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異世界でも、チートよりも大切なこと。  作者: 芳賀勢斗
失われた自由。
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ミーシャリアの右目

「お、おい……あの場所は我が軍の占領地じゃないのか……?」


「そのはずだ……が、指揮官様の様子がおかしいところを見ると、何かあったようだぞ」


多くの兵士が目的地である森から空高く上る黒煙に不安を隠せないでいた。

さらに聞いたことがない異音が何もないはずの大空から体に響く不快感もその不安を増長させた。


【全体、とまれぇー!】


ここで待機の命令が全隊へと言い渡され、各々が次の命令を待っている状態になった。




「いったい、どうなっている! これほど近づいてもカールとやらの部隊と連絡がつかないどころか、我々が送り出した先見部隊とも連絡が途絶えた……何が起こっている!」


この大規模な遠征大隊を率いる大貴族の男は、作戦と異なる状況に、ひたすら周囲に苛立ちを見せていた。

その周りの人も、誰もが知る大貴族に物言えるものは居なく、ただただ無駄な時間が浪費されるだけだった。


「この土地を占領しなければ後の作戦に過大な影響が出る……もし失敗するようなことがあれば、私の名前に傷が付く!」


「し、将軍……どうかお気をたしかに……現在私目の部隊を偵察に向かわせております、そろそろ結果がわかるはずです」


「早くしろっ!」


将軍と呼ばれた男の怒声が、周囲の大人を縮こませた。

本人は自分が全軍の士気を下げているなんて思ってもいないだろう。知りもしないだろう。


「報告! 南の平原10kmにこちらに向かう不明物体多数発見。恐らく敵軍の兵器かと思われ、数分でこちらから見えて参ります」


「ここの位置がバレているだと!? こうしてはおられませんぞ!」


「戦闘体制を全軍に取らせるべきでは」


【ええい! 第1から第3騎士団で返り討ちにしてしまえ!】


「は、はっ!」


そう言うと将軍は一気に度数の高い酒を飲み干した。









 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


《敵歩兵集団目視!》


「指揮車から各車へ、合図あるまでその場で待機。LAVラブは、作戦を開始せよ」


「了解」


その中で軽装甲機動車が敵と100mまでの距離に近づいた。


「警告開始する!」


軽装甲機動車から進軍を止めようとする内容の文面が拡声器ごしにこだました。


【ギリタフル王国軍に次ぐ、この地はトローデス王国の領地であり、あなた達は不当に侵入している! これ以上近づけば……】


そのとき、軽装甲機動車の車内にガコンと言う打ち付けた音のような打撃音が響いた。


「敵弾被弾! されど損傷なし!」


《戦闘指揮車から全車へ 敵の交戦意欲は高い、各車射撃を許可する》


《了解!》


「目標、敵歩兵集団前列中央! 弾種対榴! 小隊集中正面射、撃て!」


大地が揺れた。


眩しい閃光がほとばしり、大気が震え、草原に波紋が生まれた。


3門の120mm滑空砲が容赦なくJM12多目的対戦車榴弾を1140m/sで打ち出したのだ。

距離は100mも無いことから、0.1秒後には果敢に前進していた敵兵もろとも地面をえぐる爆発に巻き込まれていた。

対戦車、対人戦闘に用いられる多目的対戦車榴弾に、生身に鉄板を覆っただけの人間が抗えるわけもなく、訳もわからず全身から血を流し意識が事切れたものや、何が起きたのか検討もつかない者で集団の足が止まった。


しかし、それでも攻撃は止むことはなかった。


【ドォン!】【タタタタタタタタタタタッ!】

【ドォン!】【タタタタタタタタタタタッ!】

【ドォン!】


120mmの射撃の合間に同軸機関銃が、砲塔を細かに動かしながら凪ぎ払うように射撃された。


さらに射撃中の車両は90式戦車だけではない。

87式自走高射機関砲並びに2両の89式装甲戦闘車も同様に射撃をしているし、軽装甲機動車がMINIMIミニミ M249で5.56mm弾を叩き込んでいる。


集団密集陣形の中世ヨーロッパのような目標では掃討にはさほど時間がかからなかった。


盾を構える者もいたが、木組みと薄い鉄板で構成されたそれでは、5.56mm弾さえ易々と貫通してしまう始末。

やはり圧倒的すぎた。

無慈悲に凪ぎ払っていくその光景を見た兵士達は、ただただ訳もわからないそれに恐怖した。


“一体、俺たちは何と戦っているのだ”と……






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ほ、報告! 第1、第2、第3騎士団…… 全滅いたしましたっ!」


