10話 北森綾香
SIDE~貫在恭也~
「いくら苛立っていたからって初日からアレはやり過ぎたな……」
俺は苦々しく独り呟いた。
微妙な空気の中、自己紹介を済ませたF組一同は、あの後すぐに解散した。
俺を職員室に呼び出していた赤崎先生は教室で、帰り際に申し訳無さそうにこう、口にしてきた。
「今日は疲れているだろうからもういい。話は明日にしよう。明日に備えてゆっくり休んでくれ」
――――元はといえば私の所為なんだからな……。
「いいや、先生の所為じゃないですよ、気にしないでください。先生のためにも明日は勝って見せますよ」
気遣って軽く微笑みながら言ってやると「わ、私にために……」などと呟きながら、顔を真っ赤にして去っていった。
真唯の方も「今日は疲れているでしょうからお話は明日に……」と、遠慮してくれた。
そして11時現在、俺は立ち入り禁止の(もちろん魔法を使って解錠)校舎の屋上、正確には屋上に出る階段の屋根で、後悔しながら寝転がっているわけだが(一応気配は消してある)。
(そうですよ。アレはやっぱり不味かったんじゃないんですか?マスタ~)
『俺』と一緒に図書室にいるはずの月夜の声が、直接頭に響いてくる。どうやら離れていても関係ないらしいんだ。
(ハイ!私とマスターはいつでもどこでも「永久に、永遠に、未来永劫」一緒です!)
「あ、ああ……。…………ん?」
少し過剰な言葉があったようだが……まあ、いいか。ていうか普通に心を読んでくるのはやめてほしい……。
最近の月夜はどうもおかしい気がする。
「けど俺がああいう輩が昔から大嫌いなの知ってるだろ?「力」の存在がばれないようにしている手前、キレるわけにはいかないから我慢してたが」
俺はこの世に嫌いなものが(今のところ)三つある。その中の一つが、自分で手に入れたものでもない力を振りかざす、簡単に言えばあの盾元みたいな典型的な貴族だ。人を見下すことに慣れた高慢な態度。自分が人一倍有能だと思っているあの顔。すべてが気に入らない。
――――第一、有能な奴だったら周りを敵に回すような態度とらないだろうがよ!!
でも自分の力で貴族になったとか、強いやつが、その地位にあった程度に威張ったり、高慢な態度をとるのは全然良い。それはそいつの、いわば頑張った報酬だからな。むしろ推奨してやる。しかしあくまで、ある程度、だけど。それ以上超えたら俺の嫌いなものに認定される。
あ、ちなみに。これに関しては別に『今までの』人生で何かあったわけじゃない。普通に生理的なものだ。
(それはマスターと「いつも」一緒でしたからね、知ってますよ)
「いつも」の部分をなぜか強調しながら返してくる月夜。
(でも明日の模擬戦、どうするんですか?勝ったら目立っちゃいますよ?)
(当然殺す!!体から精神まで何もかもズタボロにして土に埋めてやるよ!)
(なに「当然勝つ!!」みたいなノリで、殺す!!とか言っちゃてるんですか!明日行うのは健全な学生の「試合」ですよ!?それじゃ「死合い」じゃないですか!?そしてなに密かに証拠隠滅してるんですか!?……まあ、マスターならそう言うのは分かってましたけどね……)
む、なかなか鋭いツッコミじゃないか。俺はお前を見くびっていたよ……。
(ま、冗談はさておき)
(自分からはじめたんじゃないですか……)
疲れ果てたように返してくる月夜。
(明日は接戦よりは少し俺のほうが強い、見たいな感じで勝つか。ていうかこれ以上手を抜くのは俺の魂が拒否する)
(そうですか……。でも「貴族」に勝ったらやっぱり目立っちゃいますよ?)
