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異世界でも、チートよりも大切なこと。  作者: 芳賀勢斗
失われた自由。
71/97

黒き無の世界

再び目覚めたのは、今度は見覚えのある何もない宇宙のような空間だった。

だが俺の想像する宇宙とは少し違って、遙か彼方に存在するであろう星々などの様な物は一切無く、ただただ真っ暗な空間が無限に続いてるようで恐怖感を抱いた。


「夢…だった…のか」


今、自分自身のこの状況よりもあの地獄のような事が夢だった事への安堵が漏れた。


「起きたか異界の勇者」


「っ!?」


無の空間に突然響いた女性の声。

浮いているためうまく体を動かせない。端から見たらもがいてるようで滑稽だっただろうな。


「お、これはごめんねー」


姿は見えないが、その声と共に俺は一瞬の浮遊感を感じて落下した。

だいたい30㎝ほどの高さか…地味な痛みに顔をゆがめる。


地?に足が着いたことで改めて周りの様子を見渡した。


「久しぶりだねー」


「お前…」


チッ…

舌打ちが聞こえたような気がした。


「前も言ったよね、私はお前にお前と言われる筋合いはない。お仕置きね」


「グハァッ」


突然、俺の体が実体のない床へ叩きつけられた。

体を起き上がらせるどころか、呼吸も指1つ微動だにできない。


「んー、今君の体は900㎏くらいかな?」


うつぶせの状態で、肋骨があり得ないくらい圧迫される。血の涙が流れ血の気が床の方へ下がっていく。


ポキポキと体の節々の弱い骨から嫌な音が聞こえ、激痛が走る。

あばら骨も1本また1本と軽快な音をならす。


俺は何もできなかった。


「もういっかなぁ」


女は飽きたように軽く言うと、俺の体を襲っていた途方もない激痛は、嘘のように引いていき何事もなかったように普通の体へ戻った。

脂汗が一気に吹き出る感覚があった。


「まぁ、毎日毎日あんなに可愛い女の子に囲まれてれば、こんな私のことなんて忘れちゃうのも無理ないか…。それに結奈ちゃんには特別な思いがあるようだし…脳が破壊されるほど」


「あなた…は、メア…さんでしたか?」


この空間、そして目の前のこの女性。合わせて考えれば自然と記憶は浮かび上がってきた。

ずいぶん前にゴーレムと戦って、へんな球体に触れたときここと同じ様な場所に来て、彼女と出会った。その時、確かに彼女はメアと名乗ったはずだ。


「さすが女たらしの勇者ねー。覚えててくれたんだー」


「それで色々と聞きたい。…まずここはどこなんだ」


彼女は謎が多い。先ほどの異変も重力か何かを操作したのか…前回もろくな話をせずに一方的に返された記憶がある。

現状で彼女のことを何も知らない。だいぶ彼女に恐怖を抱いている。


「まぁ、そろそろ教えても良いかねぇー」


「ここは…私の世界、私が作った無の世界、生命を育めず、万物創造もせず、ただ存在する空の箱。非生産的でただただ真っ暗な無の空間。なり損ないの世界」


「…君は一体…」


「私はその世界の住人であり管理者であり世界の創造者」


「それは神と言うことか…? そんなこと…」


「そう? 私の仮に作った世界で、私と言う法則に基づく世界にあなたはさっき行ったはずだけど。」


「そんなこ…っ!? 待て! じゃあ、あれはっ!」


あの地獄のような世界で、ミーシャが、リュミが、そして結奈が…っ!

それが夢じゃなく現実だって言いたいのかっ!? 

そしてこいつは…


「あなたと体液交換した彼女達の遺伝情報から再構築するのは比較的簡単。そしてあなたの記憶から世界の基本的な設定を見させてもらったわ。あなたが私を神と思おうが邪神が構わない」


不完全であっても世界を構築したと言っている彼女は、神でなかったらなんだと言うんだ? 