「何だとぉ!? 敵は100もいないのだろ!? 」


「はっ! 敵はおよそ10。ずれも乗り物のような兵器です!」


「たった10の敵が何だと言うんだ…… ええぃ! こうなれば奥の手だっ! 今すぐに“あれ”を出せ!」


「将軍!? あれは国王陛下からお貸しいただいたものでは……?」


「今使わんでどおするのだ! 実戦試験をしてやろうと言うのだ、問題なかろう」


「り、了解……いたしました」


貴族上がりの将軍には多大なるプレッシャーと言うものが襲っていた。

先代から築き上げてきたこの名誉と位を自分の代で終わらせてしまうのではないか。

これ以上の損害を出せば、勝利したとしてもお咎め無しと言うわけにならない。


そんな最悪を抱いていた。


このトローデス侵攻作戦の勝敗は私にかかっている……



「将軍! 用意できました!」


「よし、全軍を進軍させ次第、ロンギヌスを展開しろ!」


「はっ!」





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


《こちらLAV、目標の無力化を確認!》


「こちら指揮車。了解した、LAVは引き続き周辺脅威の捜索を続けされたし」


《こちらLAV、了解した》


3両のLAVが3方向に散らばるように離れていった。


いまだに硝煙の臭い漂う血生臭いこの地は、LAVのエンジン音が遠ざかるにつれてようやく静寂が訪れようとしていた。


「本当に任せているだけで良いんですね……」


「たったこれだけの数で……今更ながら恐れいったわよ……」


リュミとシヴィはただただ今起きた状況を理解しようと固まっていた。


「しかし、いくらギリタフルが小国だとしても敵の本体はこれの倍……いえ、5倍以上いると見て良いでしょう」


「そんなに……でも吉晴さんは任せていいと言っていましたし……」


「そうね、どうやらこっちも何か企んでるみたいだし、私たちは私達の役割を果たせばいいのよ」


「では巻き込まれる前に移動しちゃいましょう」


【っ!?】


その瞬間、丘の向こう側で目が眩むほど盛大に何かが光った。丘が逆光で見えなくなるほどに。

それはまさしく敵の本体がいるとされる方向で、LAVの1台が向かったちょうどその場所だった。


「指揮車から各車LAVへ、一体何が起きた、繰り返す状況知らせ」


《……。……。》


無線からノイズだけが聞こえ、交信どころではない。ノイズのみと言うのは珍しいことだ。


「指揮車から各車LAVへ、よく聞こえない、ただちに状況を説明されたし」


《……敵……交戦、しゃげ、許可を》


徐々に無線が鮮明に聞こえるようになりだんだんと全貌が明らかになってきた。


《敵の野砲が出現! 敵の攻撃にて2号車が大破! 歩兵数万単位でそちらへ進撃中。射撃許可を!》


「指揮車から各車LAVへ、射撃を許可する。野砲はイレギュラーだがほぼ作戦通りだ。通常通り決行する、1号車と3号車はポイントΑアルファまで後退し、敵を誘い込むんだ」


