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異世界でも、チートよりも大切なこと。  作者: 芳賀勢斗
失われた自由。
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復讐の少女と初戦の叫び

「吉晴君っ! 吉晴君っ…… 良かった……良かった……」


「ゆ、結奈!?」


あのあと、すぐにヘイラーに救助され、事なきを得た俺はすぐにニミッツの元へと送ってもらった。

しかし到着したとたん、こう……ポフッと抱き締められ女の子の独特な匂いがフワッと鼻に届く。


「結奈さんずっと吉晴様を心配してたんですよ?」


服がじわりと湿ってくるのが分かった。

海水の冷たい物ではない。これはきっと……


「心配かけたみたいだね……」




「提督? こんなときに申し訳ありませんが、2時間ほどあとに撃墜した敵機の破片がここに到着するようです……しかし……」


「しかし?」


「パイロットと思われる一人を保護しているようです。報告によれば外傷は無いものの今は意識を失っているようです……。私としては……」


「そうだね、できるだけ早く確保しなくちゃ不味いよね」


「はい……私はヘリでより早く向かえに行くべきだと思います。敵兵が目覚めでもしたら私達船は白兵戦は苦手ですし……」


「だよな、なら俺達が第6駆逐隊に向かってニミッツまで見張ってるよ。ヘリの騒音で目が覚められても面倒だし……」


「了解しました……が、提督は大丈夫なのですか? お体もだいぶ冷えてしまってるようですし……」


「そうですよ! 私達で行きますから!」


「少しは私達を頼っても良いんじゃないかしら?」


ミーシャとシヴィが半ば呆れかけた表情で言った。

確かに俺もずぶ濡れのままこうして海風に当たってると、さすがに寒い……。毛布毛布……

召喚した毛布を早々と羽織る。


「……んじゃ、よろしく頼むかな」


甲板に必要と思われる装備をとりあえず並べる。

もしもの事があっても、余裕を持って対処できるように……できる限り詮索する。


「MP7をメインと考えて……拳銃は安定のベレッタ92Fと行きたいところだけど、彼女たちに9㎜は撃てるだろうか……あ、Five-seveNファイブセブンとかなら問題ないか? ……あとは……」


「久しぶりに見ましたね……吉晴さんの独り言……」


「これでも私達を思っての事ですので、とやかくは言えませんが……」


よし、手錠にロープとかの拘束具とテイザー銃で固めて、あとは予備弾薬とか持たせれば大抵の事なら解決できるかな?


「本当に危なくなったらMP7とFive-seveNを使うんだ。でも、これを使うと相手もただでは済まない。

だから、なんとかなりそうだったらテイザー銃って言うこれを使ってくれ。相手の背中とか足とかに狙って撃つと、死にはしないけど動けなくできるから。それでも暴れるようだったらロープとかで拘束してくれても構わないから」


「わかりました!」


「結奈、悪いけどリュミ達をシーホークで船まで送ってってくれないかな……。俺が送りたいけど、もう寒くて寒くて……」


「うんっ、吉晴君はゆっくり休んでてね!」


そう言うと、スタスタとヘリに乗り込んでいった。

しばらくして、キーンと言う音と共にゆっくりとローターが回転し出す。

ローターがその回転を増すにつれて風切り音が鳴り出し、ついに甲板から飛び立つ。


最後まで見送った俺は、一息ついてシャワー室へと急いだ。












「いよいよですね……」


「そうだな……俺達偵察が一部を残して本隊側に寄せられたってことはそう言うことだろうし、さっきの命令書には《我が軍を偵察する者を排除せよ》と来た。とうとういつ始まってもおかしくないな」


