神の住む山②
『予想よりも早い到着だな、人間』
「捕らえた者達は何処にいる」
空に立つ烏天狗と、地に立つアルマが向かい合う。
『安心せよ、そのもの達は生きている』
「……なぜこの様な真似をした、喰らうためか」
心の内で湧き上がる安堵と怒りを鎮めながら問いかける、だが烏天狗は馬鹿馬鹿しいと眉間に皺を寄せる。
『我等は誇り高き天狗ぞ、人など喰らわぬわ』
当然の事だと烏天狗は言い切る。
『ついてこい』
烏天狗はアルマに背を向けると、山の頂上へ向けて翼を羽ばたかせる。
「どういうつもりだ!」
アルマは意味が分からないながらも、離れていく天狗の背を追いかけ山を駆け上がる。
『アノ……』
アルマの脇に縮こまっていた木の葉天狗が小さく手を上げる。
「なんだ!」
「ヒエッ!アンナイハモウイラナイデスヨネ……?」
「……」
アルマはどうでもいい事だと無視して、烏天狗を追う速度をさらに上げる。
『人間とは思えん速度だ……』
前を飛ぶ烏天狗は僅かに振り返り後ろで追いかけてくる人間の姿を見る。
人には適さない山の傾斜、それを木の葉天狗を抱えながら人間が苦もなく走っている。
それどころか、その速度は段々と増していっている。
『奇妙な奴だ』
人間でありながらこれだけの速度を出し、妖刀を持ちながらも正気を失わず、それに加え鬼を斬ったと言う。
普通の人間ではない、だが普通では無いからこそ、この人間であれば大天狗様は気に入るだろうと、烏天狗は最早確信していた。
「あの霧は……」
烏天狗の背が白く広がる霧の中へ消えていく、だが迷っている暇など無いだろう。
天狗の背を追い霧へ飛び込むアルマ、そこには広い空間が広がり、中央には一本の太い木とその横に並ぶ白い天狗がいた。
『息の乱れも無いとはな、今まで鍛えてきた人間のどれにもその域に達した者はいないぞ』
烏天狗が木の前に降り立ち、アルマの全身を眺める。
空間に穏やかな風が流れ、木の枝が揺れる。
すると、並ぶ白天狗と烏天狗が地に片膝を着けた。
「この途轍も無い妖気は……」
『ふむ、確かに混ざっているな』
一本木の裏から妖が現れた。
羽根の付いた団扇、赤く染まった顔に長い鼻、黒に金の混じった大きな翼、白く上質な服。
「お前が大天狗か……!」
アルマは邪魔にならないよう、抱えていた木の葉天狗を解放し、妖刀の鞘を左手で持つ。
漸く解放された木の葉天狗だが、逃げ出すことはせずそのまま地に頭を着けた。
『如何にも、お主は鬼を斬ったそうだな』
羽団扇を振るうと、地面から木の根が伸び絡み合い椅子の形となった。
大天狗はそこに腰を掛け脚を組む。
『その鬼の名は』
「『血霧童子』」
『ふむ、西の朱殷も招かれたと言うことか……』
大天狗は考えるように顎に手を当てる。
「捕らえた者達を解放しろ」
『そう焦るな』
大天狗が片手を上げると、控えていた白の天狗達が一斉に飛び立った。
「……お前達の目的は何だ、どうやってこの世界に来た」
『ワシ等もそれを探っている所よ、お前は知らぬのか?同郷の子孫よ』
「……!」
なぜ私の先祖が異なる世界から来たのかがわかるのかと、アルマは驚き僅かに目を見開いた。
『代を重ねて血は薄まろうが、その魂はワシもよく見ていたモノだ』
「魂……」
アルマは自身の胸に手を当てる、だが分かるのは一定の動きをし続ける心臓があるということだけだった。
ふと羽ばたきの音が聞こえ視線を空にやると、複数の烏天狗が飛んできていた。
その中の一体は片翼を失い、仲間に支えられどうにか飛行を維持している。
『随分と派手にやられたようだな』
烏天狗は大天狗の前に着陸し、跪く。
『申し訳ありません……』
『女狐は既に影から人を支配しています、帰還の協力をするつもりも無いようです』
『此方に来てもやる事は変わらぬか、奴の術ならばと思っていたが仕方あるまい』
大天狗が羽団扇を振るうと、片翼を失った烏天狗の翼が再生した。
『有難うございます!』
大天狗は椅子から立ち上がり手を前に突き出す、すると風が落ち葉を攫いながら手中に集まっていく。
それを見た烏天狗は一斉に飛び立ち木の傍へ整列した。
天狗が風を握りしめると、風と共に木の葉が飛び散り、赤い柄の美しい両刃の剣が現れた。
アルマは背中の弓と矢筒を外し、木の葉天狗の服を掴んで立ち上がらせる。
『ナニヲスル……!ヤ、ヤメロ!』
小さく暴れ出す木の葉天狗に弓と矢筒を抱えさせる。
「それを預かっていてくれ、くれぐれも落とすなよ」
『ナ!ナンダト!』
やけに強気になった木の葉天狗がそれを投げ捨てようするが、ふと大天狗の視線に気づき動きが固まり、汗が滝のように流れ出す。
『お主、なぜそこの者を殺さなかった』
「その意味は無いと判断した」
『クック……、そうか』
大天狗は愉快そうに笑う。
『そこの、弓矢を持って下がっていろ』
『ハ、ハイー!』
木の葉天狗は弓矢を抱え、逃げるように木の陰へと隠れた。
『お主の名は何だ』
大天狗は両刃剣をアルマに突きつけると、名を問う。
「私の名はアルマ=リュウガンジ、異世界より来訪せし武士の子孫だ」
