第七十七話「JDAの分裂」
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第七十七話「JDAの分裂」
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朝の巡回でコア室に入った瞬間、気づいた。
音が、痩せている。
炉の唸りは続いている。止まってはいないが、いつもより密度が薄い。
低音域が弱まり、冷却ポンプの循環にわずかなラグが出ている。
俺は制御盤に手を当てた。
掌に振動が伝わってくる。エンジンのアイドリングが落ちた時のあの感触に、少し似ている。
「……痩せてるな。電気が」
◆
「渉さん」
メイが出てきた。
いつもより表情が硬い。データを抱えた時の顔だ。
「午前四時十七分から、上層部の供給電力が絞られています。現在七十二パーセント。このペースで低下が続くと、ゴールドたちの維持エネルギーが、十八時間後に危険水域に入ります」
「七十二か。まだ動いているな」
「渉さん、これは深刻です。封鎖機構が——」
「わかっている」
俺はもう一度、炉に耳を寄せた。
低く、しかし確実に歌っている。止まる声じゃない。
◆
無線が入ったのは、そこへ小林が飛び込んできた直後だった。
「親方! 上から通達です。電力供給の制限はJDA理事会の決定で、期間は未定。現場での対応を一任すると——」
「小林、落ち着け」
「でも!」
「数字を見るな。音を聞け。まだ炉は歌っている。止まる声じゃない」
「……は、はい」
「上は上、現場は現場だ。俺たちは俺たちの仕事をする」
◆
第七層へ降りた。
小林が息を切らせて追いついてきた。
「親方、こんな時に何を……」
「来い」
俺が向かったのは、第七層の奥、機兵の残骸が積み上がっているエリアだ。
管理センターではスクラップヤードと呼んでいる。攻略済みの機兵の残骸や、回収待ちのジャンクが山になっている場所だ。
品川にいた頃、こういう場所が好きだった。
廃車置き場の隅。使えないと判断された部品の山。でも俺には、そこが宝物庫に見えた。使える部品は必ずある。目利きと手さえあれば。
◆
「小林、これなんだかわかるか」
俺が指さしたのは、大型機兵の胸部から露出した内部機構だ。
「……ゴーレム系の駆動部、ですか」
「そうだ。こいつのコアは魔導式だが、ここにあるのは純粋な発電機だ。機兵が動くための筋肉に電気を送る、ダイナモだよ」
外装のボルトに手をかけた。
トルクレンチを当てる。数値を確認。百四十ニュートンメートル。問題ない。
緩める方向に力をかけた。
ぎっ……ぎぎっ……ごっ。
固着気味だったが、動いた。
◆
外装を外すと、魔導配線と電気配線が混在していた。
色分けして分ける。赤が魔導系、青が電気系。先代の日誌にそう書いてあった。
発電機本体を取り出した。
直径六十センチほどの円筒形。表面に錆と汚れが乗っているが、形は保っている。
コイルを目視した。焼け跡がない。断線もない。
ベアリングに指をかけて、ガタを確認した。
……少し、渋い。グリスが抜けている。でも死んではいない。
「これ、使えますか」と小林が聞いた。
「グリスを入れ直せば使える。コイルも生きている」
「でも規格が違うんじゃ……」
「違うからいいんだよ」
◆
「魔導炉は上からの電力がないと励起できない。でもこいつは違う。回れば電気が出る。発電機の理屈は、どこでも同じだ」
「回すって……何で回すんですか」
俺は天井を見上げた。
第七層の吹き抜け。魔素の流れが、かすかな燐光を放って層の上から下へ流れている。いつもある。止まったことがない。
「風だよ」
「え?」
「この層には常に上から下へ魔素が流れている。空気より密度が高い分、ちゃんと力がある。第七層の吹き抜けを利用すれば、風車が組める」
小林が黙った。
メイが通信に割り込んできた。
「渉さん、理論上は可能です。ですが、設計と製作に時間が……」
「設計は頭に入っている。三日で組む」
「みっ……三日!?」と小林が裏返った声を出した。
「認可を待っていたらコアが止まる。止まる前に動かす。それが現場だ」
◆
スクラップを漁り始めた。
まず翼になる板材が要る。軽くて、魔素流に耐えられる剛性があるもの。
機兵の外装パネルが使える。薄い割に丈夫だ。
次に回転軸。ここが一番難しい。振動と荷重の両方がかかる場所だから、ベアリングの状態が重要になる。
三体分の残骸を確認して、一番状態のいい軸受けを選んだ。
小林が隣で、ノギスを当てながら寸法を測っていた。
