出発準備
異世界であっても地球と変わらず必ず訪れる朝。やはり人間の共通意識は朝は必ず来る。なのだろうか…。
この世界にきて大分たつが、こんな地球と変わらぬ朝に何度ここが日本だと勘違いしたかは分からない。ただ、その度に俺の胸元で寝息をたてる3人の美少女を見ると、ここは地球じゃなかったのだと思い出す。
「もう起きたのね。毎度のことだけど、そんなにたくさんの女の子を抱いて寝るのは苦しくないのかしら?見ているだけで暑苦しそうだけど…」
俺の前にフワリと飛んだ妖精のような彼女。昔の俺ならフィギュアが動いた!飛んだ!喋った!?で大騒ぎしてただろうが、ここが異世界だと認識している今なら、こうして許容出来ている俺の順応性は高いのだろう。
「あぁ、ちょっと暑いかな…季節で言うと今夏だし、それに…」
それに彼女たちの熱のこもった吐息や、かなり密着している体勢のためかなり暑い。当然だが空調設備もないこの密閉された部屋は、大きな窓から入る直射日光で徐々に暖め始められている。
「お気の毒ね。あ、そうだったわ、そこで寝てるリュミからの伝言ね、一通りの組み立て方と使い方は覚えた。だそうよ?」
「そうか…さすがだなリュミは。」
そう言いながら俺はまだ寝息をたてるリュミの頭をそっと撫でた。撫でられた透き通るような銀の髪が太陽の光でキラキラ光る。リュミは昨夜から新しい自分の武器を使いこなすため、一生懸命に分解、組み立てやパーツの交換を繰り返し、射撃以外の事を徹夜で頭に叩き込んでいたのである。これもヴァンパイアの睡眠が短くても問題ない。と言う特性がなければキツいことだ。
「よくもまぁ私がいるときにそんなことが出来るわね…あれね…バカ夫婦?って言うのかしら?」
「バカ夫婦って言ったらリュミもバカって言うことになるぞ?」
「ちょ!?リュミは関係無いでしょ!?私はあなたに…あ、」
「ふぁ~…。シヴィちゃん…?どうかしたの?」
シヴィの体は小さい。それこそ俺の部屋にあった沢山のフィギュアと並んだら溶け込むことが出来たことだろう。そんな体の小さなシヴィでも話し声は成人女性と何故か同じ声量だ。そんなシヴィが大声を出したから当然のように寝ている人を起こすわけで…
「おはよう…吉晴君、シヴィちゃん…今何時?」
そう言って起きてきたのは、もう一人の地球人であり俺のクラスメイトだった綿嶬結奈。布団を抜け出した彼女はまず洗面台に向かい俺が召喚した愛用の洗顔?で顔を洗い、その次に歯を磨いた。これが普段の彼女の日課らしい。最近は忙しくてすっかり忘れてたらしいが…。
「7時半位かな、」
「そっか~。何時もはとっくに起きてた時間だったんだけどな~。本当は結構疲れてたりするのかな私…。」「そうじゃないか?あんだけ銃を撃った女子中学生なんていないと思うからな…」
「ここ一週間は色々ありすぎて困っちゃうよね…。」
ここで俺達の会話が止まってしまった。理由は簡単だ。
先にこの微妙な空気を押しきり、再び口を開いたのは結奈の方だった。
「今頃どうなってるのかな…。」
「分かんないな…。でも…」
〈今の俺達には関係のなくなった世界だ。〉
なんて事を言えるわけもなく、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
実際、俺達のいた地球いや、宇宙を含めた世界はくだらないとある事情で神の力によって改変され、俺達の存在しなかった世界として今も進んでいることだろう。つまりそれは俺達を知らない世界だ。忘れたと言う事ではなく、知らない。親も兄弟も友達も、誰一人俺達を知らない。関係のなくなった世界と言うのはそう言うことだ。
