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異世界でも、チートよりも大切なこと。  作者: 芳賀勢斗
失われた自由。
83/97

王都攻防戦4

【突撃っ!!!! 進め進め進めっ!!】


勇者自ら切り開いた道を、連合軍は怒号を交えて踏み越えていく。彼らの前にはトーチカも…要塞砲すらなく、まともな敵集団は居なかった。文字通りがら空きの王都に全力で迫っていた。


「あれさえなければお前等なんぞ怖かねぇわっ!」


勇者の攻撃で吹き飛んだ城門に殴り込んだ連合軍は、待ち構えていたまともな敵集団とぶつかる。

騎士同士の殺し合い。

激しい剣撃の往来。

金属同士が激しくぶつかり合う耳をつんざく音がそこかしらで響き渡る。


数はギリタフル兵の方が若干多いが、それもほぼ同数。


だから連合軍は止まらないし諦めない。

あの強力な兵器に苦しめられた屈辱を忘れない。

俺達が培ってきた経験、実力全てを否定するようなあんな馬鹿げた兵器への憎しみが連合軍の剣に宿る。


それだけじゃない。連合軍には亜人達も存在する。

彼らは自らを、家族を、友人を同族を虐げられた純粋な屈辱と怒り。

純粋な感情ゆえにその剣に迷いはない。


そこかしらで人の上げる最期の断末魔が響き渡る。その声に敵も味方も関係はなく死を前にしては皆平等なのだと思わせる。


数は同数。最後の勝敗のカギはやはり兵士たちの士気である。








「ガーデリックさん。戦況はどうですか?」


「うむ。吉晴殿の奮闘に感化されたのか、みなこれまでにない以上に活気づいている。王城まで押し切るのも明日か明後日の話かもしれないな」


「順調…ということですか」


波のように押し寄せるギリタフル兵の防波堤になっていた俺たちはくたびれた体でようやく拠点まで後退してきた。

もっとも今回の功労者である結奈に至っては現在は莫大な魔力を扱った反動で筋肉痛に似た全身の痛みと倦怠感に襲われていた。それに気づかずヘリを操縦しろと言ってしまったもんだから俺は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「気を失わないなんて本当に勇者は化け物」と化け物呼ばわりしてきたシヴィの小言もあったが、俺もそう思うしすげぇと思っていた。

だってバンカーバスターも歯が立たなかった障壁を殴って壊す少女だぞ?


「本当に結奈は頑張ったよ」


「そうです! あんなにとてつもない魔力なんて人類史上あったでしょうか!」


「結奈さんからあふれ出る魔力を見たギリタフルの兵士の顔と言ったら…」


リュミとミーシャがともに疲れ果てている結奈に褒めたたえる言葉を贈る。


「えへへ…みんなありがとうね、でもみんなが私を守ってくれたんだからできたの。一人でなんかなんもできなかったよ。こちらこそありがとうね…」


若干顔を赤くしながらも結奈の返答ははっきりしていた。

でも…


結奈…?


