03-03(02)
→空腹を満たしに売店を目指す
「…そう言えば、まともにカメラを向けられたことってなかったっけ……」
理人が湯を使っている隙に彼に宛がった部屋へ侵入し、隠し撮りされた分の写真だけでも削除しようとカメラを操作していた湊は、己の目線が一つとしてレンズへ向けられていない写真郡に本日何度目かの溜め息を吐いたのだった。
データを確認し許容できない画像がないかチェックした湊は、結局何もせずカメラを元あった場所へ戻す。佳人のいない隙にまるで泥棒のような真似をしてしまったことへ罪悪感を抱きつつ、夕食の片づけをするべく居間へ向かった。
明かりを点けたままの居間へ入ると入浴を終えたらしい理人がそこにいた。それはいい。けれど湊は何やら見慣れない大きな器に盛られたクリームとアイスとクラッカー等の集合体、いわゆるパフェなるものを手際よく作っている男に目を丸くした。
「おや湊。どうしました?」
「それ、何してるんですか?」
湊の問いに返ったのは見たままを言葉にしたものだった。続けられた言葉に、何故理人が急にこんなものを作ったのかがわかった。
「昼間のお詫びです。あんなに怒るとは思わなくて、もうしないので許してくれませんか」
「それは…もういいですから」
湊は先ほど自分のしたことに後ろめたさを覚え、言葉に詰まりつつそう答えた。理人はそんな湊にいつもの笑みにほんの少し安堵を乗せ、立ったままの湊を椅子へ誘導した。
「では仲直りということで、どうぞ召し上がってください。味は姉の保証付きです」
そう言ってスプーンを握らされた湊は促されるまま頂上付近のアイスを一匙掬う。
「おいしい」
「お口に合って良かった。溶ける前に食べてくださいね」
促されるまま二匙目を今度は飾りのクリームへ伸ばす。ほどよく広がるココナッツの風味に顔がほころぶ。
しかしやはり一人分には量が多いそれを、夕食後の湊には食べきれそうもなかった。作り手には申し訳ないが食べるのを手伝ってもらおうと目の前の席へ目を向けると、理人は何やら感慨深そうな瞳でもって湊を見つめていた。
「…なんですか?」
「いえ、人類の造形美に思いをはせていたところです」
「は?」
「いえ、こちらの話です。さ、残りもどうぞ」
笑顔で促す理人に釈然としないものを感じつつ、湊は間食するには何があることを伝えた。予想外のことを言われたようにきょとんとする理人が落胆する前にフォローしつつ、できれば別けて食べてもらえないかと伺いを立てる。
湊の申し出に何も反応しない理人に、気を悪くさせてしまっただろうかと不安になった頃、理人は徐に頷きついでにこりととろけんばかりの笑みを浮かべた。
「なるほど。気付かなくてすみませんでした。今準備するので待っていて下さい」
「はあ…?」
何を準備すると言うのか。
突飛過ぎる発言に思考が追いつく前に、台所から楽しそうな理人の声が届く。
「大丈夫、ポッキーなら用意してあります」
「は?あの、そういう問題じゃないんですが」
「任せてください。イチゴ味もありますよ」
全くもって信用の置けない請け負いに唖然とする湊をよそに、理人はその手に三種類ほどのポッキーを持って戻ってきた。封を開けたそれらを器の端にぶすぶす刺し込み、出来上がったのは欠けてはいるがカラフルでかわいらしいパフェだった。
湊が未だに理人の真意を見抜けずにいると、理人は自ら刺したポッキーをたっぷりクリームが付着するようにして取り出して湊へ差し出した。
「はい、湊。あーん」
満面の笑みを浮かべる理人に、一体何をどう言えばいいのか。
怒るべきか恥ずかしがるべきか数瞬思案した末、湊は無難に己の手で食べることにした。
「…器をもってきますから、ちゃんと取り分けて食べましょう」
残念そうな理人を見なかったことにして食器を取りに行くべく席を離れる湊だった。
その後ねだられ粘られた末に折れた湊は理人がしたのと同じ行為をさせられた。
いつになく心労がたまっていた湊は自分の手からおいしそうにポッキーを齧る理人を、まるで兎に餌付けしているようだと思った。徐々に短くなるそれから手を放そうとするが、いつの間にか湊の手に添えられた理人のそれに阻まれる。碌に抵抗する間もなく到達した唇に指を含まれた湊はあまりのことに瞬間言葉が出なかった。
「ごちそうさまです。これに免じて、俺の部屋への侵入は不問にしますね」
にやりと微笑む理人へ怒るに怒れなくなった湊は行き場のない怒りを持て余してパフェをがっつく。
アイスの個所を一度に食べて頭痛を起こした湊を、理人はただ楽しそうに見ていた。