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八番街に近づけば近づくほど交通機関は無くなり、降り出した雨の中僕はひたすらに故郷に向かって足を進めていた。疾うに靴の中は洪水で、引いていた、ただでさえ重い旅行鞄は雨水を含んで更に重い。かろうじて傘が僕の身体を雨から凌いでくれるから僕は前に進めていた。
しばらくすると風景が変わって行き、八番街に近づいていることが分かる。道は狭くなり空を走る電線も増えていく。高い建物の間を縫って出来た申し訳程度の舗装された道を、少ない日光を頼りに進んで行った。人影を見ない割には、人の息を感じることが出来、その多くが「近づくな」と云っている様に聞こえた。それでも雨音がそんな音を掻き消してくれて、僕は前に進めている。どうやら八番街が僕のことを受け入れてくれているらしい。
それから又しばらくしてから、ここから八番街と書かれた、所々塗装が剥がれ腐食している看板が見え、取り合えず安堵をしていたつかの間に、僕は彼女を見た。
灰色に染まる街に溶け込むように白いワンピースを着た少女が僕の行く先の道の真ん中に直立していた。白く澄んだ肌に雨水が垂れ艶かしく、濡れたワンピースが身体に張り付き未発達さを際立たせ、灰色の長い前髪の向こうにはどこまででも映してしまいそうな大きな瞳がこちらを写していた。
思わず昨日見た夢を思い出す。
すると彼女はすぐにそっぽを向き、道の向こうへと走り出す。つられて僕も彼女を追いかけた。
しかしすぐに彼女の姿は見えなくなった。影を追うように右に左に僕は走り続けたけど、一向に少女は見つからない。走るのに疲れ、やめようかと思い目を閉じると瞼の裏には少女のさっきの光景が描かれていて、又僕は走り出す。気がついたら僕は傘も旅行鞄もどこかに置いてきてしまった様で、加えて僕は自分がどこに居るかも分からなくなっていた。故郷なのに情けないなと思いつつも、変わり果てた八番街をみて仕方の無いことだとも思った。