俺とは違う次元の存在だと言うことは薄々感じている。ただそれだけだ。

だが、俺はこいつに大切な彼女達をあんな風に扱われた事に苛立ちが増していた。俺の知る彼女達ではなくとも彼女らはちゃんと生きていたんだ。それを実験動物のように…


俺の苛立ちを察したか、それとも他の何かかはわからないが、陽気な彼女が気づけば真面目な顔になっていた。思わず身構える。


「ここから先の情報はまた次の機会にしようか。そろそろ君を庇いきれなくなってきてる」


「な、何からだ?」


「この世界からさ。私はこの無の世界に何も与えていない。元素の1つもね。だから君の体をこの世界は欲しているのさ。知っているだろ? 無から有は生まれない。そして世界には自己修復能力がある。なら今この現状で君はこの世界が喉から手が出るほど欲する存在。」


「早く元の世界に返してくれ!」


「そう慌てないで最後まで聞け。私は君に頼み事をするために呼んだ。単刀直入に言おう。魔王を復活させて」


「魔王を!?」


何故と聞き返したが理由は教えてはくれなかった。詳しい方法も何もかもだ。


「1つだけ付け足しておく。魔王と魔界は全くの無関係。」


「…断るの言ったら?」


なん…だと? 魔王を復活させる? そして魔界とは関係ない…? とても信じられない。この異世界にきて最初の頃に耳に入った魔王という存在。あの世界の歴史では太古の昔、魔王が先導して魔界の奴らを指揮したと言われているが、その真偽は言い伝え程度だ。


「あなたに選択肢はないわ。 現に私はあなたに返しきれない恩を売っている。雷皇?とかトカゲと戦って居たとき結奈って言う君の彼女を助けたのも私。ミーシャリアって言うお姫様が大砲に狙われていたところを助けたのも私。その気になれば彼女達を操ることもできる。この意味がわかるね?」


「脅しかっ…」


確かに結奈が、結奈らしくない戦い方をしていた所を見たことはある。今までの結奈なら考えられないような大きな魔法を使ったり、超人的な運動をしたり、ミーシャにいたってもリュミから同じ様な報告をされている。


「やるかやらないかは君次第だけど、さっきも言ったようにそれで起こる事への責任はとらないよ。恩を仇で返すと後悔するかもね。では良い行動を待ってるよ」


メアは話したいことだけ強引に済ませたら、俺の返事を待つことなく、俺の視界は暗転する。

もともと真っ暗な世界だ。暗転したところで感じもしないと考えもしたが、実際は貧血で意識が薄れる様な状態を脳が感じ取り、そう判断した。


【君にとっても魔王という存在は有益な存在でもあるんだよ…】


そう聞こえたような気がした。


メアと言う神のような存在。彼女の存在は未だ吉晴しか把握していない。

その存在がこの先、この世界にどのような影響を及ぼすのかは“神でさえ”知るよしはない─────。



















連合軍上陸地点。

そこは、いつか吉晴達が単独で城を攻め落とし、軍事施設の要所をものの1時間と経たないうちに破壊し国としての機能を失ったガレッド帝国領内の海岸だった。

指導者を失い無法地帯と成りはてると皆は思ったが、実際はそうはならなかった。

城が崩壊し1週間も経つと、同盟関係にあったギリタフル王国の管理下に置かれることとなり庶民達の暮らしには、不自由は増したものの特に不都合無く暮らしていけた。


一方でガレッド帝国市民は長く領土問題などで関係が良いとは言えなかったトローデス王国に怒りが爆発し軍への志願者が増加するという事態も起きる。


これにニヤッとする老人が、ギリタフル王国ガレッド最高司令官のロマノフ・カダファだ。


「ちょうどこの時期にこれだけの兵士が収穫できたのはロマノフ様のお力添えのおかげでございます。皇帝陛下もさぞお喜びのことと思います」


「なぁに、気にすることはない。適当な宣伝であおられた群衆どもだ。好きに使ってくれ」


それほど人口と領土が大きいわけでもなかったギリタフル王国は、ガレッドを手元に置くことで擬似的にでも国力を大きく見せようとした。

さらに突然の攻撃を受けたガレッド帝国市民に適当な宣伝をすることで反トローデスの感情をおだて、大きく兵士の頭数を揃える事にも成功した。


「そう言えば北部の海岸で大規模な作戦があるようだが、今回の大規模な再編はそのためか? 訓練もろくに受けていない奴らなんかが役に立つとは思えんが」


「私も詳細は聞かされてはおりませんが、近々過去最大規模の作戦の準備が大忙と伺っております。おそらくそちらの方へ回されるのかと存じます」


「ふん、好かんな」


そう言うと手元に置いてあったワインを一飲みにする。

先日ここの港から出兵した大量の兵士と、大きな魔法兵器はどうした?