「2人は…もとの世界に…帰りたいの?」
シヴィは核心を突くような質問をいつもは見せない不安げな顔でしてきたので、俺と結奈は顔を見合わせてしまった。
「伝説の勇者のように、いつかはこの世界を去るの?」
今まで聞かれなかったから言わなかったけど、彼女たちにはこの世界に来た理由を話していないんだよな。「それはないよ。伝説の勇者は無理やりこの世界に派遣されただけで、目的を果たせばもとの世界に帰るだろうけど…俺達はこの世界に引っ越してきたんだ。この世界に来た目的もなければ特別な任務もない。ここでずっと暮らしていくことになると思うよ。それに…」
「それに私達にはこの世界しかないから♪」
俺の言葉を遮り結奈はさらっと言ってのけた。
「私達のもといた世界は本当の意味ではもう無いの。帰ることが出来てもこの世界より楽しいことはないし、…それに吉晴君と結婚したリュミちゃんやミーシャちゃんを置いて、もとの世界に帰るなんて私がさせないもん!」
「あ、あのな~そんなことしねぇ-よ。いくらなんでも無責任すぎるだろ…。」
「だってさ~ミーシャちゃん?」
「吉晴様…わ、私もどこまでもお供します!絶対ですよ!」
起きてたのか…。てか何でそんなに顔赤いんだよ…。
「今のお話は途中からしか聞けませんでしたが、吉晴様達はもとの世界には帰らないのですね!?」
「言った通りだよ。俺達は一生この世界で暮らすし、そもそも帰る方法は無いんだ。」
それを聞いたミーシャは内心ホッとしたように布団を出た。
「それを聞けて安心しましたよ♪さ、リュミちゃんもそろそろ起こしましょうか」
「そうだな、そろそろ起きないと。今日はする事盛り沢山だからな。」
いまだに起きる気配は無いリュミを優しく起こすミーシャの姿は…なんと言うか…姉妹だな。
「そろそろ起きませんか?リュミちゃ~ん?」
やっぱり面倒見の良い姉だな~。
一方のリュミはまだ3/4寝ている状態で、ベットの上に力なく座っている。
「…。」
「リュミ、血だぞ~?早く飲んで目覚ませ~」
ヴァンパイア族のモーニングコーヒーはモーニングブラッドだな。
輸血パックからコップに移した血液を飲むことによって、ヴァンパイア族は魔力、疲労が回復したり、眠気を取る効果もあるようだ。本来魔法を使えなかったヴァンパイア族は、短期間に無理やり強力な魔法を行使出来るようにしたため、長い年月の中で魔法を習得してきた人間に比べて魔力効率が極端に悪い。その為ヴァンパイア族には魔力補給できる血液が欠かせない。つまり血液の安定供給さえあれば強力な魔法を使いたい放題なのだ。
ゴクッゴクッ…。
両手でコップを持ったリュミは何時ものように一気に飲み干す。
「ふ~。今日も美味しかったです!おかげで目がすっかり覚めました!」
ペロリと口の周りについた血液を舐めとる姿は、いくら無邪気な笑顔でも近くに死体でも転がっていればかなりあれだ。
コップ一杯の血を飲む感覚は俺には分からないが、少なくとも人間が飲んでも美味しいとは感じはしないだろう。
「みんな起きたな、んじゃ着替えて町でご飯でも食べようか、」
「そうですね、あ、シヴィから聞きました?あの銃は凄いですね!?部品を取り替えたら全然違う使い方ができるんですから!」
「だろ~?俺の世界じゃあの銃は玩具っぽくて命を預けることは出来ない!って軍に採用されなかったんだよ、性能は良いと言うのに…。それにその銃はいつもは俺達と同じ弾だから戦いやすいだろ?」