《了解した、3号車は1号車と合流する》


無線の最後にタタタタタと言う細かな銃声が響いてきた。

少し遅れて90式戦車の待機するこの場所に銃声が届く。


「どうやら始まったようです。急ぎましょう」


リュミとシヴィ、ミーシャはハンヴィーに飛び乗り目的の場所に急いだ。








「指揮車から90式中隊へ、間も無くLAVが敵本体を引き連れポイントAアルファに到達する。対戦車能力の有無は不明だが野砲が複数存在する模様、十分注意されたし」


《戦車中隊長、了解、2号車の無念は必ず晴らして見せる。》


すると、ついに丘をLAVがかけ上がってきた。

囮だと勘づかれ無いようにしつつ、弾切れも避ける。さらに敵との適度な距離を保ちながら慎重に誘き出してきた。


ポイントAアルファは丘と丘に挟まれた窪地になっている。


《LAV1号車ならび3号車から指揮車へ、目標はポイントAアルファへ集結した》


「こちら指揮車、よくやってくれた。LAVはただちにポイントAアルファを離脱されよ。間も無く戦車中隊の射撃が行われる」


《了解》


敵は数えるのも億劫になるほど大勢いた。

その戦闘から距離を離す2両のLAVを確認した指揮車はすぐに行動を起こした。


「指揮車から野戦特火へ、特火の射撃を要請する」


《了解、作戦座標へ20秒後に弾着する。注意されたし》


LAVに置いていかれる形で窪地に取り残されたギリタフル王国軍はどうしていいかわからず進軍が止まった。

しばらく静寂が訪れる。


《だんちゃーく……》


空からヒュルヒュルと風を切る音が聞こえたその時


《今っ!》


爆発が8回。ドンっドンっドンっと大地に響いた。

空中で爆裂したそれは広範囲に大量の破片を撒き散らし、兵士一人一人の体を突き破っていった。


曳火射撃と呼ばれる空中爆破。

地上爆破に比べて爆発自体の被害は軽微だが、爆発によって生まれた破片が広範囲に上から降り注ぐことで、姿勢の低くした兵士や塹壕にこもった兵士にも効果だ。


「目標命中、砲撃支援感謝する」


《こちら特火、お役に立てて何よりだ》


「こちら指揮車、特火の射撃が終了した。挟撃作戦開始!」

















「どおなってるっ!?」


「敵は……敵は!」


「ック……」


もう統率もあったもんじゃない。

もうグダグダ。誰がまとめるのかわからなくなった時点で組織としてはもう終わっている。


「に、逃げなきゃ……勝てるわけない!」


無惨に穴が開いた甲冑を着た死体を見た一人の兵士が我先にと、この窪地と言う地獄から抜け出そうと丘を駆けあがった。


丘のてっぺんに近づいた一人の兵士は、ある異音に気づいた。

それは唸り声のような、とても恐ろしい野獣の呻きのように聞こえた兵士は無意識に足を止めた。


「う、そ……だ……」


次第に地面が揺れ始める。やがて黒煙が丘の稜線から噴き上げた瞬間、その野獣が姿を表した。


鋼鉄で覆われたそれを見た兵士は余りの迫力と恐怖に襲われその場に腰を落とした。


また無意識に辺りを見渡すと、隣にも……反対側の丘にも同様に野獣が姿を表していた。


「まさか……はめられたのか……」


気づいたときには四方八方、窪地に蓋をするように囲まれていた。

そう、窪地に集まるのを丘の向こうで待ち構えていたのだ。さすがは起伏の多い日本の部隊だ。


戦い方がよく研究されている。


















合計21両の90式戦車と90式に随伴する形の計40両の89式装甲戦闘車。10両の87式自走高射機関砲。

窪地には鉄のカーテンが生まれた。


油気圧サスペンションが生み出す姿勢制御で、稜線から砲身だけを出しながら丘に上り詰めた。


「目標、敵歩兵集団! 弾種対榴! 中隊集中正面射、撃て!」


一斉に21門の砲が火を噴いた。


「撃て撃て撃て撃て!」


窪地のあちらこちらで爆発が巻き起こり、瞬く間に窪地は煙と粉塵が溜まった。


「撃ち方待て!」


遠鳴りする爆発音の名残が反響する。


90キュウマル! 前へ!」


前進しようとエンジンを吹かした瞬間……

1両の90式戦車が耳をつんざく音と共に煙に埋もれた。


《……こちら第3小隊1号車、右砲塔側面に敵弾被弾、横風センサー、右発煙ランチャーなどに不具合が発生したが走行、手動照準による射撃には問題ない!》


《西の丘距離800、野砲5門発見! ……っ発砲確認!》


「第3小隊は回避!! 第1、第2小隊は野砲へ反抗射撃!」


第3小隊の90式戦車のランチャーモジュールが発煙弾を山なりに放ち、その姿を一瞬で白煙の中に消した。……直後、再びなんの飛翔音もなく飛んできた実体の無い魔弾が第3小隊の周辺に青白い閃光を伴って着弾する。