彼らを差し置いて、なぜ奴らがこちらに攻めてこれる?

考えるまでもない。理由は明白だ。


「わしらも肝を据えるときが来たようだな」


「…それでは私はこれで。神の祝福があらんことを」


「神の祝福があらんことを」


そう挨拶し男は足早に部屋をあとにする。1人静かな部屋に残されたロマノフは目の前の窓に広がるガレッドの町を一望する。


「海があるというのも良い物だな…」


ガレッドの町並みの向こうに広がる大海原に目を向けたロマノフはポツリと目を細めて呟いく。

時刻はすでに16時をだいぶ過ぎた頃合いで、メラメラと燃える太陽が海へ沈む頃合いだった。


「ぼちぼち(いくさ)の準備でも始めないとな」



















「よし…くーん…」


(ん…? なんだ…体がだるいな…あと頭が酷く痛い…)


最近でも類を見ないほどの最悪の目覚めだ。頭がかち割れるほどに痛いし、体も休んだはずなのにヘトヘトだ。

だが、普段の俺では考えられない異変が起こる。

涙だ。


結奈の顔を見た俺は、激しい頭痛の中で自然の涙が流れた。


「吉晴くーん? あ、やっと起きた。…って大丈夫!? 気分でも悪いの!?」


「ん…いや大丈夫。ちょっと頭がフラフラするだけだよ。寝すぎかなぁ…アハハハ…」


たった4時間も寝てないのに寝過ぎとはよく言った物だと、言ったあとから気づいた。結奈もまた更に心配そうな目で俺を覗き込む。


「アハハハじゃないよ! もう~。大人しく寝てて欲しいけど…そうもいかないみたい。大和さんが艦橋に来てくれってさっき言ってたよ。…これ、はい水。少しでも飲んでね。寝てるとき汗ひどかったんだよ」


「そっか、ありがと。もう大丈夫、立てるよ」


どうやらミーシャとリュミは先に起きていたようで、この部屋に姿はなかった。

渡されたコップ一杯の水を飲み干した俺は、結奈に手を借りながらも、ゆっくりとソファから立ち上がる。

立ち眩みのような浮遊感に時折襲われながらも、なんとか艦橋へ向かった。


(吉晴君…大丈夫…かな。また酷く夢にうなされてたし…ゆっくり体も休めてないもんね…なんとかならないかな)


具合の悪そうな吉晴を支えながら真剣に考えこむ結奈だった。






「で、状況はどうなってる」


「現在、停泊予定地から40㎞ほど沖合で全艦停止させました」


「なぜだ? 見たところ敵艦は見えないように思うが…」


「はい。敵艦の姿はありません。ですがこの近海を潜航中のシーウルフからの報告がありました。読み上げます【海上に浮遊する金属製の物体が多数あり】とのことです。報告を受けた後、すぐにアクティブソナーでの捜索を他の艦へ頼み、30個ほどの数が発見されたようです。目視での発見もされています。実際はもっとあると思われます。」


「まさか、機雷なのか?」


「状況的に考えその様に判断いたしました」


確かに時間を稼ぎたいギリタフルにとって機雷という兵器はうってつけの物だろうが…敵はそんな技術をすでに得ているのか?