「そうですね、このXM8ならこれで今までよりも吉晴さん達のお役にたてます♪」
H&K社が開発したXM8は、部品を交換することで、アサルトライフルとしてやカービン、軽機関銃、更には500m程度の狙撃までこなす。前述した通りその外観は流線型の部分が多く、銃としては近未来的なものを思わせる。この近未来感が軍には玩具っぽくて強く反発されて正式には採用こそされなかったものの、その性能は非常に良い。何より射撃時の反動が軽く軽減されており、片手でもフルオート射撃が出来てしまう。
通常は俺達と同じ5.56mm×45mmNATO弾を使用するが、部品を変えての狙撃の時には6.8mm×43mmSPC弾と言う俺達よりも大きな弾を使うことで中距離の狙撃を可能にしている。一般人にはこの僅か1.24mmという差は誤差の範囲かもしれないが、銃弾にとっては大きく性能を左右する重要な差だ。俺達の使う5.56mm弾は初速が速く反動が軽い、貫通力が比較的高いのが特長で、自衛隊も含めた多くの国が使う標準的な銃弾だが、弾が小さく軽いため距離が遠くなるにつれて安定しなくなってしまう。一方7.62mm弾と言うものも存在する。この7.62mm弾は反動が強く、連続した射撃には向いていないが、5.56mm弾より射程が長く、威力も高い。この特性を利用して単発で撃つことがほとんどな狙撃銃に多く利用されている。しかしリュミが使う以上、7.62mm弾は撃てないことは無いだろうがやはり体への負担が大きい。しかし5.56mm弾の狙撃銃は威力不足だ。対人ならともかく対モンスターでは5.56mmの狙撃では火力不足であると今までの経験から何となく分かった。それはあのゴブリンでさえ5.56mmの銃撃で一発で死ななかったやつが少なからずいたと言うことだ。そこで威力不足の5.56mm弾と反動が強い7.62mm弾の中間とも言える6.8mm弾を選んだのだ。
「でも、本当に500m何て撃てるのでしょうか…」
「リュミなら大丈夫だ。それを確かめるために今日はちょっとだけ練習するんだろ?今から弱気じゃダメだろ?」
「そうですね、そうですよね、それじゃあ早速いきましょう!ってまだ着替えてませんでした、」
不意に結奈達の視線が俺に集まったような気がした。と、リュミが俺の袖を引っ張ってきた。
「そ、その…いやと言うわけでは無いのですが…着替えるので…」
「あ、いや…その…悪かった。」
こう言うとき男って無力だなっと感じるのは俺だけだろうか…。
それから俺はしばらく廊下で待たされるのであった。
「で、何が食べたい?」
「そうですね…城では中々食べられないものが良いです!」
と言うことはミーシャは庶民的な食事がしてみたいと…。
「私は特に好き嫌いは無いので、美味しければなんでも良いです。」
「私もよ。」
「私は朝はパン派だけど…。それっぽいのは無いね~…。」
つまり美味しければなんでも良いわけね。結局美味しそうな店で適当に食べることになった。
城で食べても良かったのだが、こう言った環境にも馴れなきゃいけないという強いミーシャの意見により外食と言うことになっていた。確かにミーシャの言うことにも一理あったため反対意見はなかった。
「なに頼んで良いか分かんないな…。この日替りランチが失敗はしないか…」
「私もそれにしよ~。ミリアーテンの煮込みとか訳かわかんないもん」
「ミリアーテンはたしか魚介類だったと思いますよ?でも私も食べたことが無いのでこれ以上は知りませんが…。」
「そうか、ここは港町だったもんな。そう言うものは豊富なんだろう。」
