ストーリー1
※プレイヤーの選択:②エルマ・サーレット
カツーン カツーン カツーン……
一定のリズムが石畳の床に響く。やがて、暗闇だった空間に明かりが灯った。
どうやらここは地下道らしく、地上の光が差し込むような窓は一つもない。慣れていない人間ならば、この地下道に数十分いただけでも息苦しく感じるだろう。
その薄暗い石造りの廊下を、灯りを持った一人の兵士が歩いていく。廊下の両脇には頑丈そうな錠が掛けられた鉄の扉が、廊下のずっと奥まで、一定間隔で続いている。
兵士は扉の前に来ると、ちゃんと錠は掛かっているか、また扉の中に侵入された形跡はないかを確認しながら進んでいる。彼はこれらの部屋の監視を任されているのだ。
とりわけ頑丈な扉の確認を終えると、兵士は次の扉へと歩いて行った。兵士が去ってからしばらくの間、静寂が辺りを覆う。
しかし、それは石が擦れるような音によって破られた。
天井の板石が一枚だけ動き、人ひとりがようやく通ることができそうな隙間が天井にぽっかりとできたのだ。
その隙間の中から、青い布が垂れて出てきた。いや、それは青いバンダナを頭に巻いた女だった。女は首を天井の隙間から出し、逆さまになって辺りを窺っている。
「見回りの兵士は行ったようね……」
女はそう呟くと、天井の隙間から体を滑り出し、そのまま石畳の床の上に軽やかに着地した。
服に付いていた埃を軽く叩いて落とすこの女は、スラリとした華奢な手足を持っていて、顔立ちは端整だ。やや猫目な大きな瞳とふっくらとした唇が、人に小悪魔的な印象を与えるのは間違いない。
髪は「仕事」をしやすいように、バンダナの中に入れているようだ。そのバンダナの布の端が腰の辺りまで長く伸びている──これが、この女盗賊の最大の特徴だ。
女は無駄な動き一切なく、扉のひとつに駆け寄った。先ほど見回りの兵士が確認したばかりの、他の扉よりも重々しい扉だ。
「さ~てと、鍵開けこそ私の腕の見せどころよ」
女は得意げに微笑むと、腰に提げている革のポーチから何か細長い物を取り出した。──一本の針金だ。それを頑丈そうな錠前の鍵穴に差し込み、少し動かすと、錠はカチッと鈍い音を鳴らして開いた。
「……は?」
女は少しの間、呆然とした様子で手元に転がる錠前を見ていた。
「何よ、こんな簡単に盗める仕事だったの? 盗賊界のプリンセス、エルマさんを舐めてるわねー……」
女盗賊エルマは少し釈然としない様子だったが、やがて溜息をついて気を取り直した。まだやるべきことは残っている。
エルマは足元に錠を置くと、目の前の扉に両手を当てた。女の身には分厚い扉は重く、部屋の中に身をすべり込ませるほどの隙間ができるまで、かなりの時間がかかった。
だが幸運にも、その間も巡回中の兵士が戻ってくることはなく、無事に部屋の中に入ることができたのだった。
部屋の中に忍び込んだエルマは、部屋の中を見渡した。石造りの部屋は空気がよどんでいて、息が詰まるほどだ。
しかしエルマにとって、そんなことはもはやどうでも良かった。
「こ、これだわ……」
エルマはうっとりと何かを見つめる。それは、部屋の中央にポツンと置かれた宝箱だった。その宝箱は金銀と宝玉がふんだんに使われていて、まさにその箱自体が宝物のようにも見える。
「宝箱でこれほど素敵なら、中身はさぞかし豪華なんでしょうね~。さあ、お宝にお目見えお目見え」