いや、俺達の世界でも機雷自体はずっと昔から存在していた。

存在してもおかしくはないか…。


「その機雷の作動条件はまだわからないか?」


「まだ何もわかっていません」 


「そうか。なら機雷の規模と作動条件を探るのが先決だな。それにしてもシーウルフを保険として連れてきていてよかったな」


世界最強の潜水艦と唄われるアメリカの極秘兵器、攻撃型原潜シーウルフ。冷戦時代でもややオーバースペックな一面も見せていたと言う噂を多く聞く。

冷戦の終結と価格高騰のため3隻で打ち切りとなったが、未だこれを超す性能の潜水艦はそう多くはない。と思ってる。


「まさか機雷があるとは思っておらず、警戒が手薄になってしまいました。シーウルフが居なければ取り返しの付かないことになっていました」


「俺も機雷を敷設してくるとは思わなかったから責めたりとかはしないよ。それよりどうするか…あまりスケジュールにも余裕がないんだけどなぁ」


どうしたものか。感応型なら特に厄介だ。少し考えづらいが色々なセンサーを統合的に処理する高性能な機雷の場合は、正直直接攻撃で無力化するしかないしな。

と言っても触発信管だとしても、現状で悠長に掃海する時間もないから力ずくでも排除しながら押し通るしかない。


たがその場合もしうち漏らしが揚陸艦に流れ着きでもしたら…


「リスクを背負って押し通るか、慎重を期すか…」


「しかし時間をかければかけるほど、敵の策略にはまることになります。今敵に一番必要なのは時間ですから」


「うんぅ…6ノットでいつ頃到着する?」


「はい、6ノットですと0930(ぜろきゅうさんまる)には到着すると思われます」


「仕方ないよな…今は進むことに専念しよう。各指揮官に作戦開始の延期と開始時間のその旨を伝えてくれ。前方のイージス艦は艦隊の中央へ下がらせてください。各艦、機雷を発見し次第無力化、その際の火器の仕様は最小限にとどめ、揚陸艦を最優先で守る事を留意してくれ」


「わかりました。各艦にその様に連絡いたします」


「両舷前進微速(びそぉーく)!」


再びギリタフルへ向けて徐々にだが確実に進み始めた艦隊。

再び緊張が走る。


重く大きい揚陸艦は急な舵取りはできない。機雷があるとしても避けることができないのだ。

たがら確実に機雷を排除しなくてはならない。

そしてイージス艦を何故後方に置いたかは、イージス艦そのものの構造によるものだ。

イージス艦の装甲は薄い鋼板だ。機雷をもし喰らったりしようものなら、いくらダメージコントロールが整っていても致命傷になる。

それなら帝国時代の駆逐艦の方が装甲という面では上だ。

だが幸いしたのは機雷が浮遊型だったことだ。目視での発見も比較的容易だ。やりようはあった。


もっともまだ機雷と決まったわけではないのだが…


「俺達はできることをしよう。リュミとミーシャはこの大和でできる限り機雷を撃ち抜いてくれ。船団の先頭を行く大和は一番危険が高い。それに大和が見逃した機雷が揚陸艦に向かうことになる。ここの仕事は重要だ」


「わかりました」


「全て沈めて見せます!」


「うん、ありがと。俺と結奈はニミッツに向かうとするよ」


そう言って艦橋をあとにしようと背を向けたとき、リュミに呼び止められる。


「あの…1つ相談があるんですが…」


「ん? どうしたの?」


「銃のことです。もっと1発の威力が高くて連射できて、マガジン式の銃とかってありませんか? あ、あのバレットほど威力とか、レミントンM700ほどの射程は求めていませんので…」


「7.62mm級のセミオートライフルでマークスマン運用…と。確かに今まで1㎞の狙撃なんて数えるくらいしかないもんね。でも7.62mmの反動は大丈夫なの?」


リュミもだいぶ小柄な体系だ。与えるこっちも不安になるのは致し方ない。


「はい。以前12.7mmを撃たせて貰って気づいたんですが、魔法も併用するので何とかいけちゃうんです。困るのは持ち運びの重量ですね。その時は魔法は使ってられないので軽い方が良いです」


「なるほど。じゃあこれとかどうかな」


俺の手元にズシリと金属の重みを感じた。細身のシルエットはどこか槍のような印象を受けるが、大きくくりぬかれた銃床と長く突き出た銃口が、それが銃であると認識させる。


「ドラグノフ狙撃銃だよ。SVDとも呼ばれたりするけど、俺はドラグノフってのが落ち着いてる。見た目ほど重くないってのと頑丈ってところが良いところかな。射程は6~700m程度。それほど高いというわけじゃないんだけどね」


