一歩前進
「えぇっと…そ、そんな感じです…はい」
「…それはエレティア女王の要望ですかな?」
「えっいや…それは…」
ギリタフル王国の王城の一室で、私とリュミ、シヴィは数人の男達と話し込んでいます。
「吉晴殿が不在の今、この場…いえここに集結する兵士全ての決定権は結奈殿にある。勇者様のお言葉であれば国王様であっても覆すことは難しい。それでも実行するおつもりか?」
「…はい。お願いします」
「ふむ。先の帝国の奇襲で被害は出たものの、兵士たちの損耗は少い。ほとんど勇者殿が倒してしまったからな。ゆえにここから隣国ヴァースへ出兵させることは可能だが…」
彼は周囲を見渡します。この部屋にはこの作戦に協力してくれてる色んな国の代表の方が集まっています。そんな偉い人達の視線が一気に集まると…
「我らリャダ王国軍は嬉嬉としてお供しようではないか! 大国ヴァースへ攻め入る! 良いでは無いか!」
勇猛果敢、視点を変えればノー天気に感じる金ピカ鎧の青年が声を出しました。
「あなたは確か…」
たまに吉晴君と話しているのは見たことある…けど私はあんまり話したことなかったかな
「これはこれは失礼しました勇者結奈様。私リャダ王国東部方面総監部隊第1歩兵魔道旅団から連合軍第1歩兵師団の指揮を執るダリウス・サラクダと申します。以後お見知り置きを」
「と、とうぶ?…りょだ…ぇえ、ダリウス様ですね…よろしくお願いします…」
これでいいかな…失礼じゃなかったかな!? だって見た目すごい金ピカだし、お金持ちそうだし貴族さんだよね!? あぁもうミーシャちゃん居ないと全然わかんないよぉ…
「ダリウス殿、今の話は本当ですかな?」
「もちろん! 恥ずかしながら我が国は皆様と比べれば吹けば飛んでしまうような小さな国ゆえ、動機は不純であろうが絶好の見せ場なのだよ! 幸い我が国の主力は魔道士を中心とした魔道歩兵! 少数であろうと戦果は出せるであろう!」
「…うむ。しかし例えリャダ王国軍が向かったとして、まだまだ戦力は足りませぬぞ? なにせ相手はヴァース帝国。本来我らが束になっても勝ち目のない相手。勇者様に危険が及ぶ作戦は私としては賛同致しかねます」
私が立ち入る隙もなく会話がどんどん進んで言って、正直に言う何話してるのか全くわかんない…
師団…旅団…
軍隊の単位って言うのは知ってるけど、それがどの程度かなんてわかんないし、そもそもヴァース帝国って言うのがどんな国なのかも実際知らない…
そっか…私…そんな知らない国とやり合おうとしてるんだ…
「あ、あの…」
ちょうど会話の切れ目が出来ていたので、思いきって声をあげようとした時、扉の向こうが少し騒がしくなった。
みんなの視線が一気に固くなる。
(エレティア様! 今は自室待機と言われてるはずでは!)
(少しですので通して貰えないでしょうか。もちろん私1人で構いません)
(いやしかし)
そんな会話が聞こえてくる。
声的にもエレティア様に間違いはなさそう。私がみんなの顔を伺うと…
「恐らくはこの件のことに関してだろう。勇者様、いかがしますかな?」
「皆さんが良ければ…」
場違い感半端ないけど…やっぱり私は勇者だからか私に決定を迫ってくる。
私…そんなに出来ないよ…
取り仕切る彼はそっとドアを開ける
「エレティア様ですな、どうぞお入りください」
「失礼致します」
エレティア様は入ってくるなり私を確認するように一瞬視線を合わせるけど、直ぐに周りの偉い人達に挨拶する。
「お初にお目にかかります。私がギリタフル王国女王、エレティア・フォン・ギリタフルと申します」
完全に貴族というか王室育ちと言うか…やっぱり女王様なんだなって再確認できる挨拶だった。
ミーシャちゃんもだけど普段あんなに可愛いのに、いざ真剣な話になると別人になったようにさっきまでの可愛さが綺麗さになるの。いっつもそれが不思議だった。
なんであんなにすぐに切り替えれるのか不思議でならない。
今のエレティア様だってそう。
立場的には今この場で1番危ういはずなのに、堂々とこっちの人達と会話してる。
「まぁ例え敵の国だとしても王族は王族よ。滅ぼすなら容赦しないけど、そうじゃないなら私たちとて敬意を払うのは当然よ」
「へぇ…そうなんだ」
「それにしてもエレティア様は何しにいらしたのでしょうか…リュミはそれが気になります」
「結奈が心配で見に来たんじゃないかしら? 実際限界っぽかったし」
「ちょシヴィ!?」
「突然このような形でご挨拶してしまって申し訳ありません。しかしどうしてもお話したいことがありましたので御容赦ください」