エルマは含み笑いをすると、そっと宝箱の蓋に手を掛けた──その時だった。
二メートル四方の大きさの檻が天井から降ってきて、冷たい石の床に大きな音を立てて落ちた。
「しまった!!」
エルマは素早く檻のもとに駆け寄って、体当たりしてみた。が、鉄の檻はビクともしない。エルマは宝箱共々、檻の中に閉じ込められてしまったのだ。
廊下中にけたたましいベルの音が鳴り響く。檻の仕掛けが解かれたことで、侵入者を知らせる警報器が作動したのだろう。エルマはそれを聞いて、信じられないといった表情で天井を見上げた。
「何で!? 警報器の仕掛けは解除しておいたのにっ……!」
「なんだ、なんだ!? 何者かが宝物庫に侵入したらしいぞ!」
にわかに外の廊下がやかましくなった。大勢の足音と明かりが徐々に近づいてきて、遂には部屋の前までやって来たようだ。重い扉が数人の兵士によって開けられると、剣や槍を構えた兵士たちが次々と部屋の中になだれ込んできた。
「侵入者発見!」
檻の中のエルマを最初に見つけた兵士がそう叫ぶと、残りの兵士たちが檻を囲んで武器を向けた。どんな凄腕の盗賊でも、この状況ではもう逃げられないだろう。
「あっちゃ~~」
エルマはこめかみを抑えながら、溜息をつく──いかにも面倒なことになったと言わんばかりに。
「侵入者は押さえたか!?」
怒鳴り声が聞こえたかと思うと、檻を囲む兵士たちの後ろから一人の大男が現れた。その男は他の兵士と同じ鎧兜を纏っているが、胸に付けた徽章が他の兵士とは異なる立場であることを示している。
「ディオス隊長! 侵入者はこの女のようです!」
現れた男に向かって、兵士の一人がそう叫ぶ。徽章を付けた男は、どうやら兵士たちの長である隊長らしい。まだ若いようだが、大の男でも振り回すのが困難な大剣、ブレードを片手で軽々と持っているところからすると腕は立つようだ。
隊長ディオスは得意げな様子で檻の前に立つと、中に閉じ込められたエルマを見下ろした。
「バカなやつだ、宝石に目がくらんだか。この部屋だけは厳重に警備しなければいけないからな、宝箱に触れると檻が落ちてくるように仕組んでおいたのだ。それと同時に警報器も鳴るようにしてな。それに気づかず、まんまと罠にはまるとは……袋の中のネズミとはまさにこのことだな」
あっはっはっは、とディオスが大きな声で笑った。笑う度に太い眉が目の上で踊り、鼻の穴は愉快そうに大きく広がっている。まんまと罠にかかってくれたエルマを馬鹿にしているのは確実だ。
登場するなり自分を馬鹿にする男にカチンときたのだろう。檻の中に閉じ込められ、兵士に囲まれた圧倒的不利な状況であるにも関わらず、エルマは負けじと吐き捨てるように言い返した。しかも、この上なく嫌味たっぷりに。
「バカはあんたよ」
エルマは目の前の大男を睨みつけると、腰に提げた革のポーチに手を突っ込んだ。そこから取り出したのは、直径五センチほどの白い球体だ。それを地面に思いっきり叩きつける──
すると、真っ二つに割れた球体の中から、七色の煙が上り始めた。初めは檻の中を覆う程度だったが、色とりどりの煙は徐々に部屋全体を広がっていく。
「なっ、何だこれはっ!?」
「う……うわあああ! なんだ、これ!? 目に滲みるぞ!?」
「ごほっ、ごほっ! こ、これは……むせる!」
「こっちなんか、肌にじんましんが出てきたあぁあぁ」
