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第九話「ワークマンと牛タン」

■タイトル

自動車解体業者のおっさん、クビになったのでダンジョン内の魔導機兵をバラバラに解体して無双する

〜「油臭いから近寄るな」と言うのに、なぜかS級美少女たちが離してくれません〜


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第九話「ワークマンと牛タン」

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「お礼をさせてください」


 リーニャがそう言ったのは、翌週の休日だった。


「ダンジョンで何度も助けていただいて……あの、ちゃんとした場所で、ちゃんとお礼がしたくて……」


「いや、俺は仕事でやってることなんで」


「それでも!」


 押し切られた。


 渉に「断ると三人が泣きそうになる」という致命的な弱点があることは、もう確定していた。



 連れてこられたのは、管理棟から馬車で三十分ほどの場所にある、石造りの高級店だった。


 扉を開けた瞬間、渉は入り口で少し固まった。


 暖色の照明。静かな弦楽器の音。白いテーブルクロス。銀のカトラリー。


 席についている客は全員、礼装か、それに近い格好をしていた。


 渉は自分の格好を確認した。


 紺色のワークマン作業着(上下セット)。鋼芯入りの安全靴。ポケットに工具が二本入ったままだ。


「……俺、場違いじゃないですか」


「全然です!」とリーニャが言った。「一番動きやすい格好で来てくれたんですよね?」


「まあ、そうですが」


「それでいいんです」


 リーニャは確信を持って言ったが、その解釈が渉の意図とは全く違うことを、渉は知らなかった。



 案内してくれた給仕は、三十代の物腰の柔らかい男だった。


 作業着の客を見た瞬間、一瞬だけ表情が固まった。


 しかしプロだった。


「ご案内いたします」と言って、歩き出した。


 渉は席に案内されながら、ふと店の内装に目が止まった。


 壁に使われている石の積み方が、綺麗だった。目地の幅が一定で、水平が完璧に出ている。


「いい仕事してますね、この壁」と渉は小声で呟いた。


 給仕がちらりと振り向いた。「……お気づきになりましたか。この店は四十年前、先代の職人が手積みで仕上げた壁でございます」


「そうですか」渉は一度だけ壁に手を触れた。「四十年経っても狂ってない。本物の仕事だ」


 給仕が、かすかに表情を和らげた。



 料理が運ばれてきた。


 牛タンの薄切りが七枚。付け合わせに根菜のソテーと、ハーブの効いたソース。パンが小さく二切れ。


 見た目が美しかった。


「……旨そうだな」渉は素直に言った。


 フォークとナイフを手に取り、一枚目を切り分けた。


 口に入れた瞬間、少し目が丸くなった。


「旨い」


「でしょう!?」リーニャが前のめりになった。「ここ、この街で一番有名な……」


「肉の焼き加減が、全部違う」


 渉は続けた。


「七枚あって、全部微妙に違う。最初の三枚は薄いから高温で短時間。後ろの四枚は厚みがある分、中温で少し長く。それぞれに合わせてる」


 三人が顔を見合わせた。


「食べながらわかるんですか、それ……」とメイが言った。


「職人だな、料理人も」渉はうなずいた。「素材の状態に合わせて、手を変える。同じことを機械の解体でやってるんで、わかります」


 三人が再び顔を見合わせた。


 今度は、すこし柔らかい顔で。



 食事が進んで、会話がゆったりとした空気になった頃、フィオナが聞いた。


「佐藤さんって、いつもその服ですよね」


「ワークマンですね。ほぼこれだけです」


「ワークマン……」


「作業服のブランドです。日本の。安くて丈夫で、機能が全部理にかなってる」


 渉は自分の袖を少し引っ張って見せた。


「この生地、立体裁断っていって、腕を上げても突っ張らないようになってます。解体作業は腕を上げる動作が多いんで、重要なんですよ」


 リーニャが真剣な顔で袖を見つめた。


「こっちのポケット」渉は胸元を示した。「ここにペンが入る。その横にインパクトのビットが三本収まる。腰のサイドポケットはバッテリーパックがちょうど入る深さになってる。右腰と左腰で深さが違うのは、利き手側の方が出し入れが多いから」


「……設計者が、使う人間のことを考えてる」メイが静かに言った。


「そうです。機能のための設計です。見た目は地味ですが、なぜそうなっているかの理由が全部ある」



 渉は膝のあたりを叩いた。


「ここ、ダブルニーって言って生地が二重になってる。長時間しゃがむと膝が一番傷むんで。それだけで耐久性が全然違う」


「背中は」とリーニャが聞いた。


「背中はヨークって切り替えがあって」渉は背中を示した。「肩甲骨の辺りで生地が分かれてる。これがあると、前かがみの姿勢でも突っ張りが来ない」


 リーニャが聞いていた。


 真剣に、一言一句を聞いていた。


 渉がこれほど言葉多く何かを語ることが珍しかったからではない。


 渉の語り口に、何かがあった。


 自慢でも説明でもなく、ただ「好きなものについて話す人間の顔」だった。



「……佐藤さんって」フィオナが言いかけた。


「ん?」


「物のこと、すごく好きですよね。道具とか、服とか、料理とか……」


「まあ」渉は少し考えてから答えた。「物を作った人間のことを考えるのが好きなのかもしれないです。この服がこの形になってるのは、誰かが悩んで試して決めたんです。そのことが、わかる気がして」


 テーブルに、静かな間があった。


「職人同士の会話みたいなもんです」と渉は続けた。「使ってみて、初めてわかることがある」



 メイが気づいたら、手帳に速記していた。


「機能のための美しさ……究極の合理主義……職人同士の対話……」


 顔が真剣だった。しかし頬が赤かった。


 フィオナがそれを横目で見て、こっそり微笑んだ。


 リーニャは渉の話している間ずっと、渉の手を見ていた。


 フォークを持つ手。箸ではなくフォークなのに、使い方が妙に綺麗だった。


「……箸の方が得意ですか?」とリーニャが聞いた。


「そうですね、慣れてるのは箸で」


「持ち方、きれいですね」


「細かい作業が長いと、指先の精度が上がるんですよ。自然と」


 メイが「職人の指……」と呟いた。


 渉は気づかなかった。


 三人の視線が、自分の手に集中していることに、まったく気づかなかった。



 帰り際、最初に難色を示していた給仕が、渉の前でひとつ頭を下げた。


「……先ほどの壁のお言葉、先代が聞いたら喜んだと思います」


「いい仕事だったんで、つい」


「お客様のような方に言っていただけると、こちらも嬉しいです」


 渉はうなずいた。


 それだけだった。


 でも給仕は、渉たちが出ていくまで、ずっと丁寧に見送った。



 店の外に出て、夜風に当たりながら四人は並んで歩いた。


「楽しかったですか?」とリーニャが聞いた。


「旨かったです」と渉は答えた。「ありがとう、ごちそうさま」


 リーニャが笑った。


 珍しく、騎士らしい凛々しさが抜けた、柔らかい笑顔だった。


「また行きましょう」


「俺みたいな格好では、迷惑かもしれないですが」


「全然!」三人が同時に言った。


 渉は首を傾げた。


 なぜそこまで言い切れるのか、やっぱりわからなかった。


 でも、悪い気分ではなかった。


 秋の夜道を、四人で歩いた。


 風が少し、冷たかった。


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           〈第九話 了〉

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【次話予告】

「第十話:フィオナの本音と、パーティ正式加入の夜」

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