「構いませんとも。それで話というのは?」
「ヴァース帝国。反撃の作戦に我が軍も加えて欲しいのです」
「ぎ、ギリダブルの兵をですか!? しかしそれは色々と問題が…」
「皆様が危惧なさることは重々理解しております。我が国は元はヴァース帝国と同じグローラリア信仰国の1つ。作戦中に反旗を翻す…疑われても仕方ありません。しかし今宵のヴァース帝国への進軍は我国の…ギリタフル王国とって大きな1歩となるのです。この1歩は皆様にとっても決して悪いことではありません」
エレティア様の意思は強い。人間とそうじゃない種族の”共存の可能性”を諦めることなくずっと抱き続けてきたのはきっと事実。
王族って言う身分的なこともあって、その夢の実現にはうんと遠回りしちゃったけど、私が見ても今のエレティア様の目には”共存の可能性”ではなく”共存の未来”がもう見えてるのかも。
そう思わせる程に熱意の入った言葉だった。
「と言うと?」
「今のこの国の状況としては、連合軍に占領されているとはいえ根元のグローラリア信仰は絶えておりません。まだまだ勇者様を敵視する、恐怖する民が大勢いることでしょう」
「左様ですな。しかし1度根付いて育ってしまった宗教はそう簡単には廃れない。それは王様も良くご存知のはず」
「ええ。わたしもずっとそれに悩まされてきました。…しかし! 今この瞬間が絶好の好機なのです。先のヴァース帝国の奇襲で彼らはこの国を民ごと葬り消そうとしました。これは多くの民が知っています。グローラリアがこの国を見捨てた。そう心が揺らいでる今しか改宗の機会はありません」
「なる…ほど。確かに帝国の奇襲で民が混乱していると報告が上がっています。エレティア様の話は理にかなっている…と思います。しかしいったいどうやって?」
「今回の本題はそれのご許可を貰いたくてここに来たのです」
あんまり理解できてないけど、さっきエレティア様から話を聞いていたから何となく話の流れがわかってる。エレティア様は私にチラッと視線を向けると今ここで初めて話すように口を開いた。
「勇者結奈様。明日、私が混乱に満ちているこの国の民に話をする機会を貰えますでしょうか。私はこの好機を逃したくはないのです」
「い、いいと思います…はい」
みんなが注目する中、私が頷くと「では…」とどんどん話が進んで行った。
きっとみんなも気づいてるんだと思う。
私に吉晴君みたいなみんなを指揮する力もないし、先を見通す様な頭の良さもない。
前に言われたことがあった。
吉晴君は大軍相手に強い
私は強敵相手に強い。
今求められてるのは多分兵力差をどうするのかって言うこと。
吉晴君なら色んな武器を使って何とかするんだと思う。でも私は…どうしたらいいんだろ
そんな頼りない私だけど勇者って呼ばれてるだけで、すごい年上の人にまで頭を下げられる。
ずっと違和感しか無かったけど、吉晴君がずっと対応してくれていて、いつの間にかそれでいいと思ってた。
「結奈、しっかりするのよ」
「し、シヴィ…」
置いてきぼりにされてる私を見兼ねたシヴィが耳元で囁いてくる。
「得意不得意はあるものよ。あなたはやるべき事をすればいいの。化け物が出てこない限り連合軍の兵士だってそう簡単にやられはしないわ。多分ここにいるみんなは最初からあなたに作戦を立案させるなんて考えてないもの。あなたはうんうんって承諾すればいいの」
「…なんか最後に酷いこと言われた気がする」
「まあそれに何でかわかんないけどここに留まった戦車とかあるし、何とかなるわよ」
状況を確認した時に分かったこと。
城外にいた戦車とかはみんな吉晴君と一緒にいなくなっちゃった。
だけど場内にあった4台の戦車は変わらずここにあったし、私も持ってる「使いこなす力」もしっかりと機能して、動かすことが出来た。
「でも…きっとヴァース帝国までは走れないと思う。燃料だって無限って言う訳じゃないし…あんな重たい戦車運ぶ手段なんて無いと思うし」
「あの子たち使えないんですか?」
少し悩む。この中では私が地球の兵器っていうのを知ってるから。
と言っても…実際この世界に来てから教えてもらったことだし、のめり込むようにハマっているミーシャちゃんには知識で負けてるかな…
だけど頑張らなきゃ
「ところで実際のところ吉晴はどうしちゃった訳?」
「それはね…少し長いし、複雑な話になっちゃうから今日の夜…でもいいかな」
「…そう」
何か言いたげな表情のシヴィだったけど、空気を読んだのか頭を切り替えるように流してくれた。