でも一見普通そうな結奈だけど…どこか心ここに在らずという感じで、強大な敵を打ち破った英雄の顔としては少し何かが足りなかった。


「うぅ…もう限界かも…少し休んでもいいかな…ごめんね」


「あ、あぁそうだな。あれだけのことをしたんだ。今寝てても誰も文句言わないよ」


流石に狭い指揮車の中で寝かせるわけにも行けないからすぐ隣にMRAP(エムラップ)を召喚。

地雷を踏んでも走り続け、複合装甲まで装備した大型でタフな車両。

イラク作戦でテロリストの武装化が進み貧弱なハンヴィーでは対応できなくったところで用意されたMRAPなら結奈の安全も守れると召喚した。


結奈を連れ出した俺は車両のドアを開けて結奈と二人になった。


「吉晴君ありがとう…」


「いいって、それよりも…なんかあったのか? 浮かない顔してない?」


「…なんで吉晴君にバレるのかな」


「そりゃずっといるもん」


ぐったりと横になる結奈。相当辛いようだ…体を動かすたびに顔が引きつってる。

俺は聞くのは後にした方がよかったかなと思ったが…


「…聞こえたの」


「聞こえた…?」


うん。そう頷いて“あの時”を思い返すようにゆっくりと目をつむる姿は寝た?と思わせたが、語る口は止まらなかった。


「障壁が砕けた瞬間にね、はっきり聞こえたの【ありがとう】って」


ありがとう…どういう意味だと聞こうとしたけど、今は辛いはずなのに頑張って話してくれる結奈の話を静かに聞こうとぐっと押し黙る。


「あれから考えたんだ。ありがとうの意味を…言葉の送り主の事。それでね、それがわかって初めて“終わった”ってことになるのかなって」


「…まだ終わってない?」


「うん。私の勘違いかもしれないよ…? でも吉晴君もまだ理解できてないことがある…でしょ?」


図星だった。俺が結奈の些細な変化に気づいたように、結奈もまた俺の些細な違いに同じように気付いていた。


「だから、わからないことが多い中で終わった事にしちゃって本当にいいのかなって…少し思ったんだ」


「確かに…そうかもしれない。こうして結奈に言われるまで“こんな戦争早く終わらせたい”って思いだけでいろんな疑問から目を遠ざけて来たかも…な。俺達とは別の転移者といい、結奈でさえここまでしないと破壊できない障壁。思い返せば説明できない疑問ばかり…」


転移者の問題に関してはかなり慎重にならないといけない。

他国…この世界のどんな存在にもあまり詳細がばれたくない。

もしかしたら魔法的な召喚術で【この国をお救いください】的な奴が行われているか、行われていたのかもしれない。


俺達とは別口の転移者。

今まで居ないとしてきたが…今はもうそうとは断言できなくなっている。


「その辺ももう一回…」


すぅーっという寝息が、いつの間にか考え込んでしまった俺をふと我に帰した。

無防備に熟睡する結奈を見て、なぜか急に愛おしさというのが沸き上がっていた。

こんなのを意識したのは中学以来か…ただただ無差別に振り撒いていた純粋で無邪気な笑顔。だから結奈に気が合ったやつは多かったし、俺もその一人だった。


懐かしむように思い出した過去の結奈と、目の前でスヤスヤと熟睡する結奈。少し大人びて名字が変わったり様々な経験を通して精神面でも大きく成長してても、今も昔も変わらない結奈なんだ。


俺が好きになった結奈なんだと。






なら俺は…?





急に水風呂に浸かったかのように身震いした。

止まらない…全身の震え。


恐怖?


「え…あぇ…なんだ、これ」


底知れない恐怖と怯え。

それが何に対してかなんてわからなかった。

沸き上がる黒い靄。


『君は誰なのかな?』


俺は俺だっ! お前こそ誰だ!


『君は君を愛する彼女が惚れた男かい?』


どういう意味だ! 


『君は変わったよ。俺だからわかる。でも君はまた見て見ぬふりをするんだ。自分はまだ常識人だと。まだ普通で異常者じゃないとね』


ッ!

尋常じゃないくらい腹が立っていら立ちがこれ以上ないほどに荒れた。


『それは何でかって? 図星だからだよ! 気づけよ! お前が爆弾を落とせって一声で何人が死んだと思う? そしてお前は彼女のように後悔したか? していないだろう! お前はもう人殺しに慣れすぎたのさ!』



うるさいっ!!!!

気づけば何もない空間に漂っていた。以前に来たことがあるような感覚がある。

そんな中、黒い靄が俺の周りであざ笑うかのようにぐるぐると踊るように回る。


『さっきだって圧倒的な卑怯ともいえる“その力”を使って虐殺して、満足しているじゃないか』


それは、必要で必要だったからこそやったまでだ!


『俺が言っているのは理由じゃない。結果お前は罪悪感を感じなかったことを言ったんだがな。だがそもそもだ。お前は言ったよな?』


『神にお前は言ったんだ。剣と魔法の世界に行きたいと。それはなぜだ? 現代兵器を無制限に扱える力を得て…』


やめろっ…


『その力でこの世界に何を望んだ!?』


黙れっ!!!!

俺は無意識のうちに拳銃を召喚。瞬時に具現化するベレッタを腹立たしい靄に向かって構える。

ピタッと動きを止めた靄がまた問いかける。


『それで俺を撃つかい? …あはっ! あぁ変わったよ。その力で君は変わった。気に入らないものがあれば銃で撃って解決。殺して解決。そして今回も俺を撃ち殺して終わりかい?』


「だったらどうした」


『でもね、今その指を引けば君は死ぬほど後悔することになる。断言しよう。君はもう一生笑えなくなるし、一生今の偽りの幸せとやらを失うだろうさ』


俺は構わずトリガーに指を掛ける。とにかくこの靄が俺を俺じゃなくするような…とにかく嫌な存在だった。


『そうかい。今回は奪わないでおいてあげよう。君はまだ育ちそうだ』


「何を言ってっ!?」


世界が真っ白に染まる。それに合わせて黒い靄も霧散するように消えた。


『その指を引かなっかったこと。よかったねとだけ言っておくよ』





…っ!!??