煙を吸った兵士たちはもんどりを打つように、バタバタと倒れ込んでいく。涙が止まらない者、咳が止まらない者、肌が痒くなる者、鼻水が滝のように流れる者、嘔吐する者、耳鳴りが酷い者、果ては幻覚を見ている者さえもいるようだ。
油断していた部下たちとは違い、ディオスは咄嗟に片手で口と鼻を覆っていたため無事なようだ。だが、それぞれ違う症状で苦しむ兵士たちを見て、ディオスは訳がわからなかった。
「この煙を吸って皆がこうなっているのは確かなのだが、何故こうも症状が違う!? ……ん?」
その時、ディオスの目に七色に輝く煙が映った。それを見て、何かを思いついたようだ。
「そうか! 七色……それぞれの色によって引き起こす症状が違うのだ!」
そのまま後ろを振り返り、口を押さえたままで叫ぶ。
「鎮まらんか、お前ら!! まだ動ける者は口と鼻に布を巻け……吸い込んだ色の種類が少なければ少ないほど、被害が少なくて済む! これは、あの賊の策略だ! こちらが混乱している間に敵が何かを仕掛けてくるぞ!!」
ディオスは腕の部分の衣服を破ると、口と鼻を覆うように巻きつけた。まだ動ける兵士たちはそれに倣い始めた。
「ふっふっふ……! そのような小細工、我らディオス隊に通用すると思ったか!」
ディオスは自信満々な様子で、ブレードを構えた。まだ動ける兵士たちも、剣や槍を構える。
「やけに静かだな!? 我々の力に恐れをなして、何も言えなくなってしまったようだな」
ディオスたちは武器を構えながら、じりじりと檻の方に近づいていく。こうしている間にも、部屋に充満していた煙が徐々に薄らいできたようだ。煙で見えなかった檻の鉄格子が見え、檻の中の宝箱も見え始めた。
「さあ、賊め。おとなしく観念し……」
ディオスの言葉はそこで止まった。完全に煙が晴れたのに、盗賊エルマの姿が檻の中のどこにも無かったからだ。檻の中には、開かれた宝箱だけが残されている。
「た、隊長~~! やつは、ここから抜け出したようです……」
一人の兵士がディオスの立つ反対側で檻を指している。
ディオスが駆けつけると、なんと鉄格子の二、三本がスパッと切り取られている。格子は太い上、鉄で作られているのに、まるで野菜を切ったかのように鮮やかな切り口だ。格子が二、三本ないだけでも、人ひとりくらいなら軽々と抜け出せる大きさだ。
それを見たディオスはというと、何も言わずにワナワナと震えている。その雰囲気に耐え兼ねた兵士の一人が、恐る恐る口を開いた。
「た、隊長……。どうやらあの女は、既に逃げてしまったようで……」
「そんなことは分かっている! さっさとあの賊を捕まえに行かんか~~っ!」
「ひゃっ!」
ディオスに怒鳴り声に驚いた兵士たちは、一斉に飛び上がった。そして蜘蛛の子を散らすように、部屋から飛び出して行く。
部下たちがいなくなり静かになった部屋の中には、ディオスと穴の開いた檻と宝箱だけが取り残された。ディオスは開かれた宝箱を見遣ると、ギリギリと歯を食いしばった。
「おのれ、賊……宝箱の中身だけでなく、宝箱の装飾品までをも奪っていきおって~~! この隊長ディオス・アルヴィト、ここまで舐められたことは無いっ!!」
ディオスは鼻息荒く立ち上がると、ブレードを握りしめて部屋を出て行った。
「ったく、ほーんとバカな連中よね。付き合ってらんないわ!」
ブツブツと言いながら石造りの廊下を走っているのはエルマだ。走りながら、顔を覆っていたマスクを取り外すとポーチの中に押し込んだ。続いて左手の中指に嵌めていたリングを外そうと、左手を顔の前に掲げる。