《こちら第3小隊、直撃弾なく被害無し!》


《こちら第2小隊、これより反抗射撃を開始する》


《こちら第1小隊、この距離での射撃は黒煙に阻まれ困難》


「こちら指揮車、了解。第1小隊は第3小隊への増援にまわれ」


第2小隊と敵野砲との距離をレーザーレンジファインダーは832mと示した。

3㎞離れた目標に走行間射撃を成功させるほどだ。

たった800mごとき的を外す距離ではない。


《目標、西の丘敵野砲! 弾種対榴! 小隊集中行進射、撃て!》


1小隊3両編成の戦車小隊が縦1列の綺麗な隊列を組みながら、一斉に射撃した。


敵の野砲は90式のスピードについては来ていない。

なん門かの野砲は焦って発砲したのか、随分と前方に着弾したり、明後日の方向に飛んでいったり。

弾速がそれほど速くなく、偏差射撃の技術がないのか、検討違いの場所に弾が集中してたりもした。


その間には多目的対戦車榴弾が順調に随伴歩兵もろとも野砲をただの鉄屑へと変えていった。


《こちら第2小隊、野砲3門の撃破を確認、残り2門の野砲及び随伴歩兵は丘の向こうへ撤退した模様》


「こちら指揮車。了解、しかし丘の向こうには友軍の狙撃手が待機している。追撃の必要は無し。第2小隊はその場で警戒を厳とし待機」


丘を越えると言うことは、必然的に死角が生まれ丘の向こう側でガン待ちしているかもしれない敵と距離を縮めると言うことになり、大変危険となる。

さらに比較的装甲の薄い正面下部をさらすことにも繋がり、リスクが増す。

ここで深追いするのは適切ではない。


《第2小隊、了解》


戦いは一時的に治まった。

と言っても舞台の一幕に過ぎないかもしれないが……


「こちら指揮車。第1小隊1号車、被弾による詳細な損害を知らせ」


《こちら第1小隊1号車。新に砲手サイト、右前サスペンションが不調が確認された》


「こちら指揮車了解、第1小隊1号車は引き渡しの時が来るまで敵歩兵の監視に回れ」


《こちら第1小隊1号車、了解》


















目の前にバッタのような虫が止まった。

そんな小さな虫が草に止まる音さえはっきりと聞こえてしまうような空気がそこにはあった。


「あれが敵ですか……確かに、しっかり見ると吉晴さんの武器とどこか似ているような気がします」


「まぁ、原理的には単純な魔術回路が“無数”に重なった物のような印象よね。でも消費魔力量が桁違いすぎることは頭が痛いわ……近くにいるだけで息苦しいったらありゃしないわ……」


