序章01
望月が満つる、月の中立の日。
導きは、蒼き尾を持つ白き禽。
行く手には泉に架けられた長い紅の橋。
岸辺に行き着けば見える荘厳な金色の門。
行かすは一度に限り、還すは己のが【依頼】果たすまで叶わず。
然れど、主は【依頼】を完遂出来ぬことはない。
すべては、ある『願い』を行き届かせるために。
その『願い』のために少年の姿の侭、『彼』はその『工房』に身を置いていた。自身のためと、自分についてきてくれる『彼等』のためにも。
*流血表現が出てくることもありますが、この段階ではまだありません。
しかし、殺傷沙汰ではないことは作者が責任を持って保証いたします。
誰が誰を信じ、
魂が魂を敬い、
礎が礎を疑わぬなら、
那は那こそが真となるであろう
『月樂詠麓記〜序〜』より抜粋
望月が満つる、月の中立の日。
導きは、蒼き尾を持つ白き禽。
行く手には泉に架けられた長い紅の橋。
岸辺に行き着けば見える荘厳な金色の門。
行かすは一度に限り、還すは己のが【依頼】果たすまで叶わず。
然れど、主は【依頼】を完遂出来ぬことはない。
すべては、ある『願い』を行き届かせるために。
********
「どこ…だよ、ここ」
たしか、ついさっきまで喫茶店のカウンターにいたはずだったのに。
目の前に映るのは、どう見ても森の樹々。
靴の裏に感じる感触も柔らかい草と土。
「…驚くのはまだ早いよ?」
さらに、隣にいたのは相席していた少年だった。
彼が自分に『何か』をしたとしか考えられなかった。
「そんな警戒心剥き出しにしないでよ。僕に【依頼】したのは、他でもない君なんだからね?」
「なんだって…?」
たしかにこの少年と喫茶店のマスターと交えて会話をしていた記憶はあったが、彼に———自分よりも年下の少年に【依頼】などした記憶はまったくなかった。
「嘘じゃないよ」
相も変わらず微笑みいを絶やさない表情の侭、少年は瞳だけを細めていた。
「まあ、正確には『君』だけじゃないんだけど…僕の『工房』に来てもらえば、その理由も明白になる」
「ねるぎお?」
「君達の言葉でなら、『工房』って言えばわかるかな?」
付いてくればわかるさ。
有無を言わせない含みのある言葉。笑顔なのに、なぜか威圧感を感じてしまう。下手に逆らわさせない畏怖のような感覚が全身を襲ってくる気さえしてきた。
「ああ、ごめん。いつもじい様に言われてるのに、どうも癖ついちゃってるな—」
自嘲気味た雰囲気に一変させた。
どっと、背中に冷や汗が吹き出てきた。
倒れなかっただけマシなのは、すでに足が堅まっていて動けなかったからだった。
「そんな状態にさせて言うのもなんだけど…とりあえず、ここに居たって仕方ないから行こうか? 歩ける?」
「……あ、あぁ…」
少年の言う通りだと、頷かざるを得なかった。
どのみち、ここに立っていただけでは何も解決しないのだから。
少しずつ脚の力が戻ったことを確認して、二人は森の中を歩き出した。
*******
「…なぁ、聞いてもいいか?」
「ん?」
「どうやって、『森』に来れたんだ?」
【依頼】はともかく、まずは現状を把握したかった。
「…そんなに難しい方法じゃないよ」
先を歩いているので表情まではわからないが、少年は楽しそうに答えてくれた。
「マスターに最後に出された『紅茶』、覚えてる?」
「……そーいや、なんか『サービス』って言われて出されたような」
それまではコーヒーを飲んでいたのに、この少年と三人で話している最中出されたような記憶がある。
『特別サービスですよ』
その後に、温めたミルクのようなポーションを添えられていたので、紅茶の苦手だった自分にはありがたかったから全部注いでしまったような気がする。
それなのに風味を損なわず、苦手なはずの紅茶を全部飲み干してしまったことも。
「あの紅茶になにか仕掛けでもあったのか?」
「ちょっと違うけど。美味しかったでしょ?」
「ああ、俺紅茶苦手だったけど、全部飲めたし…」
だからどうだと言うのだろうか?