「なんか…いいですねこれ」


まぁ、ヴァンパイアとドラグノフってなんか中二心をくすぐるって言うか…まぁ、格好いいな。

その後予備の弾倉を数個渡したのち、ニミッツへヘリで移動する。


もう少しで機雷原へ差し掛かるところだった。


「すまないニミッツ。少しの間甲板を貸してくれ」


「お話は聞いています。非常時のための機体は残してありますが、そのほかの場所は好きにお使いになってください!」


「ありがとう」


そう言うと甲板上に十数機のAH-64D(ロングボウアパッチ)を召喚し、すぐさま発艦させる。

大海原をアパッチが駆け回るなど、新鮮みがあって面白い。


「うおっ!?」


その時、船全体を叩いたような衝撃が体を揺さぶり、思わずこけそうになる。

少し遅れて重たい炸裂音。音のした方向を見れば、大きな水柱と水蒸気のような爆煙がそこにはたっていた。

浮遊物は機雷で間違いなかった。


早速機雷への攻撃が開始された。その1発が先ほどの爆発だったようだ。特段こちらに被害はない。


だが先頭の大和から最後尾の空母ニミッツまでは数㎞は離れているがその衝撃波は、一瞬でこの船を揺さぶった。

現代の機雷に勝るとも劣らない威力と言うことが思い知らされた。


各艦が個別に機銃で機雷を攻撃し、今のところ前衛の艦がうち漏らした機雷というのはなかった。


ミリ波レーダーを搭載するアパッチなら海上に浮遊する金属の機雷に対応できると踏んだが、思った通りだったようだ。

空からの迅速な発見で、うち漏らしはほぼないに等しい。


俺はUH-60(ブラックホーク)に乗り込み操縦を結奈に頼んだ。

ドアガンにM134を選択し、すぐに飛び立つ。








「2時の方向、距離300、機雷2!」


「了解です」


機雷から数百m離れた大和にもその衝撃波は容赦なく伝わる。


「おそらく爆裂系のコピースペルをたくさん詰めているんでしょうかね、凄い爆発です」


「そうですね…それも凄い数です」


コピースペルとは本来詠唱が必要な魔法を、あらかじめ紙に魔方陣を書き、魔力を込めておくことで誰でもすぐに使う事ができるものだ。基本的には複雑な魔法をコピースペルでは再現できないが、この機雷の場合は単純な爆裂系と触れたら作動するという簡単な仕掛けのためこれほど量産できたのだとリュミは仮定した。


矢印状の艦隊は、完全に傘の部分で機雷を無力化していた。


「それにしても結奈さんが羨ましいよね…いつも吉晴様と一緒に入れて…」


「こんな時に突然どうされたんですか? まぁ確かにたまに私も思いますけど…」


「だよね!」


ミーシャはM24対人狙撃銃を使用し狙撃を行っている。5発装填とボルトアクションと言うことで連写性能は皆無だが、この場合の使用状況なら問題ないようだ。


だが2人とも揺れる船上からの狙撃はかなり苦戦しているらしく、命中弾は少ない。

しばらくしてリュミのドラグノフが機雷を捉える。

海面が同心円状に白く泡立ち、一瞬たって船に衝撃が伝わる。少し遅れて海面に柱が立ち上がる。


「まぁでも、当たるとスカッとしますね」


「私は全然当たりませんけどねっ! 単発ってなんかムズムズしますねっ! 」


やっぱりリュミとミーシャでは、射撃はリュミの方が上の方だ。

銃の性能的にはM24の方が良いのだが…

そんなミーシャでも200m程度になるとどうにか当てられるようで、右舷からの衝撃はやや強かった。


「あれ、吉晴さんじゃないですか?」


「へ? あ、ほんとう…良いですねぇ…」


吉晴達の乗るUH-60が大和の上空を通過した。








「わぁ…いっぱいあるよ」


「だな。でも進行方向上の機雷を叩けば良いよ。機雷に近づきすぎるのだけは注意してね」


「りょーかいっ!」


ターボシャフトエンジン特有の高周波の騒音と、ローターブレードが空気を切り裂く風切り音で機内は会話できる状態ではないが、インカムで繋がれた2人は高度を落としていく。


