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開幕前のインターバル

 ブルームから、フィーメル側ではなく獣人族領地エボルを進み、荒野ラバシに五人はいた。

 フィールド上ということもあり、バトル仕様の服装である。


 敵はコボットという、小型の狼のような二足歩行の動物だ。前足にパンチグローブを着け、その容姿から察せられる通り好戦的で、プレイヤーと見ればすぐさま襲い掛かってくる。

 レベルに合った狩場に来ているため、少しでも油断すると戦いが一気に厳しくなる。なるのだが、アスカとスザクは三人のいないときもレベルを上げていて、本当にピンチになると何はともあれモンスターを一掃していくため、これまでのところ街まで死に戻ったことはないのだった。


「ねえ、本気でやってないよな。手なんか抜いてくれるなよ」


 コボットを前に、目の前で障壁となって攻撃を防ぐアスカを睨み付けながら、セイリュウがいらだち混じりに言った。この頃、手抜きが目に余るほどになっている。

 対するアスカの方は飄々としたもので、「なんのことー?」などと言っては受け流している。


「なーんてね。……わかってるってば。いつぞやも言われたよね。でも、少なくとも僕は役目を全うしてるよ。現にパーティの誰一人として回復薬を使ってない」


「俺らが言ってんのはスザクだよ。お前らの技術がすごいのはもう十分分かってきてっけど、レベルだって相当上げてるんだろ? INTに極振りしてるって言うなら、お前ら二人ででも一瞬でここいらのモンスターなら片すことだってできるんじゃないのか? あんまり引き止めるようなら悪いし」


 ずっと後ろから戦うスザクの高速詠唱は、連続した火の玉を撃ち出し、敵モンスターの足元に放つ。まるでホースで放水するように火の玉の連なる様子はそれだけで圧巻だが、狙っている場所が場所だけに、ほとんどが当たることなくかわされている。そのくせ、仕留めるときはスマッシュヒットだ。これでは手抜きだと指摘してくれと言わんばかりである。


『やっぱり、一緒は嫌、ですよね。』


「別に、そういうつもりで言ってる訳じゃねえよ」


 先日の一件から、どうもスザクが引きずっているようで、ゲンブとしてはやりづらくて仕方がない。別にゲンブは、ある程度気心の知れた相手ならば、媚びる甘えた声を出しさえしなければ問題ないのだ。


「はーあー。やーだねっ。僕としてもスザクとしても、一緒にプレイしたいなって思ってるんだよ。言わなかったっけ? 僕たちはフォローするから、腕を磨いてよ。精度が上がったらぐっと強くなるから。それに、僕たちにばかり頼ってたら面白くないでしょ? 今のまま上に行けばキミ達は単に僕とスザクが稼ぐ経験値のおこぼれを貰うだけっていう、ただのパワーレベリングになっちゃうもん。それじゃあ向上するものも向上しないよ。いい? 僕のレベルはキミ次第。悔しかったらもっともっと強くなって見せてよ。これなら次の狩場でも問題ないって思わせてよ。ねえ!」


 くるりと回って見せてから、読解不能な高速詠唱で盾を生み出す。

 決して攻撃をしないアスカは、もうこの辺りのモンスターですらほとんど太刀打ちできないことは知っていた。攻撃魔法の場合、低級魔法はクールダウンがほとんどないために連発することができ、それがそのまま熟練度にもつながるため、スザクは無駄撃ちとも取れる連射をする。SPの関係もあり、自動回復で補える範囲にあるのが大きい。永久機関だ。対して防御魔法はそのスペックからSPの消費も激しく、また少し長いクールダウンも存在するためにあまり連発には向かない。熟練度を上げるにはより多く詠唱する必要があるのだが、それがむずかしいとなればわざわざクールダウン中に他の魔法の習得をしようとも思わない。SPだって無尽蔵にあるわけではないのだ。

