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第五十五話「職人の選択、二つの品川」

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第五十五話「職人の選択、二つの品川」

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 日誌の後半に、それはあった。


 「第八層コアの調整装置は、東側の壁面に埋め込んである。ただし、地上側の装置は品川の地下に残したままだ。誰かが、向こうから操作する必要がある。品川側の装置の場所は、工場の床下、北側の基礎部分だ。今は廃墟になっているはずだが、装置は生きている」


 渉はその一文を読んで、スマートフォンを取り出した。



「もしもし、田中か」


「佐藤さん! お久しぶりです。どうしました、急に」


「一つ、頼みたいことがある」


「なんですか」


「品川の、山下の工場跡に行けるか」


 少し間があった。


「……廃墟になってますよ、今。息子さんが手放して、今は更地の予定で」


「まだ建物はあるか」


「ギリギリあります。来月取り壊しと聞きました」


「今週中に行ってほしい。工場の床下、北側の基礎部分に、何か装置が埋まっているはずです」


「装置……?」


「見つけたら、触らないで俺に連絡してください。写真も送ってもらえると助かります」


「……わかりました。行ってみます」



 電話を切った後、渉は全員を集めた。


 工房に、リーニャ、メイ、フィオナ、勇馬、ゴールド、バラム。


 田所も来た。「なんとなく呼ばれる気がして」と言った。


 渉は工具箱の上に、日誌を置いた。


「先代が残した記録を全部読みました。帰還装置を安全に使う方法が書いてあった。ただし、二つの条件があります」



「一つ目。ダンジョン側の第八層コアの調整装置を、こちらから操作する。それが俺の仕事です」


「二つ目。地上の品川側にある対応装置を、同時にそちらから操作する。今、元同僚の田中に連絡して、装置を探してもらっています」


 全員が静かに聞いていた。


「両方が同時に動けば、地上とダンジョンの圧力が均等になる。帰還装置を動かしても、坑道崩落は起きない」


 メイが手帳を開いた。


「技術的な可能性は?」


「先代がここまで設計してた。可能なはずです。俺が直せないものはありません」


 メイが少し間を置いて、頷いた。


「……協力します。調整装置の回路解析は私が」



 バラムが腕を組んだ。


「材料が必要になるだろう。リストを出せ。揃える」


「ありがとうございます。第八層の調整装置の状態を確認してから、リストを作ります」


「急ぎか」


「工場の取り壊しが来月です。それまでに動かせれば、と思っています」


「……一ヶ月か。きついが、やれないことはない」


 バラムが立ち上がった。


「今夜から資材の確認に入る。何かあれば呼べ」



 勇馬が言った。


「俺は何をすればいいですか」


「第八層に降りる時の護衛をお願いします。また、田中が品川側の装置を見つけたら、操作手順を伝える必要があります。向こうに説明できる人間が必要です」


「俺が電話で説明するんですか」


「田中は機械のことはわかります。でも、こっちの仕組みを知らない。そこを橋渡しする役が必要です」


「……わかりました。俺がやります」



 リーニャが渉を見た。


「渉さんは……帰るんですか」


 工房が、少し静かになった。


 渉は少し考えてから答えた。


「帰れるかどうか確認します。それが今回の作業の目的です」


「帰れると確認できたら」


「その時に決めます」


 リーニャが頷いた。


 何かを言おうとして、やめた。


 フィオナが小さく「それでいいんです」と言った。



 全員が、渉のことを見ていた。


 渉は工具箱の上の日誌を手に取った。


 先代の几帳面な字で埋まったノート。


 それから、図面を一枚取り出した。


 第八層コアの調整装置の設計図だ。日誌の最後のページに、折りたたんで挟んであった。


「今夜から調べます。設計図の解析と、必要な道具のリストを作ります」


 渉はメイを見た。


「一緒にやってもらえますか」


「はい」


 バラムを見た。


「材料の在庫を確認してもらえますか」


「やる」


 勇馬を見た。


「田中から連絡が来たら、すぐ知らせてください」


「わかりました」



 それから夜通し、工房に灯りが点いていた。


 渉が設計図を広げた。


 メイが隣で解析を始めた。


 バラムが材料リストを確認した。


 勇馬がメモ帳に手順を書き写した。


 リーニャがコーヒーを配った。


 フィオナが「私は何をすれば」と言って、田所が「一緒に見守りましょう」と言った。


 ゴールドが工房の外に立ち、庭を守った。



 夜中の二時頃、渉は設計図から顔を上げた。


「直せる」


 一言だった。


 メイが「やっぱりそうですか」と言った。


「先代の設計は、理屈が通っています。現代の道具で対応できます。時間はかかりますが、手順通りにやれば大丈夫です」


「どれくらいかかりますか」


「二週間から三週間」


「工場の取り壊しまでに間に合いますか」


「間に合わせます」



 バラムが「材料の目処が立った」と言った。


 勇馬が「手順を全部書き写しました」と言った。


 リーニャが「後は頼みます」と言いながら、目が赤かった。


 渉は図面をメモ帳に挟んで、立ち上がった。


「今日は一旦休みましょう。明日の朝から動きます」


「佐藤さん」と勇馬が言った。


「なんですか」


「……絶対に、うまくいきますよ」


 渉は少し間を置いた。


「機械は嘘をつかない。先代の設計が正確なら、必ずうまくいきます」



 全員が帰った後、渉は一人で工房に残った。


 品川ナンバーを手に取った。


 品川 530 あ 12-34。


 先代が触ったはずのプレートだ。


 渉はそれを、工具箱の上に立てかけた。


 見える場所に。


 作業中に、目に入る場所に。


 工具を並べた。


 インパクトレンチ。バール。ノギス。精密はんだごて。ラスペネ。パーツクリーナー。


 全部、定位置に収めた。


 渉は工房の灯りを消した。


 外に出た。


 夜の空を見た。


 品川の地下に先代がいた現場と、今渉がいる現場が、薄い膜一枚でつながっている。


「……行くか、先代」


 渉は呟いた。


 明日から、本当の修理が始まる。


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           〈第五十五話 了〉

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【次話予告】

 田中から写真が届いた。

 工場の床下。煤けた金属の塊。

 渉はそれを見て、すぐに言った。

 「生きてる。動かせます」

 二つの品川が、動き始めた。



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【あとがき・第五十五話特別版】

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 第五十五話、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


 今回で、物語の第二幕が本格的に始まります。


 第一幕は「渉がここの主になる」話でした。清掃員として来て、仕事をして、現場を守って、仲間を得た。第二幕は「渉が帰るための仕事をする」話です。ただし、帰ることそのものが目的ではない。「誰も傷つけずに、正しい手順で、先代が残した設計を完成させる」ことが目的です。


 今回書きたかった画は「全員が図面を覗き込む朝」です。渉を中心に、それぞれ違うことをしながら、同じ方向を向いている。勇馬が手順を書き写し、メイが解析し、バラムが材料を確認し、リーニャがコーヒーを配り、フィオナと田所が見守り、ゴールドが庭を守る。


 「俺のレンチはここにある」ではなく「全員のレンチが動き始めた」。それが五十五話です。


 「機械は嘘をつかない。先代の設計が正確なら、必ずうまくいきます」という渉の言葉は、この作品全体の信念です。正確に作られたものは、正確に動く。正確にやれば、必ずうまくいく。渉はそれを疑わない。


 品川ナンバーを「見える場所」に置くラストシーンで、渉の覚悟が伝わればと思っています。


 引き続き、佐藤渉の現場にお付き合いいただければ幸いです。


                   (作者)

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