「いよいよなんすね……」


「いや、もう始まってるかもな……」


男の顔をかすってピュン!っと矢が近くの木に刺さった。間一髪で避けた男の顔にはじわりと血がにじみ出る。


「敵さんの偵察だな」


「俺達の排除目標ってことですか」


たらーっと顔を垂れる血を腕で乱暴に拭い、暗い森の中へ鋭い視線を向けた。

耳をすませば、草を掻き分ける微かな音が聞こえる。草の音が妙に小さい事に気付いた男はニヤリと口を歪めた。


「敵はかなりのベテランか、かなり高度な訓練を受けているみたいだな」


「突撃して撹乱しますか?」


「いや、俺達は騎士隊じゃない。先手こそ取られてしまったが、偵察らしく戦おうじゃないか」


誰も知らないとても小さく静かな、しかしこの先数えきれない戦闘が起こるであろう戦争の初の戦闘が始まった。

二人はゆっくりと腰に据えた短剣を引き抜く。

その短剣は月明かりに照らされるが、反射することはない艶のない黒色に染まっていた。


「魔法は使うなよ。相手も偵察員だ、俺達同様に魔力検知を使えるかもしれない。十分に慎重に行動しろ」


「了解」


「まずは相手の戦力の分析……人数、武器、配置まで。全てを調べ尽くした上で、効率良く一気に殲滅する」


「情報戦ってことですね」


「そうだ。相手は二人、多くて四人辺り、じゃあ行くぞ」


深い森の中を、縫うように素早く移動する。足音の類いは素人にはそよ風に揺れる草の音程度に思えるほど小さい。

当然敵にも移動したことはバレたかもしれないが、相手の視界からは逃れられただろう。これで振り出しだ。


今度は音もなく、葉と葉の掠れ音すらしないほどゆっくりと敵が潜むであろうところに前進する。


体で動いているのは足だけ。

全く音を出さず頭は動かさず、視界は眼球を動かし確保する姿は、さながら暗殺者のようでもある。


相手も血眼で俺達を探し出そうとしている手前、無理な行動はできない。


先頭を進んでいた男が制止を知らせる握り拳を出す。

その後素早く、小さな動きでハンドサインが数種類送られた。


どうやら敵は二人で、固まって警戒していたようだ。背に弓を掛けている男と、俺達と似たような隠密性の高い黒い短剣を構えた男。


未だこちらには気付いていない様子だが、念には念を入れ慎重に2手に別れる。


ついに配置が完了し、開始の合図が送られる。

小石が適当な草村に投げ込まれた。


「っ!」


意外に目立った投げ込まれた音に反応して、敵の注意が一瞬だけ集中し死角が生まれた。


(……っ! これは囮……グゥッ……)


素早く接近して、いち早く囮と気付いた男の背後から口を塞ぎ、その首に短剣とは違う大型のナイフを突き刺した。

もう一人の男も、同様に首を掻き斬られてその場に力なく倒れた。


それは2秒もかからないほど迅速に作業のように終えた。


「任務完了……って事では無いんですよね?」


「そうだ。これが今後の俺達の作戦だな」


「今後って……終わりはあるんすかねぇ~」


「そりゃ、あるさ」


少し歳上の男が、意味深に口を開いた。

若干若い男も、その答えに納得したようにそれ以上はなにも言えなかった。


《この戦争が終るか、新たな任務が課せられるか……それか俺達が死んだときだ》


二人はまた、課せられた任務を遂行するため深い森へと消えていった。











【死んで堪るか……】












バタバタと音を轟かせながら、甲板ギリギリでホバリングを維持するシーホーク。

そのシーホークが暁型駆逐艦と映るなんて誰が想像しただろうか……


「着艦は出来ないから飛び降りて!」


船はヘリを確認してから機関停止し、ヘリからの乗艦をさせやすくしているとは言え、海風と波の中でホバリングを維持するのは困難を極めた。


ヘリと甲板は2mほどで、けして無理な高さではない。

リュミとミーシャが、ピョンと飛び降りる。シヴィは飛べるため楽そうに見えたが……

ローターの発する強烈な乱気流で苦戦しているようだった。



「お、おぉ待ちしておりましたぁッ!」


(お姉ちゃん、これ以上無いほど緊張してるみたい……)