黒い靄が消えて、俺の視界はMRAPの車内に戻っていた。

だけど…


「お、俺はっ…俺はぁぁ!!」


俺は…未だ眠る結奈に向けてベレッタを向けていた。


“その指を引けば死ぬほど後悔することになる”


黒い靄の言葉が囁きのように木霊する。


あまりの恐怖にベレッタを床に落とすほどに震えていた。

あの時躊躇せずに撃っていたら俺は…結奈を…結奈を殺していた?

結奈を撃ち殺していた?


俺を信じて今までついてきてくれた結奈を…安心しきって眠っている結奈を…俺が撃ち殺していた…?

震える指先をまるで自分の物じゃないもののように見ていた。


膝の力も抜けてその場へへたり込む。



俺は怖くなって逃げるように車内から出ようとドアに駆け寄った。

だけど…今は…今だけは顔を合わせたくない彼女が呼び止めてきたんだ。


「んぅ…吉晴君?」


心臓が握り潰される思い。全身が冷えたように汗がにじんだ。

振り返れない。

顔を見れない。

結奈を…殺しかけた最愛を…


「…吉晴君。どうしたの?」


動けなかった。頭の中では逃げ出したかった。でも心は残酷なことに結奈を求める。

そんな矛盾の中で俺の体はどちらの行動もできずに固まっていた。


どう接すればいいか考えているうちに、なんだか体が暖かくなった。


「どうしたの吉晴君? そんなに怯えて…私まで伝わってくるよ…」


俺の背中に抱き着くように身を任せてくる結奈。

体は痛くないのかと、そんなことは頭にはなかった。


「お、俺は…」


言いたい。楽になりたい。

言いたくない。失うのが怖い。


「…うん」


結奈の声を聴くたびに甘えたくなった。

だから…


「俺は…変わった…か。中学生だった俺と…今の俺は…」


「うん。変わったよ」


即答に近かったはっきりとした結奈の言葉は、やっぱりかと俺の奥深くに突き刺さった。


「吉晴君は変わったよ。私と変な話で笑いあってたあのころとは変わってる。でも…それは私も同じ」


「え…結奈は何にも変わってない…。あの時の笑顔が奇麗で…優しい…時のままだ。俺はもう…人を殺しても…何も感じない…」


俺の体はまだ震えていた。

背中にぴったりと寄り添う結奈にもきっと伝わっている。


「吉晴君はたくさん人を殺しちゃってるかもしれない。でも私、気づいてるんだ。吉晴君が私の分も背負ってくれてるってこと。だから私は今まで人を殺したことがない…私は本当に本当にずるい女に変わっちゃったよ」


「それは違う!」


「ミーシャちゃん、リュミちゃん。今日もたくさん戦って…たくさん殺した。でも…私は何してたのかな…一人で壁殴っただけだよ…なのに…みんな私のことばっかり言うんだもん…正直辛いよ…」