「なんか美味しそうなんだけど…。やっぱり知らないから注文するのは怖いな…」
(お待たせいたしました、ミリアーテンの煮込みです。お熱いのでお気をつけください。)
となりの席の客がどうやら噂のミリアーテンを注文したようだ。すかさず結奈は横目でミリアーテンなるものを確認してるし…。見たところ普通の野菜と貝の透明なスープようだが…。何処と無くシジミに似てるな…。
てかそんなに見てたら…
「どうかなさいましたかな?」
口元までいったスプーンを追う視線に気づいた様でこちらをうかがっている。
「ご、ごめんなさい!ミリアーテンって何かな~って思ったものですから…つい…。」
「そうでしたか、宜しければ少しお譲りしましょうか?」
「そ、そんな、悪いですよ…」
結奈が見知らぬ人との会話イベントでテンパってしまっている。相手のお爺さんは悪い人ではなさそうだ。「良いですよ、ミリアーテンは腐るほど家にありますから。」
結奈はしばらく考えたあと俺達の顔を伺いながらも少しもらうことにしたらしい。
「そ、それでは一口…頂きます。」
「どうぞ、どうぞ。」
結奈は未使用のフォークでミリアーテンの殻の中身をとって口に運んだ。
「おいしい…。でも、なんだろ、この味…。分かんないけど美味しい。」
「それは何より。ミリアーテンを売っている身としてはとても嬉しいですよ。」
漁師の方なのだろうか…。結奈が味について考えている間、俺が質問していた。
「と言うことは漁師何ですか?」
「いえいえ、私は卸売業ですよ。漁師が取ってきたミリアーテンを買い取って、その買い取ったものを新鮮なうちに小売店や食堂に出荷する仕事です。」
流通は地球と似てるんだな…。
「でも最近はミリアーテンの売れ行きがね…。だから明日にでもマリーデス王国に売り込みに行こうかと思ったのだが…。」
「どうかしたんですか?」
「それがの…。」
それから俺達は注文した日替り定食を食べるのを忘れて、卸売業のお爺さんの話を聞いていた。
「つまりはミリアーテンの鮮度を保つためには近道の森の中を進まなくてはいけない。でも森の中は危険がありすぎるから護衛は必須。だが、ギルドに依頼しても護衛は集まらなかったと言うことですか…。」
「そろそろ潮時なのかね…。」
引退か…。結奈の反応を見る限りでは味には問題なく、売り込む材料は良いのだろう。それにマリーデス王国は完全な陸地であったと国王様に聞いていたが、そこで新鮮な魚介類は中々需要があるだろうし新たな売り地としては妥当だ。俺は貝類が苦手だが、このお爺さんはなにか可哀想だな…。
「確かにあの森は危険だと噂はありますね…。でも」
「そうね、良いんじゃないかしら?」
「そうですね、丁度明日出発の予定で、行き先も決まってませんでしたし。」
「だな。」
「はて、いったい何を…」
お爺さんは訳のわからないと言う顔をしている。
「その護衛。俺達が引き受けますよ。」
「ほ、本当ですか!?で、でもしかし…いえ。それではお願い致しましょうか。パーティー名は…」
一瞬俺達の年齢についてためらいはしたものの、直ぐにこころよくお願いしてくれた。
「Magic Leadです。」
「結成から日は浅いですが、実力は保証しますよ。」
「そうですか…しかし…Magic Lead。どこかで耳にした名ですね…はて、何処だったか…」
《ギクッ!?》
(どうしよう…結構広まってるっぽいぞ!?)
(仕方ないじゃない!あなたのせいよ!)
(ここまで広まるのが速いなんて…)
(このままだと町中に広がるのは時間の問題かもしれませんよ?)
