4
少ない日光で灰色に染まった街は、ただただ漠然と蠢いていた。申し訳程度に舗装された道に、目的も無いままただただ何となく足を進めるくたびれたスーツ姿の人々。品物の少ない露店を広げる老婆と、街を巡回するチンピラ。集まっているだけの行方を失ったホープレスの若者達。中身をなくした建物に、道を塞ぐ粗大ゴミ。あちこちに散らばる酒瓶に、スマート・サプリの空ボトル。どれもどこか生気を失っていて、形を保ったままどうにか進んで居る。
何かが右を向けば、何かが左を向く。まったく逆の行動をしておきながらそれらは同時に行く。
「お兄さん。五十でどうですか?」
僕は少女を探して街の声を頼りに彷徨っていると、一人の少女に声を掛けられた。
声を聞いたときこそ胸を躍らせたけど、振り返ると其処には栗毛の十にも満たない黒いドレスを着た少女だった。
あの少女ではない。
「お兄さん。五十でどうでしょう」
彼女はもう一度僕に尋ねてくる。どうやら彼女も又インバイらしい。
軽く焼けた肌に、栗毛の短いとは云えない毛が波を打って垂れていた。垂れ目の下には黒子が見えて、顔には軽いシミもいくつか。少し厚くなった唇と、柔らかさを感じる頬が垂れているけど、眉はしっかりと釣りあがっていて、しっかりしている印象を受ける。黒いドレスからは妹のノエルと同じの臭いを漂わせ、僕の鼻を刺激した。
「ああ……僕はいいよ」と僕は最初否定をした。
僕の探していた娘じゃあないみたいだし、僕は君を抱いても多分満足しないだろうから。
「おねがい。三十でいいので。買ってください」悪いようにはしないから、と端的に云うわりに一向に退こうとしない姿勢を感じるあたり、彼女も大人びていた。
でも生憎僕には持ち合わせが無かった。
「ごめん。いま僕はお金を持っていないんだ。わかるだろう?」そう云うと察したように彼女は身を退く。
その姿を見て僕は彼女を引きとめた。
「聞きたいことがあるんだ。……実は今女の子を捜していて。……灰色がかった……そう、シルバーブロンドの少女で、目が大きくて。白いワンピースを着ている、そうだな。ちょうど君くらいの年齢の」
彼女は僕の問いに親切に否定した。
「ごめんなさい。知らないわ」
「そうか……。じゃあ君と同じような子を雇っている人を教えてくれないだろうか」
そう云うと彼女は渋った顔をしたけど、あえて断る理由も無い様だった。
「いいわ。わたしの雇い主を紹介する」その代わり、お金があるとき私を買って?と続けて云った。
「いいのかい?ルーシー。君に良い事は無いはずだよ」
彼女は自分をルーシーと名乗った。本当の名なのか、売り名なのかは分からない。
「そう?お兄さん、その子がウチの子だったら、いくら出してでも会いたがるでしょう?」彼女は僕の手を引いて街を進んで行った。
僕はそれに返事はしなかったけど、否定もしなかった。確かに手段はどうであれ、いくら出しても僕はあの少女に会うだろう。
けど反面、僕は余り期待をしていなかった。彼女はノエルや、ルーシーとは絶対的な差があったように感じていたから。
「それと、何となくな親切心」
「この街はお節介が多いのかい?」
「違うわ……。あなたは何となく他人に見えなかったのよ」彼女は足を止めずにこちらを見てくる。
「この街の人皆、そうなんじゃないのかい?」
「……そうかもね」
少し開けた広場向こうの、一つの地下へ行く階段まで来たところでルーシーは足を止めた。
「ここで、私の紹介って云ってもらえばおじさんは会ってくれると思う。ジェレミーって云うの。すこし変わっているけど、私たち家族を養ってくれてるとってもいい人。この街じゃちょっとは名の知れた人だから多分助けになると思う」
「ご親切にありがとう」と云うと彼女は約束を忘れないでね、と微笑んだ。
「ああきっと」と僕が言うと彼女は街の人々に紛れて消えて行った。
ひんやりとしたコンクリートに囲まれた地下階段を進むと其処にはガラス張りのドアが一つあった。どうやらもともと飲食店だったらしく、カフェと書かれた文字の続きはコインでスクラッチされたみたいに消えて読めなかった。
中に入ると、柔らかい蛍光灯に照らされた木で出来た床と机が並んでいて、壁にはいくつもの本棚が並んでいた。
扉を開けたときのベルでメイドロイドが出てきて、僕に用件を聞く。
「ルーシーからの紹介で来ました。ジェレミーさんに尋ねたいことがありまして」
「現在、ジェレミー様は外出をしております。腰をかけてお待ちください」とメイドロイドは云う。
「いつごろ戻るか分かるか?」
「存じておりません」
僕は溜息をついた。使えないメイドロイドだ。
僕は取り合えず隅に置かれた一つの椅子に腰をかけた。確かに僕は今日の朝から歩き離しで疲れていたし少しの間休憩がてら待ってみることにした。
「本は読みますか?」
僕が暖房でウトウト始めた頃に限ってメイドロイドは声を掛けてきた。
「あんまり」僕はそれを無視するように目を閉じた。
「こんな昔話があります」メイドロイドは僕のその態度を気にする風もなく話を始めた。
「それはまだ人間が高貴な生き物という常識が遍在していた時代。ある科学者が一つのバイオロイドを作り上げたのです。
それは当時の技術とは思えない生命活動をはじめ、高い知性や感情は人間のそれとそっくりなバイオロイドでした。しかし反面そのバイオロイドの容姿は非常に醜く、それ故科学者はそのバイオロイドを見捨ててしまいます。科学者にとって作りたかったのはバイオロイドなどではなく人間だったから。
見捨てられたバイオロイドは悩みに悩みます。人を真似られて作られ人のような感情を持つ自分は、そうであってほしくてそう作られたわけでも、まして作り出してほしくて作り出されたわけでもありません。
バイオロイドにとって、自分のレゾンデートルは無に等しく、それを創造主である科学者に求める事だけがバイオロイドの世への残存理由でした。
その醜い容姿故、人々に怪物と呼ばれ忌み嫌われながら科学者を追い求めた。しかし科学者にとってそれはとても恐ろしい事だった。
自分の作り出したバイオロイドが、自分を超え人間を凌駕してしまうのが恐ろしかったのです。
バイオロイドはついに、その科学者の無責任さと自分への存在否定に怒り狂い、科学者の身辺を皆殺しにしてしまいます。科学者はその行動に対し憎悪に駆られ自らの責任を感じ、ついにバイオロイドの破壊を試みそれを追いつめようとしますが、その途中で科学者は死んでしまいます。
名も無きバイオロイドは死んだ創造主である科学者を見て、死を嘆き自ら活動を止めるため北極へと姿を消しました」
「聞いたことも無い話だね」と僕は云った。
「この話は昔ジェレミー様が聞かせてくださった話です」メイドロイドは続けた。
「私と、あなた。どう違うのでしょうか」
「少なくとも僕なら主人の帰りの時間を忘れたりしない」取り合えず僕はそう云って置いた。
「能力の差異は差別の要因でしょうか」
「差別じゃない。分別さ。科学者が自らを超えていくバイオロイドに畏怖したのと同じように、バイオロイドは科学者に創造主として多くを求めていたのと同じさ」
彼女は少し考え込んでから「それは、人間同士だってそうでしょう?」とほざく。
それに僕は狂ったように奇声を上げてから沈黙で答えた。これだからバイオロイドは嫌いなんだ。