「結奈…でも俺は結奈の好きになった俺じゃないかもしれないんだぞ…外見は同じでも中身が変わり果てて…」


初めて聞く結奈の想い。

確かに人殺しなんか結奈にさせたくはなかった。

結奈が襲われて…俺が初めて人を撃ち殺したあのときの虚構感。

あんな経験させたくはなかったし、必要なら俺が全部引き受けようって思ってた。


「外見なんて関係ないよ…素直にそんな優しい吉晴君が好き。好きな理由なんて日を追うごとにころころ変わるの。でも好きってことだけは変わらない。それが私の好きだよ」


「そんなの…」


「だから吉晴君は私の思い描く理想像になろうとなんてしなくていいだよ。私は私で勝手に日々変わる吉晴君の好きなところを探していっぱい知ってるし見てるんだから」


ギュッと結奈の腕が締まる。

より強く抱きしめられるほどに、まるで心に刺さった棘が砕けるように…スッと消えていく。


不意に涙が溢れた。


こんな俺でも好きと言ってくれる存在。やつはこれを偽りだと言った。

でも…そんなことはどうだって良いんだ。

好きだと言い、好きだと帰ってくるこの幸せ…。それさえ守り抜ければ良いんだ。


溢れでた涙は頬を伝い、雫となって結奈の手に落ちる。

俺はゆっくりと振り返って、結奈をより強く抱きしめた。


「俺な…俺は…さっき…結奈を殺してしまうところだったんだ…」


「…うん。」


「俺…恐くて…辛くて…」


「大変だったんだね…」


殺されそうになった。その言葉を聞いても…結奈は動じない。

吉晴の一言一句に耳を傾けて、その言葉を受け止める。


「大丈夫だよ…私はここに居る。ずっと居るから」


その言葉で俺は完全に折れていた。

立っても居られないほどに崩れ落ちた俺は、結奈にもたりかかりながら膝を付く。


「だからね、一緒に歩いて行きたいの。同じ道を同じ歩調で同じ景色を見ながら…この先も吉晴君と居たい。いつも吉晴君の背中を見るのは辛いよ…」


「あぁ…」


「吉晴君が背負ってる物…全部は背負えないかもしれないけど、少しは背負わせて欲しいな…それが…仲間…家族って事じゃないかな」


覗き込んできた結奈の目。愛らしい顔。俺が惚れた結奈。


俺達は自然と身を寄せ合い、唇を重ねた。














「やっぱり…あの腕輪…危険だわ」


不気味な魔力を感じたシヴィはこっそり車外から一部始終を見ていた。

感じたことがない…未知の力。


結奈が露店で偶然手に取り、吉晴へのプレゼントとして渡った紫色の腕輪。


普段は何の変哲も無いアンティーク風の腕輪だが…時折突然魔力を宿し不気味に発光する。

そんな時、決まって吉晴の様子がおかしくなる。


前に起きたときは尋常じゃないほどの悪夢にうなされていた。


そして今回は…錯乱しながら結奈に銃を向けた。


シヴィは万が一の時のために障壁を張る準備をしたほどに、信じられないことが起きるのだ。

まるで何かを追い払うかのように腕を…銃を振り回す姿を見て、ただ疲れているだけじゃない事は確か。


(精神干渉…? でもそんな高度な魔法…あんな腕輪如きで出来るわけ…)



吉晴に…彼の目の前には私には見えない何かが居るんだと、確信した。


「シヴィ、そんなところで何してるの?」


「あ、リュミ!?」


「そんなに驚いてどうしたの?」  


考え込んでいたせいか、思わずリュミの登場に体をビクッとさせてしまうシヴィ。

伝えるべきか…まだ調べてからにするべきか…


「覗きはダメですよ」


「違うわよっ! あぁ、でもそうね。吉晴に用があるならまた後にした方が良いわよ」


「どうして?」


「そりゃ…中でいちゃいちゃしてるからに決まってるじゃない」


「なっ…!?」


ボンと真っ赤になるリュミの顔。

綺麗な銀髪だからか、余計に赤く見える。でもキスしてるだけなのよね。吉晴…それ以上のことしないみたいだし…



私が仕え、友達のリュミは…何を想像しているのやらと、ため息をついたシヴィ。


「リュミも随分変わったわよね」


「へ?」


シヴィは吉晴の知らないリュミを知っている。

昔のリュミはこうも明るくは無かった。

一日の大半を部屋で過ごし、家の人には最低限の会話と笑顔。


私が始めてリュミと会ったときは、そんな感じだった。


後から聞いた話。なんでこんなにも笑顔が少ない少女だったのか…

理由は明確だった。


リュミは姉を亡くしていた。


理由は分からない。

だけど…私を拾った男。ヴァンパイア族族長であり、リュミの実の父親。ギルスバード・ヴァンパイアの考えが透けて見えた。


弟を失った私と、姉を失った私。


ギルスバードは願うように私に言った。娘を元気づけくれと。


(あの時の約束…私は守れたかしら…)  


顔を真っ赤にあわあわと自分のしたいことが定まらないリュミを見て…なんだか真剣に考える私が馬鹿な気がしてきた。


「リュミも変わった。色んな意味で変わってくれた…でも。もう少し自重って言うこと覚えた方が良いわね」



















(連合軍が王都に侵入っ!)


(ラギルス子爵率いる騎士隊…全滅。突破されましたっ…)


(国王様っ…このままでは…もう一日と持ちませんっ!)


