03-02(02)
→ふと、図書室に行こうと思った
「こんなもんかな」
中まで味が滲み込んだのを確認し、湊は茶色の鍋に蓋をした。
次いで料理用具を片付けていると家主が帰宅を告げる声が聞こえた。一応は家主の彼を出迎えるために玄関まで行ったもののそこには誰の姿もなく、空耳だったのだろうかと訝しみながらキッチンへと来た道を逆にたどる。が、その途中、湊は無人の筈だった部屋の扉が開いた男と出くわした。
呆気にとられた風の湊へ、男はニッコリ笑って再び帰宅を告げた。
「って、どこから入ってきてるんですか」
「鍵を忘れたようなので、窓から」
「常識的にチャイム押すって選択はなかったんですか!」
思わず荒げた声にもめげない男に、セキュリティシステムを万全にしておかず良かったのか悪かったのか真剣に悩みかけた。近いうちに兄に相談を持ちかけようと日取りを計算しつつ、そう言えば挨拶を返し忘れていたことに思い至った。
「お帰りなさい」
湊が言うと、仮不法侵入者は笑みを深くして湊を見つめた。
「あ、お風呂早めに沸かしたんで先にいただきました。ご飯ももう食べられますけど、どっちを先に済ませます?」
「湊、一つ選択肢が抜けていますよ」
まるでお芝居のように笑顔から真剣そうな顔へ表情を入れ替えた理人を、けれど湊は感心するよりも先に呆れを隠しもせずに面に出す。
「何度言われても無駄です。叶わない夢は今すぐ捨ててください」
「いいえ、俺はただ男のロマンについて研究しているだけです。湊の口から聞いてどのくらい理性が保つか実験しましょう。さあ」
「埋まってください変態」
もはや習慣となりつつある深い溜め息を腹の底から吐き出した湊と、その原因である笑みをたやさない理人の一日は今日も恙無く繰り返されたのだった。
後日、久々にかかってきた兄嫁からの電話口で、心配をかけないようにと普段は気を付けていた理人の変態活動の一つをつい口にしてしまった。
おおらかに笑った義姉は弟の不作法を詫び、湊へも防犯意識をしっかり持つようにとの注意を与えた。そして何より何気なく始まった義姉の昔語りから理人の幼少期の恥ずかしい失敗談を得た湊は、変態発言の抑止に活用することを決め大いに喜んだ。
思惑の穴に気付かずそれを実行した湊が、常人の感性を理人に期待したことが吉と出るか凶と出るかはまだわからない。