(仕方ないよ……わ、私だってこんなに離れてるのにドキドキしてるもん……)


「えっと……あかつき?さんでしたっけ?」


「はっ、はいぃッ! 暁型駆逐艦1番艦、暁です!」


馴れない名前であたふたしているミーシャに、暁はできる限りピシッと、これ以上無いほど綺麗な敬礼を見せる。

どうこうしているうちに、シヴィが単調な口ぶりで話を切り出す。


「んで、その“敵兵”はどこに?」


「シヴィ! 言葉が……」


「敵兵……確かに敵ですけど……ね。……捕虜なら鍵の付いた部屋で寝かせています、ではこちらへ……」


ちょっと気落ちぎみな暁を先頭に、艦内へと進む。鉄の臭いと油の臭いに混じって鼻にツンと来る臭い……銃を撃ったときの臭いを凝縮したような臭いで溢れていた。


「ここです……」


鉄製の扉。見ただけでちょっとやそっとじゃ壊れはしないことがわかる。

二人は手の力を自然と強めた。

ガチャリと鍵が開けられ、潤滑油が足りない時に起こるキーンと言う特有の甲高い音と共にゆっくりと開いて行く。


そこにはベッドだけがある簡素な部屋。

それに横たわる少女だった。


「捕虜って……この子? 私と同じくらい?」


澄んだ水色の髪色をした少女。息を殺せば、静かな寝息が聞こえてくる。


「はい、コックピットの後部座席に乗っていました。発見したときは少し意識があったんですが……」


「武器の類いは?」


「探しましたが、それらしいものは持っていませんでした」


リュミ達は恐る恐るベッドの枠まで近づいて様子を見た。


「起こす……訳も行かないですし、自然に目覚めるまで待ちましょう。ニミッツさんのところに着いてもまだ起きなかったら、その時考えましょう?」


「そうですね」


「ま、それが1番安全かもね」


「じゃあ、私は廊下を見張ってます」


「そう? でしたら、私はここで見てますね」


リュミとシヴィが廊下へ、ミーシャがベッドの側に椅子を置いて見張ると言う形になった。


リュミとシヴィが部屋から出ていったあと、部屋に一人となったミーシャ。

最初こそ、敵と密室で二人きりと言う状況下で恐怖心の気持ちが募っていたが、寝ている姿だけ見てると自然とその気持ちは薄れていった。


(なんでこんな女の子が……)


落ち着いたら次々に疑問符が浮かんでくる。

なぜ、こんな年端も行かない女の子が戦場にいるのか。なぜ、あれほどの兵器に乗っていたのか……


考えれば考えるだけ頭が混乱してくる。



小さな窓からは、光の届かない暗黒までに暗く静かな夜空が見える。

時間にしていつになるのだろう……

最近、睡眠は取れているはずだが色々なことが起きてメンタルの方が疲れきってたミーシャは、若干の船揺れに合わせて意識が遠退いて行く。


(少し……少しだけなら……)








「っ!……あれ? (私……寝てた?)」


慌ててベッドの少女に目をやるが、どうやらまだ寝ているようだ。

冷静になったミーシャは、「何てことをしてしまったんでしょう」と、自分の仕出かした失敗を認識した。


《誰ですかあなた! 止まってくださいっ!!》


その時……突然の叫び声。すぐ扉の向こう側だ。

声の主はリュミと一瞬でわかったが、誰に話しているのか……一瞬では理解できなかった。


「(何が起きたの!?)」


ベッドで横たわる少女を横目に、扉に近づき耳をすませる。


《そこか……ユーリ……そこにいるのか……》


やっとここで途切れ戸切の糸が一本に繋がったような気がした。


(この子の仲間? ……て言うことは、見つからなかった一人?)


