第五十六話「リモート・メンテナンス」
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第五十六話「リモート・メンテナンス」
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田中から写真が届いたのは、翌朝の七時だった。
渉がコーヒーを飲みながらスマートフォンを見ると、暗い床下の写真が三枚。
懐中電灯で照らした金属の塊。埃だらけで、錆びて、形がよくわからない。しかし、確かに人工物だ。
メッセージも来ていた。
「佐藤さん、あったよ。でかい。触っていいの?」
渉は即座に返信した。
「まだ触るな。ビデオ通話できるか」
◆
三分後、ビデオ通話が繋がった。
画面の向こうに、田中の顔と、暗い床下が映っていた。
田中は四十五歳。渉より十歳若いが、解体の現場を二十年やってきた男だ。顔に油がついている。懐中電灯を頭に巻いている。
「佐藤さん、久しぶりっすね。元気ですか」
「元気です。照らしてみてください、正面から」
田中がスマートフォンを向けた。
渉は画面を凝視した。
◆
装置の全体像が見えた。
縦横八十センチほどの金属の箱。表面に複数のレバーとダイヤルがある。配線が四方に伸びているが、どれも切れておらず、生きているように見えた。
箱の中央に、何かが刻まれていた。
「田中、真ん中の刻印、近づいて見てもらえますか」
「これ?」
スマートフォンが近づいた。
渉は画面を見た。
山下解体工業の社紋だった。
丸い円の中に「山」の字。二十五年間、毎日見てきた印だ。
「……先代の仕事だ」
「は?」
「山下社長が作った装置です。間違いない」
◆
田中が少し黙った。
「……社長の? なんでこんなところに」
「長い話があります。後で全部説明します。今は作業をさせてください」
「わかった。何すればいい」
「まず装置の全周を確認してください。配線が切れているところはないか。ボルトが外れているところはないか」
田中がスマートフォンを持ちながら、装置の周囲を這い回った。
画面が揺れる。床下の低い天井。埃の匂いが伝わってきそうな映像。
「配線は……全部繋がってる。ボルトは……一本浮いてるな、ここ」
「そこを締めてください。工具は持ってきてますか」
「スパナとドライバーは持ってきた。なんか嫌な予感がして」
「正解です。締めてください」
◆
ガキン、という音が画面越しに聞こえた。
「締まった。次は」
「装置の右側面に、小さなスイッチがあるはずです。カバーが付いてます」
田中がスマートフォンを右側面に向けた。
あった。
金属のカバー。蝶番で開く形だ。
「開けてください」
田中がカバーを開いた。
中に、古いトグルスイッチが一つ。
「……スイッチがある」
「そのスイッチ、動きますか。軽く触ってみてください。動かすんじゃなくて、遊びの確認だけ」
田中が触れた。
「……固い。全然動かない。錆びてる感じ」
「接点復活剤、持ってきてますか」
「KURE? あるよ。一本」
「たっぷり吹いてください。ためらわなくていいです」
◆
シュッ、という音が画面越しに聞こえた。
もう一度。シュッ。
「吹いた。これくらいでいい?」
「もう一吹きしてください」
シュッ。
「OK。今度は五分待ちます」
「五分?」
「浸透させます。焦らない方がいい」
田中がスマートフォンをアームに固定した。
画面の中で、田中の手が見えた。
油で汚れていた。渉の手と同じように。
「佐藤さん、そっちはどんな感じ?」と田中が聞いた。
「地下八層で、対応する装置の整備をしています」
「八層……深いな。何層まであるんだ」
「今のところ八層確認しています」
「そんなとこに住んでるの?」
「仕事してます」
「……やっぱり佐藤さんだ」
◆
五分後。
「試してください。ゆっくりと」
田中がスイッチを触った。
「……動いた! 動いたよ!」
「どのくらい動きますか。角度で言うと」
「三十度くらい。まだ固いけど」
「もう一吹きして、もう五分待ってください」
「わかった」
渉はスマートフォンをメイに向けた。
「接点が活きてます。地上側は動きそうです」
メイが手帳に書き込んだ。
「こちらの調整が間に合えば、同期できます。あと何日かかりますか」
「三日」と渉は言った。「田中、三日後に来られますか」
「来る。休みを取る」
「ありがとうございます。また連絡します」
◆
通話を切った後、渉は少し画面を見ていた。
田中の顔。
油で汚れた手。
懐中電灯のヘッドライト。
現場の顔だ、と渉は思った。
「田中は、信頼できる人ですか」と勇馬が聞いた。
「二十年、同じ現場で働いた人間です」
「……そういう人が、向こうにいたんですね」
「そうです」
渉はスマートフォンをポケットに入れた。
「さ、こっちの作業を続けます」
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〈第五十六話 了〉
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【次話予告】
第八層の主電源盤に、渉がガストーチを向けた。
「熱膨張の差を使います」
メイが「魔法封印が……!」と叫んだ。
渉は「関係ないです」と言って、炙り始めた。
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【あとがき】
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第五十六話、お読みいただきありがとうございました。
「接点復活剤をたっぷり吹け」が世界を救う第一歩になる、という絵が書きたかった回です。KUREの接点復活剤は、電気系統の接触不良を解消するための製品で、ホームセンターで数百円で買えます。これをビデオ通話越しに指示するやり取りが、この物語が「現代ローファンタジー」である核心だと思っています。
田中というキャラクターについて。彼は渉ほどの技術はありません。でも、二十年同じ現場を共にした人間です。「佐藤さんの指示なら間違いない」という信頼が、彼の行動の根拠です。技術ではなく、信頼で動く人間。それが地上側に必要なものでした。
山下解体工業の社紋を見た時の渉の「……先代の仕事だ」という一言に、全部込めました。
(作者)