リングからは、腕一本分くらいの長さの透明の糸がすーっと伸びている。キラキラと輝いているのは、ダイヤモンドさえも切れる証だ。──まあ、宝石を愛するエルマがダイヤモンドを切る愚行を起こすはずがないが。
「良かったわぁ~、高かったけど、これ用意しといて。鉄製の檻さえもスパスパッと、切れ味バツグン!」
エルマは満足そうにニッコリと微笑んだ。檻から脱出できたことよりも、リングがその代償を無事果たしたことに安心しているようだ。
リングを腰のポーチにしまい込むと、お次は大事に抱えていた布の袋の中身を確かめた。中には宝箱の中身──金の王冠だけでなく、宝箱自体を装飾していた金銀や宝玉の山が入っている。走る度に袋の中身がジャラジャラと音を立てるのを、エルマはこの上なく幸福そうに聞いていた。
「うっふっふ~♪ なんて良い響きかしら」
檻から脱出する前、エルマは宝箱の中身をきちんと「拝借」するのを忘れなかった。そして、もちろん宝箱自体も。
「本当は宝箱ごと失敬したかったんだけど、地面にくっついて取れなかったのだけが口惜しいわ……! だから仕方なく宝箱に付いてた装飾は頂いたんだけど、やっぱり価値は下がるわよねー。まあ、時間も無かったし仕方ないんだけど」
エルマは若干不満そうに呟いたが、宝箱から大量の装飾を剥ぎ取るだけでも相応の時間と手間が必要なはずである。ディオス隊長があれほど怒り狂っていたのも、脱出する「ついで」に宝を奪われた──しかも、抜け目なく宝箱の装飾品までもだ──からだ。煙で見えなかったとはいえ、自分の目の前で堂々と。
しかし、エルマはそれを難なくこなし、さらに大勢に囲まれた檻から脱出したのは、さすがは自称「盗賊界のプリンセス」といったところだろう。
「これで『頼まれたこと』は終わったんだし、さっさと帰ろ……。いつもだったらめぼしいモノも頂いちゃうんだけど、さっきのバカ男のせいで疲れたから今日は遊んでいられな…………!!」
言葉が終わらないうちに、エルマは身を翻した。青いバンダナも体の動きに合わせてひらっと舞う。
エルマが石の地面に着地したと同時に、エルマの走ってきた方向にナイフがカランカランと音を立てて滑っていった。
エルマはナイフが投げられた方向──前面だ──をキッと睨んだ。
「ちょっとぉ、あんな物騒なモノ投げるなんて危ないじゃない! 私の顔に傷でも付けたら、高くつくわよ!?」
エルマの視線の先には、一人の兵士が立っていた。エルマの逃亡を防ぐために、違う道をショートカットして先回りしたようだ。ちなみに他の兵士たちはまだエルマに追いついていないので、廊下にはエルマとこの追っ手の二人きりだ。
「さっきの煙幕だけど……うちのノロマな男共は騙せても、あたしは騙せないよ」
追っ手は美しい女だった。他の兵士のように鎧や兜は身につけておらず、比較的身軽な装備だ。手に細長い剣を携えているところからすると、女剣士か。ウェーブのかかった黒髪が背中の辺りまで伸び、スラッとした姿によく似合っている。
「お前が解除しておいた警報器は、その後あたしがセットし直しといたんだ。あのバカな隊長は、お前が解除したことさえ気づいてなかったようだけどね」
女剣士は剣を鞘から抜きながら、ゆっくりと話した。
(……仲間からもバカ呼ばわりされる隊長ってどうなの?)