 クールダウン中はモンスターの攻撃を引きつけ、盾で以って防ぐというのが常套手段となっている。


 すると、スザクが不意に詠唱を止め立ち止まり、メニュー画面を開いた。


「すみません。家の洋間の明かりがついたので一度落ちますね」


「よーま?」


 即座に反応したのはゲンブで、目を逸らしたがために接近を許したコボットに強烈なパンチを食らい撥ね飛ばされた。見ているほうが痛くなる光景だ。

 スザクはアスカと目配せをすると、三人に向けて軽く頭を下げてからその場で固まった。


 プレイヤーには攻撃をすることも、触れることすらできないが、モンスターの攻撃は当たる残像だ。プレイヤーキルやセクハラ防止と、デスペナルティを食らうのを恐れて即ログアウト、という行為を防止するための処置である。


「馬鹿だなあ。これだからゲーム脳はやだね。洋間だよ洋間。妖魔でも洋魔でもなくリビングルームの洋間。家からインしてるならちゃんとコード繋いでホームパス入れて、ホームセキュリティ設定してるでしょー? スザクは一人暮らしじゃないから家の人が起きてきたんでしょ。それくらい察そうよ」


 やれやれと振ったアスカの頭もすぐ側で、爆裂クルミが一発はじけた。

 パーティを組んでいるため痛みもダメージもないが、エフェクトで目くらまし程度の効果はある。


「ぎゃーあー。目ーがーつーぶーれーたー。どぉん」


 わざとらしくふらふらとした足取りでゲンブに体当たりをした。

 というか完全にわざとである。

 しっかりスザクのアバターとセイリュウ、それにビャッコは護っているのだから間違いない。

 再び接近を許したコボットがゲンブを撥ねる。ゲンブのライフはイエローゾーンだ。


 すると赤色が笑い声を撒きながら空を飛んだ。

 どさりと落ちた赤い塊はゲンブの脇に転がる。


『チームプレイで足の引っ張り合いはするものじゃないよ。小学生ですか。』


 早くも復帰したスザクがパーティチャットを利用した。空を飛んだのはアスカだ。撥ね飛ばしたのは言わずがもな、スザクである。

 それこそ足の引っ張り合いにも見えたが、彼女の場合もまたフォローを徹底している。

 魔法で辺りのモンスターを、近接コンビの周囲を残して一掃し、アフターケアは万全。戦闘中の二人のもとすら魔法を飛ばしてモンスターのスキルの発動を防ぐという離れ業をやってのけている。もはや人間業じゃない。


 無駄に洗練されて、かつ無駄に体を張ったボケとツッコミであった。


「やーん、インしたなら言ってよー」


『ポップアップは出てるはず。それでもやめなかったのはアスカでしょ。』


 魔法使いのスザクは戦闘中、基本的にチャットを使う。再開された呪文詠唱を心地良く感じながら、射撃に戻ったゲンブがふと呟いた。


「魔法、かあ。俺もできたら少しは楽になるかな?」


 独り言ではあったが、レスポンスは早かった。


「やめといた方がいいと思うよ。少なくとも、反射的に照準を合わせられるレベルにならないと。あ、レベルって言っても感覚的なものだよ。それにゲンブ馬鹿だし。ゲンブ馬鹿だし」


「二回も言うなよ。俺は馬鹿じゃ――」


「馬鹿がにゃにか言ってるわ」


「ああ。馬鹿がアイデンティティを否定してる」


 ゲンブの言葉を遮って、友人二人は口を合わせた。ケタケタと笑うアスカに憮然とした顔を向け、メニューを開こうと手を動かす。


『INTが何か分かりますか?』


「それくらい知ってるし。インテリジェンスだろ、常識的に考えて(JK)


「意味はー?」


「知力だろ。馬鹿にすんな」


「じゃあ英語で発音してみにゃさいよ」


「いんてりーじぇんす」


「イントネーション違うし。もはやカタカナ英語どころかひらがな英語だな。intelligence(ɪntélədʒəns)だよ」


「むっかー。意地でも俺を馬鹿にしたいのかよ!」


 ぷりぷりと額に怒りマークを浮かべながら、魔法系統のスキルツリーを開いた。

 赤いスクリーンに魔法のアイコンがずらりと並び、スクリーン上部には火、水、風、雷、地、光、闇とかかれたタブが並んでいる。今開いているのが背景の色からも分かるように火魔法のスキルツリーだ。左上に一つだけ色の付いたアイコンがあり、これが初期魔法なのだろう。ゲンブはタップして解説画面を開いた。


