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偽物聖女  作者: すとろん
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クラエスの面影(1)

 大根みたいな野菜とか、不思議な色の何かとかをいろいろ鍋に入れて煮込む。調味料は、塩と味噌のような何かだ。


「こないだの聖女さま、お綺麗だったなあ。ね、アイナ」

「ずるい、うちも見たかったのに」

「ソフィは実家に帰って来たんでしょ。仕方がないじゃない。また見れるって。ねえ、家はどんなところなの?」


 お玉でかき回しながら、更なる野菜を刻んでいるソフィを見る。全て王宮の庭産の野菜だ。王宮の外へ買い出しに行くのも悪くはないのだけれど、それではお金がかかってしまうし、休憩時間に買いに行かなければいけない。なんせ人だけはやたらと多いのだ。先着順で、無料の野菜は人気が高い。


「うちの実家はねえ、ここから北にずっといったところにあるの。冬は雪に閉ざされて、全部が真っ白になっちゃうんだよ。だから、秋に帰るのが毎年恒例なんだ」

「冬は寒いから?」


 ソフィの切った野菜を全部鍋の中に入れる。おいしそうな匂いがほのかに立ち上る。この長屋の人々の夕飯になるのだ。失敗は許されない、とはリコの言葉である。


「寒いのもあるけど……、冬になる前にお金をもっていかないと、皆が冬を越せないから」


 先ほどの続きで軽く言われて、どきりとしてしまう。冬を越せないなんて、そんなことは考えもしなかった。だって、スーパーにはいつだってたくさんの野菜があって、ハウス栽培で年中作られているのだから。この世界の人にとってはあり得ないことなんだろう。


「今年はまた塩の値段があがったもんね。最悪」


 リコが鍋の様子を覗き見ながら言う。クラエスの翻訳魔法は、お互いの世界にあるものなら、そのままの名前で教えてくれるらしい。そっちの方が覚える必要がなくて随分と楽だ。野菜の名前は多すぎて、未だに覚えられてはいないのだから。


「そうなの。保存食を作らなくてはいけないのに、塩を買えなくて」

「量が少ないと腐ってしまうじゃない。どうしたの?」


 しょっぱ過ぎる漬物は好きじゃない。でも、お母さんはいつもそんな漬物ばかり作っていた。おばあちゃんの味なのだという。だから、私もいつしか同じような漬物を漬けるようになっていた。おじいちゃんはそれが好きだったから。


「今年はいつもより多めにお金を置いてきた。あーあ、新しい布を買いたいと思っていたのに。これだから、貧乏は嫌なの」


 リコも頷く。


「聖女さまは綺麗な絹を着て、羨ましい。あたしも聖女さまになりたい!」

「リコが聖女さまになれるなら、うちだって聖女さまになれちゃうって。アイナ、うちとリコ、どっちの方が聖女さまっぽいと思う?」


 二人がいっせいにこちらを向く。ソフィは包丁を持ったままで、リコは腰に手をあてて。調子のいい二人がおかしいと共に、少しほっとしてしまった。私と同じように、聖女さまへの羨望の気持ちがあるんだと分かったからだ。私の感情は羨望というより、嫉妬に近いものがあるけれど、それでも。


「うーんと、聖女さまなら、もう少し綺麗な手をしていると思う」


 私の一言に二人は笑い出した。


「確かに! 絶対あたしたちみたいな手じゃないって!」

「そうそう。うちの手なんて、あかぎれだらけだし。これからの冬が怖くてたまんない!」

「そう? それなら、ソフィもあたしんたちとこ来ればいいじゃん? 風呂場はいつだって人手不足だよ。その分、夏は大変だけど」


 ソフィは手を振った。


「うちんとこだって、人手が足りてるわけじゃないよ。新人はまだ役に立ちそうにないし。あ、アイナはちゃんと仕事してんの?」


 お玉で味見をしていたところに話を振られる。うん、濃さもちょうどいい。変わり映えのしない毎日の夕飯だけれど、野菜のだしが出ているスープはそれなりにおかしい。


「もちろん。もう大得意」

「うそつけ。こないだ、私の休憩中に間違ってお風呂の火を消しちゃったくせに」

「いや……、あれは、そのぅ……」


 忘れて欲しいのに、リコはいつも同じネタで私をからかいに来る。


「それ、うち初めて聞いたんだけど!」


 ソフィが笑い出す。穏やかな夕方だ。この世界に着いてから、こんなに穏やかに笑い合えるのは初めてかもしれない。レーナのところではわけが分からなかったし、クラエスに出会ってからは波乱の連続で緊張してばかりいた。