飛んでくる報告はどれもどれも最悪な状況を揶揄する物ばかりだ。なぜこうなった…あれほどまでに優勢だった我が国が…何でこうもあっさりとっ


国王は煮えたぎる憎しみを隠しもせず、歯を食いしばる。

拳は硬く握られて、玉座を力強く叩きつける。


「ぶ、ブルクハルト…どうなっているのだっ!」


「…こっちが聞きたい! あれは何だっ! あの黒髪の少女はっ! 俺が聞いていたのは少年の方だけだぞ! 少年の能力さえ無効化すれば後は容易い! そう言っていたのはそちらじゃないかっ!」


「…っ! ガーダス!! ガーダスはどこに居るっ!」


「へ、陛下…お呼びでしょうか…」


「貴様、我に申したな。少年の力さえ押さえれば後はどうとでもなると…っ」


「は、はいっ」


ガーダスは顔面蒼白で下を俯いていた。

体は隠せないほどに震え、顔面からは大量の汗がにじみ出る。


「あの少女は…あの少女の力は何だっ! あんな力がどうとでもなるとっ!? 貴様は正気かっ!」


「も、申し訳ございませんっ! 我々もあれ程の力を秘めていたなど…全くの想定外でございましたっ!」


「この能無しがっ! 今すぐ我の前から消え去れっ!」


怒鳴り散らす若き国王。

怒りの矛先が全てガーダスに向くように、他の者は口を開くどころか目も合わせない。

罵声を浴びたガーダスは怯えたように逃げ去る。


「…これじゃあ台無しだ。…陛下よ、もうおしまいだ。もはや兵をかき集めて王城を死守させ脱出の時間稼ぎくらいしか残されていない」


「なっ! この国を捨てよと申すかっ!」  


大国の鼻息一つで吹き飛ぶほど色々な意味で小さかったギリタフル王国。

たった一代でここまで作り上げた国王にとって…それは命とそう変わらない物。

ゆえに…手放すことなど出来ない…。


「…今なら間に合う。帝国との繋がりもある。生き残りたいなら決断しろ」


それは到底現国王に物申す口調ではなかった。

もっと冷徹で簡潔に。


それはブルクハルトにとって目の前の若き国王は必要な人材だった。

国王という肩書きは十二分に活用できる。


俺が異世界から来たと公言できない以上、この国王の側近として共に帝国へ亡命する必要がある。


だから、ここで死なれては困るのだ。


「っく…ここまでなのかっ…ここまでしてもっ…小国は小国のままなのかっ…!!!」


小国が小国であるがゆえに、名だたる大国と対等な存在になるべく取る行動は…どの国でも…どんな世界でも同じだった。


強大な軍事力。圧倒的攻撃力の兵器。


だが、それのどれもが勇者という1人の少年と少女によって打ち砕かれ、今まさに連合軍によって国が攻め滅ぼされようとしている。


煮えくり返る想いで王の間の小さな天窓を見上げた。

その小さな天窓は…まるで我が国のように見えて…心のどこかが寂しさを覚えた。


「クソォォォォォッ!!!!!!」


王の叫びは虚しく部屋に響き渡る。
















「また敵情に潜入したいと思う」


「え!? またですかっ!?」


「あの兵器は破壊しましたよね?」


リュミとミーシャが突拍子のないことを聞いたように目を丸くして驚く。


「今度はなんかを壊したりするんじゃない。…ミーシャやリュミ、シヴィ達にしか頼めないことなんだ」


だが、【私達にしか頼めない】その言葉でいったん押し黙る。

吉晴から受けるその信頼の言葉が嬉しくて、少しだけ顔を赤らめる。

まぁ、シヴィに至っては普通だ。


何を言い出すかと思えば…そんな感じのことを思っているに違いない。


「今回の戦争で気になることがあるんだ。まずは破壊した強力な障壁の魔力供給源。これはみんなが知ってるように出所が不明だ。人が何百人集まろうとあれだけの魔力は集められない。そうだったな?」