後ろに振り返り、まだ目の覚める兆しがない少女を一目見ると、少し考えてから扉を勢い良く開けた。

まず最初に目に入ったのはテイザー銃? を構えたリュミの姿。

シヴィはどうやら魔法を行使しているようだ。

しかし、その表情には余裕どころか非常に酷しい顔をしていた。


すぐに扉を閉め、敵と思われる人物と目が合う。


「何っ!?…… 障壁を打ち消して……っ、まさか魔導師!?」


その男は、かなりの大柄で胸にはギリタフル王国の紋章が見受けられた。ずぶ濡れの姿を見るに、見つからなかった一人とみて間違いはない。

しかし、彼はパニックになっているのか……を忘れたように見えた。


【俺はこんなところで……こんなところでえええええ!!!!】


彼女らはその死に物狂いの抵抗に恐怖を感じた。

その時……彼の行く手を阻むように展開されていたシヴィの障壁が、ガラスにヒビが入って行くように亀裂が現れ始めた。


「っ……もう限界……」


シヴィの押し殺したような悲鳴のあと、障壁がバラバラに砕け散った。

体のバランスが既にとれていない様子で、障壁が無くなった反動で、固い地面に体を落とした。


「これが最後です! 止まってくださいっ! 」


「私たちはあなた達をどうこうする気はありません!」


【俺は……俺はまだ死ねないんだぁぁ!!!!】


2人は、必死に説得を試みるが男は完全に冷静さを失ってい聞く耳を持たなかった。


「仕方ありません……」


リュミはテイザー銃を受け取るときに受けた注意を思い出した。


《絶対に二人同時に撃ってはいけない。いくら死なない武器でもやり過ぎては元も子もないから》


再び立ち上がろうと手に力を入れる男に照準を合わせる。

25口径よりも小さく感じる発射音と共に、アルミホイルのテープの様なものごが男に向かって2本伸びる。


男の右腕に当たったテープの繋がった弾頭らしきものは、落ちることなくくっついた。


【ああああぁぁぁ!!!】


男の腕の筋肉が強制的に収縮し、体の自由も失った。


テイザー銃はスタンガンに射程距離を持たせたもの。2本のプラスとマイナスの電極が2本の針でできていて、それが体に刺さることにより体に電流を流すと言うもの。

元々は裁判の時に裁判官の判決に不服を感じた当事者が、裁判官に襲い掛かることを防ぐのに使われ始めたらしい。


このテイザー銃は一応非致死武器の部類に入るが、撃ち過ぎると心配停止など命の危険にさらされることになる。


アメリカの警察などに採用されているこのテイザー銃だが、この問題は深刻であり一人に対して複数の警官がテイザー銃を発射し、対象が死亡すると言う“事件”が度々社会問題となった。


