第五十話「職人の領分、JDAの屈服」
現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興です。 〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。
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第五十話「職人の領分、JDAの屈服」
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翌朝、渉は第二層に降りた。
昨日止め残した機兵が三体いる。
勇馬が来ていた。仲間は連れていなかった。一人でメモ帳を持って、渉を待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日は一緒にやりますか」
「やります」
「昨日より速くなってるかもしれません」
「なってみせます」
◆
三体、一時間半で処置した。
勇馬が最後の一体でバールを当てた時、渉は何も言わなかった。
場所が正確だった。
角度も正確だった。
渉が「いい」と言う前に、勇馬の手が動いていた。
外装が開いた。
渉がインパクトを入れた。
二十八秒。今までで一番速かった。
「……速かったです」と勇馬が言った。
「そうですね」と渉が答えた。
それだけだった。
しかし渉には、それが一番いい評価の言葉だった。
◆
地上に戻ると、石倉が待っていた。
リーニャとメイも来ていた。どちらも、正式な立場の格好をしていた。リーニャは特務部隊の制服、メイはNDIの正装。
「何の集まりですか」と渉が言った。
「お話があります」と石倉が言った。
応接室に移動した。
◆
石倉が書類を渉に渡した。
「JDA本部から、正式な申し出があります。佐藤渉さんへの特別顧問任命の件です」
渉は受け取って、読んだ。
リーニャが「今回の件で、渉さんの技術的な正当性を本部に説明しました」と言った。「第五層以降のリスク評価と、業者介入による事態の経緯です」
「私はNDI側から、渉さんの活動の学術的価値についてレポートを提出しました」とメイが続けた。「ダンジョン構造の保守管理手法として、渉さんのアプローチは現時点で唯一実績のあるものです」
石倉が頭を下げた。
「今回の件については、JDAとして対応が不適切でした。渉さんの報告書が業者に開示されなかったこと、ペース削減の要求、コンペの実施、全て問題があったと認識しています」
◆
渉は書類を読み終えた。
「特別顧問というのは、どういう仕事ですか」
「ダンジョン管理の技術的助言をいただく立場です。現場作業は継続していただいて構いません。加えて、本部の技術評価部への情報提供と、必要に応じた他の現場への助言を」
「給与は上がりますか」
「現在の三倍以上になります」
「必要な権限は?」
「担当エリアの管理方針について、本部の承認なしに決定できる権限を付与します。今後、ペースの指定や外部業者の介入については、渉さんの同意なしには実施しません」
◆
渉は少し考えた。
リーニャが渉を見ていた。
メイが手帳を握っていた。
石倉が、次の言葉を待っていた。
渉は書類を折り畳んで、石倉に返した。
「断ります」
石倉が固まった。
「……え?」
「顧問は結構です」
「な、なぜですか。権限も報酬も……」
「俺は顧問の仕事の仕方がわかりません」渉はバールを持ち直した。「会議に出たり、書類を書いたり、承認をもらったりするのは、俺には向いてない」
◆
「では……何を」
「掃除させてくれればいいです」
石倉が二の句が継げなかった。
「担当エリアの管理権限だけください。あとは今まで通り清掃員として働きます。給料は今のままでいいです」
「今のままというのは……Eランクの清掃員の日当で……」
「十分です」
「……本当に、それだけでいいんですか」
「いいです。現場があれば、仕事ができます」
◆
応接室が静かになった。
石倉がため息をついた。
「……わかりました。担当エリアの管理権限を付与します。今後の業者介入については渉さんの承認を必要とします。給与は……せめて少し上げさせてください」
「それはお任せします。あまり気にしてないんで」
石倉が書類に何かを書き込んだ。
「一つだけ、お願いがあります」
「なんですか」
「報告書を本部に直送できるルートを作ります。今後は田所さん経由ではなく、直接本部に届くようにします。それだけは、続けてもらえますか」
「書くのは今もやってます」
「……ありがとうございます」
◆
石倉が退出した後、リーニャが「格好よかったです」と言った。
「そうですか」
「三倍の給与を断った人を、初めて見ました」
「必要がないです、今は」
「……今は、というのは?」
渉は少し考えた。
「向こうに戻る時には、お金がいるかもしれない。その時はまた考えます」
リーニャが少し黙った。
「……帰ることを、まだ考えているんですね」
「考えてます。でも今は、ここの仕事がある」
◆
夕方。
渉は一人で工房に残って、道具の手入れをした。
バールを磨く。
インパクトレンチを確認する。
棚のナンバープレートを、一度だけ見た。
品川 530 あ 12-34。
この現場に来て、もうすぐ一年半になる。
第七層のコアを直した。設計者の日記を読んだ。帰還装置を修復した。バラムと一緒にノギスを作った。メイと一緒に空調を直した。勇馬に打音検査を教えた。
全部、仕事だった。
全部、俺の現場だった。
渉はバールを棚に戻した。
カン、という音が工房に響いた。
Eランクの清掃員・佐藤渉の現場は、今日も続く。
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〈第五十話 了〉
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【次話予告】
第五十一話から、新たな章が始まります。
「設計者の言葉が、もう一つあった」
ゴールドが静かに言った。
「マスター。バックアップ室の、奥の棚に。もう一冊、冊子がある」
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【あとがき・第五十話特別版】
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第五十話、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
五十話という節目に、佐藤渉という人間を改めて書き直しながら確認しました。
彼は「英雄」ではありません。「天才」でもありません。二十五年間、機械と向き合い続けた「熟練者」です。その積み重ねが、結果として誰にもできないことを可能にしている。
石倉が三倍の給与を提示した時、渉が断ったのは「お金より現場」というロマンではありません。もっと単純な理由です。顧問の仕事のやり方がわからない。自分の得意なことをやらせてもらえれば、それでいい。この割り切りが、渉の強さの核心です。
「向こうに戻る時には、お金がいるかもしれない」というセリフを入れました。渉は帰ることを諦めていない。でも今は、目の前の現場がある。この二つが矛盾なく共存しているのが、渉という人間のバランスです。
勇馬への技術継承、メイとの共同作業、バラムとの職人の絆、ゴールドとの関係、リーニャたちとの日常。渉が「ここの主」になっていく一年半を書いてきました。
第五十一話からは、設計者の謎とダンジョンの深部、そして帰還の問いが再び動き始めます。
引き続き、佐藤渉の現場にお付き合いいただければ幸いです。
(作者)