(このお爺さんには思い出させないことね。)
(でもどうやって…)
「最近は物忘れが多くての…どこかで聞いたハズなんじゃが…」
「そ、それより私達は今日の夕方頃にギルドに行きますので、それまで依頼しておいてください。」
「そうじゃな、今からでも行こう。しかし…どこじゃったか…」
その後もお爺さんは考え続け、俺達は内心ヒヤヒヤしながらの朝食を食べるのだった。
「それではまた後ほどお会いしましょう。」
「うむ。それでは。」
一旦俺達は本来の目的である本格的な旅の必需品を正午まで買い揃えたのだった。
「この袋…いるのか?」
どう見ても普通の麻袋何だが…これが魔法具専門店に売っているのも謎だが、一番の謎が一袋5万ウィルもすると言うことだ。
「いりますよ!この袋には空間魔法がかけられてあって、どんなに入れても、重量は変わらないし、体積も増えません!値段によって入れれる個数も変わってきますが…。」
要するに○次元ポケットか…
「そりゃ凄いな。特に俺達には銃弾の補給は便利そうだな~」
「でしょう!?あとあと、」
女の子のショッピングは長いと言うが、今は俺でも楽しめる。
そんなミーシャが今までで一番輝いていたのはこの瞬間でした。
「ミーシャちゃん張り切ってるよね~!」
「そうだな~。気持ちは分かるけどな♪」
正午すぎ。トリミアから少し離れた草原にて。
《マスター。何度も申し上げますが運転が乱暴です。マスターはそう言うプレイがお好きなのですか?》
「吉晴君!?」
「ち、違う!断じて違う!使い方が分かっても、中学生だぞ運転慣れしてないんだよ。」
《マスター。それは言い訳ではありませんか?でもまぁこの辺りで宜しいのではないでしょうか?》
俺をマスターと呼ぶ彼女はこのハンヴィーその物らしく、ハッキリとは分からないが意思を持った兵器と言うことで良いらしい。ただ大和やニミッツのように実体を持っているわけではなく、擬似的なホログラムのような物で姿を表すことができるらしいが、それも車内限定だそうだ。
「そうだな。この辺で良いかな。」
俺はハンヴィーを停車させ皆をおろした。でも俺は、結奈達をおろした地点から10m、50m、100m、300m、500m、800m。おまけに1000m地点に標的となる人形のスチールプレートをたてた。
10m、50mは拳銃用で、50m~300mまではアサルトライフル、300mからは狙撃用だ。1000mは俺の遊び心と言うものだ。
俺と結奈の能力持ちは、使い方こそ分かるが、特に結奈の場合、どんな局面にどんな銃を使えば良いかと言うことは全然わからない。例えば近接戦においては拳銃やサブマシンガンが優位だが結奈の場合、対物ライフルで戦いかねないし、俺が後ろにいるのにバックブラストを伴うカールグスタフ等の無反動砲を発射しかねない。これら重火器をミーシャ達に扱わせるのは、今の自分の武器をしっかりこなせるようになってからだ。
「つまり俺達は勉強な。」
「そんな~…。」
俺は自分の部屋にあった【兵器の運用と注意点】と言う本を召喚した。この本は俺が長年お世話になった本だ。とは言ってもミーシャ達の射撃は気になるわけで…
パンッ!パンッパンッ!パンッパンッ!
「ほぉ~。50mに3発全弾命中…100mに2発中1発…。良いじゃないか。出だしは順調だな。」
「凄いな~ミーシャの上達ぶりは、」
「そうだな。って結奈は本読め!」
一方リュミは腹這いで、微動だにしていなく、バイポットに支えられたXM8を構えていた。
「この方向だと…いきなり800m!?イクラなんでも…。」
リュミには昨日狙撃に関して少し触れただけだ。ゼロインの事と風の影響だ。他にもたくさん必要なことはあるが、今のリュミに一度に教えても混乱するだけであることから、取り敢えずという最低限の事しか教えていなかった。
バンッ~!
一瞬で音速の壁を越えた6.8m弾は空気を切り裂き、銃声とともに高速で標的に向かっていった。鳴り響いた銃声の2.5秒後、確かに風にのって金属がぶつかる音が聞こえた。もしあの時銃弾を目で追える人がいたなら、弾丸が空気を圧縮して空間が歪んだように見えたことだろう。
「嘘だろ…。」
恐る恐る800m先の標的を確認するが、真っ白なスチールプレートには確かに着弾を裏付ける鉛色の弾痕が残ってあった。
「まじ、リュミって何者だよ…。」
「きっと、ああいうのが生まれ持った才能って言うんだよ。」
「だとしたら数百年に一人の逸材だな。」
そんなことを話している間にも、800m先のスチールプレートには既に9つの弾痕が存在している。
そして10箇所目の弾痕がついたとき、リュミが銃を向ける方向を微妙にづらした。
気付けばミーシャもリュミの事を固唾を飲んで見守っている。
「ねぇ?リュミちゃんの銃って有効射程ってどのくらい?」
結奈が有効射程と言うちょっとした専門用語を話したかと思うと、それはたまたま本に乗ってた単語だった。「大体300m~500m位だ。」
「それって、800mの時点で十分すごいじゃん…。でもそしたら1000mなんて無理じゃん…。嫌がらせ?」
「さすがに俺も1000mなんてネタとして置いただけなんだけどな…。まさかね~」
まさかリュミが本気で1000mを狙うとは思ってなかった。理論的にXM8で1000m狙撃は可能なんだけど…銃のスペック上、かなり射角をとらなければならないはずだ。そもそも、そこまで真っ直ぐ行くかは誰にもわからない。幸いなことに風はそこまで強くないのだが…。
「結奈、ついでに最大射程も調べとけ。」
「最大?そんなのどこにあるんだろう…」
有効射程。それは銃弾が標的に対して十分な殺傷能力を保っていられる距離だ。最大射程の場合は、とにかく銃弾が最も飛んだときの距離のことで、この場合当たったとしても十分なダメージを与えるのとができない場合が多い。
「ふむふむ…。有効射程が全てじゃないんだ、当てるだけならもっと遠くでも良いのね?」
「例外もあるけどな。」
バンッ~!