「貴族」ってのは国王に認められて姓を授かった者達をさす。つまり、普通の人と模擬戦をするより注目されますよ、と月夜はいっているのだろう。
(そればっかりは致し方ない。精々その後、存在感を消して過ごそうかね。この体はもともと気配薄いし)
魔力で出来ている『俺』は人より存在が不安定なんだ。今後はそれを生かしていくしかないだろうな。
今後の学生生活に息苦しさを覚えた俺は、六階建て校舎の屋上(屋上に出る階段の屋根)から見る、結構いい景色を眺めながら嘆息した――――――――
「さて、それじゃ寮に帰りますかね」
俺は勢いをつけて立ち上がり、下に飛び降りて校舎内に戻ろうと――――
「だ、誰っ!?」
「――っ!?」
屋上にただ独り、階段のすぐ近くにいた、美少女に気づかれた!一メートルも離れていないとは言え、彼女の後ろに気配を「消して」降り立ったこの俺に。
――――その美少女には誰もを魅了する独特な雰囲気を纏っていた。
腰まで伸びた綺麗でツヤのある黒髪とパッチリとした大きな黒目、くっきりとした鼻梁。女子としては平均的(見た目で判断した年齢十五か十六歳の平均)な身長。しかし、スカートから出ている足はスラッとしていてとても綺麗だった。胸の大きさも平均よりは上だろうと思う、巨乳という程では無いが。けど正直、とっても可愛い。
そしてそう、分かったと思うが彼女は俺と同じく黒髪黒目だった。
『知覚阻害』を使用していなかったとは言え、一割程度の『俺』とは言え、さすがは護神騎士学校だな……。
俺は黒髪美少女の「魂の力【アルマ】」を感じ取り、学校への評価(彼女が一年生という線もあるのだが)を改めようとして……違和感、いや、既規感……デジャヴを覚えた。
俺はこの黒髪美少女を見たことがある。それどころか、とても親しい仲だったと、俺の心の内から湧き上がってくる感情が教えてくれる。
――――だが断言できる。
――――俺は「今回の」人生で彼女を見たこと、会ったことは絶対に、ない。
この世界で黒髪黒目はかなり目立つ。何もしなくても注目されるほどに。
だから俺がそんな重要な人物を忘れるわけがない。
なのになんなんだこの心の舞い上がり具合は!
まるで十年来の恋人に再会したかのような、そんな歓喜の感情を彼女は俺にもたらした。
そして当の黒髪美少女はというと、
「……グスン……グス……ふぇ……」
こちらを向いてめちゃくちゃ泣いてました。
だが顔は笑ってる、ていうかとっても微笑んでいた。
それもものすごく嬉しそうに。その顔で、口に出されなくてもよく分かった。この涙は喜びの涙だと。
そのまま一歩一歩、少しふらつきながらも歩いてきて、一連の流れのように――――ぽふっと。
「はっ?」
――――俺に向かって倒れこむように抱きついてきた。
この抱き疲れるほんの一瞬手前、もう倒れこんできてるとき。俺が真っ先に思ったのは『分身』とばれる心配だ。
この体。物に触れるとき自分にそれに触れたい、という気持ちがなければ、その物体は体をすり抜ける。
つまり、不意打ちに弱い。
だから俺は一瞬、かわすかどうか迷ったんだが、俺の無意識は『例の感情』に従ったらしい。
俺の体も一つの流れとして優しく彼女を抱きとめた。
三分くらいたったころだろうか(その間、彼女は胸にほお擦りなどをしてきた)。ふと、腕の中の人物のほうを見ると耳が真っ赤になっている。
俺は彼女の体をそっと離した。
「落ち着いた、か?」
警戒させないようになるべく声音を優しくして尋ねた。
「う、うん……」
幸い、警戒はしていなかったが先ほどの抱擁がよほど恥ずかしかったらしく、顔を紅く染めて答えてくれた。
「まずは自己紹介からか。俺は貫在恭也」
「え?」
何か言いたげな顔で黒髪美少女は聞き返してきた。
「ん?どうかしたか?」
「ううん、何でもない……。邪魔してごめんね、続けて?」
「ああ……。そんなこと言ってもほとんど終わってるけどな……。一年F組だ、よろしく。君は?」
「わたしは北森綾香、一年S組だよ。よろしくね」
俺はこの名前を聞いたときも、またデジャヴを感じた。ついでにあの親しさも。
綾香は慌てたようにあわあわしながら、頬を紅くしたまま言ってきた。
「あ、あの、さっきはごめんね?わたし、貴方を見た瞬間、何が何だか分からなくなって……名前にも聞き覚えがあって」
なるほど、それでさっきのあの反応か……。
「そしたら心から……不思議な気持ちがたくさん溢れてきて…………。ごめん、何言ってるかわかんないよね」
なにっ!「不思議な気持ち」、だと……?
まさか綾香も俺と同じような感情を抱いていたのか?
「まて、不思議な気持ちって具体的には?」
「ええっ!?い、言わなきゃだめ?」
こんな美少女に上気した顔に上目遣いで言われると思わず、いいよ、と言ってしまいそうになるがここは我慢だ。
「ああ、頼む」
綾香は軽く涙目になりながらも教えてくれた。
「うう、その……なんか貴方の顔に見覚えがあって、そう思ったら、なんかこう……百年振り位に大好きなこ、恋人にまた会えたっ、みたいな……すっごく嬉しい気持ちになって、そして気づいたらその……貴方の……う、で……の……中、に……///」
「今もその気持ちは?」
「えっ、やっ、そのっ、……少しだけ……あります……」
もはや綾香の顔は洒落にならない位真っ赤だ。
……ふむ、俺とほとんど同じだな。違うところといえば例え話の年数くらい、なら同じといっても大丈夫だろう。
……しかし、考えれば考えるほど分からない…………!?まてよ……「今回の」人生じゃなくて「今まで」、なら?
