第五十九話「同期(シンクロ)開始」
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第五十九話「同期開始」
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接続端子の最終確認が終わったのは、工事停止から二十五分後だった。
渉はメイを振り返った。
「こちらの準備、完了です」
「同期シーケンスの確認もできています」とメイが言った。
「田中に連絡します」
◆
ビデオ通話を繋いだ。
田中の顔が出た。工場の床下だった。懐中電灯の光。
「田中、準備はできましたか」
「できてる。手が震えてるけど」
「俺もです。いきましょう」
「……了解。佐藤さん、何をどうすれば」
「地上側のトグルスイッチを右に倒す。それだけです。俺がカウントダウンします。三で動かしてください」
「わかった」
「田中」
「うん」
「間違っても何も言わなくていいです。スイッチを右に倒す。それだけを考えてください」
「……わかった」
◆
渉は調整装置の前に立った。
内部に露出した大型レバー。これを引く。
メイが隣で感知スキルを使って状態を確認していた。
「エネルギーの流れ、安定しています。同期の条件、整っています」
「勇馬、周囲の異常を確認してください」
「異常なし」と勇馬が答えた。
「ゴールド」
「待機中」とゴールドが壁際から答えた。
「では始めます」
◆
渉はスマートフォンを持ち直した。
田中の顔が画面に見える。
「田中、いきます。三、二、一……」
その瞬間。
地上のスイッチを田中が右に倒した。
地下のレバーを渉が引いた。
同時だった。
◆
何も起きなかった。
一秒。
二秒。
三秒。
「……反応がないです」とメイが言った。
渉は装置を見た。
インジケーターが動いていない。
「田中、スイッチは動きましたか」
「動いた。右に倒した」
「止まってませんか、途中で」
「止まってない。ちゃんと倒れてる。でも……ちょっと待って」
田中がスマートフォンを装置に向けた。
「ヒューズが飛んでる。小さいランプが一個、消えてる」
◆
渉は少し考えた。
「ヒューズが飛んだ。予備は持ってますか」
「持ってない……そんな古い規格のヒューズ、今どきないよ」
「どんな形のヒューズですか。写真を撮って送ってください」
三十秒後、写真が届いた。
円筒形の古いガラス管ヒューズ。確かに現代では珍しい規格だ。
「田中、工具箱に銅線はありますか」
「銅線? 細いやつなら電気工事用を少し」
「太さを確認してください。〇・五ミリ以下のやつ」
また写真が届いた。
「〇・三ミリのがある」
「十センチ切って、ヒューズを外した後の端子間に直結してください」
沈黙があった。
「……直結? それ、マニュアル的にどうなの」
「マニュアルにはない手順です。でも、俺が責任を持ちます」
「……佐藤さんが責任を持つなら」と田中が言った。「やる」
◆
一分後。
「やった。端子間に直結した。また倒してみる」
「待ってください。こっちも準備します」
渉はレバーを握り直した。
「メイさん、状態は」
「同じです。安定してます」
「勇馬」
「異常なし」
「田中」
「準備できた」
「いきます。三、二、一」
◆
レバーを引いた。
田中がスイッチを倒した。
今度は、何かが起きた。
装置のインジケーターが点灯した。
低い振動が床から伝わってきた。
ウォォォン、という唸りが、第八層全体に広がった。
「反応があります!」とメイが叫んだ。「エネルギーの流れが……地上と連動し始めています……!」
◆
ゴールドが「調整コア、起動確認」と言った。
渉の手元の品川ナンバーが、かすかに光り始めた。
青白い光。
地下の渉と、地上の田中が、薄い膜一枚を挟んで同じ装置を操作している。
二十五年という時間と、地下と地上という距離が、一瞬だけ消えた気がした。
渉は装置から目を離さなかった。
スマートフォンの画面の中で、田中がスイッチを押さえていた。
「田中、聞こえますか」
「聞こえてる」田中の声が言った。「なんか、装置が揺れてる。手に振動が来てる」
「同じです、こっちも」
「……繋がってる感じがする」
「繋がってます」
◆
メイが手帳に数値を書き込みながら言った。
「圧力が……均等になっています。地上側とダンジョン側の差が……縮まってきています」
「どのくらいかかりますか」
「このペースなら……三十分から四十分で完全同期できます」
渉はスマートフォンを持ち直した。
「田中、まだかかります。スイッチを押さえ続けられますか」
「押さえる。手が痛くなってきたけど」
「軍手、使ってください」
「持ってきてた。えらい」
「持ってくるように言いませんでしたが」
「佐藤さんに会いに行く時は、いつも軍手と工具を持ってくと決めてる」
◆
渉は少し黙った。
「……ありがとうございます」
「礼はいらん。飯奢ってくれれば」
「奢ります」
「焼き肉がいい」
「わかりました」
勇馬が渉の横で、小声で「仲がいいですね」と言った。
「二十年一緒にいた人間です」と渉は答えた。
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〈第五十九話 了〉
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【次話予告】
「同期完了まで、あと五分」とメイが言った。
その時、帰還装置のメーターが動き始めた。
「〇」に近づいていく数値。
渉はレバーを握りながら、工房の棚の品川ナンバーを思った。
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【あとがき】
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第五十九話、お読みいただきありがとうございました。
「銅線で直結しろ。俺が責任を持つ」というセリフが書きたかった回です。
マニュアルにない手順をとる時、現場の人間が言うべき言葉はこれだと思っています。「できるかどうかわからない」ではなく「俺が責任を持つ」。渉が二十五年で積み上げてきた根拠のある自信が、田中を動かす。
品川ナンバーが光り始める場面。地上と地下が繋がり始めた物理的な現象ですが、同時に「渉と先代が繋がっている」という感情的な意味も込めました。
田中の「軍手と工具を持ってくと決めてる」というセリフは、後から書き足したものです。田中は渉の指示を待つだけではなく、自分なりの準備をしている。それが彼の誠実さの表れです。
「飯奢ってくれれば」「焼き肉がいい」「わかりました」という会話は、世界を救っている最中のやりとりとして書きました。これが、この物語の温度です。
(作者)




