表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/71

第五十八話「JDAの影とタイムリミット」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第五十八話「JDAの影とタイムリミット」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 翌朝七時。


 渉が第八層の最終整備に入ろうとしていた時、スマートフォンが鳴った。


 石倉からだった。


「佐藤さん、大変なことになりました」


 石倉の声が、いつもより低かった。


「JDA上層部が、品川の工場解体工事を今日に繰り上げました」


 渉の手が止まった。


「今日?」


「一時間後に重機が入るそうです。私は昨夜まで知らされていませんでした。明らかに、こちらの動きに気づいて……」


「田中に連絡します」



 田中に電話した。


 二コール目で出た。


「佐藤さん、今工場の前にいる。さっきから変なんだよ。工事業者が早朝から来てて……」


「重機が入る。工事を止めてください」


「止める? どうやって」


「点検中です、と言ってください」


「俺、関係者じゃないよ?」


「山下解体工業の元従業員です。床下の設備の点検中です。それだけ言えば、一時的に止まります」


「……わかった。やってみる」



 電話を切った渉に、勇馬が「どういう状況ですか」と聞いた。


「地上の工場が取り壊されます。その前に田中が地上側の装置を動かさないと、同期ができない」


「あとどのくらい時間が必要ですか、こっちは」


「ボルト三本と、接続端子の最終確認です。早くて四十分」


「田中さんが四十分、時間を稼げれば」


「そうです」


 勇馬がバッグを持った。


「やりましょう。急ぎます」



 第八層に降りながら、石倉に折り返した。


「石倉さん、書類で工事を止められますか」


「……やってみます。品川の装置は当初の調査記録に含まれているはずです。文化財的な扱いで一時停止の申請を……やります。時間を稼ぎます」


「何分持ちますか」


「申請の処理が通るまで最低三十分。但し、上層部が直接指示を出している場合は……確実ではありません」


「それで十分です。お願いします」


「……佐藤さん」


「なんですか」


「今回、現場の判断を優先します。本部に反旗を翻すことになりますが……それが正しいと思います」


 渉は少し間を置いた。


「ありがとうございます」


「現場に恥をかかせるような仕事はしたくない、ということです」



 地上では。


 田中がバールを一本持って、工場の入口に立っていた。


 重機のオペレーターが「何してるんですか、そこをどいてください」と言った。


「床下の点検中です。元従業員として、設備の安全確認が完了するまで待ってもらいたい」


「そんな話は聞いていません。工程通りに……」


「JDAの管理設備が入ってます。勝手に壊したらJDAとのトラブルになりますよ。それでもいいですか」


 オペレーターが無線を取り出した。


 上に確認する間、田中はバールを持ったまま動かなかった。


 手が震えていた。


 でも足は動かなかった。



 地下では。


 渉が第八層の調整装置の前に戻っていた。


 残りのボルト三本。


 ガストーチを点けた。


 炙る。トーチを消す。ソケット。


 ぎぎぎ……パキィッ。


 一本。


「あと二本」と勇馬がカウントした。


 二本目。


 炙る。トーチを消す。


 今回は少し時間がかかった。二回炙った。


 ぎぎぎ……パキィッ。


 二本。



 地上で田中のスマートフォンが鳴った。


 石倉からだった。


「田中さんですか。JDA施設管理部の石倉です。今から工事一時停止の申請書を送ります。現場の責任者に見せてください」


「わかりました……!」


 三分後、スマートフォンに書類が届いた。


 田中は重機の前まで走って、オペレーターに画面を見せた。


 オペレーターが読んだ。


 無線を使った。


 また待った。


 田中は息を止めていた。



 地下で渉が最後のボルトを炙っていた。


「田中から連絡は」とメイが聞いた。


「まだです」


「間に合いますか」


「わかりません。急ぎます」


 ガストーチを消した。


 ソケットを当てた。


 ぎぎぎぎぎ……。


 抵抗が強かった。


 渉は腰を落として、全体重をかけた。


 ぎぎぎぎぎ……パキィッ。


 外れた。


「……外れました」


「全部外れましたか」とメイが聞いた。


「全部です」



 その瞬間、スマートフォンが振動した。


 田中からのメッセージだった。


 「石倉さんの書類が通った。工事が三十分止まった。急いで」


 渉は立ち上がった。


「接続端子の確認をします。三十分で終わらせます」


 勇馬が「言われたことを全部やります」と言った。


「ありがとうございます。行きます」



 管理センターの事務室では、石倉が電話を持って廊下を歩き回っていた。


 本部から電話が来た。


「石倉、何を考えている。誰の許可で工事停止を……」


「現場の判断です」


「現場の判断? お前の権限は……」


「現場の安全確認が完了していない状態での工事は、規約上、私の権限で停止できます。条文を読んでいただければ」


 上司が黙った。


「三十分後に再開できます。それ以上は求めません」


 また沈黙。


「……三十分だ」と上司が言った。


「ありがとうございます」


 石倉は電話を切って、壁に手をついた。


 手が少し震えていた。


 でも、口の端が上がっていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           〈第五十八話 了〉

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【次話予告】

 接続端子の確認完了。

 「田中、準備はできましたか」

 「できてる。手が震えてるけど」

 「俺もです。いきましょう」

 地上と地下で、同時にレバーに手がかかった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【あとがき】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 第五十八話、お読みいただきありがとうございました。


 三つの現場が同時に動く回です。地下の渉、地上の田中、事務室の石倉。それぞれが自分のできることをやっている。


 石倉について。今回の彼は「現場の判断を優先する」と言いました。47話で「収益の話」を持ってきた男が、ここで「現場に恥をかかせたくない」と言う。人間は変わる。正確には、最初から「現場を大事にしたい」という気持ちがあったのだと思います。それを阻んでいたのは組織の論理で、渉の仕事を間近で見て、その論理の優先順位が変わった。


 田中がバール一本で工事業者の前に立つ場面。彼は渉ほどの技術者ではない。でも「佐藤さんが急いでいる」という一点で、足が動く。それが田中という人間の強さです。


 石倉の「口の端が上がっていた」というラストは、彼なりの誇りを表現したつもりです。


                   (作者)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