「残念です…。当てれると思ったんですが…。」
「元気出しなさいよ?もともと当てれる距離じゃ無かったらしいし、800m当てられただけでも凄いって言ってたわよ?」
「そうだよ、それに1発目から当てられるなんて凄いよ!」
「はい!私も見ていましたが、何かこう…頼もしいなって感じましたよ♪」
「そうなんですか?…ちょっと恥ずかしいですね~♪」うへへ
あのあと1000m先の標的に30発近く射撃したリュミだったが、1発も当たることはなく、さすがに無理だと思って止めたのだったが…
「見えているのに攻撃が当たらない事が、こんなにショックなんて…。」
こんな調子だった。
「ま、それはリュミのせいじゃないよ。それがXM8の限界なんだよ。」
「はい…。」
「それよりこれからギルドに行くんでしょ?」
俺達はあのミリアーテン業者のお爺さんの依頼を受けにいかなければならない。
「恐らく初の指名依頼ですね♪」
「そうだな、なんか嬉しい気分になるな~」
《マスター、そろそろトリミアの城壁が見えてきますが、》
「あ、そうか。じゃあ、ここで良いよ。今日はありがとうね!」
《はい、それではマスター?次はなるべく早く呼んでくださいね?》
「了解?」
俺はハンヴィーを一旦消して、そこから徒歩でギルドに向かった。
時刻は午後4時半を過ぎる頃、俺はギルドの扉の前で心の準備をしていた。
「行くぞ。」
「はい!」
「準備は出来ています!」
「緊張するぅ~」
「何なのかしら…これ…。」
俺は勢いよく扉を開ける…事は出来ず波風たてないようにゆっくり開けたのだった。
「失礼しま~す…。」
「は!?はい!Magic Leadの皆様…にゃ、何のご用件でしょうか…。」
(噛んだ…)
(噛みましたね。)
(えぇ噛みましたね。)
(そんなに私達が怖いのでしょうか…)
(別の意味で合ってるかもね)
「俺たち宛に依頼が入ってると思ったんですが…。」
「しょ、少々お待ちください。」
そう言って近くの書類を漁り始めてから十数秒後、どうやら見つかったみたいだ。それにしてもパーティー名も言ってないのに俺達の正体がバレてしまうところを見ると、相当浸透してしまっているようだ。
「ガリム·スチュワート氏からのマリーデス王国までの護衛任務で宜しかったですか?」
ガリムさんって言うのか…。そういや名前聞いてなかったからな…。
「たぶんそれです。それとパーティー昇格試験と言うものを受けたいんですが…」
「パーティーリーダー様の会員カードを確認いたいます。宜しいですか?」
俺はギルドカードを提示して、試験を受ける権利があることを確認させた。
「昇格試験は初めてですね。ご、ご説明させていただきます。まずパーティーにはそれぞれ色でレベル別けがあります。下から白、黄、赤、青、黒、銀、金とあります。皆様は只今白でございますが試験を合格することでパーティーレベルが上がります。ご自分のパーティー色はカードのこの部分です。試験に期日はございません。仲介料金は発生いたしませんが、別に1000ウィルの昇格試験料金が発生します。」
そんなもんか、大体1000円の試験料金は結構安いな…。期限は無いらしいし今受けといた方がいいかな。
「受けます。で、試験は何をするんですか?」
「黄色への試験内容は…。はい、キングオーク3体の討伐です。」
「それは体の一部とかを剥ぎ取って来なくても良いんですか?」
「はい、確認はカードに記載された事を参考にしますから特に問題はないです。討伐後のキングオークは皆様の自由です。ギルドに持ち込むことが出来ればその場で買い取らせて頂くことも出来ます。あ、丁度ケラウーの買い取りをあちらでしていますね。」
彼女が指差した先には、黒い弓を背負った一人の男が小鹿と思われる生物を換金している所だった。
(お待たせいたしました。こちらのケラウーは3500ウィルで買い取らせて…)
(いや4000ウィルだ。頭を一撃で射抜いたんだ。体には傷ひとつない。相場より高くしてくんないかな…子供が産まれそうなんだよ…だから、頼むよ!)