くすくすと笑われると余計はぐらかされているようでだんだん腹が立ってくる。
「苦手な物を『美味しい』って思ってくれた瞬間が、君の『契約のサイン』なんだ。僕がその『サイン』を受け取ったら、自動的にここに連れてきてもらうようにマスターにお願いしてるだけだよ」
あのマスターに限って『マズい』ものなんて出さないけどね。
余程信頼しているらしい。たしかに、あのマスターは若いがそれなりの経験を積んでいると客同士の噂で聞いたことがあるし、少なからず常連である自分も彼の腕は信用していた。
「じゃあ…マスターも関係者なのか?」
「向こうとの仲介担当だけだけど。あそこのご飯は美味しいから、昔からそういう『契約』をしているんだ」
その言葉を最後に、少年は立ち止まった。
彼の視線の先を見遣ると、そこは森の出口だったらしい。
はじめは差し込む光量に目を当てられたが、慣れてくると次第に視界がクリアになってきた。
ひらけた場所にあったのは、湖と言うよりも少し大きい泉。
ひとつだけ違和感があるとすれば、その中央に樹で出来た紅い橋が架かっていた。
「なんだよ、あれ…」
光の正体は対岸に佇んでいた黄金色の門。
海外の遺跡にも似た意匠の門は、眩く輝きを放ちながらも荘厳さを兼ね備えていた。
少年とはまた違う、『畏敬』の存在を覚えてしまう程…美しかった。
「天承門」
なにか大きな生き物が羽ばたく音が聞こえてきた。
少年は頭上高く左腕を掲げ、甲高い口笛を吹いた。
ほどなくして、二人の目の前に蒼い尾を垂れ下げた白い鷺にも似た『鳥』が空から降下してきた。
「月葉、待たせたね」
少年が言うなり、『月葉』と呼ばれた鳥は彼の右腕に鉤爪を差し出した。よく見ると、彼の腕には予め鳥がとまれるくらいの厚みのあるベルトが巻き付いていた。そこにしっかりと固定させると、月葉は嬉しそうに頭を垂らした。
『おかえりなさいませ。我が君が既にご準備をなさっております』
女性のような声が頭に直接響いてきた。
しかし、不快を与えないような穏やかな声の御蔭で反応が一瞬遅れた。
「と、と、鳥が、しゃべったっ!?」
「鳥じゃないよ。禽だって、月葉は」
「イントネーションが違うだけだろっ。どう違うんだよ!!」
「字体も違うし、意味も変わるよ?」
「そこかよっ!?」
『創珠、依頼人が困ってしまわれておりますよ。それに、あまり悠長にしていられません。早く門を開けなければ、わたくし達も工房に帰れませんわ』
嗜めるような声がまた頭に響いた。
その声にはさすがに逆らえないらしい少年も、小さく息を吐きつつ頬を掻いた。
「…わかったよ。月葉困らせたら、後でじい様からの小言多くなるだけだしね」
『ふふっ。…わたくしが困らずとも我が君はきっとご存知だと思われますよ?』
「エーっ、また月葉を透視して観てるの!?」
『さて、それはどうでしょうか?』
「…ま、そうじゃなくてもなんでかバレてるみたいだけど。じゃ、行くよ?」
「あ、あぁ…」
たしかに、さっきの展開はまだ序の口だったかもしれない。
しかし、目の前の光景すらまだほんの障りだと言うことを後で知ることになった。
*******
橋を渡りきると、ますますその門の偉大さを見せつけられるようだった。
しかし、それでいてどこか包み込んでくれるような温かさを感じる。
「でけぇな…」
「まあ、この門創った人の趣味もあるんだけど。わざわざこんな立派なのにしなくてもいいのにね」
「…君じゃないのか?」
「まさか。今の僕じゃこんな壮大なモノ…創ることは出来ても維持するのがしんどいよ」
言い終わらないうちに、少年は月葉が乗ったままの右腕を門の方に突き出した。
「我…汝を産み出す者の近しき存在」
『我は、彼の者よりも汝を識る存在』
同時に呟いた言葉を機に、少年と月葉の周囲から強い風が生じた。
「礎は導かれた。我は彼の者を基とし、『契約』を担おう」
門がさらに輝きを増した。少年と月葉の言葉に呼応するかのように、少しずつ揺れているようにも見える。
『導き手は我、月葉が鍵となろう。那が那を今ここに示せ、故に解錠したまえ』
「…っ、なんだよこれ!?」
地震でも起こったかのように門と地面が揺れている。這いつくばっていなければ、とうに吹っ飛ばされていたかもしれない。
「だーいじょうぶ。僕の後ろにいれば、そんな恰好しなくても平気だよ?」
先に言っとけばよかったね。
そうならさっさと言え!…と言いたかったが、突風のせいで反抗出来なかった。這いつくばりながらなんとか彼の後ろに回ると、言われたように周囲程の強風や揺れは感じられなかった。立ち上がることも可能だ。
少年が一度だけ振り返って確認すると、納得したように笑っていた。
「我———創珠を受け継ぐ者也。その那に於き、示そう、天承門、開門!!」
轟く光の怒号に、ただただ目を瞠ることしか出来なかった。
別の連載は書けそうなら…な感じで停滞中ですみません…
しかし、リハビリ小説書きながらも調子が出てきました!!
明日次話投稿出来るように頑張ります!!




