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暫くして戻ってきたジェレミーに招かれた部屋は立地的に言えば一番の奥。カウンターを跨いだ向こうの部屋だった。古風に暖炉が取り付けられていて、電気式のストーブが暖炉を模した光を発していて、彼は手をストーブの前にかざして体を暖めている様だ。
「君もどうだ?外は寒いだろ?」
「いえ。構わず」
「……そりゃそうか」
興が冷めたようで彼は律儀に黒いコートをハンガーにかけ革のような生地で出来たソファに座り込んだ。葉巻を取り出して僕の方を見たので、どうぞと相槌を打った。
「君みたいな人は初めて出会った。文献などで読んだことはあったが」彼は一息つくとソファに前のめりで座りこちらを見つめた。
「シルバーブロンドの少女をご存知で?」僕はその建前に飽き飽きしてとりあえず本題に入ろうした。
「シルバーブロンドの少女はこの街には腐るほどいる」
外れだ。そう思った。彼は彼女のことを知っていようと、明確で意義のある情報は提供してくれない。ただ彼がごまかすその言葉に僕は素直に出てゆく気がしなかった。
「全く。これだから君みたいな奴は……」彼はそう言うと僕はすぐに出ていけばよかったと後悔をした。
「何も言わずして伝わるわけがない。いいか?雰囲気や感覚ですべてを信じるんじゃない。目で見て耳で聞いて声に出して、それでさえも我々は一割程度も意志の疎通ができてなんかない。それなのにそれさえも捨てて会話を終わらすなんてもっての外だ」
彼はそう言うと僕に何かを求めた。こうなったらもう面倒だ。僕は呆けて訳の分からない顔をする。
「……繋がる。最近はそう言っているらしいが、そもそも我々のつながっている線なんて絡まり廃り端々が切れほとんどの情報が嘘のようなものになっている。それなのに一遍の情報を鵜呑みにして生きてゆくなんて阿呆らしい。家のメイドロイドのほうが十倍マシだ」
「あなたはアレの何倍マシなんです?」僕はたまらず口を開いた。
「そうさ。そうやって会話をしろ。口を挟め。我々が互いにそうして初めて会話が成立するんだ」
彼は歯をむき出しに笑うが、目は笑っていない。僕はアレを撃った銃で撃ち殺して僕の疑問を晴らそうかと思った。
「コーヒーでもどうだ?少年」
彼はすでに挽かれたコーヒー豆を異様な形の抽出器に入れるや否やその発言を訂正する。「……少年?」
「いや……少年は違うな。なんというべきか……。君名をなんという?」
「アイザック」
「ほう……アイザック」
彼はそれを聞き驚くとまた笑い声をあげる。
「名付け親は君か?」彼は抽出器のスイッチを入れると振り向きそう聞いてきた。
「兎も角、君に名前があると思わなかった。にしてもアイザックとは、皮肉なのか展望なのか。傑作だ」
彼は歯をむき出しに笑うものの、咳払いで笑いを止め続ける。
「紹介が遅れたな。ジェレミーだ。名付け親は肉親ではなかった。が、すでにその親も戻らぬ人となった今ではあんまし重要なことではないだろう。問題は肉親かどうかじゃない、どう育てられるかに依存するだろうからだ」
彼は棚に吊り下げられていたコーヒーカップを二つとると、ポットで湯を注ぐ。
「神に強いられし者と、神に定められし者。不思議な出会いを遂げたな、アイザック」
僕は一目散に逃げ出したい気持ちと、彼への苛立ちで呆然と立ち尽くす他なかった。
「シルバーブロンドの少女と言ったな、アイザック」
抽出された黒い液体を湯の入っていたカップに注ぎこむと部屋中に香ばしいにおいが漂う。コーヒーの入ったカップをこちらに差し出す。僕は仕方がなくそれを受け取り、背を壁にもたれた。
「この街では望むものが手に入る。ここで出会えない存在と言えばUMAの類か、妄想の産物か、死人か……まあ君がここに存在する以上、そうとも言えないかもしれないが。要するにここに非ず存在位なものだよ。」
彼はコーヒーをすすり、一息をつく。
「アイザック君。その少女はどうだい?ここに非ず者ではないのかい?」
「幽霊を見たと?」
「そうだ」
僕はコーヒーカップを口へ近づける。フレーバーな香りと一緒に口へ注ぎ込む。ひどく熱いそれを流し込むと後に苦味と酸味が下を襲った。
「街が騒がしい。君が笑うことは使命だろうが、……もう時効であってほしいものだね」