ナイトメア
【ふぬ。存外そなたのおもちゃは使えないわね】
勇者吉晴がヴァース帝国に侵攻させた戦車、ヘリ、無人兵器。それらの様子をまるで中継されてるかのように映し出された映像を見てつまらなそうに呟く女性。
【それにしても…腐っても勇者。結奈って子死んでなかったのね。もう時期ここにもたどり着くのかしら】
映像はちょうど結奈達が城まで辿りつき、90式戦車が橋の前で戦闘を開始したところだった。
【それにしても勇者君は絶望どころか心が潰れてしまったか】
(この状態で結奈って子に合わせても仕上がりが中途半端になってしまうか。今回の勇者には耐えてもらわないと私が困る。全ては魔王様の為に)
「吉晴君!」「吉晴さん!」「吉晴様!」
死した皇帝の上に君臨するように玉座に座る吉晴に彼女達は全力で語りかける。
しかし虚ろな表情はピクリとも反応を示さない。
それどころか、吉晴の周りに無人兵器が複数召喚された。
「結奈やリュミが言うように正気を失ってるわね」
シヴィが静かに障壁を展開し、攻撃に備える。
【初めましてかな。勇者君の伴侶達】
「誰っ!」
「この声はっ!」
「…。」
リュミと結奈はこの声を知っていた。
大人びた女性の声で、感情を読み取れないような不気味な声だった。
「私は結奈。大切な吉晴君を返してもらいます」
【…何か勘違いしてるのではないか? 私はこやつの欲望を聞いてあげたのみだ。特に私が操ってるなどということは無い。この国やそこで転がる人間を殺したいと願ったのは他の誰でもない勇者君自身なのだよ? …そう、君の為にね】
「っ…」
「あなたがしたのはそれだけじゃありません! 必要以上に先導したのは紛れもなくあなたです」
【そうだが?】
「そうだがって…あんたねっ!」
シヴィもさすがに挑発されてると思ったのか、一旦頭を冷やす。
どこの誰がも分からない相手に舐められるのはとても頭に来ている様子だった。
【まぁいいわ。貴女達が勇者君に相応しいかどうか、実力が伴っているかどうか。私を満足させれたら勇者君を解放してあげる】
そう言うと、吉晴から溢れ出た魔力が集合し、高密度な魔力の塊となったものが人の形を取り始めた。
それは玉座に座る吉晴の膝の上に形をなすと、ゆっくりと瞳を開く。
「っ!!!!」
「…」
「舐めた真似するじゃない!」
ミーシャ、シヴィがその光景に我慢ならなかったようでついに爆発したように声を荒らげる。
それも無理はなかった。
【あら、その怒った顔の方が私は好みよ?】
吉晴の膝の上に腰掛ける様に現れた漆黒の長髪の女性が、腕を吉晴の首に回し、顔と顔とが触れるまで近くまで添わせながら結奈達を見下ろしていた。
吉晴よりも身長が若干高いためか、まるで吉晴が彼女に包み込まれてるように見えた。
「吉晴は私のモノだ」と言わんばかりの行動は彼女たちにとってあまりにも腹立たしく、許容できるものではなかった。
「それであなたは何者で何が目的ですか! 勇者の力ですか!」
【こんなものいらないわ。興味はあったけど結局はガラクタだもの。貴女達程度すら止められない力なんて底が知れてるわ】
「っ…では! なんで吉晴様に近づくのです!」
【今のあなたたちに教える価値はないわ。まぁそうね。帰れって言っても帰らないだろうし、今日はもう用事は済んでるから相手くらいはしてあげれるわね】
なおも吉晴から離れようとしない女性は余裕な態度を崩さない。
今まで沈黙していた結奈が1歩前に出る。
結奈だけは冷静に彼女を見つめていた。
「そうですか。それはよかったです。今の私達では不服と言うなら、今からそれを撤回させてみせます。消滅しないように気をつけてくださいね。…ナイトメアさん」
冷静に見えてるだけで、その声には怒気が微かに漂ったのを感じ取ったミーシャ達。
結奈の本気に一同は武器を構えた。
【…ふぅん。勇者ちゃんは少しは知ってるのね。まぁいいわ遊んだげる】
指先に乗ったホコリを吹く様に「ふっ…」と微かに息を吐くと、黒い霧が渦を生して結奈達を取り囲む。
「来るよっ!」
「はい!」
黒い霧はさらに闇を増し、影のように見えるが実態のある怪物のような物が全周囲に現れた。
リュミは魔力を操り火属性魔法を放つ。
見た目は少女と言えど、ここまで戦い生き抜いてきた力だ。
それは生半可な攻撃ではない
【グォオオオオオッ!!!】
怯んでいるのか影達は喚きながら炎に焼かれる。
しかし、消滅はしなかった。
やがて炎の勢いが弱まるにつれて影達はのそのそと距離を縮め始めた。