「あり、をり、はべり、いま……、そがり…………?」


 驚愕に目を見開き、謎の言葉を発する。いや、これは謎でもなんでもない。何故ならそれは――


「にゃあに? 『ありをりはべりいまそがり』だにゃんて、古典のラ変動詞がどうして今出てくるのよ」


 そう、ビャッコの言う通り、それは紛れもなく古典知識だ。なのだが。


「え、これが、こんなのが……、呪文なのかよ!?」


 未だ解放の済んでいない火魔法の初期魔法ファイアボールの解説には、確かにその文言が《呪文》として載せられていた。古典知識としての意味も添えられてである。


「んじゃっ、《あーりをーりはーべりーいーまそーがりー》っとぉ!」


 愉快に長々と伸ばしながら詠唱を終えれば、アスカの視線の先に、スザクと同じように火の玉が飛んだ。SMASH HITを成功させて、Vサインを決める。

 これでもう、疑いようがない。


「なんだよそれぇ! マジIntelligence!!」


「お、今の発音は良かったな」


 思わず発音も良くなる驚きの魔法仕様だった。




 その後プレイすること数日。


『明日は四月一日、エイプリルフールです! みなさん、エイプリルフールイベントにはこぞってご参加ください!』


 頭上の電光掲示板には、でかでかとイベントの宣伝文句が並んでいる。同様の内容が、アナウンスでも流れている。


「エイプリルフールかぁ。イベントにゃら、アスカは黙っていにゃさそうね」


「呼んだ?」


「にゃわっ!?」


 街中で買い物をしようかと散策していた三人のもとに、いつものことながらアスカは突然現れる。私もいますよ、とスザクが顔を出し、五人揃って歩き出す。


「けどまぁ、なんだっけ? 運営が嘘を吐くから、いくつ嘘をついたのかっていうのを当てるんだっけ?」


「そうそう。しかも、午前二時、正午の十二時、午後十時の三回、NPCの会話内容が変わるらしいぜ」


「わぁお。かな~りハードなイベントだよね。ま、僕は全ての嘘を見抜くけど。まったく、僕に嘘で勝とうなんて思わないでよね、運営!」


 拳を振り上げておーと叫ぶアスカに、四人は呆れ顔だ。


 四月一日といえば新しい年度の始まる日でもある。別に新学期が始まるのは一日からではないため、高校生の三人は当然のこととして参加するつもりではいる。


「でも、それだけって、ショボくないか? 各自で間違い探ししろってことだろ? イベントにしちゃずいぶんとお粗末だと思うぜ」


「うん。そうだな。何か、特別なクエストでも発生して、達成したら報酬として告知された内容を上方修正されて貰える、とかなら嬉しいけどな」


「あー。それにゃら嬉しいかも! にゃんにせよ明日よねー。ん。張り切って十二時に起きにゃいと! ってことで、あたしはもう落ちるわ。おっつー」


 ビャッコはそう言い残し、ログアウトしていく。セイリュウも続こうとして、振り返った。


「もちろん、二人とも参加するよな」


 当然、とばかりにサムズアップで笑顔を見せる。


「はい。アスカはさっきの通り。私も、同じ時間帯にログインできるはずです」


「じゃあ、またここの、ブルームの噴水公園で、十二時な!」


 ゲンブもそう言い残して消えていく。セイリュウも同様に消える。


 騒がしい三人組がいなくなるとそれはそれで寂しいようで、アスカは口を尖らせる。


「ずっと、二徹でも三徹でもすればいいじゃん! ちぇっ、つまんないの」


「アスカ、自分を基準に物をはからない。あの三人は恐らく」


 回りにこちらを注目する人がいないことを確認し、スザクは口だけを動かして言う。


 現時点で高校一年生だろうから。


「わかってるってぇ。でも、僕らなんてあの三人よりあれじゃん。…………まあ、僕らは色々規格外、だもんね」


 二人は街の外へ飛び出し、モンスターを討伐して、素材を採集し、そして。


 明日への期待に胸を膨らませて、《TRΨAND》を楽しむのだった。

intelligence(ɪntélədʒəns)

括弧内は発音記号ー。

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