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異世界でも、チートよりも大切なこと。  作者: 芳賀勢斗
ギルド会員としての旅立ち。
31/97

結奈の覚醒。

「結奈さん!もう、弾がありません!」


「私もそろそろ切れちゃうよ…」


雷皇と呼ばれる大きな狼にひたすら休むことなく銃撃を浴びせてきたが、奴にダメージを与えられている実感がない。身体中に奴の出血こそ確認できることはできるのだが、奴は衰えるどころか目が最初よりも血走っているような気さえする。当然致命傷は1つもないだろう。


「クゥッ…!」


また落雷独特の閃光と乾いた爆発音が聞こえたと思うと、同時に何かが割れるような音が響く。シヴィの精一杯押し殺した苦痛が二人にも聞こえる。


「何なのよ!もう!!せっかく頑張ってこの魔素の低い場所で障壁展開のために集めた魔素があいつに横取りされる!!!!ほんと、腹立つわ!」


シヴィは全力で雷皇からの雷撃を必死で受け止めている。障壁の展開に制限は無いが、この不利に不幸が重なったようなこの場所ではある意味限界が近づいてきた。


「魔素の横取り…。魔力の横取りじゃないだけましかしらねっ!!」

パリッ…

今度は砕け散ることはなく、ヒビが入るだけだった。だが次の2撃目を防げるかと問われれば、答えは言うまでもない。


「あ!?吉晴さんが立ってますよ!?だ、大丈夫なのでしょうか…」


「え!?絶対重症だったよね!?な、何で!?」パリッ…


「なに話してんのよ!?早く倒しなさいよ!!」


「は、はい!でも…もう弾が…」

カチ、カチ…

「私も切れちゃったよ…」


遂に二人の弾薬が切れてしまい、とうとう攻撃手段が無くなってしまった。

あとはシヴィの障壁しか残っていないし、手榴弾もない。唯一武器と言えそうなものがリュミのサバイバルナイフのような短剣と魔法だけだ。


「身体強化しても肉弾戦は不可能ね…」


奴の回りには常に音速の銃弾をも一瞬のうちに蒸発させる放電がほとばしり、誰が見ても近づいたら危ないと悟ることができる。ましてや水分の多い人間が近づいただけで雷撃が飛んできてしまうだろう。

そんなときに何故か立ったまま結奈は目を閉じて動かなくなってしまった。


「………。」


「どうしたんですか…結奈さん…?」


(なにか無いの!?…考えて私…!。…。やっぱりダメだ…何にも思い付かない。吉晴君ならきっとパッと思い付くんだろうな…私達、吉晴君に頼りっきりなのかな…。)


「なに突っ立てんのよ!!」


(分かってる。それじゃあダメなんだよね…。一方的に頼りきった関係じゃ…本当の仲間じゃないからね…。私は私の…私だけにしか出来ない事を…)



《しなくちゃ!》



結奈がその目を開いた瞬間、結奈を取り巻く空気が、いや。森全体の魔素が結奈に共鳴するように流れを変えた。


「ゆ…結奈、さん?」


「なにこれ…あいつに吸われてた魔素が…流れを変えた!?で、でも何なの…この魔力…」


雷皇が吸い上げていた魔素は行き先を変えるように結奈へと流れを変え、その膨大すぎる魔素が渦をなして金色に輝く。それゆえ、森全体が結奈という人間1人に力を注いでいるようにすら感じる。


「えへへ…本当は止められているんだけど、今だけ許してね…   障壁展開!」


奴の回りに障壁が幾つもの壁を作り、完全に閉じ込めた。壁同士は密封容器と言えるほど高精度に接合され、その強度も尋常じゃなかった。

電撃、爪、体当り、奴か何をしようともヒビどころか振動さえしない。まるで時間が止まっているのではないかと思うほど障壁に変化はない。


「転移座標固定、転移開始。」


障壁…結界ともいえる箱のなかに魔方陣が現れ、そこから水があふれでるが水は障壁の中に貯まって行くことはなかった。

水はやつに触れた瞬間にガスになった。


「水は水素と酸素で出来てるんだよ…」


やつに触れた瞬間一瞬で電気分解が引き起こされ、瞬く間に水素と酸素の混合気が障壁の中へ満ちて行く。もうすでに奴は魔素が安定して供給されなくなった上に、電気分解で大量に残り限りある魔力を消費してしまっているため、四つ足がふらつき始めてきているが、顔だけはまだ弱ってはいなかった。結奈へ鋭く強靭な牙と噛みちぎらん限りの視線向け唸っている。

そして雷皇は最後の力を振り絞り雷撃を繰り出した。


「ダメだよ…」

【ドンッ!】


辺りは静まり返っている。虫の鳴く音さえ聞こえることはなく、少し寂しいくらいだ。


「ふっ……」


結奈が意識を失い倒れると、雷皇を囲っていた障壁は消え去ったと思ったらやや強い風が吹いた。

なぜなら障壁の中は真空だったため、障壁がなくなった瞬間大気が流れ込んだためだ。


「結奈さん!結奈さん!しっかりしてください!結奈さん!」


リュミは突然倒れた結奈に駆け寄ると、肩を揺すったりしたが全く反応は無かった。

そんな結奈は事切れたようにぐったりと…死人のように‘眠っている’。


「そんなぁ…結奈さんが…結奈さんがぁ!!!」


「落ち着きなさい!死んでないわよ!多分体が追い付かなかったのね…(でもあの魔力量…絶対人間の域を越えていたわ。あんなことが勇者と言うことで片付けて良いのかしら…。)」


「え…?本当に…?」


「多分ね。寝てりゃあそのうち目が覚めるわよ。(普段の彼女はあんなに高い魔力を扱えるなんて想像もできないほど低いのに…)」


その時、ズシン と嫌な足音が聞こえた。

それは紛れもない雷皇のものだった。雷皇はもうすでに死んでいて当然な程の傷を負っている。

短時間の間だが真空という宇宙空間に近い場所にいた体は、どこか不自然に膨らんでいたり、血液中の酸素が膨張して血管が破裂したり、内臓が露になったり。元の雷皇とはかけ離れた別の存在になっていた。


「ヒィ!?…な、なに!?」


「あんまり見ない方が良いわよ…」


雷皇は結奈を見つけると、初めはゆっくりと、だがどんどん速く。

しかし雷皇は結奈の元へはたどり着くのとができなかった。なぜなら

【ブゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!】

【ドォドォドォドォドォ!!!!!!!!】

M134の毎分4000発もの7.62mm弾が雷皇を引き裂き、Mk.19の高性能炸薬弾が次々と吹き飛ばす。

横っ腹を捉えた銃弾は一瞬のうちに雷皇を‘穴だらけ’にし、高性能炸薬弾が肉片を量産する。


「ま、間に合ったぁ…」


「ギリギリでした…」


この時全員の会員カードに雷皇という文字が刻まれていたのは、もう少しあとに知ることになる。



この森を統治する長が消えた瞬間だった。

これが吉と出るか凶とでるかは‘神様’しか知らない。ただ今は目の前の勝利と、そこで倒れている結奈が心配だった。

GWは部活休みというラッキーなことになりました。少しでも執筆に時間が取れればなと思います!

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