アルマは姿勢を僅かに低くし、妖刀では無く『白』の鞘を掴み柄に手を添える。
「お前の名は」
『人が呼ぶは神の山の鳥海丸』
大天狗は手元で両刃剣を回転させ、地面に突き立てる。
『ワシの名は天津、鬼を斬ったというその武芸、見定めてやろう』
大天狗が金色に光る翼を羽ばたかせると、一瞬で空高く飛び上がった。
羽団扇を高く掲げ、大きく振り下ろす。
「……!」
何かを感じ取ったアルマは一息で白を振り抜き、空を切り払う。
その瞬間、金属が削り取られる様な音が鳴ると同時に、アルマを避ける様に地面に深い溝が描かれた。
『やはり防いだか、そうでなくてはな……!』
大天狗が愉快そうに、高らかに笑い出すのを見てアルマは刃を鞘にしまう。
大天狗が地面へと舞い降りると、突き刺した剣を引き抜き構える。
『ならばこちらはどうだ?』
瞬間、その場から消えた大天狗がアルマの背後から現れ、刃を振り下ろす。
「フっ!」
アルマは身体を半身にして剣の軌道から逃れながら、振り返りながら刀を抜き放つ。
だが大天狗はその場からアルマを飛び越えることで刃を回避し、首を狙い横薙ぎを放つが、アルマは勢いのまま刀を斜めに添えて刃を滑らせ軌道を上に弾く。
『ほう!』
そして、振り返りながら回し蹴りを落下する頭に目掛けて繰り出すが、大天狗が強く羽ばたいた事で離れ空を切る。
「はあ!」
だがアルマは軸足で地面を強く蹴ることで再び距離を詰めながら、さらに勢いを付け大天狗の腹を目掛けて足刀蹴りを放った。
大天狗は両翼で前面を覆うことで一撃を防ぐ、だが勢いを殺し切ることは出来ずそのまま吹き飛ばされる。
『ふっふっふ、良いな……』
アルマは刀を納め走り出し、大天狗との距離を一気に詰める。
『その力、その技、その反応速度』
大天狗は吹き飛びながらもアルマの一挙手一投足を観察する、そして身体を回転させ地面に向けて強く羽ばたき再び空へと舞い上がった。
『剣豪犇めくあの地でさえ、お主のような者は居なかった』
アルマは地面を強く蹴り跳躍を始める、それを見た大天狗は羽団扇を振るい風の刃を幾つも発生させ向かわせるが、その悉くが切り裂かれていく。
だが、風の刃によって勢いは殺され、失速したアルマはそのまま地面に着地し刀を鞘に納めた。
『いや、例外があった、妖となった人間だ』
「……私は人間だ」
『カッカ、そうだな、お主はまだ人間だ』
大天狗は不敵に笑い、空中で脚を組み何かへ座った。
『だが、確実に近づいている』
「なんだと……?」
アルマは聞き捨てならないと戦う構えを解き、大天狗を鋭い目で睨みつける。
『お主が持つ妖刀、厄介なモノが潜んでいるぞ?』
アルマは腰の刀に目を落とす、その妖刀は何かを求めているかの様に震えている。
『妖刀を振るい、鬼を斬り、ワシと戦ったお主は相当な妖気に触れている』
大天狗はゆっくりと地上に降りると、剣を消し去り椅子に座った。
『もう既に肉体の変化は起きているかもしれんな』
大天狗はまるで不安を煽るかのように笑ってみせる。
「……だからこそ妖刀の邪気を祓うべく旅をしている」
『妖の生も良いものだぞ?』
「私は人の道を往く」
『カッカ!精々励むといいぞ人の子よ』
大天狗が立ち上がり羽団扇を振るうと周囲の霧が消え去り、天の雲が移動し日が現れた。
『捕らえた者達は解放してやろう、下の人間共に届けてさせる』
「お前達は一体何がしたい……」
『なに、探し物よ』
アルマは木の葉天狗に視線を向け呼び寄せると、弓と矢筒を受け取り身に付ける。
『モウイイカ!』
「ああ」
木の葉天狗は大天狗に頭を下げてから、役目は果たしたと全速力でその場から逃げ出した。
『アルマよ、妖になった暁には再びワシの元へ来い、生き方というものを教えてやる』
「そのような日が来ることはない」
『待っているぞ』
最悪な末路を願う大天狗に嫌気が差したアルマは、返事をすること無く山道を下って行った。
『面白い人の子よ……』
大天狗は満足そうに笑うが、すぐにその表情を消し去る。
『各地に社を建てよ、信徒を増やす』
『は!』
大天狗の号令に烏天狗達は一斉に飛び立った。
『女狐を斬らせるのはまだ尚早、奴が事を起こせば信仰も増えやすかろう』
大天狗は不敵な笑みを浮かべ、自らを羽団扇で扇ぐ。
その表情は神と呼ばれしそれでは無く、大妖の物であった。
――
『妖になった暁には再びワシの元へ来い』
(嫌なことを言う……)
山を下りる最中のアルマは、先程大天狗に言われた言葉を思い返していた。
人の妖化、確かに遺された書の中にもその記述はあった。
だがその条件は限定的であり、負の感情に包まれながら命を落とすか、妖に強い呪いを受けるというものだ。
「呪いか……」
左手で握り拳を作り体内の熱を集めるよう意識すると、赤い薄切がゆっくりと立ち始める。
間違いなく悪鬼と呼ばれる存在であっただろう、だが最後に見たあの表情に恨みや怒りは見えなかった。
「私も絆されたか……」
鉄の臭いがするそれを掻き消し、山を下りる脚を速めた。