「はい、あれだけの魔力は人の力では成し得ません。絶対にです」


「うん。だからそれがまず一点。もう一つは…俺と結奈と同じく他の世界から来た転移者。これについては…なんだったか…えっと…」


「敏神信也」


「そう、そいつが漏らした異界の鏡の詳細を知りたい。俺的にはこちらの方が優先度は高いし、出来れば連合軍側が王城に攻め入る前に調べたい」


この世界に俺達とは別の転移者が居たのは事実で、他もいる可能性は充分にあり得る。

だから、どんな手段を使ってそんなことを成し得ているのか。


全くの不明事項。


魔力源に関して言えばあんな莫大な魔力が他国の手に渡ってしまえば、俺達にとってもこの世界にとっても良くないことは明らか。

でも、それ以上に転移者の存在は恐い。


どんな能力を持っているか分からないし、物理攻撃無効化とか…そんな馬鹿げた能力だった場合、こちらに勝ち目はない。


俺達の絶対優位性は手放したくない。


だから、最優先は転移者関連。


「世界を越える召喚魔法なんて、実際あるのか?」


「聞いたことありません…少なくともトローデスや周辺国では私達から勇者様をお呼びするなど考えられません」


「そうですよね。伝説でも突然勇者様が現れたようですし…私達の意思でなんか…魔界でも聞いたことありませんし、無理だと思います」


「そうかぁ」


実際俺達もどこかの国の召喚儀式でこの世界に来たわけじゃ無い。フィリーリアさんと言う神様の手によって能力を貰い、この世界に来た。


「異界の鏡…か。本当に鏡なのか、何かの隠喩なのか…」


よく考えればそうだ。勇者的な転移者を簡単に召喚できるなら、色んな意味の国力向上にどの国も沢山行っているはずだ。

だとすれば地球に似た物。例えば鉄道、電気、水道などのインフラ。この世界の弓や剣よりも効率的な武器や火薬や兵器の類い。

そんな物が垣間見えるはずなのだ。


「簡単にはできないものか、ギリタフルにしか出来ないことなのか…それも重要って事ね」


俺の考えていたことをシヴィが代弁するかのように呟く。


「そうだね。これで今回の潜入の目的と重要性は分かってくれたと思う。次は…手段なんだが…」


正直所々に無理があるとは自覚している。でも無理を押し通してでもやらなきゃいけないほどの事だ。

ここはみんなに頼らなきゃ成し得ない事。


「敵は連合軍の破竹の如き侵攻に後手後手に回っている。だが、敵も徐々に王城付近に戦力が集中しつつある状況だ。だから必然的に王城への侵入は…困難なんだ」


「でもやるんでしょ?」


「もちろん、正面切って突入するのも潜入するのも無理なら手段は1つだ」


俺は王城を真上から撮った大きい写真を使ってみんなに作戦を提案した。

これは連合軍としての行動じゃない。どちらかと言えば私的な事だし、むしろ連合軍側には何をしに行くのかは悟られたくない。

何度も言うように転移者は危険だし、魔力源も他国に普及するのも避けたい。

だから…ガーデリックさんもこの場には居ないし、作戦には連合軍の兵士は使わない。一切を俺達でやる必要がある。


「今回は単純な陽動作戦をしようと思う。それもたった5人で数万の敵を騙す盛大なやつをな」


時刻はもうすでに日の落ちた19:00を過ぎたところ。

この一夜の間に、彼ら5人は数万の敵を騙す作戦を決行した。





















「…何万集まった」


真っ暗な詰め所には松明が1本。揺らめく灯りをもとに大男は椅子へと腰掛ける。


「現在ラーバム子爵様、シェザル伯爵様、リンディス伯爵様の私兵合わせて6万と少し。王城周辺に終結しております。あと少しでカーナム伯爵様も合流しての兵で城門を守備できます」