裁判所も警官達の過剰な行動が録画された証拠を見て、警官の「武器の過剰使用」「暴行」「傷害」などの判決を下すことも……


テイザー銃の効果が切れると、男はぐったりと床に横たわる。

筋肉が強制的に限界突破された反動のあとに残るのは途方もない筋肉の疲労感だ。


二人はしばらく、テイザー銃の効果に驚きを隠せないでいた。

我を失った人間でも、こうしてほぼ無傷で無力化できる力。


「ひとまず拘束します。大人しくしてくれれば、いずれ解放しますから」


恐らく今のミーシャの言葉は届いていないだろう……

男は小さい呻き声を漏らし続けるだけだった。


拘束しようとミーシャが近づくが、まともに筋肉を動かせない彼の抵抗は、まだミーシャでも苦になら無いほどだった。


カシャンと、金属の擦れる音が静かに響き、男には腕を後ろに組む形で手錠がかけられた。


そのすぐ後ぐらいには、意識もだいぶ回復してきて自分の状況を理解した様子。

どうやら電気ショックの影響からなのか、一旦落ち着きを取り戻したようだ。


男は静かに下にうつむき、抵抗することはなかった。


それを確認するとミーシャは、再び口を開いた


「私たちはトローデス王国の者です。あなたは白い戦闘k……いえ、あなたはトローデス王国に向かっての飛行中に我々の攻撃に合い墜落しましたね?」


「……」


男は無口だが、彼の体は確かにピクッと反応した。


「……まぁ、良いです。もしそうであった場合、あなたともう一人のパイロットを保護しています」


「……」


まだ口は開かない。


「抵抗しなければこれ以上の苦痛を与えることはありません。しかし、私たちはあなた達を移送すると言う使命がありますのでしばらくの間、大人しくしていてもらいます」


部屋に移送するため、男を案内する。

やはり、指示には抵抗せず従ってくれるようで、少し胸を撫で下ろした。

















まだ太陽の上がる一瞬前の薄暗い平野。広がる緑藻地帯、いつもなら低レベルなモンスターも出現するエリアだが……

今のその場所には、モンスターでさえ近づくのを躊躇うのか……丘を挟んで“両軍”の間に動く影はない。


「大隊長、マリーデス軍が配置に付いたようです。攻撃の合図を待つと申しております」


「うむ。時は満ちたと言うことか……朝焼けを背に我が第二歩兵騎馬連隊が一気に仕留める」


「了解っ!」


比較的軽装な兵が、敬礼をしたあとテントを出て行く。大隊長と呼ばれた男は、周辺の地図が広げられたテーブルに手を着く。


「むぅ……」


「どうされました? 大隊長とあろう者がそんなため息なんて吐いて…… それでは全軍の士気が下がると言うものですよ?」


テントの入口を捲って入ってきたのは、彼の補佐官であるレミリュート・エルシーと言う女性。

彼が認めた凄腕の双剣使い。と、同時に大隊長の代わりに指揮を統制できる判断力、統率力も兼ね備えている。

副大隊長と言う役処だ。


なにより、その美しい美貌は多くの兵から評判であるが、彼女に告白した者は気づけば行方不明になっている。と言う噂がきっかけで、最近は落ちついたようだ。


「エルシー殿か……何でもないさ、それで何か用事かい?」


「はい、作戦直前に申し訳ありません。大隊長にお会いしたいと言う方が……」


「……? 構わない、通してくれ」


エルシーの後ろに着いてくるように現れたのは、身の覚えの無い黒装束の老婆だった。


「あなたが大隊長のチャーチル・スレイマン伯爵だね。お初にお目にかかる、私はトローデス魔法学院校長のバース・サリバンと言う……」


魔法学院……その言葉に思い出したかのように大隊長は目を見開く。

トローデス魔法学院。それは、トローデス王国が取り仕切る国営の教育機関だ。

表向きは普通の学校。しかし、少し調べると有能な魔導師を国の資産として開発、訓練する機関とすぐわかる。


年齢制限こそ5~15歳と規定はあるが、入学条件に身分や生まれの制約は一切無い。

しかし、入学費用、受講料はとてもじゃないが平民の収入でまかなえきれるものではなく、一流貴族でさえ痛手となるほどだ。


そんな超が付くほど高額な費用がかかる学校の生徒なんか居ないだろうと思うのが普通だが、実際は成績、才能の優劣関係なしな生徒数は4000人を超えるマンモス校。驚くことに、その内8割以上が貴族でもなければ大物商人の家族でもない。

普通の一般的な平民だった。


なぜかと言うと、簡単な手続きでかかる全ての費用が免除される。

なぜか。簡単な理由だ。免除される代わりに、修了課程を終えた卒業後は10年間王国兵として勤めなくてはならない。


途中離脱、つまり退学の際はそれまでの費用の一部を払い、その後は45歳まで予備兵として普段は一般人、戦争など有事の際は兵として駆り出される。日本で言う予備自衛官のような立ち位置になる。