 でも、この二人は私と大して関係がないから、とても安心できる。私を裏切っても、二人には何の利益もないのだから。

 聖女さまの話になるとあふれ出しそうになる嫌な感情もどうにか抑えることが出来た。前なんか向かなくて、このまま生きていく方が穏やかなのにと考えてしまう。

 聖女さまと会うためにも、腕を取り戻すにも、困難しか待っていないのは分かり切っている。このまま働いて、ごはんを食べて、生きていく。


「ねえ、二人は将来どうしたい?」

「あたし? あたしはお金持ちと結婚したい!」

「リコは相変わらず夢見過ぎ。そんなのリコの顔では無理!」

「え、あたしかわいいもん!」

「夢を見るのは自由だよ?」

「アイナが一番ひどいってば……。そんなに無理? じゃあ、ソフィはどうしたいのさ? アイナは?」


 匂いを嗅ぎつけて次々と長屋の人が集まってきた。他の長屋でも同じようにごはんを食べ始めている。私たちも自分の分のスープと支給されたパンを持って部屋へと行く。洗い物は全員が食べ終わってからだ。


「うちは……ここで、出世したい。下働きから、使用人になりたい」


 カミラさんのように下働きをまとめる長になると、使用人として認められる。下働きはいくらでも替えが効くけれど、使用人は替えが効かないことの証でもあった。もちろん給料もずっといい。


「ソフィは真面目だなあ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、お金を持っている人と出会える可能性なんて少ないし。おんなじ貧乏人と結婚して、子ども生んで、なんてすると結局仕送りするお金もなくなっちゃうじゃない。……そうすれば、うちの親はどうやって食べて行くのよ」


 ソフィには他の手段がないのだ。


「でも、ちょっと羨ましい。私は、もう家族なんてどこにもいないんだもの」


 日本にいた頃も、周りが羨ましかった。幸せな家族ばかりじゃないことだって知っているけれど、家に帰れば誰かがいるのだということが、私にとってはありえないことになってしまった。

 思わず思い出してしまって、何かをごまかすようにスープを一口飲む。硬いパンをちぎって、スープの中にひたらせた。


「あたしたちを家族だって思えばいいじゃない?」

「うちらだって、一緒に住んでいるんだから」


 確かにこうやって同じ屋根の下で下らないおしゃべりをして、ごはんを食べて、血の繋がりはないけれど、家族のようなものかもしれない。

それに、おかえりだって言ってくれるのだ。


「ありがとう」

「それで、アイナは何になりたいの? うちらだけに言わせて、自分だけ言わないなんて許さないんだから」

「えっと、私?」


 確かに自分から話を振ったのだから言わなくてはいけないと思うけれど、考えてはいなかったので驚いた。私は何になりたいんだろう。とりあえず、右腕を取り返して、この世界から帰ることが目標だけれど、そのあと何がしたいかなんて考えてもいなかった。


「まだ分からない」

「ほら、少しぐらい何かないの?」

「リコが期待しているよ」

「ソフィもでしょ」


 自分のことになると、胃の辺りがもやもやしてくる気さえする。なんせ日本にいた頃はそれが一番の悩みだったのだから。私が、したいこと。


「出来るなら……、家業を継ぎたいのかもしれない、たぶん」

「何、その煮え切らない言い方。家業なんてあるんだったら継いじゃえばいいじゃない」

「そうだ、そうだ」

「でも、継いだからって、食べていけないかも」


 一人で神社を運営だなんて大変だ。おじいちゃんと二人ですら大変だったのに。それに、神主資格も持っていない。


「なら、継がなきゃいいじゃん」

「だから、悩んでいるんだってば! はい、この話は終わり!」

「つまんないのー」

「さっさと食べて、暗くなる前に鍋も洗わなきゃいけないでしょう?」


 それを最後に話すのをやめて、柔らかくなったパンを食べる。井戸で水を汲んで来なくてはいけないのに、完全に暗くなってしまうと面倒なのだ。


「それに、明日は三人で市に行くんでしょ? 久しぶりの休みなんだから、私は楽しみにしてるのに」

「そうでした」


 お腹いっぱいにはなれない程度の量の夕食を食べて器を片手にもって、調理場に行く。そこには他にも器がたくさん並べられているはずだ。

 外に出ると太陽はほとんど沈んでいた。出歩いている人は見事にいなくて、やはり話し過ぎたらしい。


「あーあ、面倒だなあ」

 

 リコがそう零す。私ももちろん同意したい。


「ちょっと待って、二人とも。誰かいる」


 ソフィが口に人差し指をあてる。どこの世界でも変わらない、静かにの合図だ。恐る恐る調理場を覗くと、小さな布のかたまりではなく、女の子がいるようだった。

 そして、頭にまかれた布の端から金色に輝く巻き毛がはみ出している。


 あっ、という小さな声と、石の転がる音が同時に聞こえた。

 髪の毛と同じ金色の瞳が私たち三人の方を向く。


「あの、お恥ずかしい話なのですが、何か食べ物を持っていませんか?」


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