それを聞いたエルマは、心の中でツッコミながらも冷静に答えた。
「へえ……あれ、あなたのおかげだったの。結構驚いたわよ」
女剣士はエルマ以外の何も見えていないようだ。顔の前に細身の剣バスタードソードを垂直に掲げ、その刀身に凛とした美しい顔が映っている。
その顔を見て、エルマは相手の実力の高さを見て取った。エルマも腰に下げていた鞘からダガーを抜く。
(ふーん……さっきの連中よりかは、やり手のようね。私の自慢の七色爆弾をかいくぐるなんてさ……それに、先回りして待ち伏せだなんて)
「……あたしを倒さない限り、ここから先は通れないよ。かかってきな」
女剣士は静かにそう告げた。エルマはニヤリと笑うと、ダガーを体の横に構える。
二人の女はお互いの距離を測っているようだ。にらみ合ったまま、じりじりと間合いを詰める。次の瞬間、糸がぷつっと切れたかのように、女剣士の方が先に仕掛けた。
「やああああっ!」
エルマに向かってきたかと思うと──いつの間にか、エルマの前でバスタードソードを掲げている。電光石火の速さだ。
「──くっ!」
石造りの廊下に、刃と刃がぶつかり合う音が響く。
「良い反応だ。寸止めしようと思ったのに、受け止めるとはね。あたしの剣を受け止めることができたのは、この城でお前が初めてだよ」
エルマは間一髪、ダガーで女剣士の刃を受け止めていた。──が、力の差は圧倒的だ。力負けしたエルマの手から、ダガーが滑り落ちる。
だが、エルマも油断はしていない。地面に落ちる前にダガーの柄をさっと掴み、後ろに飛んで女剣士から距離を取る。
(……この女……強い!)
エルマはダガーを持つ腕がジンジンと痺れているのを感じながら、女剣士を睨んだ。女剣士はというと、剣を一度振り回し、もう一度構えの姿勢を取っている。
(こんな素早く動く剣士、初めて見たわ……。素早さで勝つのは盗賊の専売特許なのに)
エルマは盗賊だ。相手が同じ女とはいえ、剣士とまともにやり合おうなどとは思っていなかった。攻撃をかわすことができるのならば、もちろんエルマはかわすつもりでいたのだ。……つまり、ダガーで相手の剣を受け止めたのは、避ける暇がなかったからだ。
心の中で舌打ちをしてから、エルマはこれからどうするかを考えた。その間も、女剣士はこちらの動きを測っている。隙あらばもう一度攻撃を仕掛けてくる様子だ。
(七色爆弾をもう一度使って逃げられるかしら……!? この女には効かないかもしれないけど……こうなったらもう、イチかバチかよ!)
エルマは腰のポーチにそろりと手を伸ばす。
しかし、女剣士はそれを見逃さなかった。エルマの方に踏み出そうと、足に力を込める──
「そこまでじゃ!」
相対する二人は驚いて、声の方を振り向いた。
廊下の向こうから、一人の小柄な老人がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。やせ細っているが、高貴な雰囲気が一挙一動から漂っている。
「お……王様!? な、なぜ、王様がこのような場所に!?」
驚く女剣士に向かって、老人──この城の主は片手を挙げて制した。それを見た女剣士はエルマを一瞥すると、剣を鞘に収めた。そして、王の足元にひざまずく。
「ご苦労じゃったな、エルマ。これで『腕試し』は終わりじゃ」
王はエルマに向かってそう語りかけると、エルマは慌てた様子で老人の前に駆け寄った。
「ちょ……ちょっと止めるの、早すぎない? 話では、国宝を盗んでから追っ手をまくまで、だったでしょ! まだ最後の追っ手をまいてないわ。私の見せ所はこれからなのよ!」
何とか説得させようと必死なエルマを、王は面白そうに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ。そんなに焦らずともよいぞ、エルマ。お前たちの闘う様子を向こうから見ておったんじゃがのう……このままでは二人ともただの怪我ではすまなさそうじゃったからな。つい、止めてしもうたんじゃ。つまり……審査は合格じゃ」
