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第五十四話「設計者の警告、地上の異変」

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第五十四話「設計者の警告、地上の異変」

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 第八層は静かだった。


 これまでの層とは空気が違った。機兵の気配がない。残骸もない。ただ、広い空間が続いている。


 床は滑らかな合金。天井が高い。壁面に、設計図のような線が刻まれていた。


 渉は奥に進んだ。


 ゴールドが「音声ログの発信源、奥の中央部」と言った。



 中央部に、台座があった。


 直径一メートルほどの円形の台座。その中心に、小型の装置が埋め込まれていた。


 渉が近づいた。


 装置の状態を確認した。


 外観に損傷はない。接続部の腐食もない。電源系統を確認した。


「ゴールド、この装置の電源は生きていますか」


「生きている。しかし長期間の待機状態だ」


「再生できますか」


「試みる」



 ゴールドが装置に近づき、手をかざした。


 装置が光った。


 静かに、しかし確実に起動した。


 そして、声が出た。


 男の声だった。


 少し掠れていた。年老いていた。しかし渉には聞き覚えがあった。


「聞こえているか」


 渉は動かなかった。


「渉か? お前が来ると思っていた」



 勇馬が渉を見た。


 渉の手が、握り締められていた。


「……先代」


 声が続いた。


「俺がここに来てから、もう大分経った。体がだいぶ弱ってきた。全部整備し切れなかったが、メモは残した。お前なら読めるな」


 渉は頷いた。


 誰も見ていなかったが、頷いた。


「一つだけ、大事なことを言う。帰還装置を動かすな。まだ動かしてはいかん」



 渉が眉を動かした。


「理由を言う。このダンジョンは、品川の地下の時空の歪みが固定されたものだ。ダンジョン全体が、地上の品川と薄い膜一枚でつながっている。帰還装置はその膜を強引に引き剥がして、元の場所に戻る仕組みだ」


 声が少し間を置いた。


「問題は、膜を引き剥がした後だ。ダンジョン側と地上側の空間圧力が均衡を失う。それが起きると、ダンジョンが品川の地下に向かって収縮する。工事で言えば、坑道の崩落だ。ダンジョン全体が、地上に向かって崩れる」



 渉は装置の前に立ったまま、声を聞き続けた。


「崩落が起きれば、地上の品川の一部が巻き込まれる。地下に飲み込まれる。人が死ぬ。俺はそれを止めるために、帰還装置を封じた」


「……だから、JDAが起動を止めようとしていたのか」


 渉は独り言を言った。


「でもJDAは理由を知っているのか?」


「自分一人で帰るためだけに、地上を危険にさらすことはできない。お前もそう思うだろう」


 声が続いた。


「ただし、解決策はある。ダンジョン側と地上側の圧力を均等に調整した上で、装置を動かせばいい。理屈は単純だ。でも、それには第八層のコアを経由した、両側からの同時調整が必要だ。俺には時間が足りなかった」



 声が少し弱くなった。


「渉、お前は機械のことがわかる。俺よりうまくやれる。全部、お前に任せる。無理にとは言わない。でも、できると思う。あの工場でお前の仕事を見てた時から、そう思ってた」


 長い間があった。


「……達者でな」


 音声ログが、終わった。



 装置の光が消えた。


 第八層に、静寂が戻った。


 勇馬が、渉の背中を見ていた。


 何も言えなかった。


 メイも、ゴールドも、黙っていた。


 渉はしばらく、台座の前に立っていた。


 それから、ポケットから品川ナンバーのプレートを取り出した。


 工房の棚から持ってきていた。


 品川 530 あ 12-34。


 先代の工場のプレート。


 渉はそれを、両手で持った。



「……解決策が、あるんですか」


 メイが静かに聞いた。


「先代が言ってました。第八層のコアを経由した、両側からの同時調整」


「両側、というのは……地上とダンジョンの両方から同時に?」


「そうなります。理屈は単純だと言ってた。でも、その装置がどこにあるか、どう動かすかは、まだわかりません」


 渉はナンバープレートをポケットに戻した。


「調べます」


「どうやって」


「日誌に書いてあるはずです。先代は全部記録してた人です。第八層のコアについても、必ず何か書いてある」



 帰り道、勇馬が渉の隣を歩いた。


「……渉さん、大丈夫ですか」


「大丈夫です」


「声、震えてましたよ。渉さんの」


 渉は少し間を置いた。


「そうでしたか」


「……知っている人の声だったんですよね」


「俺に仕事を教えてくれた人です」


「……大切な人、ですね」


「はい」


 渉はそれだけ言った。


 でも、歩みは止まらなかった。


 先代が任せると言った。


 ならば、やる。


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           〈第五十四話 了〉

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【次話予告】

 日誌の後半部。渉が探していたページが、あった。

 「第八層コアの調整装置は、東側の壁面に埋め込んである。ただし、地上側の装置は品川の地下に残したままだ。誰かが、向こうから操作する必要がある」

 渉は顔を上げた。

 「田中に、電話してみるか」



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【あとがき】

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 第五十四話、お読みいただきありがとうございました。


 「お前が来ると思っていた」という山下義雄の言葉から書き始めました。先代は、渉がここに来ることを知っていた。なぜなら、渉の技術と性格を誰より知っていたから。壊れているものを見たら直さずにいられない人間が、この現場に来たら最深部まで来ることを、先代は予見していた。


 帰還装置の「危険性」の説明は、できるだけ現実の物理現象に近い表現にしました。坑道の崩落。空間圧力の均衡。専門的すぎず、しかし「なるほど」と思える説明を目指しました。


 「声が震えていましたよ」という勇馬の指摘は、渉を「人間」として描く上で重要な場面です。渉は感情を外に出さない。でも声には出る。それを勇馬は聞いていた。


 「先代が任せると言った。ならばやる」。渉の動機は、いつも単純です。でもその単純さが、一番強い。


                   (作者)

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