ほとんどが途中で退学するが、魔法をさらに高めたいと言う者は、人生の10年間を王国に捧げることになる。

ハンターや冒険者志望は途中離脱が多い。


「これはこれは……バース校長、お目にかかれて光栄です。それで、今日はなぜこの様なところに?」


「教え子の様子でも見ようと思ってのぉ~」


この戦争でも例外なく、多くの魔法学院の卒業生が兵として駆り出されている。この作戦でもかなりの人数が投入される予定だ。


「そうですか……」


《大隊長っ!》


「ん、入れ。」


息を少し切らした兵がテントに駆け込んできた。


「報告っ! マリーデス王国軍が作戦を開始! 進軍を開始しましたっ!」


「そうか、我々も進軍の準備だ。全部隊に通達、進軍の用意をし、整列せよ!」


「はっ!」


今回の作戦の要はマリーデス王国軍との連携。

マリーデス王国軍に気を取られているうちに、太陽を背に一気に馬で弓隊を運び攻撃。

3射ののち、騎馬隊でさらに撹乱。

追い付いたマリーデス王国とトローデス王国の歩兵部隊が殲滅。

そう言うシナリオだった。


大隊長がテントから出る頃には空がいよいよ日の出を目前に朱色へと姿を変える頃だった。


兵全体に緊張感が張り詰め、その時を待つ。


「大隊長っ! 作戦開始のご指示を」


同様に大隊長の回りに5人の男が命令を待ちわびていた。


「では中隊長の方々。……作戦開始だ。」


【全軍! 作戦開始ィ!】


地響きのように進軍を開始したトローデス王国軍。

ちょうど良く背後からは紅く輝く光が大地を照らし始めた。


馬が大軍を成して砂ぼこりを巻き上げ、轟音となる。


丘を越えれば敵の本体が丸見えとなるが、今はきっと友軍のマリーデス王国軍がのめり込まない程度に引き付けてくれているはず。そこを逆光を利用して横から弓の集団射で攻撃。


丘の向こうが見えるまで兵士達は不安との勝負を余儀無くされる。


そして遂に戦闘を走る騎馬が丘を越え、いよいよ作戦の第一段階が始まろうとしていた。


【構え~っ!】


馬から降りた弓兵を残し騎馬隊は前進を継続する。

時間との勝負。騎馬隊が敵軍と混ざり会う前に、できる限り射止める必要があった。

ギシギシっと弓がしなる音が微かに聞こえた。


【放てぇ~っ!】


ピュンッ!