「ホント!? 大好きっ、ミリバールの王サマ♪」
エルマはパッと顔を輝かすと、王の首に飛びつく。エルマに抱きつかれた王はまんざらでもない様子だ。
「ふぉっふぉっふぉ! この年にもなって、若いオナゴに抱きつかれるとは思わなんだ。わしもまだまだ捨てたもんじゃないのう!」
その一部始終を見ていた女剣士は、明らかに困惑している。自らが仕える主人とその主人の宝物庫に侵入した盗賊を、交互に見比べている。
「どういうことなのですか、王様!」
「おう、おう。落ち着きなさい、クリス。このことは全て、王座に戻って話そう。ディオス隊長も含めてな」
*****
「……ということは、王様はこの賊を審査するために、わざとこの賊に宝物庫を開けさせ、それを阻止しようとする我々と対決させた……というわけなんですか!?」
ここは、ミリバールの国王ミリバール11世の王座がある謁見の間。王座に座るミリバール王の前に、三人がひざまずいている──エルマに、女剣士クリス、そして二人の間に隊長ディオスだ。
謁見の間に来るようにとの伝言を受け、ディオスは驚いたようだった。だが呼ばれて行ってみると、さらに驚いた。クリスはともかく、つい先ほど、自分が捕えようとしていた盗賊が王の前にいたからだ。
その上、信じられないような説明をミリバール王から受けたディオスは、思わずその場を立ち上がって叫んだのだ。だが、王は平然と答える。
「そうじゃよ、ディオス隊長」
「なにゆえ、そのようなことを……!?」
声を大にして問うディオスの隣で、エルマが眉間を寄せながら呟く。
「うるさい男ね~……男なら黙って聞きなさいよ」
エルマのその言葉は、その「うるさい男」の耳にももちろん入ったらしい。
「なんだと~~~~!! 卑しい賊にそのように言われる筋合いは無……」
ミリバール王が片手を挙げたのを見て、ディオスはピタッと口をつぐんだ。そして、素早くひざまずき、頭を垂れる。
「……王様! 御前での無礼……どうかお許しください!」
「まあ、そのように硬くなる必要もあるまい。こんな老人の戯言じゃ、各々楽にするがよい」
ミリバール王はそう言うと、一息入れてから再び口を開いた。
「ディオス隊長、それにクリスよ。説明もなくこのようなことになって、さぞ驚いたことじゃろう。しかし、わしがこうしたのには理由がある。
二人とも、北の大国プリュードが近年勢力を拡大しているのは知っているじゃろう……。わしは信じたくはないのじゃが……このミリバールに攻め入るという情報をある筋から手に入れたのじゃ」
「なんですと!?」「なんですって!?」
ディオスとクリスが驚きの声を上げた。王は目を伏せると、静かにこう言った。
「もしプリュードの侵略が始まれば、わしはミリバールを守るために軍を動かさなければならぬ。我がミリバールは自衛のみの小さな軍しか持っていないからな、必然的に国民も兵士として働いてもらわなければならなくなる。わしは国同士の戦争に、無関係な国民を巻き込みたくないのじゃ……。それは理解してくれるな? 二人とも」
「はっ! 無論であります!」
ディオスとクリスは揃って頭を下げる。王は目を開けると、力強い瞳で語り始めた。
「そこでじゃ……、わしは戦争が起こるのを何としても防がなければならない。じゃが、こちらがプリュードの企てを知ってしまったことも、それに対抗するために何か策を練っていることも、プリュードに勘付かれてはならぬ。先方は神経をとがらしているじゃろうしな……たちまちに戦争が勃発してしまうじゃろう。だからこそ、第三者の存在であるエルマの力を借りることにしたのじゃ」
そこでミリバール王はエルマの方を見て微笑んだ。
「しっしかし王様! このような賊に頼むようなことなど、何があるというのですか? 相手は卑しい盗賊……犯罪者ですぞ!?」
ディオスはかなりの「盗賊起用反対派」らしく、隣のエルマをビシッと指差した。ディオスに指を突きつけられ、エルマは鬱陶しそうにディオスを睨む。
