清白の空
お待たせいたしました!
今回は敵国であるギリタフル王国の新兵器試験となります!
都市とは少し離れた郊外にて……
朝日が昇る頃、早朝に聞いた音は鶏の音でも教会の鐘の音でもない。
それは遠く離れた場所から聞こえる低い唸り声のような、ゾッとする不快音。
先日の出来事でガレッド帝国の主要貿易港や国の中心である王城が使用不能に陥り、事実上の財政破綻したガレッド帝国。
ここギリタフル王国はガレッド帝国の隣国であり友好国だけあって、ガレッド帝国からの少なくない移民を全面的に引き受けていた。
そんな移民達には、この早朝に聞こえる低い唸り声のような音に心底心当たり怯え出すものまで出る始末になった。
【エンジェル1、これより最終試験を開始する】
(魔導エンジンスタート)
後ろから確認するような小さな女の子の声が聞こえた。
すると徐々に振動を伴う轟音が二人に伝わってくる。
しかし、それは彼らだけではなかった。
【エンジェル2、了解こちらも準備は完了した】
【エンジェル3、同じく準備完了】
彼らは天使計画のテストパイロット。
(エンジン制御系統問題なし、姿勢制御系統問題なし、僚機との通信良好。試験実行に問題はない。)
【エンジェル1、離陸試験に移行する】
青年と少女が乗る純白の機体は目の前に続く黒の絨毯に向かい、その速度を増して行く。
エンジンノズルからは白い炎が噴かされ、景色を揺らめかせる。
(エンジン出力安定、離陸速度に到達)
複座の機体は、直後。初めて地を離れた。
機首が上がった後は、自然にフワリと地を離れ大空への道を進む。
(エンジン正常、機体正常、離陸試験成功)
【エンジェル1、離陸試験は成功】
青年は眼下に広がる彼だけにしか見ることの出来ない大地に平常心を保ちつつも感動に浸った。
彼は、竜騎士候補生として高い学力と臨機応変な身のこなしで将来有望と吟われていたが、そんな完璧に見えた彼にも重大な欠点が発覚し候補生からは外された。
魔力が足りなかったのだ。
しかし持ち前の高い学力と臨機応変な対応が評価され、この天使計画へのテストパイロット候補として抜擢された。
彼は計画の一部を聞き、空を諦めてかけていた自分を奮い立たせた。
「魔力が無くても飛べる」
この言葉は彼に再び空への希望を懐かせるには充分すぎた。
案の定、彼はほんの僅かな期間で操縦系統をマスターし、関係者には度肝を抜かせた。
倍率にして100倍は軽く越えるようなエリート候補のなかで、並外れた適応能力で見事【エンジェル1】の翼を掴み取ることになり、正式にテストパイロットとして空へ歩み始めた。
そんな彼はある日、天使計画の参加者として極秘で召集された。
集まったのは名のある巨大企業の代表や重役に、国を仕切る大臣クラスの重鎮に国王補佐。さらには数多くの貴族達。あと、俺と同様のテストパイロット二人。
彼はここで自分が足を踏み入れた計画の重大さに気付き脳裏に不安がよぎった。
今回、ここで行われたのは彼らの翼になる機体の説明に進行状況。俺達の役割等が交わされた。
正直、開発側から述べられる動作原理とか仕組みとかは情報漏洩対策の口頭説明だけでは理解しがたかったと言うのが率直な感想だ。しかし、それでも伊達にエリートばかりの競争に勝っただけあり、今までに聞かされ理解している部分と組み合わせながら話を聞いていた。
が、俺にはどうしても理解できない。いや、話が違う点が存在した。
「すみません、その説明だとエンジェル1に搭載予定のエンジン出力や特殊姿勢制御系統の調整や操作は魔力回路による魔力操作と言うことになるのでしょうか?」
彼自身、ここには場違いと自然と勝手に思い込んでいるが、周りはそうは思っていなかったようだ。この計画の規模が規模だけにテストパイロットの知識不足による失敗なんてことが起きたときには冗談にはならない。
だから顔色1つ変えずに担当者は返答する。
「ご指摘の通りエンジェル1だけに留まらず、動力系統の操作は緻密な魔力回路になります。特殊姿勢制御系統の操作も同様に魔力回路によるものになります。しかしながら飛行中にこれ等の操作を行うのは並の人間では難しいと我々も結論付けました。そこで、現在製作中の3機は複座型。つまり2人乗りと言う設計になりました」
初めて聞かされる事に彼らたちは顔を合わせた。
「紹介しましょう、彼女等は機体の頭脳となり心臓となる君達のパートナーさ」
扉が開かれそこへ入ってきたのは、無表情で何を考えているのかわからない不思議なオーラを醸し出す青い髪の毛の女の子と、元気そうな赤毛の女の子と、おどおどと隠れるようにうずくまる大きな帽子を深く被った女の子。
それが彼女と出会ったときだった。
【エンジェル1、試験空域に到達。機体に異常は確認されない】
【エンジェル2、了解。こちらも到達し、計器に異常は見当たらない】