と言う風切り音が無数に大空へと駆け上がる。

矢は朝日に照らされ、鈍い輝きを残しながら猛スピードで敵軍へと降り注いだ。


【構え~っ!】


また、第2射目もギシギシとその時を感じさせた。

敵軍は突然の出来事に未だ対応できていないようだ。

無理もない。目の前に鎮座する敵軍を迎え撃とうと準備万端で待ち構えていたら、突然矢の雨が降ってくるのだから。

しかも、辺りを見渡しても“太陽しか”見当たらない。

そして、また“見えない敵”からの矢が2回、3回と降ってくるのだから混乱も良いところだった。


ようやく、敵の一部の兵士達が最速で迫る騎馬隊を発見したようだが、もう遅かった。

馬止めのバリケードも、重厚な盾を構えた兵も、騎馬に有効な槍も……全てが正面に集中していて、横からの敵を迎え撃つには遅すぎた。


敵からは個々自由に矢が放たれてきたが、まとまりの無い矢など騎馬隊を止めるには意味をなさず、遂に騎馬隊が敵軍を蹴散らし始めた。


騎馬隊の後に続いていた歩兵部隊も早々に敵本体と衝突し、乱戦を極めた。


さらに、距離を保ちながら待機していたマリーデス王国軍も進軍を開始し、混乱した敵はものの十数分で壊滅した。


「……ずいぶんと呆気ないな……そうは思わないか? エルシー殿」


補佐官のエルシーもその事を気掛かりとしていたようだ。


「はい。作戦勝ちと割りきれば良いのでしょうが……

どこか腑に落ちないところが……」


「同感だ」


丘の上で事の成り行きを見届けていた大隊長と他数名は、まだ何かあるのではないか? と、辺りを見渡して見るが敵兵一人見当たらない。


丘を越えて突撃をして行った両軍は、戦いを生き延びた歓喜と初勝利でお祭り騒ぎだ。

そうも喜びづらい大隊長は、果敢に戦った兵士達に手を振ることしかできないでいた。

その姿を見たエルシーは少し苦笑いしながら、大隊長に呟いた。


「まぁ……今回は私たちの考えすぎと言うことにして、今は兵に労いのひとつでもどうです?」


「それもそうだな……。労いと言うならエルシー殿からの方が兵達には良いのでは?」


「そ、そんなことは無いとは思いますが……」


珍しく顔を紅く染めたエルシー。

考えを入れ直して、兵達へと振り返った瞬間……


【フィュンッ!】


矢よりも、もっと大きなものが落ちてくるような風切り音が聞こえ、直後。


体の芯を震わせるような衝撃が体を貫く。

慌てて辺りを確認するが、土埃が舞い散ってしまっていて視界はほぼ無かった。

しばらくして、土埃が収まって丘の上で見ていた大隊長達は目を疑うこととなった。


「っ!」


「うっ……うそ……」


「いっ、一体何が……」


そこに居たはずの大勢の兵の半数近くが倒れていた。

しかも、その地面は抉られたような窪地くぼちが生まれていて、一体どうしたらこれ程の事ができるのか理解不能で、ただ呆気にとられていた。


「なんだ! 一体何が起こっている!」


「不明ですっ! 周囲には敵兵などおりません!」


大隊長は決断を焦っていた。

謎の攻撃、謎の敵。

撤退か進撃か…… 進撃? どこに行けば良いんだ……


「大隊長っ! このままではさらに兵を混乱へ陥れるだけです! ここは撤退を進言します!」


勝利を確信したあとの、この撤退……。兵達にしてみたらこれ程悔しいことはないだろう。


「仕方ない……撤退だ。無傷の兵は一人以上担いで、歩ける兵は一人で。死体は……できる限り運んでくれ……」


「了解しました……」


こうしてこの平原を賭けた初戦は、トローデス王国軍とマリーデス王国軍の撤退と言う形で終えた。




それを見ていた遥か上空で旋回していた無人偵察機プレデター

プレデターは事の成り行きをしっかりと“全てを”見ていた。

両軍の配置も勝敗も……。そして謎の敵の正体でさえ。

しかしそれは誰にも見つかることなく、終わるのだった。












「お母さんっ! お母さんっ!」


「ユーリ……? 逃げなさい……」ゴホッ


ユーリと呼ばれた少女が詰め寄る母親は、激しい吐血に見舞われて息もろくにできない状態にあった。

どんどんと顔から血の気が引いて行くのを、まだ幼いユーリは見ていることしかできなかった。


「だ、誰か……お母さんを……」


「ユーリ……、お父さんに宜しくって……ね? いい子だから……」


瓦礫の下敷きになった母親の回りには血の水溜まりが広がって行く。

みるみるうちに、目の前の人間が生気を失ってく様は今の彼女には残酷すぎだ。

そして…… 母親は死んだ。


そこで、悪夢のような事実から目が覚めた。


少女の額にはタラリと汗が流れる。


「(また……あの夢。)」


この夢を見るたび、彼女の中にはある存在に対しての憎しみだけが溢れるように湧き出す。


「勇者なんて物……絶対に許さない。絶対に私が……私が……」
















【殺してやるっ!】








ここら辺から若干シリアス展開を想定しております。

戦争の負の連鎖と言うものを、主人公の吉晴達が直面したり。


さあ、ギリタフル王国がまた面白いものを実戦投入したらしいです。

地味に現代風な戦い方をするギリタフル王国の秘密もこれからの見所としてほしいと思います。


今回もお読みいただいてありがとうございました!

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