「なんでっ!?」
「弱音吐いてる場合じゃないわよ!」
影の攻撃がリュミに襲う。
影の一体が腕を変形させて刃と化す。突然素早く動きだした影に遅れをとったリュミは咄嗟に短剣でそれを弾くと、その隙を着いて腰のホルスターに手を伸ばし拳銃で影の腹部から頭部にかけて弾丸を撃ち込む。
肉片のように影の一部が飛び散り、風穴が開きはしたがやはり倒しきるには至らず再生されてしまう。
後ろから銃声がさらに鳴り響く。
ミーシャが89式小銃で影を射撃していた。人で例えると頭部、心臓、腹部。およそ急所と呼ばれる部分を破壊するがやはり倒せない。
「キリがありません! 定石通りあの女性を倒す他ないのでは!?」
「そもそもあいつなんなのよ!ナイトメアってなんなの!?」
「ナイトメアは…もと魔王の配下の1人。そして、この世界の物じゃ倒せない存在のひとつ」
「それって…まさかっ!?」
【ご名答。私の目的の1つはこの世の真の管理者たる魔王様のお目覚めよ。褒める代わりにもう少し立派にしてあげるわ】
彼女が指を鳴らすと、沢山いた影達が合体してその数を半分に減らす。そして新たな影が生まれた。
【そのくらい倒してもらわないと話にすらならないわよ?】
「くっ…」
合体した影達は俊敏性も攻撃の重さもさっきの比じゃ無かった。
身体強化魔法を使用したリュミが影の一体に肉薄。短剣を鋭く影の腰に突き立てると、そのまま頭まで掻き切る。
やはり修復されるが、リュミはさらに移動し次の影に短剣を突き立てる。
凄いスピードで移動を繰り返すリュミだが、やはり時間稼ぎにしかならない。
「リュミ様!これを!」
ミーシャはカバンから取り出したそれをミーシャに放り投げると、それをキャッチしてピンを抜いた。
「シヴィさん!」
「わかってるわ!」
それと同時にシヴィの障壁が形成されリュミもそれに飛び込む形で入る。
直後、閃光と共に耳を劈く衝撃と爆音が反響した。
「またそんなものをそのカバンで持ち歩いてるなんて…」
「備えあればなんとやらです! それより敵は!」
粉塵が舞う帝王の間。煙の中に動くものが見える。しかし
「っ! 3体倒せました!」
3体の影は手榴弾の爆発に巻き込まれたためなのか、大きく損壊した体が修復されること無く、ボロボロと崩れて消えてしまった。
「吹き飛ばせばいいって訳ね!」
「みんな、少し時間ちょうだい!」
「分かりました!」
結奈を中心にシヴィ、リュミ、ミーシャがそれぞれ武器を構えて影を迎え撃つ。
シヴィが障壁を操り、とてつもない速度で障壁を影に叩きつけたと思ったら、そのまま壁まで叩きつけさらに潰す勢いで押し込む。
壁にめり込み徐々に亀裂が走るレベルだ。
それでも影は止まらない。合体して力を増したらしい影はそんなシヴィの障壁を押し返す勢いで抵抗し始める。
「このっ! 大人しくしてなさいってのっ!」
さらに力を込めるシヴィ。さらに追い打ちをかけるように影の背面に障壁を展開。
シヴィはその小さな手の中で精一杯押し潰す様に両手を合わせようとする。
それに抗う複数の影。障壁が明滅し、シヴィすらも限界に近づく。
そしてミーシャもまたジリ貧な戦いを強いられていた。
シヴィの手があかない中、この狭い空間で爆発物による攻撃ができないため、89式小銃による攻撃しか行えない。
しかし小銃弾程度の攻撃では影に与えたダメージは何事も無く回復されてしまう。
1呼吸ほどの間を稼げるだけに過ぎなかった。
(こんなの数分と持ちません…っ)
単射で複数の影に継続的に射撃して時間を稼ぐも
限りある弾薬。補給の目処もない今、これでは勝ち目はないことが明白だ。
そして余裕のなさはふとした時に隙を与えてしまう。
ミーシャの視界の隅で黒い何かが横切る。
「しまっ…!?」
1歩先まで近づかれたミーシャは咄嗟に銃を向けて発射するも、ろくに構えてもいない弾丸は影を貫くことはなく向こうの壁に弾痕を残す。
しかし
影は何故か被弾もしてないのによろけて後ずさったのだ。
ミーシャは素早く構え直すと一瞬訪れた好機を逃す訳もなく頭部から腹部にかけて3発叩き込むと、迫り来る影の中に蹴り飛ばした。
「今のは一体…何に反応したのでしょうか」
今ので影たちの攻勢は若干衰え、結奈達は1度体制を整えるために集まった。
「埒が開きません」
「こうしてる間にも影がまた増える一方のようです」
「有効的な攻撃は手榴弾の爆発。あと未確認だけど発砲にたじろぐ見たいね」
「爆発と…発砲…」
