第十一話「原付の修理、あるいは奇跡と呼ばれたもの」
■タイトル
自動車解体業者のおっさん、クビになったのでダンジョン内の魔導機兵をバラバラに解体して無双する
〜「油臭いから近寄るな」と言うのに、なぜかS級美少女たちが離してくれません〜
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第十一話「原付の修理、あるいは奇跡と呼ばれたもの」
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それが工房に運び込まれてきたのは、加入から四日後の午前中だった。
ダンジョン第四層の脇道、封鎖区画の奥から発掘されたという。運んできたのはメイで、その後ろには大学の後輩と思しき研究員が二人、荷を大事そうに抱えてついてきた。
渉は工房の入り口に立って、それを見た。
二輪。フレームが金属。前後にタイヤが一本ずつ。燃料タンクらしき膨らみ。ハンドル。シート。
ひどく錆びていた。タイヤはとっくに腐って原形をなしていない。金属部分の表面は赤茶色の錆に厚く覆われており、フレームの一部は腐食で断面が見えていた。
しかし、基本的な構造は渉にはすぐにわかった。
「……バイクですね」
「ば、バイク……?」とメイが言った。
「オートバイ。二輪の動力付き乗り物です。日本では昔からある」
「古代の乗り物ですか……!」
「現代でも走ってますよ」
◆
メイが説明した。
この遺物は発掘当初から「特異な魔力反応を示す未知の機械遺物」として分類されており、魔導技師団が三ヶ月かけて解析を試みたが、構造の理解すら進まなかった。
「どういう原理で動くのか、全く……。魔法陣も検出されず、魔石による駆動でもなく……。でも、内部にかすかな動力機構の痕跡があって」
「内燃機関ですね」
「ないねん、きかん……?」
「ガソリンを燃やして、その爆発力でピストンを動かして、回転力に変換します。シンプルな仕組みです」
メイの後ろで研究員の一人が「ガソリンとは……ピストンとは……」と震える声でメモを取り始めた。
「直してもらえますか」とメイが言った。「動くかどうかはわかりませんが……」
「見てみます」
渉はエプロンを締め直した。
◆
まず、全体の状態確認から始めた。
パーツクリーナーをウエスに吹いて、錆の表面を拭う。クリーナーの溶剤が錆の下の金属面を一瞬だけ光らせる。腐食の深さを確認する。
「フレームは……辛うじて生きてる」
キャブレターの蓋をマイナスドライバーでこじって外す。内部はどろどろの腐食物で塞がっていた。
「こりゃあひどい」
パーツクリーナーを流し込んで、細いワイヤーブラシで内壁を清掃する。茶色い液体がぽたぽたと落ちる。
エンジン本体に耳を当てた。
「……固着してない。奇跡だな」
エンジンオイルの注入口を開ける。中はからからに乾いていた。当然だ。何百年も放置されていたのだから。
新しいオイルを少量だけ入れる。
そして、スパークプラグを外した。
白金の電極が、驚くほど綺麗な状態で出てきた。
渉は目を細めた。
「……この部品だけ、劣化してない」
「それは……?」とメイが身を乗り出した。
「点火装置です。火花を飛ばして燃料に着火するための部品。こいつが生きてれば、あとはなんとかなるかもしれない」
「なんとか……」
「保証はしませんが」
◆
作業は丸一日かかった。
キャブレターを分解して、一つ一つのジェットを清掃して、組み直す。エアフィルターは代替品を探して切り出す。燃料ラインの詰まりをエアで吹いて抜く。点火系の配線を確認して、腐食部分を磨く。
タイヤは代替品がないので、とりあえず後回しにした。スタンドを立てた状態でエンジン始動だけ試みる。
渉は燃料タンクに、持ち合わせていた溶剤を少量だけ入れた。完全に同じ成分ではないが、引火性があれば試せる。
チョークを引く。
キックスターターに足を乗せた。
◆
渉が足を踏み下ろした瞬間、エンジンが咳をした。
ボッ、という音。
未完成の爆発音だ。
「おっ」
渉はもう一度、蹴った。
ボボッ。
三度目。
ボボボボボ……。
四度目。
ドルルルルルル……。
◆
エンジンが、かかった。
工房の中に、四百年前とも数万年前とも知れない機械の鼓動が満ちた。
ドルルルルル、ドルルルルル。
不均一で、少し荒削りで、しかし確実に生きている音。
渉は耳をすませた。
「……アイドリングが少し高い。キャブの調整がまだ必要だな」
メイは動けなかった。
工房の入り口で、その音を聞いていた。
胸の奥で、何かが震えた。
言葉にならなかった。
ただ、涙が出た。
◆
「泣いてるんですか」と渉が振り返って言った。
「……機械に、魂が宿った音がします」
メイは声を絞り出した。
「魂は宿ってないですよ。ただエンジンが回ってるだけです」
「でも……ずっと眠っていたものが、目覚めた……」
「整備したら動いただけです」
「それが!!」
工房の壁に声が反響した。
「それが……すごいんです、佐藤さん。三ヶ月かけて私たちが理解できなかったものを、一日で動かした。どんな魔法より、どんな解析より、あなたの手の方が……」
メイは眼鏡を外して、袖で目を拭った。
後ろで研究員の一人が「あ、メイさんが泣いてる……俺ももらい泣きしそう……」と小声で言って、もう一人に「黙れ」とたしなめられていた。
◆
渉はエンジンの回転数を少し上げてみた。
ドルルル、がドウウウウに変わる。
工房の床に振動が伝わる。
渉の手のひらに、フレームの振動が伝わる。
四十五年間で、渉はたくさんの車のエンジン音を聞いてきた。
しかしこの音は、少し違った。
古いものが目を覚ました音だ。
……渉は、少しだけ、この気持ちがわかった。
メイが「魂が宿った」と言った理由が、完全に同意はできないが、少しだけわかった。
「次はタイヤを何とかしないと走れないな」と渉は言った。
「走れるんですか!?」
「直せるかどうか、試してみます」
メイが両手で口を押えた。
その目が、また潤んでいた。
◆
夕方。
工房の前でメイが帰り支度をしながら、渉に言った。
「佐藤さんって……怖くないですか」
「何が」
「壊れているものを、直して。また動かして。それが……あんなに自然にできるのが、怖くないのかと思って」
渉は少し考えた。
「壊れてるのを見ると、直したくなるだけです。昔からそうでした」
「それが……」
「性分です。直したら動く、それだけのことで」
メイが小さく笑った。
「佐藤さんは、そういう人ですね」
「どういう人ですか」
「諦めない人です」
渉には、それがどういう意味かよくわからなかった。
でも工房の中では、エンジンがまだ低く回り続けていた。
◆
その夜、研究員たちが管理棟に戻った後。
メイだけが、しばらく工房の前に立っていた。
ドルルルルル、という音を聞きながら。
そして渉が「もう夜だから帰りなさい」と言いに来るまで、そこを離れなかった。
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〈第十一話 了〉
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【次話予告】
翌朝、工房の前に黒いスーツの男たちが並んでいた。
「その工具一式を、国家管理下に置かせていただきます」
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