「ほう、ディオス隊長」
その時、ミリバール王が目を細めてディオスを見た。
「一国の王が盗賊の力を借りるのは、もってのほか……と言いたいのじゃな?」
真剣な眼差しに射られたディオスは、たじろぎながらも続けた。
「い……いえ、私はただ騎士道精神に反すると申し上げたいだけで……そもそも騎士道の『十戒』第8か条には正義が掲げられており、正義とは人が従うべき正しき道理のことであって……ごにょごにょ」
説明する間もミリバール王の視線は容赦なくディオスに突き刺さっていた。そのためか、ディオスの言葉は尻すぼみになっていき、結局最後まで言い切ることができずに終わってしまった。
謁見の間にしばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはミリバール王の快活な笑い声だった。
「ふぉっふぉっふぉ! 人が従うべき正しき道理、か。まだまだ若いのう、ディオス隊長!」
(王の意に歯向かえば極刑王の意に歯向かえば極刑王の意に歯向かえば極刑)
「王の意に歯向かえば極刑……え?」
心の中の声が口から漏れ始めた時、ディオスは王の意外な反応に間抜けな声を出した。一国に君臨する王の意見に歯向うのは死に値することだと思っていたディオスにとって、まさか王が笑うなどとは思ってもみなかったのだ。
さらに展開は、ディオスが思ってもいなかった方向に進んでいく。ミリバール王はさも楽しそうに、ディオスに語りかける。
「では、ディオス隊長に問おう。お主が信ずる『正義』とは、一体なんじゃ?」
「わ、私が信じる『正義』ですか……?」
「そうじゃ。このミリバールの隊長として、自分の正義を持っているじゃろう?」
ディオスは唾をゴクリと飲み込むと、迷うことなく答える。
「それはもちろん──悪しき者から王様と弱き人々を守るのが私の務め、私の正義であります! そして人の命に危害を加える魔物同様、略奪行為を働く盗賊も悪しき者の一人です!」
ディオスの答えに王は頷くでも首を振るわけでもなく、ただ笑みを浮かべてこう言った。
「それが、今のお主の答えなのじゃな。わしの若い頃にそっくりじゃ」
「王様のお若い頃と似ているなど……私めには恐れ多いお言葉でございます」
「いやいや、本当にそうなのじゃ。そっくり過ぎて、ディオス隊長を見ていると足の裏がむず痒くなるほどじゃよ」
「はっ?」
「ふぉっふぉ、何でもあるまいて。──ところで、ディオス隊長。わしは今のと同じ問いを、いつかまたお主にしようと思うのじゃ。その時はまた教えてくれ。さすればわしの『正義』が何なのか、その時に打ち明けよう」
「はあ……」
ディオスはよく分からないといった表情をしながらも頷く。
「さて、話を戻すことにしよう」
ミリバール王は仕切り直すと、話題を戻した。
「盗賊であるエルマに力を借りたいのは、盗賊が盗みのプロであるだけでなく、スパイのプロでもあるからじゃ。つまり……エルマには先方に気づかれないよう、プリュードの内政を内密に調べてきてほしいと思っておる。それに、我が国民にも気づかれないようにな。プリュードとの関係が怪しいと悟られては、国内に混乱を招いてしまうからのう。長く大変な旅になるじゃろうが、この報酬は成功したときに授けよう──お主の求める分だけの報酬をじゃ。……やってくれるな、エルマよ?」
エルマは待ってましたとばかりに、はりきって声を上げる。
「ええ、もちろんっ! 高報酬をもらえるのなら、どんなに遠い国でもどんなに危険なご依頼でも受けるわよ♪」
その時、ただでさえ人を寄せ付けない顔をしているのに、さらに険しい顔をしたディオスがエルマの方を振り向いた。
「貴様! さっきから気になっていたが、王様に対してなんと無礼な態度ではないか!?」
「あー、うるさーい」
「うるさいとは何だ! うるさいとは!?」
そんなやかましいやり取りを始めた二人を尻目に、それまで寡黙に話を聞いていた女剣士クリスが口を開いた。
