第五話「管理棟前の仁義なき争奪戦」
■タイトル
自動車解体業者のおっさん、クビになったのでダンジョン内の魔導機兵をバラバラに解体して無双する
〜「油臭いから近寄るな」と言うのに、なぜかS級美少女たちが離してくれません〜
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第五話「管理棟前の仁義なき争奪戦」
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朝の七時半。
東京第三ダンジョンの管理棟前には、すでに人だかりができていた。
といっても、探索者の朝の混雑とは少し違う。
何人かがそわそわと入り口を見張っており、そのうちの三人は昨日も会った顔だった。
「……また来てる」
管理棟の受付スタッフ、田所千恵・四十二歳は、モーニングコーヒーを片手に窓の外を見て呟いた。
リーニャ・アルフォレスト。メイ・クロスフィールド。フィオナ。
昨日、神話級のエンシェント・ギアを素手(バール一本)で解体したという謎のEランク清掃員を巡って、すでに界隈では話題になっていた。
しかしそれだけではなかった。
管理棟の正面入口から少し離れた柱の影に、別の三人組がいた。
全員、装備が違う。重厚な赤い外套をまとったSランクパーティ「鋼の翼」だ。リーダーの東條クレイン・三十二歳が腕を組んで壁にもたれ、目だけで入り口を監視している。
さらに反対側には、また別の二人組。フードを深くかぶった、こちらもSランクと思しき探索者たちだ。
田所は額に手を当てた。
「……あのおっさん、今日も来るのかしら」
◆
佐藤 渉が管理棟前の坂道を登ってきたのは、七時四十五分だった。
肩にバッグ。作業着。ヘルメットは小脇に抱えている。いつもと同じ出立ちで、いつもと同じペースで歩いてくる。
昨日Sランクの神話級機兵を素手で倒した男とは、まず誰も思わない出で立ちだ。
渉自身、昨夜は定食屋で焼き魚定食を食べてさっさと寝た。
特別なことは何もない一日だったと思っている。
「佐藤さん!」
リーニャが走ってきた。
銀髪が朝の光の中で揺れて、騎士鎧の装飾が朝日を反射する。客観的に見て、絵になる光景だ。
渉はそれよりも、彼女の両手に提げられた包みの方が気になった。
「……それ、何ですか」
「お弁当です」
リーニャが差し出してきたのは、白い布に包まれた重箱だった。
「職人さんは朝からしっかり召し上がると聞いたので……。お口に合うかわかりませんが、肉多めで、味は濃いめにしました」
「作ったんですか、これ」
「昨夜から……少し」
渉はリーニャの顔を見た。
耳の先まで赤くなっていた。
「……すまんな、気を使わせて」
渉は包みを受け取った。ずしりと重い。本気で作ってきた重量だ。
リーニャが足元から崩れ落ちそうになるのをこらえているのを、渉は気づかなかった。
◆
「ちょっといいですか」
低い声がした。
振り返ると、赤い外套の男が立っていた。
東條クレイン。「鋼の翼」のリーダーで、Sランクの中でも上位に位置する実力者だ。渉より十センチは背が高く、体格も二回りほど大きい。
「あなたが昨日、神話級を解体したEランクの方ですか」
「清掃員です。佐藤と言います」
「スカウトしたい」
間髪入れなかった。
リーニャがぴくりと肩を揺らした。
「うちのパーティへの正式加入を打診したい。待遇は応相談。Sランクパーティの収益分配になるので、清掃員の日当より桁が変わりますよ」
渉は東條の顔を見て、次に自分の手を見た。
「俺は解体の専門家じゃないんで……」
「昨日の映像、もう広まってますよ。謙遜でしょう」
「謙遜じゃないです」
渉はバッグを下ろして、道具チェックを始めた。
いつもの朝の習慣だった。バッテリーの残量を確認する。インパクトレンチのビットを差し込んで空回しし、駆動音に異音がないか耳をすませる。ウィィィィ……滑らかな回転音。問題なし。浸透潤滑剤の残量をノズルを押して確認する。ラスペネの缶を軽く振って重量感を確かめる。
