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第五十九話「同期(シンクロ)開始」

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第五十九話「同期シンクロ開始」

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 接続端子の最終確認が終わったのは、工事停止から二十五分後だった。


 渉はメイを振り返った。


「こちらの準備、完了です」


「同期シーケンスの確認もできています」とメイが言った。


「田中に連絡します」



 ビデオ通話を繋いだ。


 田中の顔が出た。工場の床下だった。懐中電灯の光。


「田中、準備はできましたか」


「できてる。手が震えてるけど」


「俺もです。いきましょう」


「……了解。佐藤さん、何をどうすれば」


「地上側のトグルスイッチを右に倒す。それだけです。俺がカウントダウンします。三で動かしてください」


「わかった」


「田中」


「うん」


「間違っても何も言わなくていいです。スイッチを右に倒す。それだけを考えてください」


「……わかった」



 渉は調整装置の前に立った。


 内部に露出した大型レバー。これを引く。


 メイが隣で感知スキルを使って状態を確認していた。


「エネルギーの流れ、安定しています。同期の条件、整っています」


「勇馬、周囲の異常を確認してください」


「異常なし」と勇馬が答えた。


「ゴールド」


「待機中」とゴールドが壁際から答えた。


「では始めます」



 渉はスマートフォンを持ち直した。


 田中の顔が画面に見える。


「田中、いきます。三、二、一……」


 その瞬間。


 地上のスイッチを田中が右に倒した。


 地下のレバーを渉が引いた。


 同時だった。



 何も起きなかった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「……反応がないです」とメイが言った。


 渉は装置を見た。


 インジケーターが動いていない。


「田中、スイッチは動きましたか」


「動いた。右に倒した」


「止まってませんか、途中で」


「止まってない。ちゃんと倒れてる。でも……ちょっと待って」


 田中がスマートフォンを装置に向けた。


「ヒューズが飛んでる。小さいランプが一個、消えてる」



 渉は少し考えた。


「ヒューズが飛んだ。予備は持ってますか」


「持ってない……そんな古い規格のヒューズ、今どきないよ」


「どんな形のヒューズですか。写真を撮って送ってください」


 三十秒後、写真が届いた。


 円筒形の古いガラス管ヒューズ。確かに現代では珍しい規格だ。


「田中、工具箱に銅線はありますか」


「銅線? 細いやつなら電気工事用を少し」


「太さを確認してください。〇・五ミリ以下のやつ」


 また写真が届いた。


「〇・三ミリのがある」


「十センチ切って、ヒューズを外した後の端子間に直結してください」


 沈黙があった。


「……直結? それ、マニュアル的にどうなの」


「マニュアルにはない手順です。でも、俺が責任を持ちます」


「……佐藤さんが責任を持つなら」と田中が言った。「やる」



 一分後。


「やった。端子間に直結した。また倒してみる」


「待ってください。こっちも準備します」


 渉はレバーを握り直した。


「メイさん、状態は」


「同じです。安定してます」


「勇馬」


「異常なし」


「田中」


「準備できた」


「いきます。三、二、一」



 レバーを引いた。


 田中がスイッチを倒した。


 今度は、何かが起きた。


 装置のインジケーターが点灯した。


 低い振動が床から伝わってきた。


 ウォォォン、という唸りが、第八層全体に広がった。


「反応があります!」とメイが叫んだ。「エネルギーの流れが……地上と連動し始めています……!」



 ゴールドが「調整コア、起動確認」と言った。


 渉の手元の品川ナンバーが、かすかに光り始めた。


 青白い光。


 地下の渉と、地上の田中が、薄い膜一枚を挟んで同じ装置を操作している。


 二十五年という時間と、地下と地上という距離が、一瞬だけ消えた気がした。


 渉は装置から目を離さなかった。


 スマートフォンの画面の中で、田中がスイッチを押さえていた。


「田中、聞こえますか」


「聞こえてる」田中の声が言った。「なんか、装置が揺れてる。手に振動が来てる」


「同じです、こっちも」


「……繋がってる感じがする」


「繋がってます」



 メイが手帳に数値を書き込みながら言った。


「圧力が……均等になっています。地上側とダンジョン側の差が……縮まってきています」


「どのくらいかかりますか」


「このペースなら……三十分から四十分で完全同期できます」


 渉はスマートフォンを持ち直した。


「田中、まだかかります。スイッチを押さえ続けられますか」


「押さえる。手が痛くなってきたけど」


「軍手、使ってください」


「持ってきてた。えらい」


「持ってくるように言いませんでしたが」


「佐藤さんに会いに行く時は、いつも軍手と工具を持ってくと決めてる」



 渉は少し黙った。


「……ありがとうございます」


「礼はいらん。飯奢ってくれれば」


「奢ります」


「焼き肉がいい」


「わかりました」


 勇馬が渉の横で、小声で「仲がいいですね」と言った。


「二十年一緒にいた人間です」と渉は答えた。


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           〈第五十九話 了〉

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【次話予告】

 「同期完了まで、あと五分」とメイが言った。

 その時、帰還装置のメーターが動き始めた。

 「〇」に近づいていく数値。

 渉はレバーを握りながら、工房の棚の品川ナンバーを思った。



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【あとがき】

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 第五十九話、お読みいただきありがとうございました。


 「銅線で直結しろ。俺が責任を持つ」というセリフが書きたかった回です。


 マニュアルにない手順をとる時、現場の人間が言うべき言葉はこれだと思っています。「できるかどうかわからない」ではなく「俺が責任を持つ」。渉が二十五年で積み上げてきた根拠のある自信が、田中を動かす。


 品川ナンバーが光り始める場面。地上と地下が繋がり始めた物理的な現象ですが、同時に「渉と先代が繋がっている」という感情的な意味も込めました。


 田中の「軍手と工具を持ってくと決めてる」というセリフは、後から書き足したものです。田中は渉の指示を待つだけではなく、自分なりの準備をしている。それが彼の誠実さの表れです。


 「飯奢ってくれれば」「焼き肉がいい」「わかりました」という会話は、世界を救っている最中のやりとりとして書きました。これが、この物語の温度です。


                   (作者)

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