【エンジェル3、了解。こちらも空域に到達した。機体は正常、問題なし】
淡々と大空で会話が進んで行く。今のところ異常やトラブルもなく順調に試験項目が消化されていた。
旋回→上昇下降→加速減速→180°ロール等々、怖いほど順調に進んでいた。
設計思想の異なる3機がテストするにしたがい、共通試験内容の全工程が終了する。
3機とも全く快調に飛ぶ。
【エンジェル1、共通試験クリア。これより単機試験へと移行する】
【エンジェル2、了解。こちらも単機試験を開始する】
【エンジェル3、問題は確認されない。単機試験開始する】
綺麗な編隊を組んでいた3機はスゥっと散会し、それぞれの機体に決められた試験項目を遂行する。
流線型が特徴的のエンジェル1は空気抵抗を軽減する設計思想で作られており、高速での機動性の実験にこの機体に積まれた特殊機動システムの実用試験が行われる予定だ。
地上との長距離交信は技術的問題で不可能であり、交信は精々半径10km圏内。つまり、僚機との通信がほとんど。
その為、事前に書かれたスケジュール通りにテストを進める。
「エンジェル1、上昇する。エンジン出力85%に上昇」
彼はスロットルレバーを押し上げる。そして、後ろに乗る少女がその操作を受けて各所へと伝達される魔力を生成し調整する。まるでその役割はフライバイワイヤーの様だ
「了解、魔力流入口5度開放。魔力圧縮比上昇中」
一見、F-15のエアインテイクにも見えなくもない部分がガコッと上を向いた。
機首は30°程上がり、一気に雲を突き抜け雲1つない空が辺りを包んだ。しかし安易な急上昇で初めて体にかかるGが跳ね上がり彼に焦りが見えた。
「……試験高度に到達。加速試験へと移行する……(なんだこれ……体が重くて苦しい)」
決して自分の魔力が吸われているわけではない。自分はただ座って操作しているだけだ。なのに、いくら呼吸しても苦しさが拭えない。
「了解。エンジン出力90%に上昇中」
体が座席に押し付けられる。次第に主翼の表面を白い筋が現れ始めた。さらに、今までよりも振動が激しくなったような気がした。
「出力95%」
エンジンノズルからは白い炎が姿を表し、機体は更に加速を続けた。
必死に意識を保とうとするパイロット。そんなパイロットとは裏腹に、後部座席の少女は無表情で繊細な魔力回路の制御を行っている。
「出力96、97、98、99……目標速度、時速800kmに到達」
機体に取り付けられた試作の速度計は、空気中にほぼ均一に広がる魔素が一定時間にどれだけ通過するかで早さを計る方式だ。相対速度のため厳密な値は出ないが、大体の目安としては充分であった。
「……了解、加速試験クリア」
この時、機体には果てしない揺れが襲っていた。
少し恐怖を覚えたパイロットはそそくさと、スロットルレバーを元の位置へ下げて60%に減速をした。
彼を襲っていた振動も、減速するにつれ弱まっていくのが目に見えて分かった。
どれも騎竜候補生時代に聞いた物とはかけ離れていた。
彼は試験項目を確認する。
「減速試験を平行して行う」
出力を下げたからといって、直ぐに減速するものではない。減速ついでに試験を平行して行う事にした
「了解、減速機展開」
体が少し前に引きずられる感覚が彼を襲った。
これまたF-15の様な少し小ぶりなエアブレーキが姿を表した。
「減速試験クリア。特殊起動システムの実用試験に移る。準備は?」
「回路問題なし……準備完了。激しい運動に注意」
「了解」
パイロットは深く深呼吸したあと、思いっきり上昇する。素振りを見せたが、機体は上昇することはなかった。
「グゥッ!?……」
機首下に描かれた魔方陣が光だし、直後。機体はアッパーで殴られたように……まるでクルビット機動のような挙動を見せつけた。
これには対Gスーツもろくに着ていない彼にとっては苦痛でしかなかった。脳の血液が下へ下へと重力に引っ張られて、視界が暗くなる。
目まぐるしく変わる景色を前に気を失いそうになりながらも、機体を押さえ込む。
機体が軋み出し不安が増大する中、無事に正常な飛行へと戻ることができた。
「機体に損傷なし。システムの正常な稼働を確認」
「了解、全項目試験クリア。機体正常、帰投する」
試験が終了した各機は順次帰投する段取りが組まれていた。ただ単に研究者たちが待ちきれないっと言う簡単な理由だ。
彼は未だに止むことの無い酷い頭痛を堪えながらも、90°バンクして進路を帰路に向けた。
この計画は極秘中の極秘であるため、人の目の多い上空は避けて戻らなくてはならない。
さらに、この機体にはGPSも当たり前についているわけがないため、高度等も含めてパイロットは地上の景色と地図と自前の感で飛行しなければならないが、さすが元竜騎士候補生だけあり、こう言った事は馴れていて特に苦には感じなかった。