きっと私が気を失っている間に何かあったんだと薄々気づいてる。
シヴィはいつも私達を1歩引いたところから見てる。
私たちは吉晴君と特別な関係になれたけど、シヴィは違う。
気持ち的には何ら変わりないけど…指輪の有無だけがきっと今のシヴィの立場を表してるんだと思う。
シヴィは誰よりも気を使えるし、誰よりも疑い深い。みんなを守ってくれている小さな妖精。
「ねえシヴィ」
「どうかしたかしら」
「…ううん、なんでもないや」
「はぁ? なんなのよ一体」
次の日、連合軍によって監視されていたギリダブルの王国兵全てが王城前に集められました。
きっちり気持ちいいくらい整列した姿はさすが王国兵と言った感じ。
その後列には溢れんばかりに集まった王国の民がぎゅうぎゅう詰めになりながら待機してる。
全員では無いものの、過去これほどまでに人が集まったことは無いんだろう。連合軍の兵士が群衆をまとめきれなくて、どんどんと応援が増えるけど正直無理だろうなと思った。
「凄い人ですね…」
「これだけ人々が不安に満ちていたという事です。民の不安は私が何とかしなくてはならない。勇者結奈様、改めましてよろしくお願い致します」
「え、いや…私は何もしてないですよ! それに結奈でいいです…そんなに勇者勇者って言われるのは…」
私は勇者…って感じじゃないよ
「勇者ってもっと勇ましくて、みんなのために悪と戦って…」
そんな私にエレティア様はニコッと微笑むと、私に背を向けて群衆の待つベランダ見たいた所へ歩みだした。
「まさに結奈様ではありませんか」
美しいドレスを着こなす本物の王族。ミーシャちゃんには悪いけど…なんか格が違った。
私は詳しくないけどミーシャちゃんは第3王女だったはず。
上に2人のお姉さんが居て、王位継承権?も3番目ってこと。
でも目の前のエレティア様は訳が違う。兄が王様だったけど、今現在は王の血を引くのはエレティア様だけ。
正真正銘の女王様。
気づけば無意識に自分の腕をさすると少し鳥肌が立っていた。
そんな女王様に…私は敬語を使われているんだ…
重み。
勇者って言う重みを初めて感じた。
呼び止める間も勇気もなくて、もう既にエレティア様は光の向こうへと消えていった。
「え、エレティア様だ!」
「しかし…なぜ国王様は出てこられないんだ…まさか噂は本当だったってのかよ」
エレティアが壇上に立った瞬間に巻き起こったのは、溢れんばかりの拍手喝采でも喜びを訴える歓喜でもなかった。
動揺。
「なぜ…?」
「どうしてエレティア様が…」
そんな声が折り重なって聞こえてくる。
思っていた以上にみんなは混乱してる。…だからこそ今ここに私が立ってる。
「ギリダブルの民達よ!」
魔法で増幅された私の声がまるで王都全域に伝わるんじゃないかと思うほど不思議な広がりを見せた。
「私はエレティア・フォン・ギリタフル。兄であり先王であったゼハーダは…私の命令にて葬り去りました」
どよめきが上がる。何を言っているのか理解出来ていない者、言葉を失うものがほとんど。大多数が話を呑み込めていない。
エレティアは想定通りと言わんばかりに、話を続けた。
「動揺するのも無理はありません。しかし兄ゼハーダだはこの国にとって不利益にしかならない…いえ許されることは無い蛮行を密かに行っていたのです。私はそれをこの国に住まう全員に聞いて欲しい。そして心に刻んで欲しい。そして自ら考えて欲しいのです」
エレティアは判明している事実を淡々と簡潔に語っていった。
ゼハーダによるエレティア軟禁から始まり、グローラリア信教ではタブーとされていた事を密かにしていたこと。そして強大な力を持つ竜族に対して行った一方的な支配と搾取。
こんなこと表沙汰に出るわけもなかった事実がどんどんと王族の口から出てくる度に、国民の口は開いて閉じることは無かった。
兵士ですら知っていたのは極々限られた1握りのみ。
みんなこの国の実態を突きつけられて言葉にならなかった。
「今回の大戦で我らギリタフルは勇者率いる連合軍に敗れ、今やこの国の全てが彼らの監視下にあります。しかし絶望することだけでは無いのです。私はここに居る勇者と交渉し、確約を得ました。ギリタフルは消えません。この国は残ります。自治権も残ります。何一つ変わらない日常を送れるのです」
安心する顔、疑う顔、それぞれ様々。
負けたのになんで?と不思議そうな顔をする者も多い。
「しかし条件として提示されたことがあります。まず1つ、亜人差別の一切を禁止。2つ目はグローラリア信教からの脱却。これら2つを確実に完全に遂行できなければ、今度こそこの国の先は途絶えます」
