかりで、大きな声の不満は上がらない。

 それは底の知れない飄々とした態度に対する恐れか、目に留まることへの恐怖か、はたまた呆れか。


 アスカはポンと手を叩くとニィッと笑った。


「そうだそうだ、忘れてた。デスゲームとは言ったけど、流石の僕もVGにできないことはできないからね。なかなかうっざい安全装置で直接殺すなんてこと、出来ないからさー。死んだら通常のデスペナルティと同じでゲームからログアウトしちゃうんだけど、今回ログアウトできないように介入したからね。生身は死なない代わりにログアウト状態でもログイン状態でもない、何にもできないもどかしエリアに即転送っ。いつもなら十分後に入りなおせるけど、そこからはもう入れないからね。 ゲームクリアするまで出られない。緩やかな死に向かって一直せーん。戦闘にも関われないから、プレイヤーが戦闘不能になればなるほどゲームの難易度の上がる特別仕様! ワクワクするね!」


 怒号が上がった。続いて悲鳴が上がる。小さな綻びは伝播し、やがて大きなうねりとなって、アスカの眉をへの字に曲げた。


 ハウリング音が切り裂く。


「うるさいの嫌いだって言ったのに。そこまで言うなら、あははっ、そうだね。死んじゃったらゲームクリアまで真っ暗闇ってのも味気ないね。あははっ、僕、イイコト思いついちゃった」


 クスクスと下を向いて含み笑いをして、堪え切れないとでも言うように、飛びっきり下卑た笑みで見下して、目をひん剥いて、カッと口を開けた。


「キャハハハハハハハハッ! ねえねえねえねえねえ! キミたちィ! 延々とゲームばっかりして電力と金を浪費して寂しくこんなクソみたいな死因を世間様に晒す何ッの役にも立たないウジムシ共なんざ、生きていても仕方ないよねェッ!? カハハッ! そんな言葉で延々と言葉攻めってのも、おつな物かもしれないねえ! ほら、私って女声も、こんな男声も出せちまうからなァッ! ひたっすら詰って精神崩壊に追い込むのもイイかもしれないねェッ!? あー、くすぐりとかってどうなんだろ? 暗闇でただただ体を刺されるってどうなんだろねぇ!? 楽しみ方はいっぱいありそうだなあ。僕のオ・モ・チャ、にィッ!? なってくれる? キャハッ!!」


 夢見る口調で笑いは狂気(凶器)。肢体をくねらせ焦点は定まらず、プレイヤーたちの頭上をぐるぐるとぐるぐるとぐるぐると回る。快感の滝に身を撃たれたように、ビクンッと痙攣させるとふっつりと、糸が切れたように狂気がなりを潜めた。

 ニヤニヤ笑いは健在で、もはや声を上げるプレイヤーもいない。


 こんなアスカを、ゲンブは知らない。


「ああそうだ。もし、僕に遊んで欲しいなんて言う変態さんがいるなら、戦闘不能になるよりまず先に、僕に連絡して欲しいなあ。もっとイイ世界、見せてあげるよ。後の、普通に正常にカワイソーな人たちは、好きなときに不意打ちでも何でもすればいいと思うよ。攻撃してくれればこっちはバトルフィールドに引き込むから、そっちは死なないよ。死なれても困るからね。僕が負けるなんて万に一つもありえないけど、死なないように手加減して戦ったら変に希望を持たせてよくないし。あくまで、ラスボスを倒すことを目標にしてね。もし僕がどれほどの実力か見たいなら、これから戦うけど、どう? それ以外はここで解散ってことで。さあさあさあさあ、引きこもるのならご自由に! ゲームクリアもご自由に! 挑戦するのもご自由にィッ!! デスゲームの開幕だ。愉しませてくれよ? 健闘を、祈っとくよ」


 あまりにも無責任な終わり方だった。けれど、怒号すら上がらずに、すすり泣きすら上がらずに、群衆は小刻みに震えた。


 言っていることがめちゃくちゃだ。突然現れ、デスゲームと言い、自分が強いと見下して。ひたすら煽るような言葉を連ねている。


 それは承知の上でのパフォーマンスなのか。アスカは、心底楽しそうに足元の群集を見下ろしている。


 そんなアスカは群衆の間に視線を彷徨わせる。その先にはスザクがいた。スザクの周囲のプレイヤーは、ヒィッと小さな悲鳴を押さえ込んだが、アスカが目を合わせたのは確かにスザクだった。

 呆れ顔の彼女に、アスカは自慢げに親指で自分を指す。


 これが僕だと言わんばかりに。

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