「確かに……私なんて先ほどから魔力が吸われているような気さえしてしまう始末ですよ」


一人の少女と小さな妖精が草むらに横ばいになっていた。

もっともその少女の手には、この世界にも、その小さな体にも不釣り合いな銃が握られていたのだが……



ライフルスコープを覗き込むリュミには、自然と緊張感と言う空気が張り詰めた。


「そうなのですか? 私はそこまで魔力が高くありませんので何も感じませんが……」


大型の筒を構えた姫、ミーシャの姿があった。

右目がけっこう痒いのか、しきりに擦る様子を見せるが、問題は無いんだろう。


「そうね、でもあなたにはもう魔法なんか必要ないんじゃないかしら? そのデカ物だって吉晴に無理言って貰ったんでしょ?」


「はい! もちろん使い方もある程度熟知したつもりです! ……実戦ではまだ無いですけど……」


まさしく、その大筒は言わずと知れたカールグスタフ。その中でも6.7kgまで軽量化されたカールグスタフM4だ。


カールグスタフを背負うミーシャの近くにはゴロゴロと予備弾薬が転がっている。


「そろそろ始めましょうか……(身体強化、開始)」



リュミはそう呟くリュミの深紅の瞳がよりいっそう輝きを帯びる。

ストロークの長いチャージングハンドルをガチャリと力強く引き込み、12.7mmNATO弾が重苦しい音をたてながら弾倉から薬室へ押し込まれた。


スコープのレティクルに収まるのは黒いローブの男ではなく、その前の制御パネルのような物だ。


距離は800m。肉眼で発見される距離ではないため、焦らず慎重に狙いを整える。


銃を初めて持って数ヶ月、しかし、リュミと言う吸血鬼は正確過ぎる空間認識能力でレーザーレンジファインダーや風向センサーも使わずに狙撃ミッションをこなせる。

したがって上達のスピードも目を見張るものがあった。


さすがに、2週間目で100メートル先の5円玉の穴が7.62mm弾で拡張されるとは吉晴も想定外だった。


心配性の吉晴からこの役目を任せられたのはこう言ったリュミの卓越した射撃能力があってこそだったろう。


指先がトリガーに触れた……




小銃の比ではない重低音の爆音が3人を包んだ。

燃焼ガスがリュミの白銀の髪を揺らし、枯草が舞い上がる。

巨大な箱形マズルブレーキが装備されているバレットM82A1とは言え、12.7mmの対物ライフルはリュミの体を十分に叩き揺らした。


そんなあまりの衝撃にリュミは唇を噛む。


しかし、発射された弾頭は吸い込まれるように目標の真ん中へ当たった。

砕ける石のようにバラバラになって地面に散らばった。


砲一門につき敵の随伴歩兵はおよそ30人、総数60人にも及ぶ。決して3人で対処余裕な人数ではないが、不可能な人数でもない。

そんな条件下で確実に成功させるためにはまず敵の砲を潰すしかない。


あれが一撃でもこの付近に着弾すれば恐らく体は残らないだろう。


弾倉が空になるまで念入りにまず一門を破壊していく。


素早く弾倉を交換し、もう一門の砲へ銃口を向けるが、敵もそろそろこちらの方角くらいは気づいたはずだ。もうあまり時間はない。


スコープを覗いたリュミが敵の野砲を捉えたその時……全身から力が抜けるような感覚が襲う。

なぜなら……


━━━━━━━砲口と目があった。


「ッ! 位置がバレてる! う、撃ってきますよ!」


重くかさばるバレットM82A1を捨て、逃げようとしたリュミだったが……


「ミーシャさん! 何してるんですかッ!」


カールグスタフを構えて動かないお姫様がいた。


「まだ時間はあるはずです、ここで決めます」


「無茶です! 早く逃げましょう!」


聞く様子はなかった。

ずいぶんと長い間一緒に旅をして、このお姫様の頑固さは薄々と実感していたリュミは説得を諦めた。


「時間を稼ぎます、あまり持ちませんけど」


「ありがとうございます」


再びM82A1を構えたリュミだったが、正面を向いてしまった野砲に有効弾を期待できる箇所はあまりにも少ない。


まず、木製の車輪を破壊し砲身を傾け照準を反らす。これで1から照準し直しになったろう。


「やはり時間稼ぎ程度にしかなりませんよね……」


反対側の車輪も破壊しさらに時間を稼ぐが、これより先はもう打つ箇所がない。

防弾板は12.7mmでは抜けないほど硬い。


「もう稼げないです!」


「ありがとうございました、もう十分です」


カールグスタフが前後に爆炎を吹き出したのと同時に敵も発砲した。

弾頭の光が若干の弧を描きながら敵の魔弾とすれ違う。


しかし、いくら弾速が遅いとは言えそれは野砲としての基準であり、敵の魔弾は優に時速700kmを超え、秒速194mも出ている。

人間の反応速度のギリギリのラインかもしれない。


だが、こちらのカールグスタフとて砲口初速は秒速250mほどでたいして差はない。


つまり、発射された時点で残されたのは4秒ほど。多いのか少ないのか微妙な時間だ。


リュミとシヴィ、ミーシャは最低限の火器だけを持ってその場を立ち去る。

その4秒と言う時間はとても長く感じ取れた。


「シヴィ!」


「わかってる! 障壁最大!」


魔弾の発する奇妙な光に一瞬照らされた直後


「きゃっ!」


「くっ……」


猛烈な熱風を伴う爆風と、目が焼けそうになるほどの光が3人を吹き飛ばした。

桁違いの爆風は障壁を軽く消し飛ばし、余りある余剰エネルギーが3人を巻き込んだのだ。


「……何て言う威力なの……こんなの食らったら……って!? リュミッ! リュミ! しっかりしなさい!」


「……。」


「そんな……」


身体中が、擦り傷だらけ。意識もなく頭からの流血も見られる……。リュミが一番重症を追うこととなった。

砂ぼこりが薄く顔に被るリュミを見た瞬間、ミーシャの様子が激変した。

「……私、の……せい。私が無理を言ったばかりに……私がリュミさんを……リュミさんを……」


「違うわよ! それより敵はどうなった……の……」


先程のリュミとは全く違うリュミの姿にシヴィは言葉をつまらせた。


「て、き……敵。敵!」


シヴィはその時、風を感じた。

以前にも感じた……結奈の時と同じだ。


「あなた……どこからそんな……」


右目の蒼眼が色濃く輝いた瞬間、ダラリと操られるように立ち上がった。


普段のミーシャならあり得ないほどの魔力が体から溢れて出て、周囲一帯の魔素が過密状態のようになり、魔素の本当に薄い水色が肉眼でも見え、例えるなら蛍が無数に飛んでいるようにも見えた。


