第五十四話「設計者の警告、地上の異変」
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第五十四話「設計者の警告、地上の異変」
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第八層は静かだった。
これまでの層とは空気が違った。機兵の気配がない。残骸もない。ただ、広い空間が続いている。
床は滑らかな合金。天井が高い。壁面に、設計図のような線が刻まれていた。
渉は奥に進んだ。
ゴールドが「音声ログの発信源、奥の中央部」と言った。
◆
中央部に、台座があった。
直径一メートルほどの円形の台座。その中心に、小型の装置が埋め込まれていた。
渉が近づいた。
装置の状態を確認した。
外観に損傷はない。接続部の腐食もない。電源系統を確認した。
「ゴールド、この装置の電源は生きていますか」
「生きている。しかし長期間の待機状態だ」
「再生できますか」
「試みる」
◆
ゴールドが装置に近づき、手をかざした。
装置が光った。
静かに、しかし確実に起動した。
そして、声が出た。
男の声だった。
少し掠れていた。年老いていた。しかし渉には聞き覚えがあった。
「聞こえているか」
渉は動かなかった。
「渉か? お前が来ると思っていた」
◆
勇馬が渉を見た。
渉の手が、握り締められていた。
「……先代」
声が続いた。
「俺がここに来てから、もう大分経った。体がだいぶ弱ってきた。全部整備し切れなかったが、メモは残した。お前なら読めるな」
渉は頷いた。
誰も見ていなかったが、頷いた。
「一つだけ、大事なことを言う。帰還装置を動かすな。まだ動かしてはいかん」
◆
渉が眉を動かした。
「理由を言う。このダンジョンは、品川の地下の時空の歪みが固定されたものだ。ダンジョン全体が、地上の品川と薄い膜一枚でつながっている。帰還装置はその膜を強引に引き剥がして、元の場所に戻る仕組みだ」
声が少し間を置いた。
「問題は、膜を引き剥がした後だ。ダンジョン側と地上側の空間圧力が均衡を失う。それが起きると、ダンジョンが品川の地下に向かって収縮する。工事で言えば、坑道の崩落だ。ダンジョン全体が、地上に向かって崩れる」
◆
渉は装置の前に立ったまま、声を聞き続けた。
「崩落が起きれば、地上の品川の一部が巻き込まれる。地下に飲み込まれる。人が死ぬ。俺はそれを止めるために、帰還装置を封じた」
「……だから、JDAが起動を止めようとしていたのか」
渉は独り言を言った。
「でもJDAは理由を知っているのか?」
「自分一人で帰るためだけに、地上を危険にさらすことはできない。お前もそう思うだろう」
声が続いた。
「ただし、解決策はある。ダンジョン側と地上側の圧力を均等に調整した上で、装置を動かせばいい。理屈は単純だ。でも、それには第八層のコアを経由した、両側からの同時調整が必要だ。俺には時間が足りなかった」
◆
声が少し弱くなった。
「渉、お前は機械のことがわかる。俺よりうまくやれる。全部、お前に任せる。無理にとは言わない。でも、できると思う。あの工場でお前の仕事を見てた時から、そう思ってた」
長い間があった。
「……達者でな」
音声ログが、終わった。
◆
装置の光が消えた。
第八層に、静寂が戻った。
勇馬が、渉の背中を見ていた。
何も言えなかった。
メイも、ゴールドも、黙っていた。
渉はしばらく、台座の前に立っていた。
それから、ポケットから品川ナンバーのプレートを取り出した。
工房の棚から持ってきていた。
品川 530 あ 12-34。
先代の工場のプレート。
渉はそれを、両手で持った。
◆
「……解決策が、あるんですか」
メイが静かに聞いた。
「先代が言ってました。第八層のコアを経由した、両側からの同時調整」
「両側、というのは……地上とダンジョンの両方から同時に?」
「そうなります。理屈は単純だと言ってた。でも、その装置がどこにあるか、どう動かすかは、まだわかりません」
渉はナンバープレートをポケットに戻した。
「調べます」
「どうやって」
「日誌に書いてあるはずです。先代は全部記録してた人です。第八層のコアについても、必ず何か書いてある」
◆
帰り道、勇馬が渉の隣を歩いた。
「……渉さん、大丈夫ですか」
「大丈夫です」
「声、震えてましたよ。渉さんの」
渉は少し間を置いた。
「そうでしたか」
「……知っている人の声だったんですよね」
「俺に仕事を教えてくれた人です」
「……大切な人、ですね」
「はい」
渉はそれだけ言った。
でも、歩みは止まらなかった。
先代が任せると言った。
ならば、やる。
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〈第五十四話 了〉
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【次話予告】
日誌の後半部。渉が探していたページが、あった。
「第八層コアの調整装置は、東側の壁面に埋め込んである。ただし、地上側の装置は品川の地下に残したままだ。誰かが、向こうから操作する必要がある」
渉は顔を上げた。
「田中に、電話してみるか」
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【あとがき】
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第五十四話、お読みいただきありがとうございました。
「お前が来ると思っていた」という山下義雄の言葉から書き始めました。先代は、渉がここに来ることを知っていた。なぜなら、渉の技術と性格を誰より知っていたから。壊れているものを見たら直さずにいられない人間が、この現場に来たら最深部まで来ることを、先代は予見していた。
帰還装置の「危険性」の説明は、できるだけ現実の物理現象に近い表現にしました。坑道の崩落。空間圧力の均衡。専門的すぎず、しかし「なるほど」と思える説明を目指しました。
「声が震えていましたよ」という勇馬の指摘は、渉を「人間」として描く上で重要な場面です。渉は感情を外に出さない。でも声には出る。それを勇馬は聞いていた。
「先代が任せると言った。ならばやる」。渉の動機は、いつも単純です。でもその単純さが、一番強い。
(作者)