直後、奥の方から複数の声が上がった。
「ふざけるな! 神の恩恵を仇で返すとは恩知らずが!」
エレティアの耳まで届く大きな声だった。王国兵が取り抑えようと動き始めるが、エレティアそれを静止させる。
「あなたは教会の方ですね。では先の天空艦隊はなんだったのでしょう。我らを巻き込んでまで勇者を滅したかったのですか? 今まで信仰を捧げてきたこの国をそんな理由で見捨てる神など…もはや神ではありません、悪魔です」
「なっ! あ、悪魔だとっ! 神の御意志に逆らうどころか悪魔呼ばわりとはすっかり蛮族の思考に染まっておるではないか!」
神父は王国兵が取り押さえに来ないのをいい事に言いたい放題。本当ならその場で打首レベルの王族に対する暴言を叫び散らした。
「グローラリアと言う神は私達の捧げてきた信仰心を無為にして、簡単に見捨てるそんな神だそうです。神にとって私たちの命はその程度だったという事。この国は今後一切のグローラリア信教を禁止します」
キッパリと言い放ったエレティアに思わず口ごもる神父。
しばらくして思いついたように再び叫び出した。
「亜人と同列に扱われるなどそんな屈辱君らは受け入れるのかね! 亜人などという半端者、劣等種、我らが管理してこそ存在が許されるべきなのだ! 我らの役に立ってこそ存在意義が生まれる!」
みんなは反論できない。そういう意識、総意だったから。
亜人の奴隷は普通だし、奴隷じゃない亜人の方が異質だった。
誰もが亜人を下に見てたし、誰もが亜人の上に立っていると生まれた頃から思っていた。
ほとんどの意識としては、国の存続…自分らの生存のために致し方なく受け入れるしかないと半ば諦めていたに近い。
それじゃあダメ。根本的に変わってない。
「半端者、劣等種。それは一体誰がいつ決めたのですか? 確かに亜人は私達と姿、言語、生活は違えど、同じく意思を通わせられる同じ種族です。…逆に問いましょう。あなたは彼ら亜人達に勝っている部分があるのですか?」
「ぐぬっ…」
「今だから発言致します。私は昔から亜人の扱いに関して疑問を抱いておりました。何故あれほど心優しい彼らを私達は虐げるのか。疑問に思った方は本当に居なかったのでしょうか? 私たち人間より力強くて、私達より早く走れて、私達より遠くを見通し、私たちには手の届かない天へ舞い上がる力を持っている。そんな彼らから私達は自由を奪い、翼を奪い取ってきました」
多くの人々は返す言葉もないと言うか、改めて振り返ると見に覚えがありすぎて言葉を失う。
亜人の奴隷に石を投げた
理不尽に殴った
この国の人間の大多数が何かしらの事をしている。それが当たり前であり、むしろ疑問に思うことが罪だった。
だからこうして改めて問いかけられると何も言えなくなる。
「私達は彼らを羨んでいたんです。空を飛び、木々を飛ぶように渡る姿を…私たちにはない特技を持っていると。そして私たちはそれを妬んでしまった。…今1度問います。こんな国でいていいのですか? 勇者の命令だから、逆らうと未来はないから、そんな理由ではなく、真に彼ら亜人達と共に生きて、暮らし、協栄できる関係を築いた方がよっぽど人間らしく知性的では無いでしょうか!」
「ふんっ! 世間知らずの子供の戯言のようだ! そんな事はこの国が許したとても絶対神であるグローラリア様が許しはせん!」
「もう神の許しをこう必要は無いのです! 実在しない神を祭り上げて、周囲を騙し、神の名をチラつかせては無理を押し通す…そんな汚れきった教会を恐れることはありません。なぜなら私達には””実在する勇者が2人”も私達を守ってくれている! 現に勇者吉晴様は奇襲をしかけた帝国に対して単身攻め込み、戦っているのです!」
人々の反応が明らかに変わる。
攻めどき
私はお母様から受け継いだ指輪をそっと握る。
「私は先王ゼハーダに代わり、この国が犯した罪を受け止め、そして人種と様々な亜人とが共に暮らせる国を目指したい! くだらない、受け入れられない。そう思った方はこの国を出るのを止めません。しかし少しでも共感してくれる人が居たなら、少しでもここに居る頼もしくも心優しい勇者に期待を抱けたなら…どうか私と共にこの国を立て直すのを手伝って欲しい。…そして先の戦いで全力で戦ってくれた兵士諸君! あなた達も女王の命令などではなく、帝国の奇襲から我々を救ってくれ、今まさに私たちのために古今奮闘する勇者吉晴に恩を感じたのなら…今1度剣を持ち立ち上がってはくれませんか!」
