魔導学術園②
入口の方から聞き馴染みのある声が聞こえ振り返ると、学生服を纏ったリズリーがそこには居た。
「リズ、来ていたのか」
「それはこっちが言いたい事だわまったく……、トリニティ学長、おはようございます」
リズリーは呆れたような表情を切り替えると、トリニティに丁寧な挨拶をする。
「あ、おはようございます!」
「……」
リズリーが挨拶をすると、その後ろにいた二人の学生が続いて頭を下げる。
「おはようございます、お二人はお知り合いだったのですね」
「故郷が同じでな、それで本当にこの弓でもいいのか?」
「大丈夫ですよ、壁にも標的にも修復機能が付いていますからね」
トリニティが代わりに答えてくれた。
「では一射やらせてもらおうか、立ち位置はどこに」
「あそこの青い円は見えますね?その中で的の起動と動きの指定が出来ますよ」
「起動が必要な物なのか」
背中から弓を外し立ち位置らしき青い円に向かおうとすると、何を思ったのかリズリーが先にその場へ立った。
「リベットさん?そこはアルマさんにこれから使って頂こうと……」
「彼には初めての事ですから、今回は弓に集中してもらおうかと思っていたのですが」
彼女がこのような行動をとった、つまりは動かすことに魔力を要求されるのだろう。
別に隠すような事では無いが、好意を受け取っておこう。
「ならば頼めるか?」
「勿論よ」
リズリーが視線を前向けると、様々な種類の的が飛び回り始める。
「流石リズリーさん……!あれだけの的を一度に動かせるなんて……!」
邪魔にならない立ち位置にいる学生が羨望の眼差しをリズに向けている、確かに的はそれぞれが意志を持ったように自由に動き回り、一つとして起動がまったく同じ物が無い。
「さて、どれを狙うのかしら?」
挑戦的な目をリズに向けられる。
「ではあの一際小さな赤を狙おうか」
他の的は大なり小なり中央以外の白い部分がある、だがあれには赤い部分しかない。
「自由に動かすといい、確実に撃ち抜いて見せよう」
リズの隣に達の矢を一本引き抜く。
「言ってくれるじゃない、格好悪い姿を晒しても知らないわよ?」
赤い的の動きがさらに早く、立体的なものになる、それだけでなく他の的もそれを隠すように激しく動き回る。
「そうでなくてはな」
弓を前に構え矢を番え、息を吸い込みながら引き絞り的へ狙いを定めていく。
「あ、あんなの当たるわけないよ……」
息を止め身体を固定し集中力を高めていく。
そして、打つ僅か前に弓の位置を右にずらし弦を開放する。
解き放たれた矢は複数の的をすり抜け、一番奥で方向を転換させた赤い的を奥の壁に縫い付けた。
「ふう……」
止めていた息を吐き出し弓を背中に戻す。
「……すごい」
小さな声がやけに響いて聞こえる。
周りを見やれば、道場中にある視線が集まっている。
「……やられたわ、よく私が的を引き返させるって分かったわね」
「長く共にいたんだ、それくらい分かるさ」
軽口を言うとリズが少し睨んでくる、揶揄われたと思ったのだろうか。
「あらあら」
「……貴方はどうしてこう、人前で恥ずかしげもなく言えるのかしらまったく」
リズが青い円を起動させると、砕けた的達が何処かへと飛んでいく、ああして修理をする場所へ運ばれるのだろうか。
「では広場という場所に案内してもらえるか?ここの模擬戦というものを見てみたい」
「それは構いませんが、リベットさんじゃなくて私で良いんですか?」
「彼女達も用があってここに来たのだろう、私に時間を使わせる必要は無い」
リズは弓の修練、それと後ろ二人の指導と言った所だろう。
彼女達にとっての貴重な時間を邪魔したくはない。
「分かりました、ではこちらにどうぞ」
「ああ、またな」
「……ええ、また」
リズは何処か不機嫌そうだったものの、しっかりと返事は返してくれた。
――
トリニティに連れてこられたのは場所は、半円球の透明な壁が張られた空間がある所であった。
中央では学生の二人が剣や魔術を交わす激闘を繰り広げていた、よく見れば片側は身体の至る所から出血をしている。
「模擬戦と言うには随分と激しいな、あれでは死人が出るぞ」
「その点に関しては心配は要りませよ、とはいえこれ以上は止めたほうが良いですね」
トリニティは何もない空間から光と共に長い杖を出現させると、それを天にかざす。
すると、結界内に飛び交っていた魔術が全て消滅した。
「な、なんだ……?」
「あれ?トリニティ学長だ」
周囲の視線が此方に集まる。
「結界があるとはいえ熱中し過ぎちゃいけませんよ、ここは自身を高める為の場所なのですからね」
「す、すみません」
「ごめんなさい」
模擬戦を行なっていた二人は気まずそうに結界の外にでる、すると服を汚していた血と身体中の傷が全て消え去った。
「傷が癒えた、いや戻ったのか……?」
