ストーリー8
ミリバールの城下町を出て一時間……。
道具屋で買った世界地図を手に持ったエルマを先頭に、その後ろをディオスが続く形で、二人は道を歩いていた。道といっても、人工的に作られた歩道ではない。はじめのうちは整備された道路を歩いていたが、一時間歩いた今では、人工道などある気配もない。
というのも、今歩いている所は、緑濃い森の中だったからだ。
「む、これは一体……?」
エルマの後を歩きながら、ディオスはふと、生い茂る木々の太い幹にある物を見つけた。幹に絡みついているツルに、毒々しい色の大きなつぼみが幾つか付いている。おかしなことに、僅かに開いたつぼみの中から鋭利な棘のようなものが見えることに気が付いて、ディオスは呟いた。
「はは、まるで歯のようだ。植物のくせに、動物のような姿をしているのだな。……いや、そんなことより!」
ディオスは見たことのない植物に興味をそそられながらも、道なき道をズンズンと突き進むエルマに向かって声を張り上げた。
「ずっと思っていたのだが、貴様は何故こんな森深い場所を進んでおるのだ? 先ほどの人工道をそのまま歩いておれば良かっただろう!」
「いいのよ、これで。さっきの道を通るより、この森を通った方が次の町まで早く着けるのよ」
エルマがそう答えながら通り過ぎた木の幹の上で、先ほど見つけたのと同じ種類の植物が一瞬動いたような気がした。頭の隅では「止めたほうがいい」という声がするものの、興味の方が勝ったようだ。ディオスは、それに触ってみようと、ゆっくりと手を差し伸べていった。
その行動を横目で見ていたエルマが、何気なく口を開いた。
「あ、ちなみに、それ。近づかない方がいいわよ、魔物だから」
ディオスが「なに!?」と声を上げると同時に、そのつぼみがディオスの右手に襲いかかってきた。つぼみだと思っていたものが今やパックリと二つに開いていて、鋭い棘──いや、歯と呼んだ方が正しいかもしれない──を露わにしている。その姿は獲物に食らいつこうとしている肉食動物のようだ。
次の瞬間、つぼみの形をした魔物の口が勢いよく閉じられ、鋭い歯がぶつかり合う音が辺りに響いた。どうやらディオスは、間一髪のところで、魔物に手を食いちぎられる前に手を引っ込めることに成功したようだ。
「ふ~~……」
戦々恐々とした顔で、ディオスは安堵の溜息を漏らした。が、次の瞬間にはエルマに向かって喚いていた。
「おい、賊! そういうことは早く言わんか!?」
「この辺でちょっと休憩しましょ」
エルマは世界地図を折りたたむと、近くの子株に腰を下ろした。そして、ディオスを睨んだ。
「何であたしが怒鳴られなきゃいけないワケ? 『人喰い花』程度の魔物も知らないあんたが悪いんでしょーが」
「う゛……」
(『程度』ということは、誰でも知っていて当たり前ということなのか……!?)
確かにエルマの言うことは間違ってはいないかもしれない。一国の兵隊長がミリバール近辺に棲息している魔物を知らないのは致命的だからだ。だからといって、やられたままでいるのをディオスのプライドが許す訳がなかった。
「や、野蛮な貴様と違って、私は国育ちだからな! それに私の仕事は外の世界の魔物討伐ではなく、ミリバールに一歩でも足を踏み入れた敵を排除するのみだ! たった一匹の魔物を知らなくとも、どうということはない!」
胸を張って言い切ったディオスを見て、エルマは呆れたように溜息をついた。
「あんたねえ……。そんなこと、ミリバールを出たら通用しないわよ? 魔物のことを知っておくのは、その魔物をどうやって倒すかの戦略を練る『兵隊長さん』の務めだと思うけど。魔物学は? 兵士のトップにある者として、一応は修めてるんでしょー!?」
ディオスが一を言えば、エルマは十を返す。そのことを心の底から痛感したディオスは、悔しそうに喉から声を絞り出した。
「ぐぐぐぐ……。わ、私は、剣の実力のみで王様に引き上げられたのだ……今の兵隊長の座にな」
「あらら……。あんた、典型的な脳筋タイプなのね~」
「うるさい! 王様は私が勤勉な性格であることをお知りになった上でのご裁断だ!」
「ふーん? じゃあミリバールの王サマは、ディオス隊長が今は知らないことが多くても、勉学を怠るはずがない……とお考えってことよね」
「ふ……ふん、その通りだ!」
ディオスのその言葉を聞いて、エルマはニンマリと笑った。
「ということは、今からあんたに世界のことを教えてあげるって言ったら、素直に聞いてくれるのよね? 世の中のことに無知なあんたとこのまま旅を続けてくの、なんか不安なんだもの」
「なに! 賊からモノを教わる!? 賊に教えを乞うなど、騎士として、そんな情けないことができるか! 賊め、馬鹿も休み休みに……」
「でも、王サマに勤勉だと認められているのに、学ぶことを放棄するワケにはいかないものね~~。例え、教えを乞う相手が盗賊であっても」
