序章02
*******
開かれた門の向こう側には、こちらとは違い過ぎるまた摩訶不思議な『光景』が目の前に広がっていた。
それを見るまであまり気には留めていなかったが、今までいた場所は『夜』だった。鬱蒼としていた森の樹々とそれに覆われた泉から差し込む光がなかったために気づかなかったが、よくよく思い起こせば『陽光』たる光が僅かにでも届いていれば少しばかり気づいていてもおかしくないのに。実際そんな風に考えている余裕すらなく、ただ少年についていくことしか出来なかった。
ようやく気づけたのは、今いる場所と後ろ手に少しずつ閉じていく門のあちら側の景色の比較が出来たからだ。いくらなんでも『暗闇』と『宵闇』の違いくらい判別出来る。
ここは、まぎれもない『真っ昼間』だからだ。
「さーてと、行きますか?」
「………ここ、本当に門の向こう側なのか?」
あまりにも違い過ぎた。
鬱蒼と取り囲んでいた樹々は影も形もなく、あるのは陽溜まりの『花畑』。
その花一つ一つが見たことがあるものやそうでないもの。季節問わずに視界を埋め尽くす程咲き誇っていた。ただし、自分達がいるところから一筋だけ『道』が伸びていた。舗装はされていない、乾いた土だけのもの。ずっと目だけで辿っていくとその先にぽつりと小さな黒い影が見えた。
凝らして見ると、なにかの建物だと言うことだけはわかった。
「あそこが僕らの工房だよ」
「こんなところに、あそこだけなのか?」
「見えてないだけで、他にもいっぱいあるよ。この花達はじい様達がずっと昔に連れてきたものやなにかの報酬でもらったものがほとんどで自生してたのは少ないけどね」
「こ、これのほとんどがか!?」
「驚いてばっかりで疲れない? 見てて飽きないけどさ」
『創珠、異界の方は皆いつも驚かれていますでしょう? あまりからかったりなさるのはおよしなさいな』
「はいはい。でも、この人面白いんだもの」
まるで新しいおもちゃを手に入れたように快活に笑う少年に、少しばかりまた苛立ちを覚えたが、慣れないと仕方ないなとどこかで諦めてもいた。
「ま、立ち話もなんだし。じい様待たせちゃってるから行きますか?」
「さっきから気になってたんだが、その『じい様』はお前の爺さんなのか?」
「そうだけど? 何だと思ったの?」
「いや…先に聞くが、『じい様』は『人間』…なんだよな?」
「当たり前じゃん。僕がそうなんだから、じい様も『人』だよ?」
当然のことだと言い張るが、少年の見た目からして『じい様』もまた異質な人物かもしれないと思ったのだ。
それは、確かに当たっていたのだとすぐにわかることになったが。
工房の入り口の側に『じい様』は立っていた。
わかったのは隣にいた少年が、
「ただいま、じい様っ。あれ、泉翠は?」
「彼なら茶菓子の準備をしてくれているよ。それよりも…そちらは今回の『依頼人』のようだけど、どうされたのかね?」
柔和な笑みを浮かべながらも、少年——蓮鳳の後ろで立ちすくんでいた青年は、『じい様』と呼ばれたこれまた青年と変わらない人物を見て唖然としたように口を開けていた。
『じい様』と呼ばれているからには、多少なりとも初老に行き着く年代には達しているだろうと思っていたのだが、青年の期待を裏切らず『じい様』もまた異質な人物だった。
歳の頃は30代手前くらい。
癖のない黒の長髪は女性かと見紛うくらい艶やかなもので、腰近くまで伸ばしているのを先端より少し上くらいで軽く束ねている。容姿もまたこれは女性とも見間違えるくらい穏やかなもので、体つきをよく見なければ絶対間違えているだろう。あとは服装が中国かペルーの民族衣装らしきもので『男性用』だと知っていたからなんとか判別出来たくらいだが。
それに、先に『じい様』の紹介がなければおそらく『美人』と間違えるところで、正直助かったのが大きい。
「…蓮鳳、またちゃんと説明せずにお連れしたのかな?」
「さっき聞かれた質問には答えたよ?」
「そうではなくて…仕方ないね。いつもの事でもあるし」
いつもなのかよ!
口にはしなかったが、突っ込みたいところだった。
「すみませんね、うちの愚孫が失礼なことをいたしまして」
「い、いえ。お、俺は」
「はじめまして。この工房初代の創珠を務めておりました、常盤と申します。今は仕事を蓮鳳達に継いでしまったので、しがない隠居の身ですが」
「はじめまして…え、貴方も彼みたいな仕事をですか?」
「随分前のことですがね…さ、ここで立ち話していたら時間が経ちますでしょうし、お茶でも飲みながらにしましょうか?」
『では、わたくしも戻りますね』
今まで蓮鳳の肩に止まっていたはずの月葉が、いつのまにか常盤のすぐ側で羽ばたいていた。彼女がそう言ったと同時に、いきなり彼女自身が発光し始めた。
あまりの光量に、目を瞑っても差し込んでくるその光の凄まじさは変わらなかった。程なくして落ち着いたところで、ようやく目を開けるとまた青年は唖然と口を開くことしか出来なかった。
「なっ…」
「お疲れさま、月葉」
「ただいま戻りました、我が君」
もう何を見ても驚くまいと決めかけていた決心が鈍りそうだった。見た目で判断してはいけないとよく言いはするが、『鳥が人に変化する』などと簡単に信じられるだろうか。
『禽』だった彼女の姿は、常盤より少し年下の金髪碧眼の女性へと変化していた。服も彼と似たような『女性用』のもので、並んでみるとまるで『恋人』かと疑いたいくらいお似合いだと思えた。
「もしかして…月葉のことも伝えていなかったようだね?」
「申し訳ありません、我が君。創珠——蓮鳳がずっとこの方とお話をされていたもので、なかなか口を挟めなかったのです」
「まったく…態と説明しなかったのかい?」
「だって、彼見てて本当に飽きないしー」
「そう言うところは、本当にあの子と似てるね」
「そうなの?」
「皆さん、お茶の準備が整いましたよー?」
入り口の扉が空き、また誰かが出てきた。蓮鳳よりもう少し幼い——だいたい12歳くらいの少年がこちらに顔を覗かせていた。彼を見て、またもや青年は疑いの念を抱いてしまった。
「き、君っ!」
「はい?」
いきなりの初対面の人物の問い掛けに、少年は翠色の大きな瞳をくりくりとさせたまま答えてくれた。
「き、君も、ツ、月葉さんみたいに、な、なんか違う姿に、なるのか?!」
「あれ? 主、この方に僕の『応龍』の事お教えされたのですか?」
さもありなんと至って普通に回答してきたので、青年はがっくりと肩を落としていた。
「教えてないよー? 多分、今月葉が戻ったからそう思ったんじゃない?」
「主…御人が悪いですよ」
「もう俺は疲れた……」
帰りたいが帰れないので、そう呟くしかなかったのだ。
続き遅くなりましたけど、頑張ります!
序章に随分時間掛けちゃいそうですが、溜まり過ぎたらまた改稿するしかないな…orz