「王様……私には気になることがあるのですが」
「なんじゃ、クリス? 申してみよ」
「先ほどの審査で本当に腕が立つかを確かめられたとはいえ、なにゆえ彼女を選ばれたのですか? グレイ一家やサルヴァー・ジューリなど、世に名高い盗賊は他にもいます。盗賊に国事に関わる重要な依頼をするのであれば、彼らのような人物に頼むのが筋だと思うのですが……」
「さすがじゃのう。クリス、お主は剣の腕が立つだけでなく、頭も切れる」
それまでうるさくしていたエルマとディオスは、王とクリスのやり取りを聞いてピタリと静かになった。エルマはクリスが他の盗賊の名前を挙げた発言に、ディオスは同僚を褒める王の発言に不満を抱いて。
「確かにクリスの言うとおりではあるんじゃが……実は、わしの旧友にとある盗賊がいてのう。奴に今回のことを話したら、奴はエルマを推してきたんじゃよ。エルマは若いオナゴではあるんじゃが、盗賊界で名をあげてきているようじゃ。それにわしは、昔と変わらぬ付き合いをしてくれる奴、それにこのエルマを信じておるからのう。エルマならきっとやり遂げてくれると思っておる」
ミリバール王がはっきりとそう言ったのを聞いて、エルマは嬉しそうに笑顔を王に向けた。そしてクリスとディオスは、王に盗賊の旧友がいることと、王がエルマをそこまで信頼していることを知って、心底驚いているようだ。
「クリスよ、わしの考えを分かってくれるかのう?」
王の問いに、クリスは「もちろんです」と深く頷いた。
「ですが、王様……。ディオス隊長と私をこの場にお呼びになったのは、何か理由がございますね? ただ彼女のことを紹介なさるためだけだとは思えません」
「ふっふっふ……クリスには隠し事ができんのう。肝心な話を先に突かれるとは」
ミリバール王はディオスとクリスの顔を交互に見ると、「肝心な話」を口にした。
「実はのう……ディオス隊長かクリスを、エルマの旅に同行させようと思っているのじゃ。エルマの護衛としてな」
『ええっ!?』
王座の前の三人は同時に叫んだ。
「なぜ、私たちがこの賊の護衛など……」
ディオスが隣を指差しながら訴えると、エルマも続いた。
「そうよ、王サマ! 私、護衛なんか無くていいわ! 一人の方が身軽だし……それに、こんな鈍臭い護衛なんか足手まといですわ~♪」
意地悪そうに微笑みながら、隣のディオスをチラリと横目で見る。エルマの反撃だ。
ディオスの反撃が始まる前に、王は言う。
「しかしのう……プリュード付近の町々は治安が悪いと聞く。それに、これは戦争を防げるかどうかの大事な仕事なのじゃ。皆の者よ、厄介事かもしれんがどうか理解してくれ」
王にそう言われて反論できる者など誰もいない。一応は納得したのだろう、三人は黙って聞いている。
「そういうわけで、じゃ。ディオスにクリス。どちらかにエルマの護衛に同行してもらいたいんじゃが……」
※次の二人のうちから、エルマの同行者を選んでください
①名前:ディオス・アルヴィト
性別:男
年齢:22
誕生日:11月23日
血液型:A
職業:戦士
身長:190cm
体重:75kg
特徴:ミリバール国の兵隊長。ミリバールは軍事国家ではないため少数軍の隊長ではあるが、この若さで軍のトップに上り詰めたのは相応の実力があるということだろう。騎士道を重んじ、礼節ある行動を心がけているが、見て分かるように「悪」や曲がったことが大嫌い。正義を信じて戦う、ブレード使い。
②名前:クリス・フォワード
性別:女
年齢:21
誕生日:???
血液型:B
職業:戦士
身長:168cm
体重:52kg
特徴:バスタードソードを操る冷静沈着な美女剣士。ディオス隊には所属しておらず、身辺警護のためにミリバール王が個人で雇っている王直属の近衛兵。出生について謎が多く、彼女の最大の理解者であるミリバール王だけがそれを知っている。素早い動きで敵を封じ、剣の腕はディオスにも劣らない。