エルマに人差し指を向けて怒鳴っていたディオスだったが、エルマの言葉にピタッと動きを止めた。悔しいがエルマの言うことも一理あると思ったのだろう、怒りで震える人差し指をゆっくりと下ろした。
「貴様……この任務を終えてミリバールに帰った時は覚悟しておけ! 今はミリバール王、そして国の平穏のために、貴様の言うことを大人しく聞いてやるのだからな!」
「よろしい」
エルマが満足そうに口元を曲げると、今でも十分怒りで歪んでいたディオスの顔がさらに歪んだのは言うまでもない。
「まずは、この世界が三つから成り立っていることから説明してあげるわ。この世の成り立ちについて知ってる人間は意外と少ないのよね」
エルマがそう話し始めると、ディオスが不服ながらも近くの地面に腰を下ろした。
「天上界、魔界、そして人間界。この世界は三つから構成されてるの。そして、その世界を管理・支配してる神様もいてね──それぞれ天王、魔王、人間王というのよ。世界がまだひとつだった時、三人の神様は話し合って世界を三つに分けたの。人間界の領域は地、天上界の領域は天、魔界の領域はどちらにも属さない暗黒の闇……といった具合にね。神様たちは自分の治める領域に、それぞれ生き物を造ったわ。……とまあ、それまでは良かったんだけど……ここからが、人間界に住む私たち人間や他の生き物たちにとって大問題! 魔王の造った魔界の住人たちが、人間界に侵入し始めちゃったの。魔界の住人が人間界に進出し始めたのが何百年、何千年前とも言われてるけど、そいつらはこの人間界でどんどん数を増やしていって──結局人間界に住みついちゃったのが、あんたがさっき見たような『魔物』と呼ばれてるモノなのよ。魔物の中には、人間界の生き物と交わって生まれた、新しい種類の魔物も出てきてるみたいね。だから、あんたがさっき手を噛まれそうになった『人喰い花』のような、地上の生き物に似た魔物がいるんだけど。
まあ、今の話は伝説に過ぎないんだケドね。でも、魔物が人間や他の生き物たちに危害を加えているのは火を見るよりも明らかよね。それに魔物が私たちの敵であるということも。だから、魔物がはびこっている町の外じゃ油断しちゃダメなのよ。まあ、町の中にいても、たまに魔物が襲ってくることはあるんだけどね。
ふ~~……一気に喋っちゃったけど、分かった?」
エルマはひと呼吸つくと、ディオスを見た。
「……天王なるものが人間界を、いや違う……人間界は魔王が…………ボンッ」
エルマの話についていけなかったらしい。頭の回路がショートしたようで、ディオスの両耳から煙がもくもくと立ち上る。
エルマは呆れた様子で溜息をついた。
「……人の頭から煙が立つのを見るの、初めてだわ。あんた、これしきのことでこの有様? 剣の実力だけで兵隊長になったっていうのも頷けるわね……」
エルマに馬鹿にされたことで、即座に頭のスイッチが切り替わったのだろう。ディオスは唾を飛ばして、エルマに抗議した。
「や、やかましい! 貴様がよく分からない話をするからであろう!? 大体なんなのだ、神や天上界、魔界などと……そんなのは子供にするおとぎ話ではないのか?」
「おとぎ話なんかじゃないわ、これは!」
意外にもエルマがムキになったので、ディオスは少し驚いた。世界が三つあることや、神様がいることなど、金の亡者であるエルマが本気で信じている内容には思えなかったからだ。
エルマ自身もムキになってしまったことに気付いて、言い直した。
「とにかく! つまりは、魔物に油断しないでってことよ!」
「む、そうか」
ディオスは「なら、初めからそれだけを言ってくれれば良かったではないか」と付け加えそうになったが、エルマにまた反撃されそうなので、何とか言葉を押しとどめた。代わりに、ある疑問が頭に浮かんだ。
(そういえば、この賊はどうして、神やら天上界やら、そんな小難しいことを知っているのだ──?)
しかし、ディオスがそれを訊ねることはなかった。エルマが休憩は終わりと言わんばかりに立ち上がった瞬間、二人の目の前に、何かが急に飛び出してきたからだ。
緑濃く茂った草陰から飛び出してきたのは──二匹の子ギツネだった。いや、そんな可愛いものではない。子ギツネのようなものだ、と表現した方がいいかもしれない。
口から溢れ出るほど長く鋭いその歯を、美味しそうな獲物に向かって見せびらかしているからだ。二匹の魔物は剥き出した歯の奥から唸り声を出しながら、威嚇している。
突然の魔物の出現に、さすがのディオスも俊敏に反応した。横に置いていたブレードを掴み、鞘を抜く。
「『あばれギツネ』ね! ほら、あんたの得意分野よ。頭が痛くなるようなお勉強じゃなく!」
エルマもそう声をかけると、腰から短剣を抜いた。
※初めての敵襲だ! さあ、どうする!? それぞれ一つずつ選んでください
・エルマ
①短剣で切りつける
②道具袋を見る
③逃げる
・ディオス
①ブレードでたたかう
②気合いを入れる
③逃げる