表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/77

第六十一話「違和感の正体」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第六十一話「違和感の正体」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 同期が完了した翌朝。


 渉は一人で第八層に降りた。


 誰も連れなかった。


 メイには「最終確認をします」と伝えた。それだけだった。



 調整装置の前に立った。


 インジケーターは全点灯のまま。数値は安定している。メイが昨夜確認した時も「問題なし」だった。


 渉は装置に手を当てた。


 温度を確認した。


 かすかに、温かかった。


 稼働中の装置だから当然だ。しかし渉には、この温度の「質」が気になった。


 均一ではない。


 左下の角が、他より少しだけ高い。



 点検ハンマーを取り出した。


 装置の外装を、端から順番に叩いていった。


 コン。コン。コン。


 均一な音が続く。


 左下の角に近づいた。


 コン。


 音が、わずかに濁った。


 渉は同じ箇所をもう一度叩いた。


 コン。


 やはり濁っている。ごく微細な差だ。メイの感知スキルでは出なかった差だ。


「……ここだな」



 渉はしゃがんで、左下の角に手を当てた。


 指の腹を、外装に押しつけた。


 じっと、感覚を集中させた。


 三十秒後。


「熱い」


 指先に、微細な熱が伝わってくる。


 「温かい」ではなく「熱い」。装置全体の温度より、確実に高い。


 ベアリングだ、と渉は思った。


 内部の回転機構のベアリングが、何らかの理由で摩擦を起こしている。



 渉はノギスを取り出した。


 外装の変形がないか計測した。


 〇・〇三ミリ。


 わずかな膨らみがあった。


 熱で金属が膨張している証拠だ。


 渉はメモ帳に書き込んだ。


「場所、左下角。熱源:内部ベアリング疑い。変形:〇・〇三ミリ。数値上は正常域、物理的には要確認」



 地上に戻って、メイを呼んだ。


「計測結果を見てください」


 メイがメモを確認した。


「……数値上は問題なかったですが」


「数値が出る前に、物理的な変化が始まっています」


「どういうことですか」


「ベアリングが熱を持っている。このまま帰還装置を起動すると、起動時の振動でベアリングが焼き付く可能性があります」


「焼き付くと……」


「同期が途中で切れます。さらに最悪の場合、装置全体に過負荷がかかって、先代が警告した崩落が起きる可能性がある」


 メイが固まった。


「……それは、帰還できないということですか」


「今の状態では、安全に起動できないということです」



 メイがタブレットを開いた。


「もう一度、深部の感知を試みます。もっと精細なスキルを使えば……」


「感知で数値が出ない変化を、俺の指が感じています。感知スキルが間違ってるんじゃなくて、感知できる精度の問題です」


「……それは」


「魔法のセンサーが『正常』と言って、俺の指が『熱い』と感じる時は、指の方が早く気づいています。それだけです」



 勇馬が来た。


「状況を聞きました。どうするんですか」


「ベアリングを確認します。外装を一部外して、内部のベアリングの状態を直接見ます」


「また解体ですか」


「必要な範囲だけです」


「……手伝います」


「ありがとうございます」



 第八層に三人で降りた。


 左下の外装パネル、ボルト八本。昨日外したのと同じ手順だ。


 炙る。緩める。外す。


 四本目を外した時、勇馬が言った。


「渉さん、内側から音がします」


「聞こえますか」


「カチ、カチ、って。小さいですが」


 渉は手を止めた。


 耳をすませた。


 確かに、微細な打音が聞こえる。


「……ベアリングが既に傷んでいる。接触摩耗の音です」


「それは……深刻ですか」


「深刻です。でも直せます」



 残り四本のボルトを外して、パネルを開いた。


 内部に、直径十五センチほどのベアリングが見えた。


 表面に、微細な傷が走っていた。


 金属疲労の跡だ。


 渉はそれを見て、少し目を細めた。


「……二十五年か」


「何ですか?」とメイが聞いた。


「この装置が作られてから、二十五年以上経っています。先代が設計した時は正常だった。でも時間が経つと、金属が疲れる。それだけのことです」


「治せますか」


「ベアリングを交換すれば治せます。問題は、この規格のベアリングがここにあるかどうかですが」


 渉はノギスでベアリングの径を計測した。


 メモに書いた。


 それをバラムに送った。



 三分後、バラムから返信が来た。


「……在庫にある。スクラップから取れる」


「何個ありますか」


「三個」


「助かりました。明日、持ってきてもらえますか」


「持っていく。ついでに聞く。何があった」


「金属疲労です」


「……先代の設計が、時間に負けたか」


「負けたわけじゃないです。先代の設計通りに動いて、先代の想定通りに疲れただけです。次の担当者が直す前提で作られていたんだと思います」


 バラムが返信するまで、少し間があった。


「……そうか。明日、持っていく」



 その夜、工房で渉は図面を広げた。


 ベアリング交換の手順を書いた。


 必要な工具のリスト。作業時間の見積もり。確認項目。


 全部書いた。


 書き終えて、渉は少し机に背を預けた。


 先代の設計は正しかった。


 ただ、時間がかかりすぎた。


 先代が来てから、渉が来るまで。


 その時間の分だけ、機械は疲れていた。


「……俺が来るのが、もう少し早ければよかったな」


 誰にともなく、呟いた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           〈第六十一話 了〉

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次話予告】

 ベアリングの交換作業が始まった翌朝。

 第八層への通路に、見慣れない装備の集団が降りてきた。

 JDA上層部の武装作業チームだった。

 「この装置を接収します。全員、退いてください」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【あとがき】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 第六十一話、お読みいただきありがとうございました。


 「数値vs感覚」という対比を、今回は「〇・〇三ミリの変形」と「ベアリングの熱」で描きました。


 メイの感知スキルは正確です。ただ、感知できる解像度には限界がある。渉の指先は、その限界の外側にある変化を感じる。これは「魔法より職人が優れている」という話ではなく、「それぞれに得意な領域がある」という話です。渉自身、そう言っています。「感知スキルが間違ってるんじゃなくて、感知できる精度の問題です」。


 「カチ、カチ」という音を勇馬が聞き分けた場面。彼はここで、渉に言われる前に自分で気づいた。これが打音検査の訓練の成果です。先生が何も言わなくても、弟子の耳が動いている。


 「俺が来るのが、もう少し早ければよかったな」というラストの一言。渉は先代を責めていない。ただ、もっと早く来て一緒に仕事ができれば、と思っている。それが渉の先代への気持ちです。


                   (作者)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