第六話「聖遺物、5-56と呼ばれる」
■タイトル
自動車解体業者のおっさん、クビになったのでダンジョン内の魔導機兵をバラバラに解体して無双する
〜「油臭いから近寄るな」と言うのに、なぜかS級美少女たちが離してくれません〜
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第六話「聖遺物、5-56と呼ばれる」
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中層への降下ルートは、第三層の奥にある石造りの階段から始まる。
「中層」と一括りにされているが、正確には第四層から第七層を指す。壁の材質が変わる。第三層までの灰色の石積みと違い、中層は黒光りする金属合金が壁面を覆っている。
足音が変わる。
コツコツという靴の音が、ガキンガキンという金属的な反響に変わる。ヘッドライトの光が壁に当たって乱反射し、視界が妙に明るくなる。
渉はその変化を、淡々と観察しながら歩いた。
「壁の素材が変わりましたね」とメイが言った。今日は彼女たちがパーティとして同行している。昨日の「お試し同行」が正式同行になった経緯は、渉には今ひとつよくわかっていない。
「エンシェント・ギアの外装と同じ合金ですよ、これ」とメイは続けた。「つまりこの階層全体が、一種の巨大な機械構造物なんです」
「……ふむ」
渉は壁に手を触れた。
ひんやりとした感触。そしてわずかな振動。生きているような、低い振動。
「何か動いてますね、まだ」
「え?」
「壁の奥。何かが動いてる音がする」
メイが魔法の感知器具を取り出したが、「反応が……出ません」と首を傾げた。
「そりゃあ、この壁は魔法を遮断するんでしょう」
「……そうなんですが、なぜ佐藤さんにはわかるんですか」
「経験です」と渉はあっさり言った。「エンジンのアイドリング音みたいなもんです。音というより、振動で感じる」
メイが手帳を出した。
渉が歩き出したので、メイは走り書きしながらついていった。
◆
問題の機兵は、第五層の広間の中央にいた。
いや、「いた」というより「固まっていた」という方が正確だ。
高さ四メートルほどの二足歩行型機兵。しかし全身が、赤茶色の錆に覆われていた。関節という関節が固着し、もはや指一本動かせない状態に見えた。胸の魔法陣は消えている。完全な機能停止状態のように見える。
「攻略不能の個体ですね」とメイが言った。「こういう固着型は、外装が完全に一体化してしまって、物理的に分解できないんです。かつて三十人のAランク探索者が解体を試みて、全員の工具が折れたという記録があって……」
「折れた?」
「はい。素材が特殊で、通常の金属工具が受け付けないんです」
渉は固着機兵の前にしゃがんだ。
腕の関節部分に顔を近づけ、目を細めた。
錆の層が厚い。だが……。
「これ、動いてますよ、まだ」
「え?」
「微振動してます。完全に死んでるわけじゃない」
渉は立ち上がり、バッグを下ろした。
◆
取り出したのは、黄色と青の缶だった。
KURE 5-56。ロゴが日本語で書いてあるため、ここの世界の文字ではない。
リーニャが「それは?」と聞いた。
「潤滑剤です。錆びたボルトや固着した金属を緩めるやつ。浸透力が高いんで、隙間から入っていきます」
「魔法の道具ですか?」
「ホームセンターで四百円くらいです」
メイの手帳を持つ手が止まった。
「……よ、四百円」
「安売りの時は三百円台になりますよ」
渉はノズルを伸ばして、機兵の関節部分に吹きつけた。
シュッ、という小気味よい音。
白い霧が関節の隙間に吸い込まれていく。
独特のケミカルな匂いが広間に漂った。
◆
フィオナが、ふと鼻を動かした。
機械油の匂いと、鉄の匂いと、そして……この独特の化学的な香り。
なぜかそれが、渉の匂いと混ざって、不思議と鼻腔に心地よかった。
「……フィオナさん?」
メイが不思議そうに見ると、フィオナは我に返って「なんでもない」と首を振った。
しかし耳が赤かった。
「この匂い、なんというか……佐藤さんぽくて……」
小声だったが、メイには聞こえた。
メイも、黙って頷いた。
確かに、渉の作業着にはいつもこの種の匂いが染み込んでいる。機械油と金属と、ケミカルと、そして汗の匂い。それが混ざり合った、他では嗅いだことのない香り。
不思議と、嫌ではなかった。
むしろ、安心する匂いだった。
◆
「固いやつにはこっちも使います」
渉が次に取り出したのは、細長い缶だった。
WAKO'S ラスペネ。5-56より浸透力が高い上位品だ。
「二種類あるんですか」とメイが声を裏返した。
「用途によって使い分けます。こっちは高いんで普段は惜しいですが、この個体には必要そうで」
「高い、というのは……」
「千円以上しますね」
メイの中で何かが崩壊する音がした(比喩)。
王立魔導技師団が「固着型攻略不能」と認定した難敵が、千円のスプレーで解決しようとしている。
◆
五分後。
渉がスピンナハンドルにロングエクステンションを継ぎ足して、関節部のボルトに差し込んだ。
スピンナハンドルとは、ソケットレンチの一種で、ラチェット機構を持たない代わりに、大きなトルクをかけられるバーだ。それにエクステンションバーを重ねることで、全長を一メートル近くまで延長できる。
「梃子の原理です」と渉は言いながら、腰を低く落とした。
バーの端を両手で握り、体重をゆっくりとかける。
「力で回すんじゃなくて、てこを使う。機械の解体は、力じゃなくて理屈です」
ぎっ、という音がした。
次の瞬間、メキ、という音。
そして、スルリとボルトが緩んだ。
「あ」とリーニャが言った。
渉は涼しい顔でボルトを抜いた。数百年固着していた金属が、あっさりと分離した。
「そこもです」
二本目。
「こっちも」
三本目。
インパクトレンチに換えた。ヴィィィィ、という軽快な回転音が、金属の広間に響いた。
◆
十分後。
固着機兵は、床に静かに横たわっていた。
すでに上半身と下半身が分離されており、右腕が外れ、左腕が外れ、頭部が外れ、胸部装甲が展開されて、内部構造が露出している。
「攻略不能」だったものが、まるで「ただの大きなジグソーパズル」のように部品になっていた。
「……」
三人は言葉が出なかった。
「回収物はそっちの袋に入れてください」と渉が言った。「あ、でかいパーツは俺が運びます。女性に重いもの持たせたら悪いんで」
「持ちます!!」とリーニャが叫んだ。
「いや、重いですよ」
「持ちます!!!!」
◆
地上に戻った後、メイはすぐに行動した。
5-56の空き缶とラスペネの缶を、研究用バッグの専用ケースに格納した。白手袋のまま、まるで発掘した遺物を扱うように。
「成分を解析します。これが固着型に効くメカニズムがわかれば、魔導的な再現が……」
「ただの市販品ですよ、本当に」
「でも効いたじゃないですか!!」
渉には言い返す言葉が思い浮かばなかった。
確かに効いたのだ。
◆
後日談として、メイが研究所に持ち帰った5-56のサンプルは、同僚の研究員を震撼させることになる。
「これは……神代の精製術による、魔力溶媒……?」
「成分が未登録物質だらけで……古代文明の……」
「どこで入手を……!」
メイが「ホームセンターで四百円です」と答えた時、研究室に沈黙が落ちた。
その後、三人の研究員が「現物を見せてほしい」と管理棟に押しかけてきたが、渉は「そんなこと言われても日本にしか売ってないんで」と困り顔で答えた。
三人の研究員が膝から崩れ落ちたのを、田所が遠くから見届けた。
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〈第六話 了〉
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