東條が黙って見ていた。
渉は気づかなかったが、東條の表情が少しずつ変わっていた。
最初は「使えるかどうか品定めしてやろう」という顔だった。
それがいつの間にか、「……これはガチのやつだ」という顔になっていた。
◆
そこに、メイが颯爽と割り込んできた。
「失礼します。佐藤さんは現在、私ども王立魔導技師団の研究協力候補として、優先交渉権をいただいているんですが」
「そんな話、俺は聞いてないですよ」と渉が言った。
「細かいことは後で!」
「細かくないですよ」
さらにそこへ、フードの探索者たちが近づいてきた。
「我々は王都ギルドの上級斡旋窓口から……」
「並んでください」とリーニャが立ちふさがった。
「騎士団の方が先に……」
「あなたたちより私たちの方が先にいたので」
渉の周りで、三組がじりじりと押し合いを始めた。
渉は道具チェックを終えて立ち上がり、ぽかんとした顔でその光景を見た。
「……俺、仕事あるんですが」
誰も聞いていなかった。
田所が窓越しに見ながら、コーヒーを一口飲んだ。
「……やっぱり来たわね」
◆
結着がついたのは、十五分後だった。
リーニャが重箱を指して言った。
「佐藤さんのお弁当は、私が作りました」
東條が「それが何か」という顔をした。
「昨夜から肉の部位を三種類試して、佐藤さんの体格と作業量から必要なカロリーを逆算して、味付けは職人仕事に多いとされる汗をかく労働に合わせて濃いめに……」
「ちょっと待って」渉が口を挟んだ。「そこまでやったんですか」
「当然です」
渉は重箱を見て、また顔を上げた。
「……今日の作業が終わったら、ちゃんと食べます。ありがとう」
リーニャの耳がまた真っ赤になった。
東條がその光景を見て、静かに一歩引いた。
勝負あり、と判断したらしかった。
◆
管理棟の裏口から中に入れてもらいながら、渉は今日の回収ルートのメモを確認した。
A5サイズのボロボロのメモ帳。廃車ヤードで十年使い続けたものと同じ型だ。ページには機兵残骸の位置、状態、優先度が几帳面に書き込まれている。記号と略字で埋め尽くされており、他人が見ても何が書いてあるか全くわからない。
「それは……」
後ろからついてきていたメイが、目を丸くした。
「それが、佐藤さんのマッピングですか?」
「メモです。順番を決めとかないと効率が落ちるんで」
「見ても……いいですか」
渉がメモ帳を差し出すと、メイは白手袋をはめた手で、祭具を扱うように受け取った。
一ページを見て、また一ページを見て。
「……これは」
「走り書きなんで、汚いですが」
「魔導解析チームが三週間かけて作ったダンジョンマップより、情報密度が……」
メイの声が震えていた。
「複写させてください。いえ、させてほしいです。いえ、お願いします」
深々と頭を下げられて、渉は困った顔をした。
「そんな大したもんじゃないですよ、これ」
「大したものです!!」
廊下に声が響いた。
田所が遠くで苦笑した。
◆
その日の昼休み。
渉はひとり、第二層の休憩スペースで重箱を開けた。
……本当に、手が込んでいた。
牛の三種盛り、味付けが全部違う。ご飯は硬めに炊いてある(作業後に食べる人間向けの量と硬さだ)。漬け物が二種類。
渉はひと口食べて、少し目を細めた。
旨かった。
それだけだった。
しかし渉には、朝のリーニャの顔がなんとなく頭に残っていた。
あの耳の赤さは、なんだったんだろうと、今さらながらに思った。
わからなかった。
渉にはずっとわからないことが多かった。
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〈第五話 了〉
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