よく思い出せ……今までにあんな女の子に会ったことがないか?…………よーく思い出せよ…………ん?これは……どういうことだ……?
驚くべきことに「この俺」の記憶にロックが掛かっていた。もちろん全てじゃない。最初のほう……一~五回目までの人生の女性に関する記憶だけだった。
けれど意図的なのは明らかだ。問題は誰が、いつ、こんな事を行ったかだ。俺が無防備になるときなんて無い筈。一体 いつの間に……?
「あの、難しい顔してどうかした?」
熱は収まったようだ。綾香が心配そうに聞いてきた。
「……ん、なんでもない。それより聞きたかったんだが何でこんな所にいるんだ?」
俺は考え事を後回しにして、露骨に話をそらした。
綾香はまだ何か聞きたそうだったが一応答えてくれた。
「……実は…………Sクラスって言ったでしょ。そこで自己紹介をしたんだけど……。苗字聞いて分かっただろうけどわたし、『四大将軍家』の一角――「北森」なんだ……」
『四大将軍家』――――それは「大陸騎士団」をまとめる将軍の存在する家のことをそう呼ぶ。その権力は絶大でそん所そこらの貴族なんて余裕でつぶせるほど。あまり関わりたくない存在だろう。……例えSクラスでも。
「だから皆、なんかわたしをお嬢様として扱うっていうか、だれも……わたし自身を……みてくれなくて……気分転換に……ね?」
綾香は再び涙目になっていた。ただし今度は悲しそうに。
このこの悲壮な顔を見るとなぜか俺の心も痛む。何とかしてやりたいと思わせる。
「なら俺は…………」
「?」
彼女は首をかしげる。
俺は真面目な顔で続けた。
「俺は……、あんたをただの女の子、ただの黒髪美少女、「綾香」として接してやるよ」
「な、なんで……、今、会ったばかりなのに……。そんなに……?」
「分からない」
「えっ?」
「分からないが…………、俺は本気で言ってる」
本当に何故、初対面でこんなことを言ってしまったのかは分からない。
確かに入学式で名前を目にしたときには俺も関わりたくない、と思っていた。
だが、後になって考えても俺はこのとき言った言葉を後悔していない。これっぽちも。
「!?…………本当?」
あっちも真剣なまなざしを向けてくる。
しっかりと頷き、さらに言葉を重ねる。
「ああ、本当だ。俺は……俺だけはずっとお前の、綾香の味方でいるよ」
「…………ありがとう……!」
彼女は、あ、綾香……って呼んだ……、とか何とか呟きつつ、満面の笑顔で感謝を示した。
「わ、わたしも恭也……君って呼んでいい?」
「もちろん」
「ほんと!?……嬉しい…………!」
…………素直に心情を口にされると、こっちも照れてくる。何で名前で呼ぶのを許可しただけでそんなに幸せそうな顔が出来るんだよ!!
などと下らない事を考えていると綾香が、あれっ?っと、不思議そうにポツリと言った。
「恭也君は何でこんなところに?」
「あ~……、盾元家の次男に模擬戦を申し込まれてな……。俺も気分転換に、と」
俺は苦笑したが綾香のほうは心配げにじっと、見詰めてきた。
「……大丈夫なの?」
「心配なんてもったいないくらいだ、余裕だね」
にっと笑って最近目に掛かってきたな、と思ってる前髪をかき上げた。
「ん……わかった」
「よし。それじゃ帰るかな……放課後とか昼はここで過そうと思ってるから。そういうことで」
「ちょっ、ちょっと待って!?連絡先ぐらい交換しようよ!」
綾香が納得してくれたところで帰ろうかと思ったんだが制服の右の袖をつかまれた。
「…………あんなに言ってくれたからそっちから聞いてくれると思ったのに……」
ぼやかれながら赤外線のやり取りをした。
もちろんこの世界に携帯は存在する。が、町の外に出ると圏外になる欠点があるだよこれが。
「……よし!……わたしはもうしばらくここにいようと思うから先に帰って良いよ」
「じゃあ今度こそ、また明日、かな?」
「うん、また明日!」
嬉しそうに携帯の画面を見詰めていた綾香に声を掛けて俺は屋上を後にした。
時間があれば感想、アドバイスよろしくお願いします!!
あと誤字脱字報告もできたらお願いします。