到底、人の身で到達できる範疇を超えている。


その時、敵の2射目が放たれるのと同時にミーシャの姿が消える。

シヴィは突然のミーシャの異変に言葉が出ないでいた。本当に別人のような感覚が襲ったのだ。













━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「吉晴君! まだ飛んでる!」


「隊長機から各機へ、作戦はフェイズ2へ移行した。自機と味方機の位置に注意し実行せよ」


《了解》


やはり超音速通過だけじゃ撃墜できなかったか……

想像以上に機体強度はあったようだ。


ミリタリー速度で飛行するSu-30MとF-22。

恐らく初めてのドッグファイト主眼のフライトで、今まさに追い駆けっこが始まろうとしていた。


「ん? キャノピーが割れてやがる。まさかただのガラスか?」


遠目だがキャノピーのあったはずのところに、黒いフレームが伺えるところから、まだギリタフルはガラスを曲げる技術がないのだろう。

板ガラスのはめ合わせのキャノピーは、鹵獲ろかくした機体とも同様だ。

あれでは期待する強度を出すのは限界があるし、空気抵抗が大きすぎて音速飛行は夢のまた夢だろう。


そもそも、俺達のキャノピーはポリカーボネートと言う樹脂の割合がほとんどだからガラス製品? と言う具合で、F-22にはキャノピーの表面に金を蒸着させると言う処理までされてある。


ともあれ、キャノピーが割れたと言うことは無理な高速飛行は不可能に近い。そもそも、割れたガラスでパイロットが負傷している可能性もある。

圧倒的にこちらの優勢だ。


「……ん?」


さらに幸運が俺に訪れたようだ。

いつの間にかレーダーに現れていた未確認の存在に口元がにやりと歪んだのが自分でも自覚できた。


「結奈! R-73stand by!」


「了解!」


R-73短距離ミサイルはレーダー信管方式を取っているため、対ステルス機には不安が残っていたがキャノピーが割れた影響か以前とは比べものにならないくらい鮮明にレーダー波を検知できている。

誘導方式は赤外線誘だが、今回は機体がなぜか部分的に発熱し十分に誘導可能なレベルだ。

きっと機体が破壊され気流が乱れて部分的に空気摩擦が大きくなまったのが大きな要因だろう。


機関砲の攻撃を覚悟していたが、ミサイルで済むならそれに越したことはない。


上昇中の機体をさらに引き起こしインメルマンターンですれ違った敵機後方へとついた。

他の2機のSu-30が俺と同様の結論に至ったのか、俺の80mほど右、左後方につき、F-22はと言うときれいな編隊を組んだまま監視するように旋回中のようだ。


たしかに、一度に大量のミサイルを撃っても意味がない。


「 今だ。FOX-2!」


コックピット内に一瞬眩しく入り込んだ光は、次の瞬間には白い線を引く先頭となっていた。


「敵機加速!」


「マジかよ…」


敵機とほぼ同じ速度で飛んでいるが、とてもじゃないがキャノピー無しでこれ以上の加速を試みるなんて信じられない。


だが、ミサイルは…


「っ! 外した!? …いや、かわされた…のか?」


肉眼ではよく見えなかったが、確かにミサイルは敵機を通過して自爆している、直撃弾ではない。


「吉晴君! このままじゃ回り込まれる!」


「クソ…」


おとなしく飛んでいた敵機が息を吹き返したように空戦を仕掛けてきた。

ミサイルがフレアも無しに回避された…と言うことはシーカーが目標を見失うほどの何かを敵機がしたというのか?

理解しがたい出来事が俺と頭を余計に混乱させ、得体の知れない恐怖が少しずつ虫食んでいった。


俺たちは後ろに付きすぎるとクルビット機動で逆に後ろを取られる。

判断が難しいところだ。


加速のGが体をシートに押しつける。


俺も敵機を追うように旋回飛行を開始するが、これではまるで追いかけっこだ、いつになっても追いつかない。


「隊長機からラプター1へ、敵機を上方から追い詰めろ」


「こちらラプター1、了解」


遠くで旋回していたラプターの編隊が上昇すると、すぐに俺たちの頭上を通り過ぎ、敵機後方の上方へ回った。

ラプターはすぐに下降するが…


空中に黒い黒煙が花のように咲いた。


「…ラプター1、2、レーダーから消えた…よ?」













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