みんなこの辺が奴らの弱点に繋がる何かだとだけは確信する。
「まって。冷静に考えれば光なんじゃない?」
「薄々そんな気はしてました」
「試してみる価値はありますよね」
考えてみれば自然な事だった。影と光。対となる存在だ。
「結奈、戦車を倒したあの魔法使えるかしら」
「やってみる」
エイブラムスを焼き尽くしたあの極光であれば、この影たちを一掃できると結奈達は思い作戦を開始する。
【作戦会議は終わったのかしら? そんなものも倒せないなんて笑い話にもならないわよ?】
再び影達の動きが活発になり、今までで1番激しい攻勢に出た。
数も格段に増え、もはや逃げ道などどこを探しても無い。
リュミはXM8を背に担ぐと、両脇の短剣を引き抜いた。
深紅の瞳が闇に灯る。
魔力を高めたリュミは最上級の身体強化魔法を自らにかけると、さらに短剣にメラメラと燃え盛る炎が纏わった。
ヴァンパイア族の姫の名に恥じない魔力量を帯びる本気のリュミが影の中に切り込んだ。
身体強化魔法で限界まで高められたスピードで振るわれた短剣が影を切り裂くやいなや、刀身の炎が切り口に燃え移ったかと思うとたちまち炎の勢いは増し、影を飲み込むように爆燃した。
燃え盛る炎の中で影は分解されるようにその身を崩していき最終的に完全に焼失する。
さらに燃え盛る炎の輝きに照らされた周りの影が見るからに動きが鈍った。
「要するにアンデッドと同じって事っ!」
倒し方を理解したリュミは瞬く間に影を燃やし尽くしていく。
【ようやく終わったかしら? 一体雑魚相手にどれだけかけるつもりかと呆れてしまいましたわ】
退屈そうに吉晴の頬を突きながら適当に話すナイトメア。
「あなたはこの世界に魔王を復活させて何がしたいってのよ! 古の戦争でも始めようっての!?」
シヴィの叫びは音一つない空間に虚しく響き渡る。
そんな中ナイトメアは静かに口を開いた。その視線は虚空を見上げ今までの雰囲気とは明らかに違った。
【あの戦争も今や古…と言われるようになったか。まぁそれは無理もないか。…なぁ妖精。今のこの世界は正常と言えるのか、この嘘で塗りつぶされた偽りの世界の裏でたった1人忘れられ何千年も苦しむ存在がいたとして。それを貴様はどう思う?】
「なっ…何言ってんのか訳わかんないわよ!」
雰囲気もガラリと変わり、口調すら別人のようになったナイトメアにタジタジになるシヴィ。
殺気でも無い異様な重圧。
圧倒的な格上だと言う事だけが一方的に突きつけられる。
さっきの吉晴で遊んでいたナイトメアとは全く違うソレにシヴィ達は前に進むことが出来なかった。
【私はナイトメア。何千年と言う途方もない時間の悪夢から生まれ、途方も無い悪夢によって自我を持ち。永久とも等しい悪夢で育ち、最悪の悪夢と共にある存在】
【私はあの方の悪夢を終わらせる。奪われた世界を取り戻し、世界を正常な状態に戻す。その為に勇者…この世界における異常者の君達には駒として私の掌で踊ってもらう。そして聴いているか! 神を名乗る盗人共! 我々は諦めない! この世界を返してもらうぞっ!!】
ナイトメアは両手を大きく広げると、真っ赤な魔法陣が数え切れないほど展開される。
どんどんと展開されていく大小様々な魔法陣。
「何この魔法…」
「この解読できない文字…まさか…ロストマジック…」
魔法陣は城からすら溢れ、さらに増殖する。
帝都を覆うほどの魔法陣が何重にも天高く連なる。
明らかに人智を超える異形の力。
【これが世界を掻き乱した代償だ。受けとれぇ!!】
吉晴の体が魔力が溢れるように白く輝く。流れ出た魔力はナイトメアを通し、もはや規模すら把握出来ない程に巨大化した魔法システムに送られた。
【宣戦布告だ】
その時
目の前が真っ白に染る。
帝都どころか大陸、世界全体を真っ白に染めあげる真っ白な極光が巨大な魔法陣に集約され、天高く打ち出された。
雲は吹き飛び、大気は震えるどころが衝撃で飛び散る。
そして天を貫く極光が空間をねじ曲げる。
空に亀裂が走る。
【神域の結界か。だがそれも今となっては意味が無い!】
空間の裂け目とも思える空の亀裂がどんどんと拡がり、世界が軋み始める。
世界の隔たりを強引に突き破ろうとしているのだ。
世界中の人々がこの異変に気付く。
近隣の国はこの世界の亀裂を目の当たりにしているのだろう。
世界の転換期。
それがこの瞬間だった。
【貫けロンギヌス】
世界は貫かれた。
極光が空間に大穴を開けた。
【始めよう。神々の戦争を】




