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第五十七話「第八層、コアの解体」

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第五十七話「第八層、コアの解体」

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 第八層の「世界調整コア」は、中央部の広間にあった。


 前回、山下義雄の音声ログを再生した台座から、さらに奥に進んだ先だ。


 広間は広かった。天井が高い。壁面に設計図のような刻みが走っている。


 正面に、それがあった。


 縦三メートル、横二メートルほどの構造体。主電源盤と呼ぶのが一番近い。金属の外装に、複数のパネルが取り付けられている。


 表面全体が、黒ずんでいた。


 何百年分かのエネルギーの焼け跡だ。



 メイが感知スキルを使った。


「……封印が強固です。エネルギーが何重にも重なっていて……接触すると反発が起きる可能性があります」


「ボルトの状態は」と渉が聞いた。


「え?」


「外装を固定しているボルトです。状態を確認したい」


 渉が近づいた。


 外装パネルの縁に手を当てた。


 点検ハンマーで、コン、コン、コンと叩いた。


「……固着してます。かなりきつい」


「封印とは関係なく?」


「封印云々より、単純に何百年も放置されたボルトが固着してます。それだけです」



 渉はバッグを下ろして、ガストーチを取り出した。


 バラムに頼んで用意してもらった、小型の業務用トーチだ。


 勇馬が「それは……」と言った。


「炙ります」


「炙る? あの構造体を?」


「ボルトを。金属を熱すると膨張して、冷える時に収縮する。その時に固着が緩む。ただの熱膨張の差です」


「でも封印が……」とメイが言った。


「封印はエネルギーの話です。金属の熱膨張は物理の話です。関係ないです」



 渉はトーチに火を点けた。


 青い炎が細く出た。


 外装パネルの端、一番アクセスしやすいボルトの頭に向けた。


 炙り始めた。


 十秒。


 二十秒。


 ボルトの頭が赤みを帯びてきた。


 メイが感知スキルを使いながら「……エネルギーの反発が……増してます」と言った。


「どのくらいですか」


「危険域には入っていません。でも……上がってます」


「五分以内に外れれば問題ないです」


 渉はトーチを消した。


 スピンナハンドルを取り出した。



 熱したボルトの頭にソケットを当てた。


 ゆっくりと力をかける。


 ぎっ。


「……抵抗ある」


 渉は体重をかけた。


 ぎぎっ。


「勇馬、ここを押さえてください。ハンドルが滑らないように」


「わかりました」


 勇馬がハンドルの基部を両手で押さえた。


 渉がさらに力をかけた。


 ぎぎぎ……パキィッ。


 乾いた音がした。


 固着が、解けた。


 ボルトが緩んだ。



「……抜けた?」と勇馬が言った。


「抜けました」


 渉はボルトを手で回して外した。


 熱が残っていた。作業手袋越しに、じんわりと伝わってくる。


「次のボルトをやります。同じ手順です」


「何本ありますか」とメイが聞いた。


「外装一枚あたり八本です。パネルは六枚あります」


「……四十八本」


「そうです」


 勇馬が深呼吸した。


「やれます」


「やります」



 二本目。


 炙る。十五秒。トーチを消す。ソケットを当てる。


 ぎぎぎ……パキィッ。


 外れた。


 三本目。


 炙る。トーチを消す。ソケット。


 今度は少し長かった。三十秒炙った。


 ぎぎぎ……パキィッ。


 外れた。



 四本目を炙っていた時、勇馬が言った。


「音が変わりました」


「どれですか」


「構造体の内部から。最初は詰まった音がしてましたが……今、少し抜けた感じがします」


 渉がトーチを止めた。


 構造体の表面に点検ハンマーを当てた。


 コン。


 勇馬が当てた場所とは別の箇所も叩いた。


 こん。


「……確かに変わってます」渉は言った。「ボルトを外すたびに、内部の圧力が少しずつ逃げてる」


「それはいいことですか」


「いいことです。固着してた系統が、少しずつ動き出している」


 勇馬が少し表情を変えた。


「……聞き分けられました」


「そうです」



 作業は四時間続いた。


 四十八本のボルトを、全部外した。


 途中、七本が完全に固着していて、二度炙る必要があった。


 一本は頭が舐めて、バラムに作ってもらった特製のネジザウルスで引き抜いた。


 ガキン、という金属音が広間に何度も響いた。


 最後の一本が外れた時、外装パネルが自重でゆっくりと開いた。


 内部の構造が、露出した。



 渉はヘッドライトで内部を照らした。


 複雑な配線と、複数の接続端子。そして中央に、大きなレバーが一本。


「これが調整レバーです」


「そのまま引けますか」とメイが聞いた。


「引けません。まず接続端子の状態を確認します。腐食があれば清掃が必要です」


 渉はパーツクリーナーを取り出した。


 ウエスに吹いて、端子を一つずつ拭き始めた。


「……今日はここまでにします。田中との同期に備えて、明日整備を終わらせます」


「わかりました」と勇馬が言った。「今日、学んだことがありました」


「なんですか」


「魔法で読めない壁を、物理で開ける。渉さんのやることは、いつもそうですね」


 渉は特に何も言わなかった。


 ただ、端子を丁寧に拭き続けた。


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           〈第五十七話 了〉

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【次話予告】

 翌朝、石倉から連絡が入った。

 「JDA上層部が、工場の解体工事を今日に繰り上げました」

 渉の手が止まった。

 「今日?」

 「一時間後に重機が入るそうです」



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【あとがき】

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 第五十七話、お読みいただきありがとうございました。


 「ただの熱膨張の差です」というセリフが、今回の核心です。エネルギーの封印に対して、渉は「封印」を攻略しようとしない。ボルトという「物理的な固着」だけを見て、物理的な方法で対処する。結果として封印も開く。


 「パキィッ」という乾いた音にこだわりました。固着したボルトが熱膨張の差で緩む瞬間の音は、実際の整備現場でよく聞く音です。あの音が聞こえた瞬間の「外れた」という確信が、職人の醍醐味の一つだと思っています。


 勇馬が「音が変わりました」と気づく場面。打音検査の授業の成果です。渉が何も言わなくても、勇馬は自分で聞き分けていた。それを渉が「そうです」と一言で認める。この短いやりとりが好きです。


 四十八本のボルトを四時間かけて外す、という地道さも大事にしました。


                   (作者)

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