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第五十話「職人の領分、JDAの屈服」

現在同時連載で「 詠唱破棄?いいえ、即興フリースタイルです。  〜定型文しか唱えられない魔術師たちを、現代最強ラッパーがリリックでボコボコにする〜 」を1日1話投稿しています。よろしければそちらも読んでください。

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第五十話「職人の領分、JDAの屈服」

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 翌朝、渉は第二層に降りた。


 昨日止め残した機兵が三体いる。


 勇馬が来ていた。仲間は連れていなかった。一人でメモ帳を持って、渉を待っていた。


「おはようございます」


「おはようございます。今日は一緒にやりますか」


「やります」


「昨日より速くなってるかもしれません」


「なってみせます」



 三体、一時間半で処置した。


 勇馬が最後の一体でバールを当てた時、渉は何も言わなかった。


 場所が正確だった。


 角度も正確だった。


 渉が「いい」と言う前に、勇馬の手が動いていた。


 外装が開いた。


 渉がインパクトを入れた。


 二十八秒。今までで一番速かった。


「……速かったです」と勇馬が言った。


「そうですね」と渉が答えた。


 それだけだった。


 しかし渉には、それが一番いい評価の言葉だった。



 地上に戻ると、石倉が待っていた。


 リーニャとメイも来ていた。どちらも、正式な立場の格好をしていた。リーニャは特務部隊の制服、メイはNDIの正装。


「何の集まりですか」と渉が言った。


「お話があります」と石倉が言った。


 応接室に移動した。



 石倉が書類を渉に渡した。


「JDA本部から、正式な申し出があります。佐藤渉さんへの特別顧問任命の件です」


 渉は受け取って、読んだ。


 リーニャが「今回の件で、渉さんの技術的な正当性を本部に説明しました」と言った。「第五層以降のリスク評価と、業者介入による事態の経緯です」


「私はNDI側から、渉さんの活動の学術的価値についてレポートを提出しました」とメイが続けた。「ダンジョン構造の保守管理手法として、渉さんのアプローチは現時点で唯一実績のあるものです」


 石倉が頭を下げた。


「今回の件については、JDAとして対応が不適切でした。渉さんの報告書が業者に開示されなかったこと、ペース削減の要求、コンペの実施、全て問題があったと認識しています」



 渉は書類を読み終えた。


「特別顧問というのは、どういう仕事ですか」


「ダンジョン管理の技術的助言をいただく立場です。現場作業は継続していただいて構いません。加えて、本部の技術評価部への情報提供と、必要に応じた他の現場への助言を」


「給与は上がりますか」


「現在の三倍以上になります」


「必要な権限は?」


「担当エリアの管理方針について、本部の承認なしに決定できる権限を付与します。今後、ペースの指定や外部業者の介入については、渉さんの同意なしには実施しません」



 渉は少し考えた。


 リーニャが渉を見ていた。


 メイが手帳を握っていた。


 石倉が、次の言葉を待っていた。


 渉は書類を折り畳んで、石倉に返した。


「断ります」


 石倉が固まった。


「……え?」


「顧問は結構です」


「な、なぜですか。権限も報酬も……」


「俺は顧問の仕事の仕方がわかりません」渉はバールを持ち直した。「会議に出たり、書類を書いたり、承認をもらったりするのは、俺には向いてない」



「では……何を」


「掃除させてくれればいいです」


 石倉が二の句が継げなかった。


「担当エリアの管理権限だけください。あとは今まで通り清掃員として働きます。給料は今のままでいいです」


「今のままというのは……Eランクの清掃員の日当で……」


「十分です」


「……本当に、それだけでいいんですか」


「いいです。現場があれば、仕事ができます」



 応接室が静かになった。


 石倉がため息をついた。


「……わかりました。担当エリアの管理権限を付与します。今後の業者介入については渉さんの承認を必要とします。給与は……せめて少し上げさせてください」


「それはお任せします。あまり気にしてないんで」


 石倉が書類に何かを書き込んだ。


「一つだけ、お願いがあります」


「なんですか」


「報告書を本部に直送できるルートを作ります。今後は田所さん経由ではなく、直接本部に届くようにします。それだけは、続けてもらえますか」


「書くのは今もやってます」


「……ありがとうございます」



 石倉が退出した後、リーニャが「格好よかったです」と言った。


「そうですか」


「三倍の給与を断った人を、初めて見ました」


「必要がないです、今は」


「……今は、というのは?」


 渉は少し考えた。


「向こうに戻る時には、お金がいるかもしれない。その時はまた考えます」


 リーニャが少し黙った。


「……帰ることを、まだ考えているんですね」


「考えてます。でも今は、ここの仕事がある」



 夕方。


 渉は一人で工房に残って、道具の手入れをした。


 バールを磨く。


 インパクトレンチを確認する。


 棚のナンバープレートを、一度だけ見た。


 品川 530 あ 12-34。


 この現場に来て、もうすぐ一年半になる。


 第七層のコアを直した。設計者の日記を読んだ。帰還装置を修復した。バラムと一緒にノギスを作った。メイと一緒に空調を直した。勇馬に打音検査を教えた。


 全部、仕事だった。


 全部、俺の現場だった。


 渉はバールを棚に戻した。


 カン、という音が工房に響いた。


 Eランクの清掃員・佐藤渉の現場は、今日も続く。


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           〈第五十話 了〉

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【次話予告】

 第五十一話から、新たな章が始まります。

 「設計者の言葉が、もう一つあった」

 ゴールドが静かに言った。

 「マスター。バックアップ室の、奥の棚に。もう一冊、冊子がある」



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【あとがき・第五十話特別版】

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 第五十話、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


 五十話という節目に、佐藤渉という人間を改めて書き直しながら確認しました。


 彼は「英雄」ではありません。「天才」でもありません。二十五年間、機械と向き合い続けた「熟練者」です。その積み重ねが、結果として誰にもできないことを可能にしている。


 石倉が三倍の給与を提示した時、渉が断ったのは「お金より現場」というロマンではありません。もっと単純な理由です。顧問の仕事のやり方がわからない。自分の得意なことをやらせてもらえれば、それでいい。この割り切りが、渉の強さの核心です。


 「向こうに戻る時には、お金がいるかもしれない」というセリフを入れました。渉は帰ることを諦めていない。でも今は、目の前の現場がある。この二つが矛盾なく共存しているのが、渉という人間のバランスです。


 勇馬への技術継承、メイとの共同作業、バラムとの職人の絆、ゴールドとの関係、リーニャたちとの日常。渉が「ここの主」になっていく一年半を書いてきました。


 第五十一話からは、設計者の謎とダンジョンの深部、そして帰還の問いが再び動き始めます。


 引き続き、佐藤渉の現場にお付き合いいただければ幸いです。


                   (作者)

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