(むむ…。それを言われたら…。仕方ありません、最近はかなり狩っているようですから4000ウィルで手を打ちましょう。次回も頼みますよ?)
(恩に着るよ!でもまだまだ足りないな…。また狩りに行くか!)
「値段交渉も出来るんですか…。」
「はい。一方的にこちらが金額を決定することはありません。鑑定士との交渉次第で取引額は大きく違って来ます。先程のような特殊な一例も、あのハンターさんがこのギルドのお得意様ですから。」
明らかに鑑定士さん情けかけたよな。
「あのハンターのお嫁さんって元はここの職員だったんですよ。それに鑑定士のあの人とも縁があって…内緒ですよ?って、私、何話してるんだろ…。コホン、失礼しました。ああいったように現金交換で対応させていただきます。」
「そ、そうなんですか…。」
なんか、不公平な気が…
「ご説明は以上で終わりますが、何か質問はありますか?」
「大丈夫だと思います。そしたら護衛任務と昇格試験は同時に受けます。」
「承りました。それでは護衛任務の仲介料金と昇格試験料金の総額の半分を減額させていただきます。」
無事に終わりカードを受け取り城に戻ることにした俺は、結奈の様子が変なことに気づいた。
「子供…。赤ちゃん…。」
「結奈、どうしたんだ?」
「ひぅ!?な、何でもないよ!?さ、行こ行こ~!」
「なんだ?あいつ…。気分でも悪いのかな…。」
何だか先頭を歩く結奈以外の女性メンバーの後ろからの視線が強いような気もするが…
「結奈さん…何を…。吉晴様、最低です。」
「吉晴さんはそんな人じゃないと信じています。で、でも…吉晴さんが望むのなら…い、いえ!何でもありません!!!」
「男は簡単よね~。でも…リュミに手をだしたら許さないわよ。」
「お、お前ら!?、いったい何のことだ!?な、なぁ!?」
『知りません!』
女心とは複雑だな~っとこの日改めて感じる吉晴君だったが…。
明日はMagic Lead始まって以来の最大の危機になることは誰にも判らなかった。
その日の夜から吉晴君達の護衛ルート上の深い森に、黒い雷雲が立ち込め、ある一ヶ所に集中して落雷が起きていた。そこにいたのは…
その夜。全ての生物に恐怖と言う感情を植え付けるのは容易いと思わせる咆哮が森中に響き渡り、この森はこの時をさかえに動植物の鳴き声は静まり返り、突風と鳴り止まない雷鳴だけが響いた。
ただ、奴が通った後には丸焦げの猛獣や…動けない小動物。さらには燃える樹木だけが残った。
ヤバそうなのが出てきました…。次回はいよいよ旅の始まりです。
あと、XM8で800m狙撃は可能なのか?と言うことは作者も不明です。何より情報が少ないからです…。突っ込まないでくれると有り難いです。今回もありがとうございました。