「まずあれかな」


M134ガトリングガン。通称ミニガンと呼ばれる7.62mm弾を毎分6000発近い早さで吐き出す怪物だ。


ある程度狙いを定めて短くトリガースイッチを押し込む。


時折混ざり込んでいる曳光弾が光の線を生み出す。


直後、海面が白くなり二段階の爆発が起こったように水柱が立つ。

浮遊型機雷でこれほどの威力があるなら水中型となれば戦艦でさえ致命傷になり得るかも知れないと改めて汗をぬぐう。


敵はどこまで兵器を現代水準に近づけてきているのか。

どうしようもない不安が募ってゆく。


「ねぇねぇ! 吉晴君! 陸地だよ!」


「えっ」


もうそんな時間かと慌てて時間を確認するが時刻は丁度9時を過ぎるところだった。

それは機雷原にも終わりが近づいている証拠だった。


《緊急っ! 1時の方向から高速飛翔体接近中! 数1…いえ、まだ増えますっ! 数10! 距離50km 敵ほぼ音速で真っ直ぐこちらへ向かってきます! 145秒後着弾!》


しかし、そんな一瞬の安堵さえ敵は許してはくれなかった。

敵地が見えたと言うことは、敵もこちらを見ていると言うことだ。

必然的に直接的な攻撃が激しくなる。

失敗した…。機雷に気をとられて偵察機を出すのを忘れていた…。


「なんとしても迎撃しろ! 揚陸艦優先は変わらん! 全艦最大戦速!」


《了解!》


すぐさま各艦から合計20発のSM-2ミサイルが垂直発射され、白い噴煙を残しながら放たれた。


機雷原はどうにか抜け出せたようだが…まさか今度は対艦ミサイルが向かってくるとは…


「ニミッツ、F/A-18を今すぐ出してくれ。未確認だがこのミサイルは上陸地点付近から発射された可能性が高い。見つけ次第破壊。そのほかの人工物もそちらの判断で破壊してくれ。対空火器には要心しろ」


《了解。F/A-18E、3機発艦します!》


すると立て続けに連絡が入る。


《撃墜まで3,2,1…っ!? 3発来ます!》


3発が迎撃ミサイルを抜けてくる。全弾を墜とすことはできなかった…。

だが残された時間は少ない。そしてできることも少ない。

だが現状でその少ない手段に頼るしか他に手はない。


「主砲発射準備、SM-2再度発射は可能か?」


《間に合いません! 主砲発射します! 目標算出できました! 目標は…揚陸艦! 直線上には駆逐艦暁、並びに戦艦アイオワ!》


127mmオートメララ速射砲が各イージス艦から放たれる。3秒に1発放たれる砲弾1発1発に願いを込めながら…


「前衛艦に通達、煙幕、IRデコイ、発煙効果のある行動を何でも良い、直ちに行え!」


いくら敵でもレーダーやその他の誘導装置を開発できたとは思えない。現にレーダー警戒にはなんの反応もない。

となると、せいぜい目視もしくはそれに準じる何らかの方法のはず。


視界を悪くしておくのも決して無駄なことではないはずだ。


俺が支持した直後、前衛の艦から黒煙が立ち上る。


わざと不完全燃焼を起こさせて真っ黒な黒煙を噴き上げる艦隊がそこにはあった。すぐに視界が悪くなる。

煙突のススが大変そうだなと思いながらも、最悪の事態が頭から離れない。

次第と緊張が高まる。


《主砲弾命中! 目標1、撃墜! 残り2!》


やっとのことで1発の迎撃に成功するが、こんなにもイージス艦隊の防空能力は低いものなのか?

もともとソ連の飽和攻撃を念頭に入れて開発されたイージスシステムの前に、たった10の敵のミサイルになぜこれ程までに接近を許す?