ごめんなさい結奈様。使わせていただきます…
私は後で隠れるように佇んでいた結奈様に手を伸ばしました。
本当に何も知らない人が見たら、ただ普通の女性に見られるだろう戸惑ってる顔でした。
彼女の言うとおり勇者って言うには少しでもか弱くて、戦いなんか知らなそうな純粋な顔。
「えっ?」
「お顔をお貸し下さいませ」
「えっ…かお? えっ!? ちょっ!」
掴んだ腕をぐっと引き寄せます。と言っても力づくという訳ではありません。
相手は勇者様。あちら側の国の人達にとって…これからの私たちにとっても神に等しい存在であって、心の拠り所となる。そんな象徴的存在なんです。
「ここに居る彼女が勇者結奈様です!」
数万人の…それ以上の視線がたった1人に集められる。
大衆の注目を浴びた結奈は、経験したことがない重圧に思わず後ずさりする。
「な、なんで私…」
「ここで勇者様の一言がないと収まりがつかないではありませんか」
「えぇ…でも」
「何も難しいことは求めていません。ただ勇者様が一言話していただければそれで構いません」
「一言って…いわれても」
助けを求めるように後ろを振り向いた結奈様は、リュミ様のファイトって言うジェスチャーと、そっぽを向いたシヴィ様に焦り始めてしまいました。
大衆の前で孤立無援になってしまった勇者様は、困ったような顔で私を見つめたあと、諦めたように深い深呼吸をしました。
「はぁ…エレティア様のみたいな立派な言葉は無理ですからね」
「構いません。ただ、私の事を”様”と呼ぶのは控えて頂きたいです。あなたは私よりも高位の存在。そんな方が私に様付けしていては不自然ですから」
「そ、そんな…」
「は、初めまして。今エレティア…エレティア女王から紹介されました…結奈です。勇者…って呼ばれてます」
たどたどしい第一声。勇者…勇ましい者とは対極の存在のような印象さえ覚える震えた声だった。
「もう1人の勇者…吉晴様は今たった1人で帝国と戦っているのもエレティア…女王が話した通りです。だから私がここに立って皆さんに伝えたいことを話したいと思います」
胸の前で手を組んで、必死に緊張に耐える一人の少女。
大多数の大人にとっては自分の娘くらいの女の子が、女王の横にたって、演説をする姿に珍妙な顔をしていた。これが勇者だと言うのだから困惑する人が後を絶たない。
「私たちの仲間に皆さんの言う亜人の人がいます。でも私達はとっても仲がいいです。彼女は私よりも小さくて可愛いのに…時に私よりも頼もしく凛々しい時があるんです。でも私と皆さんでは前提が違いますから一様には言えませんが、私も彼女も何ら変わりない対等な存在です。どっちかが優れてる部分、劣ってる部分。同じ人同士だって優劣があるんですから、あって当然だと思います」
「でも…それを理由に一方が理不尽を押し付けるのは違うなって思います。私は…みんなが笑って暮らせるならそれが1番だと思ってます。身内への贔屓と言われれば返す言葉はありませんが…私たちの大切な仲間…家族が経験した辛いことがこれから先無くなって欲しい。そういう思い出いっぱいです。皆さんはどう…でしょうか」
全くまとまってない内容だった。
途中から自分でも何言ってるかわかってなかったほど緊張していたから
そもそもこんな大勢の人の前に立ったことすらない。
当然の結果だった。
「亜人と少しでも関係を改めたいと感じてくれた人が居たら…力を貸してくれませんか…? 私は今…もう1人の勇者…そして私たちの大切な家族の1人。彼を迎えに行きます。帝国…とても大きな国と聞きました。しかしそんな敵と戦うことが、この国を変える1歩だし、何より皆さん自身が当事者であることが自覚できると思います」
「せ、責任の押しつけではないか! 何が当事者だ! 国の運営は貴様らの仕事だろ! そこの小娘も世間知らずな女王も無駄に我々を混乱させ思い込ませようとしているだけ! どうせお前らの妄想が妄想で終わった時、先王のように逃げ出すに決まっている! 政治ごっこに我々を巻き込むな!」
”責任の押しつけ”
”逃げ出す”
”政治ごっこ”
エレティアに気負けしてからしばらく大人しかった教会の司祭が突然叫び出した。
必死な顔だった。
グローラリア神教。絶対的な人間至上主義かつ、亜人差別主義。
過去リュミちゃんやシヴィちゃんも彼らに虐げられて、大怪我してたところを吉晴君が助けた。
自然と私は唇をかみしてめいた。
「なんだ、どうして黙っている! 返す言葉もないのか!? とんだ勇者と女王だ!」
そんなに亜人達を苦しめていた世界が好きなの…?