「8万…か」


数では圧倒しているはずなのだ。

あちらは海を越えなければならないゆえにここまでの兵士は居ない。

そして実際攻めてきた兵士はせいぜい多く見積もっても4万や5万のはずだ。だが、大した損害も与えられないまま海岸を突破し、砦を突破し、今や王都に入り込まれた。


そして我が軍は完全に追い詰められた。


なぜだと眉をひそめて、意味も無く地図を凝視する。

そこにはいつの情報だか分からないが、敵の侵攻状況が駒を使って表されていた。きっと今はもっと厳しい状況になっているに違いない。


「今夜が山場か…」


すでに山場なのだ。

敵が王都に入り込んでまだ一日と経っていないのに、もうすでに境地という山場に差し掛かっている。

そのさしたる原因は何か…


考えるまでも無い。


「敵襲っ!!」


「あぁぁっ!! 来たぞっ! あれが来たんだぁっーっ!!!」


キュルキュルキュルと言う耳障りな音。大地を震わせる足音。そして魔物のように唸る轟音。そんな死の音を撒き散らすそれは…


「俺はまだ死にたくないっ!」


「俺の仲間もあれにっ…ギャァァァ!!!?」


その瞬間、目が開けられないほどの爆光がギリタフル兵士を包み込んだ。

それに搭載される夜戦装備。強力な投光器によって照らされる兵士達は失明するほどの光に、目が見えずバタバタと行き先も分からないまま逃げ惑う。


そして無慈悲な同軸機銃の掃射。油圧モーターが小刻みに砲塔を動かし、光の矢となった曳光弾の雨が兵士達を貫き薙ぎ払われるように血を流して倒れる。


鉄の魔物。兵士の間でそう呼ばれ、恐怖されたそれは陸上自衛隊の74式戦車その物だった。


例の機関銃のように連射が効く矢がそこかしらから放たれるが、その程度の攻撃は塗装を剥がす程度の傷しか与えられない。

そしてお返しとばかりに放たれるのは、105mmの91式105mm多目的対戦車榴弾【HEATーMP】だ。


瞬時に矢の放たれる場所を発見した74式戦車は砲塔をグワンと回転。砲身を僅かに上へ向けて…撃ち放った。


周りが一瞬昼間になったかのようにバッと明るくなる。

吹き出す膨大な炎の塊とほぼ同時に響き渡るどこまでも聞こえるような砲声。

そして闇夜に一瞬浮かび上がる鉄の魔物。


全ての74式戦車の行動がギリタフルの兵士達にとっては恐怖でしかなかった。


そんな74式に睨まれた建物は一瞬にして家屋の上半分が吹き飛び、今にも崩れそうなほどに半壊する。


次々に沈黙する建物が、やつに睨まれたらどうなるのかと言うことを嫌でも知らしめた。


「ひっ、怯むなっ! 敵は3体だろっ! 押せっ! 押すんだっ! ここを破られれば終わりなんだぞっ!」


「しかしっ! 敵の守りは堅くっ! やつが一度攻撃すれば我が軍は何十人と消されてしまうのですっ! 近づこうにも光の矢に阻まれとてもじゃありませんが…っ」


「つべこべ言うなっ! ここを突破されたら何があるっ! 王城だっ! 我らが最後の砦なのだっ! 絶対に守り抜かねばならんのだっ!」


具申した兵だってそんなことは分かってる。

我々の後ろには我らが敬愛する国王様がおられる。

だからここを退くわけにはいかない。


たが、そう頭では分かってても…あれの前ではどうにもならないのだ。

あれが進めば止めるすべは無い。


「ひぃっ!?」


飛び交う光の矢の1発がそんな兵士の目の前を空気を切り裂きながら通過する。あと1歩踏み出していたら…


兵達は大混乱だった。


「スタン兵長はっ!?」


「兵長は死んだっ!」


「くそっ! 誰が生きてて誰が死んでるのかもわからねぇっ!」


「西門や東門の本隊が来ないとここはっもう!」


「伝令は出したっ! もうすぐ援軍が…」


逃げ惑う兵達は自分たちではどうにも出来ないと、半ば諦めていた。逃げれば反逆罪で確実な死、立ち向かえばほぼ確定する死。


だから諦めたからこそ立ち上がった。


震える足。怯える心。

そんな体でも…夜空に輝く遠い星のような儚く小さな生への希望を求めて一歩を踏み出す。


「うぉぉぉぉぉああああ!!!!!!!」


恐怖を隠すように叫んだ兵士は、槍を持ち鉄の魔物に向かって走り出す。


飛び交う銃弾の中を必死に駆けた。


そしてそれがきっかけとなる。


次々と立ち上がり、武器を持つギリタフル兵士達。

命令系統がぐちゃぐちゃな今、最初に立ち上がった兵にをみんなが釣られるのだ。


銃声や砲声に負けないくらいの怒号。追い詰められた獣の如く襲いかかる。恐怖心は殺した。

やつを何としてでも倒さないと先はないのだ。


一斉に恐れ無しに襲いかかるギリタフル兵士達に異変を感じた4両の74式戦車は後退を開始する。


それを追いかけて大軍で移動していくギリタフル兵士達。





「よし、行くぞ」


「うん!」


「はいっ!」


「緊張してきました…」


「安心しなさいリュミ、みんなは私が守るから」


松明の光が届かない裏路地から姿を現す5人組。

随分と少なくなった兵士を前に再び銃声が轟いた。















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