第四話「油臭いおっさんの撤退戦」
■タイトル
自動車解体業者のおっさん、クビになったのでダンジョン内の魔導機兵をバラバラに解体して無双する
〜「油臭いから近寄るな」と言うのに、なぜかS級美少女たちが離してくれません〜
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第四話「油臭いおっさんの撤退戦」
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解体が一段落ついた頃、渉は立ち上がって手を払った。
「よし。あとは明日運べばいいか」
振り返ると、三人がまだそこにいた。
渉は少し驚いた。
「……まだいたんですか。もう上に上がった方がいいですよ、傷の手当てもしないと」
「あなたが助けてくれたんです!」銀髪の少女が一歩前に出た。「礼を言わせてください。私はリーニャ・アルフォレスト。王都騎士団第七隊所属、Sランク探索者です」
「はあ」
「……はあ、って」リーニャが少しだけ怯んだ。「あなたは?」
「佐藤です。渉。清掃員です、ジャンク回収の」
「Eランクの……?」
「そうです。先週から働き始めたんで、まだ日が浅いですが」
◆
沈黙の後、眼鏡の少女が震える手でメモ帳を持ちながら前に出た。
「わ、私はメイ・クロスフィールドといいます! 王立魔導技師団に所属していて、エンシェント・ギアの研究をしているんですが……! さっきの解体技術は……! どこで学んだんですか!?」
「車屋です」
「……くるまや?」
「自動車解体工場で二十五年働いてました。先週クビになりましたが」
メイの眼鏡の奥の目が、ぱちぱちと瞬きをした。
「二十五年……では今おいくつで……」
「四十五です」
またしても沈黙。
今度は、何か違う質感の沈黙だった。
リーニャの頰が、少しだけ赤かった。
◆
「お礼がしたいんです」とリーニャが言った。「今夜、食事でも……」
「いやいやいや」渉は手を振った。「俺、仕事中ですし。それに……」
渉は自分の作業着を見下ろした。
油のしみ。汗のにおい。手の黒ずみ。
「俺みたいな汗臭いおっさんが、あなたたちみたいな若い綺麗な子と一緒にいたら、迷惑でしょう。悪いな、助けたのは偶然みたいなもんだ。すぐ消えるから」
渉はバッグを持ち上げ、来た道へ歩き出した。
◆
「待ってください!」
三つの声が同時に響いた。
渉の両腕が、左右からがしっと掴まれた。
見ると、右腕にリーニャ、左腕にメイがぶら下がっていた。後ろから金髪の少女――まだ名前を聞いていなかった――が、渉の背中のバッグを両手で掴んでいた。
「は」と渉は言った。
「離しません!」リーニャが言った。顔が赤い。
「研究協力者になってください! あなたの技術は人類の宝です!」メイが叫んだ。眼鏡が曲がっている。
「フィオナといいます! あなたのこと、もっと知りたい!」金髪の少女がぎゅっと力を込めた。
渉は三人に掴まれたまま、しばらく静止した。
「……なんで俺、こんな目に」
「汗臭くないです!」リーニャが叫んだ。「鉄と機械油の匂いです! 最高です!」
「それ同じじゃないですか」
「全然違います!!」
渉には、まったく意味がわからなかった。
◆
その夜。
東京第三ダンジョンの管理棟のカフェテリアで、渉は三人の少女と向かい合っていた。
経緯はよくわからなかった。断ろうとするたびに三人が泣きそうな顔をしたので、渉は折れた。四十五年間、泣いている女性に強く出られた試しがない。
「佐藤さんは、今後もここで働く予定ですか」メイが手帳を開きながら聞いた。
「まあ……他に仕事がないんで、しばらくは」
「では今後も同じ層を担当されるんですよね」
「第三層まではそうですね」
「でしたら、私たちの探索に同行していただくことはできますか? 報酬はSランクパーティの規定でお出しします。日当換算で――」
メイが告げた金額に、渉の目が丸くなった。
「……清掃員の日給の二十倍ですよ、それ」
「むしろ安いと思っています。あなたの技術は神話級機兵の攻略法を根本から変える可能性があります」
渉は湯飲みのコーヒーを飲んだ。
隣でリーニャが、渉の横顔をちらちらと見ている。金髪のフィオナは既にスケッチブックを取り出して何か描いていた(渉の手のデッサンだった)。
「俺、そんな大層な人間じゃないんですが……」
「そういうところが!」リーニャが急に大きな声を出した。
全員が見た。リーニャが咳払いした。
「……そういうご謙遜が、また」
「謙遜じゃないです。本当に車の解体屋です」
「それでも神話級が倒せるんです!」
渉は首を傾げた。
どうにも、この三人の言っていることがよくわからなかった。
◆
帰り道、ひとりになって渉は空を見上げた。
秋の夜空に、星が見えた。
「……変な一日だったな」
そして呟いた。
「でも、久しぶりに本気でバラしたな」
口の端が、少し上がった。
その笑顔は、誰にも見られなかった。
いや、正確には――管理棟のガラス越しに三人の少女が並んで渉の背中を見送っていたが、渉本人は気づいていなかった。
「……明日も来ますか」リーニャが呟いた。
「来ます」とメイが即答した。「来なかったら迎えに行きます」
「私も」とフィオナが言った。
◆
こうして自動車解体屋のおっさん・佐藤渉の、ダンジョン生活が始まった。
本人は今もって「俺みたいな油臭いおっさんには、すぐ帰ってもらった方が三人のためだ」と思っている。
どこで間違えたのか、まったくわかっていない。
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〈第四話 了〉
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【次話予告】
「Sランクパーティ、おっさんの工具箱を覗いて錯乱する」
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