03-02(おまけ)
→ふと、図書室に行こうと思った
大学時代からその友人が変わっていたことは知っていた。その時はそれも個性と特に意見することはしなかった。
けれどそのツケが、今更やってくることになるなんて誰が予想できたんだろうか。
「…それは自業自得なんじゃないか?」
「失礼な。大体元凶の姉はいつも電話中で捉まらないし」
「…いつ電話しても話し中ってそれ着拒だから、多分」
たまの週末、久々だからと呑みの誘いに乗った数時間前の自分を今更ながら恨めしく思う。週末と言っても友人らの休みがあまりかぶらない。そのため予定が合えば基本的に誘われれば断らないことにしていた。が、やはり相手はよく選ばなければ楽しい呑み会も苦しい我慢大会になるようだ。
…いつの間にか、俺以外のメンツはうまく逃亡を図ったようで姿が見えない。俺は完璧に出遅れた。
「仕方がないので今日付けで着くように届け物を出してきました」
「へえ…て、何で?何送ったんだ?」
「バラの花束です」
花束?しかもバラの?
人が好く見えると評判の笑みを惜しげもなく晒して首を傾げる様はこいつがやると酷く絵になる。ただし、うっすらとにじみ出る腹黒さにさえ気づかなければ、だが。
この裏のある笑みを毎日向けられているだろうに、全くと言っていいほど絆されていないらしいミナトちゃんもなかなかのものだ。
「えーと、一応言っとくけど、バラの花束贈っていいのは二次元の住人だけだからさ」
「ふふ、二次元的ベターな展開を期待してのことですから」
「は?」
ニッコリとそれこそ二次元の王子のような笑みで意味不明な発言を放つそいつに視線で補足を求める。すると奴は笑みを更に深めてそれはそれは楽しそうに説明してくれた。
「実は今日、姉の誕生日なんですよ。姉夫婦が結婚して初めてのお祝い事なのできっと義兄も張り切ってプレゼントを用意しているでしょう。身内贔屓の気はあるかもしれませんが、義兄は姉にベタ惚れですからね。それはそれは奮発していることでしょうね。会社帰りにこぎれいな箱を持ってうきうきと家路を辿る義兄の姿が目に浮かぶようです。姉も姉で、鈍くも忘れっぽくもない人ですから、きっと普段に輪を掛けて楽しんで料理の腕をふるっていることでしょうね。ああなんて理想的な家庭でしょう」
うんうん。俺もそんな家庭を築きたいものだ。相手も絶賛募集中だ。
「そうはいかせません」
内心想像を膨らませていた俺を現実に呼び戻したその声は、その…、それまでよりずっと…黒かった。
「俺と湊の艶めく生活を邪魔しておいてただでは済ませません。今頃は義兄より派手な品が届いて最高のシチュエーションに水を差していることでしょう」
気のせいか悪魔的なオプションが奴の背後に見え隠れしている…。
「これまでは目が合うと視線を伏せて可愛らしく照れていたのが、この頃は笑いをこらえるしぐさをするんですよ。ただでさえ平静ではいられなかったというのに、今では湊を見つめるだけで胸が痛くなってくる始末です。全く、余計なことをしてくれたものですよ」
そしてこいつ流照れ隠しのオンパレード、と。ミナトちゃんは完全にとばっちりだ。「見つめるだけで胸が痛い」か、相手はさぞ頭が痛いだろうよ、本当。
「取り敢えず、目を逸らされるのは照れからじゃないって気づこうね。流石にそれは誤解したままじゃ痛すぎる」
「…さっきから思ってたんですが、君、友人にかけるのにもっと相応しい言葉があると思いませんか?」
不満そうなそいつに、俺はと言えば呆れた視線しか向けられなかった。一体どんな言葉を求めてたんだ。まさか肯定的な相槌とか好意100%のアドバイスとかか?無茶言うな、どうしようもない愚痴につきあうだけで俺の誠意はすっからかんだ。
「強いて言うなら、もうちょっとミナトちゃん労わってやれよ、てところかな」
「………あ?」
無理矢理ひねり出したアドバイスもどきに返ったのは、これまでの内容の特異性さえ無視してしまえば耳に心地よい音域の声より一段低い、というか、若干ドスの効いたような…なんというか、こいつがこう言う声を出すと冗談抜きで怖いんだが!
「軽々しく湊をミナトちゃんなんて呼ぶな汚らわしい」
「ご、ごめん。てか、その、じゃあなんて呼んだらいいんだよその子」
声と同じく剣呑さを増した視線に射すくめられながらなんとかそう返すと、奴は束の間考えこう言った。
「敢えて名前を呼ばなくとも、俺の最愛のパートナーのことなら、それとなく察します」
お前はどこのデンパだ!…じゃなくて。
「彼女でもない子にそれか!?」
「彼女だなんて誰がいつ言いましたか」
「ちょおおおおおおおっと待て!それは何だっ?ミナトって子はすでにお前の毒牙にかかっちまったのか?それともまさか男に懸想してるのか!?」
「湊を狭苦しい性別の枠にはめようなんて、そんな小さなことを論じる事態間違いです」
「じゃあお前はなんなんだよっ?正真正銘男だろ!?昔から!」
「おっと失礼、湊から電話だ」
ホントに失礼だなオイ!せめて俺の了承を、いやいや、問答の回答を提示してから出ろよこのミナトちゃんバカめ!
隣で憤慨している俺に一切構わず携帯に話しかける奴は面白いほど笑顔が全開だ。それに毒気を抜かれたわけではないが、せめて電話が終わるまで大人しく待っていてやろう。…正直、あんな呼び名一つで怒りだすほどこいつが執着してる子との会話を邪魔する方が恐ろしい。
そんな悟りを開いていると、電話を取った時と打って変わって慌てたような声が響いた。
「え、姉さんに呼ばれたって…ここからは距離が…」
なんだなんだ?さりげなく奴の持つ電話へ耳を近づけると、随分とうきうきした感じの声が聞こえてくる。が、肝心の性別は電話越しのせいか不明瞭すぎてわからない。どっちなんだ。
「いえ、食事の心配ではなくて…え、賞味期限?俺は来るなって、そんな湊…湊!?」
何度も電話口に向かって名前を呼んでる。察するに、切れたな、これは。
と、奴はガタンと激しい音を立てて立ち上がると、見たこともないほど必死な形相で財布を取り出した。
「すみません、急用ができたのでこれで!埋め合わせは期待しないで下さい」
「はあ!?待てよ理人っ」
あまりの早業に呆気にとられている間に、運動不足が慢性化した俺からは信じられない速度で奴は出て行った。
ええと、つまるところ…。
「この弟にしてあの姉あり、てとこか…?」
さすが姉弟、行動パターンが同じだ。きっと自分が与えたダメージ分、一番効果的な方法で報復して返すのだろう。まさに自業自得の無限ループだ。
「こんな時こそ、押してもダメなら引いてみろ、相手も大喜びだ、きっと」
多分それがお前のためにもなるだろうよ。用法はちょっと違う気もするが。聞かせる相手にはどうあがいても届かないと知りつつ呟かずにいられなかった。
何とも言えない脱力感を抱きつつ、コップに残っていた既にぬるまったくなった酒を飲みほしてから席を立った。