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第五十六話「リモート・メンテナンス」

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第五十六話「リモート・メンテナンス」

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 田中から写真が届いたのは、翌朝の七時だった。


 渉がコーヒーを飲みながらスマートフォンを見ると、暗い床下の写真が三枚。


 懐中電灯で照らした金属の塊。埃だらけで、錆びて、形がよくわからない。しかし、確かに人工物だ。


 メッセージも来ていた。


 「佐藤さん、あったよ。でかい。触っていいの?」


 渉は即座に返信した。


 「まだ触るな。ビデオ通話できるか」



 三分後、ビデオ通話が繋がった。


 画面の向こうに、田中の顔と、暗い床下が映っていた。


 田中は四十五歳。渉より十歳若いが、解体の現場を二十年やってきた男だ。顔に油がついている。懐中電灯を頭に巻いている。


「佐藤さん、久しぶりっすね。元気ですか」


「元気です。照らしてみてください、正面から」


 田中がスマートフォンを向けた。


 渉は画面を凝視した。



 装置の全体像が見えた。


 縦横八十センチほどの金属の箱。表面に複数のレバーとダイヤルがある。配線が四方に伸びているが、どれも切れておらず、生きているように見えた。


 箱の中央に、何かが刻まれていた。


「田中、真ん中の刻印、近づいて見てもらえますか」


「これ?」


 スマートフォンが近づいた。


 渉は画面を見た。


 山下解体工業の社紋だった。


 丸い円の中に「山」の字。二十五年間、毎日見てきた印だ。


「……先代の仕事だ」


「は?」


「山下社長が作った装置です。間違いない」



 田中が少し黙った。


「……社長の? なんでこんなところに」


「長い話があります。後で全部説明します。今は作業をさせてください」


「わかった。何すればいい」


「まず装置の全周を確認してください。配線が切れているところはないか。ボルトが外れているところはないか」


 田中がスマートフォンを持ちながら、装置の周囲を這い回った。


 画面が揺れる。床下の低い天井。埃の匂いが伝わってきそうな映像。


「配線は……全部繋がってる。ボルトは……一本浮いてるな、ここ」


「そこを締めてください。工具は持ってきてますか」


「スパナとドライバーは持ってきた。なんか嫌な予感がして」


「正解です。締めてください」



 ガキン、という音が画面越しに聞こえた。


「締まった。次は」


「装置の右側面に、小さなスイッチがあるはずです。カバーが付いてます」


 田中がスマートフォンを右側面に向けた。


 あった。


 金属のカバー。蝶番で開く形だ。


「開けてください」


 田中がカバーを開いた。


 中に、古いトグルスイッチが一つ。


「……スイッチがある」


「そのスイッチ、動きますか。軽く触ってみてください。動かすんじゃなくて、遊びの確認だけ」


 田中が触れた。


「……固い。全然動かない。錆びてる感じ」


「接点復活剤、持ってきてますか」


「KURE? あるよ。一本」


「たっぷり吹いてください。ためらわなくていいです」



 シュッ、という音が画面越しに聞こえた。


 もう一度。シュッ。


「吹いた。これくらいでいい?」


「もう一吹きしてください」


 シュッ。


「OK。今度は五分待ちます」


「五分?」


「浸透させます。焦らない方がいい」


 田中がスマートフォンをアームに固定した。


 画面の中で、田中の手が見えた。


 油で汚れていた。渉の手と同じように。


「佐藤さん、そっちはどんな感じ?」と田中が聞いた。


「地下八層で、対応する装置の整備をしています」


「八層……深いな。何層まであるんだ」


「今のところ八層確認しています」


「そんなとこに住んでるの?」


「仕事してます」


「……やっぱり佐藤さんだ」



 五分後。


「試してください。ゆっくりと」


 田中がスイッチを触った。


「……動いた! 動いたよ!」


「どのくらい動きますか。角度で言うと」


「三十度くらい。まだ固いけど」


「もう一吹きして、もう五分待ってください」


「わかった」


 渉はスマートフォンをメイに向けた。


「接点が活きてます。地上側は動きそうです」


 メイが手帳に書き込んだ。


「こちらの調整が間に合えば、同期できます。あと何日かかりますか」


「三日」と渉は言った。「田中、三日後に来られますか」


「来る。休みを取る」


「ありがとうございます。また連絡します」



 通話を切った後、渉は少し画面を見ていた。


 田中の顔。


 油で汚れた手。


 懐中電灯のヘッドライト。


 現場の顔だ、と渉は思った。


「田中は、信頼できる人ですか」と勇馬が聞いた。


「二十年、同じ現場で働いた人間です」


「……そういう人が、向こうにいたんですね」


「そうです」


 渉はスマートフォンをポケットに入れた。


「さ、こっちの作業を続けます」


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           〈第五十六話 了〉

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【次話予告】

 第八層の主電源盤に、渉がガストーチを向けた。

 「熱膨張の差を使います」

 メイが「魔法封印が……!」と叫んだ。

 渉は「関係ないです」と言って、炙り始めた。



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【あとがき】

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 第五十六話、お読みいただきありがとうございました。


 「接点復活剤をたっぷり吹け」が世界を救う第一歩になる、という絵が書きたかった回です。KUREの接点復活剤は、電気系統の接触不良を解消するための製品で、ホームセンターで数百円で買えます。これをビデオ通話越しに指示するやり取りが、この物語が「現代ローファンタジー」である核心だと思っています。


 田中というキャラクターについて。彼は渉ほどの技術はありません。でも、二十年同じ現場を共にした人間です。「佐藤さんの指示なら間違いない」という信頼が、彼の行動の根拠です。技術ではなく、信頼で動く人間。それが地上側に必要なものでした。


 山下解体工業の社紋を見た時の渉の「……先代の仕事だ」という一言に、全部込めました。


                   (作者)

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