消えかけた命
ラディアの父が扉を開けると、そこにいたのは一人の男性だった。
無精髭を生やし、眼鏡を掛けた長身の男性。
「やあ。久し振りだな、ベイト」
「パレス!!どうしてここに!?」
驚くラディアの父ベイトに、グラントとアリアは首を傾げる。
「紹介します。彼はパレス・イシリ。幼馴染みです」
「幼馴染み……白衣を着ていると言うことは、医者ですか?」
グラントがパレスの白衣を見て訊いた。
「いえ。彼は医者と言うわけではなく……」
「『魔石』を使った治療を研究しています」
パレスは微笑みながら言う。
魔石を使った治療とは、一体何なのか。
「何か深刻そうな顔付きだったが、何かあったのか?」
するとベイトは、真剣な顔付きでパレスを呼ぶ。
「パレス……実は、折り入って話があるんだ」
「……話?一体何だ?」
「お前になら、あの子を治してやれるかもしれん」
ベイトが、ペンドラゴンがいる部屋へと歩いていく。
「お前が望んでいた、精神崩壊の患者だ」
部屋にいるものたちは、皆話そうとしない。
誰も、何も言えずにいた。
ただ……シャルトは一人、深く考え込んでいた。
『まさか……これが運命?』
誰も抗えない、定められた道。
「大丈夫。きっと大丈夫だよ!」
カレンが明るく振る舞う。
しかし、やはり皆何も言わない。
重い沈黙が続く。
その時、部屋の扉が開いた。
そこにいたのは、無精髭を生やし、眼鏡を掛けた長身の男性。
すこしの恐怖が頭をよぎる。
「この子が……精神崩壊の?」
ベットに横たわるペンドラゴンを見て、その男性はそう話した。
「ああ。どうだ?なんとかなにそうか?」
ラディアの父が、その男性に話しかける。
「まだわからんな。くわしく見てみなければ」
男性はその場にかがみ、傷口を見る。
「父さま、あの方はたしか……パレスさんだっけ?」
ふとラディアが父に訊く。
「私の友人だ。心配することはない」
それを聞くと、皆安堵の声をあげる。
「ベイト……この子の状態は」
パレスがラディアの父に訊く。
「……ひどいものだよ」
するとラディアの父は、パレスに現状を見せた。
パレスは、かなり驚いたような顔付きになる。
その時のペンドラゴンの身体の状態は、痛々しい限りだった。
右腕・腹・胸に巻かれた包帯は血で真っ赤に染まり、左足は完全に骨が折れている。
かけられていた毛布は出血で汚れ、治療時の壮絶さを物語っている。
「助かるのですか?」
ドアの外から見ていたアリアが、パレスに問いかけた。
「予想よりひどい状態ですが、恐らく助かります」
「良かった……だったら、早く治療してやってください」
「治療には、一つ条件があります」
「……お金ですか?」
「いいえ」
「じゃあ、一体?」
この時パレスの口から出た言葉は、思いがけないものだった。
「記憶を……記憶を失うと言う条件です……」
誰もが耳を疑った。
誰もが黙りこんだ。
それだけ、その条件は大きかった。
「魔石での精神再生は、まだ完璧ではありません。まだそれなりの代償を伴います」
グラントが、その時声をあげる。
「完璧ではない……それはつまり、ペンドラゴンを実験台にしようと言うのですか?」
その言葉に、パレスは何も言えなくなる。
「いくらこの状態から抜け出せたと言っても、記憶がなくては意味がない……」
強い哀しみが伝わる。
それは皆同じ。
「私……記憶がなくても良い」
ラディアが、静かに口を開いた。
「記憶を失っても良いから、ペンドラゴンには生きていてもらいたい」
微かに涙を浮かべながら、ラディアが言う。
「おれも……ラディアと同じだよ」
ルークも、ラディアと同じ意見のようだ。
いや、子どもたちは皆、同じ意見。
「私たちは、みんな同じ。記憶なんてなくても良い。ただ、元気になってほしい」
子どもたちの眼は真剣そのもの。
「おじさんたちは、それで良いの?」
ぼそりと、ラディアが呟いた。
「私たちの事を忘れちゃうのは嫌だけど……このままも嫌なの」
静かに……静かにそう言った。
その言葉は、グラントの気持ちさえ動かした。
「あなたに託せば、ペンドラゴンは目を覚ますのですね?」
「必ず」
「……よろしい頼みます」
グラントがパレスに向かい頭を下げる。
それを見て、アリアは外へ飛び出す。
「治療を施すには、街を出て行かなくてはなりません。良いのですか?」
「どのみち、この子は街では生きられない」
「そうですか……」
明け方。
パレスが街を旅立つ支度をする。
自ら住む街の者が、迎えに来たと言う。
「本当に良いんですね」
「はい」
グラントが頷く。しかしアリアは、ただ俯いているだけだ。
「もう会えないわけではありません。きっとまた会えますよ」
ラディアの母が、アリアの肩に手を添える。
「パレスさん……これを」
グラントはパレスに剣とペンダントを手渡した。
剣の刀身は美しく磨かれ、水をモチーフにした柄には、水の魔石アクアマリンがはめ込まれている。
ペンダントは銀色に光り、紋章のような不思議はレリーフが施されていた。
「これは……『水精の神剣』」
「これらは、ペンドラゴンの両親が残した物。目を覚ました時に、渡してください」
「わかりました」
朝日が昇り始めた。
もうすぐ夜が明ける。
「私たちはこれで。様子は手紙ぐらいでしか伝えられませんが」
「それだけでかまいません。どうかお願いします」
馬車が動き出す。
朝露が光る道を抜け、パレスとペンドラゴンを乗せた馬車は街の外へと消えていく。
皆がそれを見つめる。手を振る事さえできずに。
この時、ラディアの頬に涙が流れた。
誰も何も言わない。
「あなたは気付いてないだろうけど、私はあなたが好きだった。今『好き』と言っても、もう……届かないのかな?」
朝日は強さを増し、強い日差しが街中に射し込む。
ラディアは、小さく呟いた。
――さようなら。私の好きだった人……
1章ラストです。
物語はまだまだ続きますので、よろしいお願いします!!