初フライトで第1世代ジェット戦闘機並の速度、第4.5~5世代ジェット戦闘機SU-37やF-22と同等の機動性を見せつけたギリタフル王国。
着々と対勇者兵器が完成を迎えようとしていた。
【エンジェル計画 試験飛行結果】
・速度、機動性と共に現存のどの騎竜よりも遥かに上回っていたことは確かであり、後述する問題点を解決することができれば我が国にとって最有力の決戦兵器となる事は間違いない。
・まず、機体自体の高度限界に搭乗者がついていけないと言う問題があった。これは度々竜騎士からも報告が上がっていた事例であり、雲を超えた辺りから激しい頭痛に呼吸が出来なくなると言う現象が発生した。これについては以前から対策を検証しているが、原因さえ定かではないため解決には時間を要する。
・今回の実験で浮き彫りになった注目すべき点として、どの機体も高速度飛行を実施すると、激しい機体の揺れが生じると言うことだ。これは機体強度上ゆゆしき事態であり、早急な対応策が必要である。
・エンジェル1での特殊機動テストでは、搭乗者の視界が暗くなると言う不思議な現象が発生した。現在原因を調査中である。
この報告を受けた戦略大臣は今回の結果に多少の不安材料はあるものの、大きな失敗は無いことに安堵した。
一通り少なくない書類に目を通し終えた彼に、冷えかけたコーヒーが目に留まった。
入れ直させようと思い当たるが、あいにく使用人は計画の漏洩を防ぐために全員退室させており、わざわざ呼びつけるのも面倒たったので、構わず冷えたそれを飲み干した。
コーヒーカップを無造作に置いた彼は計画に関わる書類の一式を仕舞い込み、重い腰を上げるように立ち上がったあとその部屋を出た。
彼は普通王宮の執務室に居ることが多いが、試験飛行の今日は城の真隣の研究施設に浸っていた。
大臣である彼はすれ違う人全てに頭を下げられなざら、階段を降りて地下へと進んだ。
あくまでここは民間の会社であり、国営ではない。会社側からすれば国は重要なお得意様で機嫌を損なわせることはあってはならない。
その事を大臣は知ってか知らず、無言で歩み続けた。
辺りは段々と清潔さが薄れて行き、怪しげな雰囲気へと移り変わって行く。
ある程度進んだところに複数の兵が警備している場所に到達する。
しかし、彼は立場上止められることなく顔パスで通過することができた。
検問所のように設けられた場所を4ヵ所ほど通過した頃、ようやく最新部へとたどり着いた。
「大臣! お待ちしておりましたぞ!」
「待たせたかな? すまないすまない。そっちの調子はどうだい?」
「試験結果は上々の用でしたから、提出した通りに揺れの原因と頭痛などの症状に視界が暗くなると言う現象の原因調査です。……あとはコアの調整ですね」
コアと口にした白衣の男が振り向いた先には、円筒形の巨大な水槽のような容器に、身体中に朱色に輝く幾何学的な模様をまとった彼女達が沈んでいた。
「これを小僧達達が知ればどうなることやら……」
「技術に犠牲は付き物と言うではないか? 我々が空を飛ぶ代償と考えれば安いものだ」
彼らの会話は届くことはなく、彼女達はなにも言わず、ただ水中で髪を揺らしていた。
「……これで何度目の調整だったかな?」
「4回目だったか? 大分寿命を消費しましたね」
雑談のように話し合う彼らに、若い白衣の男が近づいて来て、その手には小さなメモと数枚の書類が握られていた。
「班長、第4回の魔法強制付与の準備が終わりました。埋め込みを開始します」
「うむ」
無理矢理他人の魔法を改編、調整する人の道を超えた行為にここにいる者は気付きながらも、異を唱えるほど気の強いものは居なかった。
そして彼女達の体に描かれた朱色に輝く模様は、いわゆる上書きデータ。強制付与は、そのデータを無理矢理体に刻み込む行為。多くの国で禁止される禁断の儀式だった。
いよいよ彼女達の紋様は輝きを増し、そして明滅を繰り返し始めた。
その間、埋め込まれる彼女は無反応だった先程とは一転して、体を反らして苦しがっていた。水の中で叫んでもいるのか、口からは泡が零れ、全身の筋肉が硬直し見ていて気の良いものではそうそうなかった。
「拒否反応が今回は激しいです。出力あげます」
その時、一段と輝きを増した紋様が、明滅を止め今までで最高の輝きを解き放った瞬間。
彼女は事切れたように脱力した。
この部屋にひとときの静寂が訪れた。
「強制付与は成功しました……残りの推定寿命は……」
【3年です】
どうしても空戦が書きたかったために、すこし無理矢理ですが科学×魔法の兵器を出させてもらった次第です。
あと、最近日情系サバイバルゲームを題材とした小説も構想中ですので、そちらも楽しみにしていただければ幸いです。
コメント、お待ちしております!




