第五十七話「第八層、コアの解体」
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第五十七話「第八層、コアの解体」
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第八層の「世界調整コア」は、中央部の広間にあった。
前回、山下義雄の音声ログを再生した台座から、さらに奥に進んだ先だ。
広間は広かった。天井が高い。壁面に設計図のような刻みが走っている。
正面に、それがあった。
縦三メートル、横二メートルほどの構造体。主電源盤と呼ぶのが一番近い。金属の外装に、複数のパネルが取り付けられている。
表面全体が、黒ずんでいた。
何百年分かのエネルギーの焼け跡だ。
◆
メイが感知スキルを使った。
「……封印が強固です。エネルギーが何重にも重なっていて……接触すると反発が起きる可能性があります」
「ボルトの状態は」と渉が聞いた。
「え?」
「外装を固定しているボルトです。状態を確認したい」
渉が近づいた。
外装パネルの縁に手を当てた。
点検ハンマーで、コン、コン、コンと叩いた。
「……固着してます。かなりきつい」
「封印とは関係なく?」
「封印云々より、単純に何百年も放置されたボルトが固着してます。それだけです」
◆
渉はバッグを下ろして、ガストーチを取り出した。
バラムに頼んで用意してもらった、小型の業務用トーチだ。
勇馬が「それは……」と言った。
「炙ります」
「炙る? あの構造体を?」
「ボルトを。金属を熱すると膨張して、冷える時に収縮する。その時に固着が緩む。ただの熱膨張の差です」
「でも封印が……」とメイが言った。
「封印はエネルギーの話です。金属の熱膨張は物理の話です。関係ないです」
◆
渉はトーチに火を点けた。
青い炎が細く出た。
外装パネルの端、一番アクセスしやすいボルトの頭に向けた。
炙り始めた。
十秒。
二十秒。
ボルトの頭が赤みを帯びてきた。
メイが感知スキルを使いながら「……エネルギーの反発が……増してます」と言った。
「どのくらいですか」
「危険域には入っていません。でも……上がってます」
「五分以内に外れれば問題ないです」
渉はトーチを消した。
スピンナハンドルを取り出した。
◆
熱したボルトの頭にソケットを当てた。
ゆっくりと力をかける。
ぎっ。
「……抵抗ある」
渉は体重をかけた。
ぎぎっ。
「勇馬、ここを押さえてください。ハンドルが滑らないように」
「わかりました」
勇馬がハンドルの基部を両手で押さえた。
渉がさらに力をかけた。
ぎぎぎ……パキィッ。
乾いた音がした。
固着が、解けた。
ボルトが緩んだ。
◆
「……抜けた?」と勇馬が言った。
「抜けました」
渉はボルトを手で回して外した。
熱が残っていた。作業手袋越しに、じんわりと伝わってくる。
「次のボルトをやります。同じ手順です」
「何本ありますか」とメイが聞いた。
「外装一枚あたり八本です。パネルは六枚あります」
「……四十八本」
「そうです」
勇馬が深呼吸した。
「やれます」
「やります」
◆
二本目。
炙る。十五秒。トーチを消す。ソケットを当てる。
ぎぎぎ……パキィッ。
外れた。
三本目。
炙る。トーチを消す。ソケット。
今度は少し長かった。三十秒炙った。
ぎぎぎ……パキィッ。
外れた。
◆
四本目を炙っていた時、勇馬が言った。
「音が変わりました」
「どれですか」
「構造体の内部から。最初は詰まった音がしてましたが……今、少し抜けた感じがします」
渉がトーチを止めた。
構造体の表面に点検ハンマーを当てた。
コン。
勇馬が当てた場所とは別の箇所も叩いた。
こん。
「……確かに変わってます」渉は言った。「ボルトを外すたびに、内部の圧力が少しずつ逃げてる」
「それはいいことですか」
「いいことです。固着してた系統が、少しずつ動き出している」
勇馬が少し表情を変えた。
「……聞き分けられました」
「そうです」
◆
作業は四時間続いた。
四十八本のボルトを、全部外した。
途中、七本が完全に固着していて、二度炙る必要があった。
一本は頭が舐めて、バラムに作ってもらった特製のネジザウルスで引き抜いた。
ガキン、という金属音が広間に何度も響いた。
最後の一本が外れた時、外装パネルが自重でゆっくりと開いた。
内部の構造が、露出した。
◆
渉はヘッドライトで内部を照らした。
複雑な配線と、複数の接続端子。そして中央に、大きなレバーが一本。
「これが調整レバーです」
「そのまま引けますか」とメイが聞いた。
「引けません。まず接続端子の状態を確認します。腐食があれば清掃が必要です」
渉はパーツクリーナーを取り出した。
ウエスに吹いて、端子を一つずつ拭き始めた。
「……今日はここまでにします。田中との同期に備えて、明日整備を終わらせます」
「わかりました」と勇馬が言った。「今日、学んだことがありました」
「なんですか」
「魔法で読めない壁を、物理で開ける。渉さんのやることは、いつもそうですね」
渉は特に何も言わなかった。
ただ、端子を丁寧に拭き続けた。
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〈第五十七話 了〉
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【次話予告】
翌朝、石倉から連絡が入った。
「JDA上層部が、工場の解体工事を今日に繰り上げました」
渉の手が止まった。
「今日?」
「一時間後に重機が入るそうです」
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【あとがき】
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第五十七話、お読みいただきありがとうございました。
「ただの熱膨張の差です」というセリフが、今回の核心です。エネルギーの封印に対して、渉は「封印」を攻略しようとしない。ボルトという「物理的な固着」だけを見て、物理的な方法で対処する。結果として封印も開く。
「パキィッ」という乾いた音にこだわりました。固着したボルトが熱膨張の差で緩む瞬間の音は、実際の整備現場でよく聞く音です。あの音が聞こえた瞬間の「外れた」という確信が、職人の醍醐味の一つだと思っています。
勇馬が「音が変わりました」と気づく場面。打音検査の授業の成果です。渉が何も言わなくても、勇馬は自分で聞き分けていた。それを渉が「そうです」と一言で認める。この短いやりとりが好きです。
四十八本のボルトを四時間かけて外す、という地道さも大事にしました。
(作者)