昨日教えたばかりの使い方で、ちゃんと計測している。
「ここ、内径四十二ミリです。合いますか」
「合う。それを取っておいてください」
「わかりました」
小林の手の動きが、昨日より少し迷いが減っていた。
◆
深夜、コア室に戻った。
電力表示が六十二パーセントに下がっていた。
照明が間引きされて、薄暗くなっている。
炉の唸りが、朝より低くなっていた。
俺は作業台に手描きの図面を広げた。
風車の翼の角度が、まだ決まっていない。
魔素流は空気より密度が高い。普通の風車の設計式をそのまま使うと、軸への負荷が大きくなりすぎる。翼の角度を浅くして、回転数より安定性を優先する設計にする必要がある。
鉛筆を走らせた。
計算式を書いて、消して、また書く。
◆
「渉さん」
メイが出てきた。
光量をいつもより落としていた。電力を気にしているのだろう。
「……休まれないのですか」
「もう少しで図面がまとまる。翼の角度が難しい。魔素流は空気より密度が高いから、普通の風車だと軸が焼き付く」
「申し訳ありません。私の管理能力が至らないばかりに……」
「メイ、お前のせいじゃない」
俺は手を止めて、メイを見た。
「上で腹の探り合いをしている連中の問題だ。現場には関係ない」
「でも、渉さんがこんな——」
「無理じゃない。必要なことをやっているだけだ」
◆
炉の唸りが、わずかに低くなった。
俺はそれを聞きながら、鉛筆を持ち直した。
「なあメイ。解体屋って商売はな、壊すのが仕事じゃないんだ」
「……?」
「使えるものを残すのが仕事だ。建物を壊す時も、柱の一本、梁の一本まで、次に使えるように選り分ける。それが本当の解体だ」
「それと同じことを、第七層で……」
「機兵の墓場は、宝物庫だよ。誰も見向きもしないが、ちゃんと使える部品が眠っている。品川の廃車置き場と、何も変わらない」
メイが少し黙った。
「渉さん」
「なんですか」
「私も手伝います。設計データのシミュレーションを。魔素流の変動パターンなら、蓄積データがあります」
「助かる。……ありがとう、メイ」
「こちらこそです、渉さん」
◆
二人で図面に向かった。
メイが魔素流のデータを出してくる。俺が翼の角度を計算する。
薄暗いコア室で、炉の唸りだけが響いていた。
JDAが分裂しようが、予算が削られようが、関係ない。
俺は第八層を止めない。
コア炉の声が完全に止まる前に、新しい動力を用意する。
それが、俺の仕事だ。
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〈第七十七話 了〉
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【次話予告】
七十二時間。
風車の骨格が、第七層の吹き抜けに立ち上がった。
そこへ、田中が段ボール箱を抱えてやってきた。
「廃工場の倉庫から出てきた。先代の最後の発注品らしい」
俺はそのパーツを見て、しばらく動けなかった。
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【あとがき】
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第七十七話、お読みいただきありがとうございました。
「電気が来ないなら、自分たちで作ればいい」という発想を、今回は泥臭く描くことを意識しました。
机上の理論ではなく、スクラップヤードで一個ずつ部品を選ぶ。ベアリングのガタを指で確かめる。コイルの焼け跡を目視する。そういう地道な作業の積み重ねが、最終的に「自家発電機」という解決策になる。渉の問題解決は、いつもここから始まります。
魔素流を「風」として捉える発想は、渉の「機械の理屈はどこでも同じ」という信念の表れです。空気より密度が高い流体が一定方向に流れている。ならば風車が回る。原理は同じです。魔法の世界の現象を、物理の言葉に翻訳できるのが渉の強みです。
「解体屋は壊すのが仕事じゃない。使えるものを残すのが仕事だ」という台詞は、この作品を通じて渉が伝えたいことの核心のひとつだと思っています。解体という行為の本質は、「終わり」ではなく「次への引き継ぎ」です。機兵の墓場を宝物庫と見る目は、そこから来ています。
メイがホログラムの光量を落として電力を節約している描写は、細かいですが入れたかったシーンです。渉だけが現場を守っているのではない。メイも、できることをしている。
(作者)