そんなに亜人たちが嫌なの?
違うよね…あなた達は…下に見る人が欲しいんだよね…常に何かの上に居ないと気が済まないんだよね
きっとあなた達って、下に見る存在であるなら…亜人じゃなくてもいいと思ってるんだよね
「ほら見たことか! これが勇者の正体! 我らが神の教えの通り勇者なぞ人身の心を惑わす悪魔なのだよ! 騙されてはいけませんぞ! 今こそ堕ちた王権を正し、帝国へ助けを…なんだこれは!」
「…さい」
突然叫び散らしていた司祭の口が突然止まったかと思ったら、司祭の足元が青白く光り出す。
「うるさい!」
「魔法…障壁かっ!」
光は突然幾何学な魔法陣に変化、そのまま司祭を持ち上げてしまった。
司祭は高さ10mまで障壁により持ち上げられると、エレティアと私と同じ目の高さになる。
「ち、力でねじ伏せるのか! 野蛮、実に野蛮な…」
「言いたいことはそれだけ…今までの話で全部ですか」
「な、なんだと…」
「力で亜人達をねじ伏せていたあなたがよく言えますね…吉晴君的にいえばブーメランって言うのかな」
「何を言っている」
「いいえ、今のは独り言です。司祭さん、謎あなたはそこまでグローラリアって言う神に固執するんですか? 見たんですか? 会ったんですか? 声を聞いたんですか? 何を根拠にそこまで自信満々になれるんですか? 何を根拠に亜人たちを虐げられるんですか?」
「か、か、神のご意志にそんなものは必要ない! 神を疑う人間は地に落ち、信ずる人間だけが救われる! それだけだ! 神も信じないどころか、自らを神と錯覚し、髪の振る舞いをする者に分かるはずもないがな!」
「…随分心の狭い神様なんですね。それに私は神様を信じますよ。神様は実在します」
「なん…だと」
「でもそれはグローラリアなんて言う神様ではありません。亜人とか人間とかで区別する器の小さい神様でもありません。ただ平等にこの世界を見守ってる…そんな神様なら知ってます。てか会いました。と言うかその神様に私達は呼ばれてこの世界に来ました」
「きょ、虚言だ!」
「その根拠は? ぶっちゃけ私だって神様の居る証明なんて出来ないですけど、でも私達は違う世界から来た。あんまり意識したことは無いけどみんなとは別格な力を持ってる。それだけは事実。そしてその別格な力だけは今ここで証明できますよ」
【やりますか?】
その一言で居合わせた人々のざわめきは一斉に止んだ。
司祭とて例外ではない。
空中に押し出された障壁の上で、足が震えていることにすら気づきもせずに固まっていた。
ずしりとくる重み。
巨大な何かに押しつぶされているかのような重圧。
魔力がどうこうという次元ではない。
司祭はようやく悟ったのだ。
絶対に超えることが無い、超えてはならない領域に立つ存在こそ…目の前の勇者なのだと。
まるで龍の前にたった1人立ち尽くす餌のようだと思ったその時。
「ひぃっ…」
司祭はとうとうたっている力さえも消えうせ、尻もちを着く。
なぜなら…
勇者の背後に龍が見えたような気がしたからだ。