敵弾10に対して、こちらは倍の20で迎え撃った。


結果は3発も抜けてきた。

この数が多いか少ないかは正直わからない。


ただ…俺が信じて来た現代兵器(こいつら)に、初めて限界を感じた。


《着弾まで10秒! 敵弾来ますっ! 各艦衝撃に備えてください!》


射撃可能な位置にあるCIWSが目標を捉え、一斉に同じ方向に旋回する。

最後の砦、ゴールキーパー、そんな愛称でも呼ばれるCIWSは、本当に最後の手段で、祈るほかない。


20mmガトリング砲を敵弾の未来位置に向け、静かにその時を待つ。


ついにCIWSが最後の抵抗を始める。

そこからは一瞬の出来事だった。


少し離れた海面20m上で20mmのタングステン弾頭が、やや大型な敵ミサイルを引き裂く。対艦用兵器のため激しい爆発が水面を叩く。

が…その爆煙の中を2発目のミサイルが突き抜けてきた。


「…っ!?」


2発目のミサイルは確かに揚陸艦への直撃コースを進んでいたが、それには超えなければならない壁が存在していた。


戦艦アイオワと駆逐艦暁がミサイルの進路を阻む形で進路を大きく変えていた。


戦艦アイオワの船体に擦るように衝突したミサイルは爆発することなくバランスを崩し進路を変えた。

ミサイルはそのまま暁へ吸い込まれるように衝突する。

上部構造物と船体の間、つまり艦橋の付け根に被弾する。


大爆発。


衝突から信管が作動するまで、人が感じ取れる程度のラグがあった。

船体の外殻を突き破ったミサイルは船内に侵入してから起爆する遅延信管だったようだ。それゆえ装甲の薄い暁のダメージは致命的だった。


「駆逐艦暁! 暁! 被害報告を!」


《…。》


暁からの返答はない。


「結奈! 今すぐ暁に寄せてくれ!」


急いでUH-60が暁へと向かう。








被弾した暁は悲惨の一言だった。

喫水線下にはダメージは無いのか極端な傾斜や沈みは見られない。

だが酷いのは艦橋から船体上部にかけてだった。

被弾した付近には極めて致命的な損傷が素人目でもわかるほどの規模である。

内部から破壊された影響で外側へめくれるように引き裂かれた痛々しい船体には火災も確認できる。

海面には辺り一面に吹き飛ばされた暁の破片であろう物がゴロゴロと点在する。


《てい…とく…》


「暁! 大丈夫か!」


《大丈夫…ではないです。それより揚陸艦は…》


「揚陸艦は無傷だ…」


《そうですかぁ…それを聞けて良かったです。私もお役に立てたんですね…》


【お役に立てた】

その言葉に胸が痛んだ。確かに作戦遂行の要である揚陸艦を失うことはあってはならないことだが、それでも体当たりして自身が沈もうとも【お役に立てた】そして【よかった】と心から言い放った暁に胸が締め付けられた。


「…危害は」


《あはは…数え切れないです…主には燃料ポンプ破損、排気系統に不具合、弾薬庫付近で火災、操舵室は無事なものの下層はとんでもないことになっています。まとめると航行不能で弾薬庫誘爆の危険性ありです》


「…そうか」


《提督…》


「…なんだ」













《どうぞ、今思ってること。言わなければならないことをおっしゃってください。それが今の私の救いの言葉にもなるんです》


「…本当にそれでいいのか? 駆逐艦暁をまた召喚することはできる。だけど…それが君とは限らないんだぞ」


今まで喉に突っかかって出てこなかった言葉を彼女は要求した。

突如、弾薬庫付近の火災が何かに引火し小規模な爆発が起こる。

船体の軋み音と共に、ついに傾き始めた。

喫水線下に亀裂か穴が開いて海水が流入したんだろう。


《提督、私達は提督の道具であり兵器です。私達になぜ心のような人格があるかはわかりません。本来無用な心がある理由はきっとあると思います。だからきっと大丈夫です…それに海に引きずり込まれるのは怖いので…》


だが、俺自身言わなければならないと自覚はしている。艦隊を救い、作戦のために自らを犠牲にしても後悔は感じられない駆逐艦(彼女)に短い言葉で最大の敬意を払って告げた。


「駆逐艦暁、お疲れ様」


《武運長久を、またいつか会う日まで…》


「吉晴君! 見張り台!」


結奈の指刺す見張り台には暁の姿があった。

ヘリに向かい凛々しい敬礼を送る姿に、俺も思わずドアを開け、敬礼を返した。


その後、光となって一隻の駆逐艦は艦隊を離れ、それを見守っていた艦隊の全ての船はその小さな駆逐艦に、ややしばらく敬礼を送っていた。







次回はついに上陸作戦です!

敵の新兵器の謎もどんどん深めていきたいと思います!


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