「模擬場に張られた結界は中にいる人の死を防いでくれるのですよ」
「そのような魔術が……?」
「ええ、とある魔道士が編み出したそうです」
確かにこの結界があれば、相手を殺す心配もなく稽古が行えそうではあるが、一線を容易く越えるようになってしまうのではないだろうか。
「成る程、とはいえ白熱し過ぎてしまうのも問題だな」
「そうですね、どちらかが終了を宣言すれば終わるようになっているんですが、負けを認めたく無い子もいますから」
「気持ちは分からなくは無いがな……」
続いて二人の学生が結界の中に入る、片側は先程校舎で話をしたラヴェルだ。
武器はお互いに諸刃の剣であり、盾などは持っていないようだ。
「こっちが勝ったら、分かってるよな?」
「二言はないよ」
『両者準備は良いですか?では、……始め!』
ラヴェルが腰の剣を引き抜くと、対戦相手である青髪が巨大な炎を発生させ射出した。
だがその炎はラヴェルに届く事なく、何処からか飛来した雷の剣に真っ二つに裂かれ結界に直撃し消滅した。
「『フォースブレイド』」
ラヴェルの傍に四振りの雷剣が出現しその周囲を旋回する、そして引き抜いた剣を構え青髪の元へ一気に加速をした。
対する青髪は小規模な炎を幾つもの放つが、雷の剣に阻まれ有効打を与えることが出来ない。
「チッ!『フレイムエンチャント』!『フレアフィールド』!」
青髪の剣が燃え盛る炎を発し、足元から白熱した炎が広がり地面を焼き尽くす。
だがラヴェルは焦る素振りも無く高く飛び上がると、旋回する内の一本を射出する、がそれは青髪に弾かれた。
だがそれによって隙ができた。
ラヴェルは雷剣の一振を背後に止めると体勢を半回転し、空中に固定された雷剣を蹴り空中で一気に加速する。
「はあああああああ!」
掛け声と共に剣を振り降ろし、青髪がなんとか構え直した炎剣を弾き落とした。
「……クソッ!」
武器は手元を離れ、さらには二本の雷剣が貫かんと狙っている。
勝負は決した。
青髪の持っていた剣から炎が消え、地面に広がっていた白炎が燃え尽きた。
『勝負あり!勝者ラヴェル!』
観戦をしていた学生達が歓声を上げる。
戦いの時間は僅かだったがそれぞれの力量を測るには十分だった、雷剣に関しては手数や技量を補うだけではなく足場として活用するなど、魔術の応用に長けているのだろう。
「面白いものが見れた」
殺し合いを抜きにした純粋な力の争い、武道大会などを観るような感覚だ。
「他には使い魔預かり場などがありますけど、見ていきますか?」
「使い魔預かり場……?」
案内されたのは入り口がかなりの大きさをした建物であった。
「ここでは生徒達が契約している魔獣達を一時的にお世話をしているんですよ」
扉が開かれると、様々な鳴き声と野性味の溢れる独特の匂いが漂ってくる。
「同じ所にいて争ったりはしないのか?」
「勿論種族や大きさによって場所を分けていますから、そういった心配もありません、さあどうぞ」
誘われるまま建物に足を踏み入れると、途端に鳴き声が止み気配が小さくなった。
魔獣達がいる仕切りの向こうへと目をやると小型は壁の隅に身を寄せ合い、中型以上は距離を取りながらも目を此方から離さないようにしているのが分かる。
「珍しいですね、いつもはもっと賑やかなんですが……」
建物の奥の方に目をやると数人の黒い服を纏った者達が駆け寄って来た。
「トリニティ学長でしたか……」
「一体どうかしたのですか?」
「いえ、この子達が急に騒ぎ出したと思ったらまた急に静かになったので、何があったのかと……」
つまり普段からこういった状況になるわけではないということか……。
「以前生徒が竜を連れてきた時にもこの状況に近い事が起きたんですが、今回はその姿もありませんし」
「成る程、竜と同じと言うわけか……」
何故道中に魔物が襲って来ることが無かったと考えていたが、魔物達にそう感じられていると考えれば納得が出来る。
人間に恐れられる時とは違って、魔物に畏れられる事は純粋に力を認められたようでどこか悪い気はしない。
「あの、そちらの方は?」
「こちらは連盟員のアルマさんです、今は学園の案内をしている所なんです」
「はあ、案内ですか……」
あまり歓迎をしているという表情では無い、彼等には今の原因が私だと薄々感づいているのだろう。
「その、ごゆっくり……」
「ああ、邪魔してすまない」
「あっ、いえっ!」
一応はと迎え入れる言葉をくれはしたが、長居をして欲しくは無さそうだ、確かに魔物達も今の状況では心が休まらないか。
足早に去っていく彼等の背中が消えてから建物の外に出る。
「あの、どうかされましたか?」
「いや、ここは連盟員の私がいるべき場所では無いと思ってな」
「そんな事はないと思いますが……」
トリニティは困惑したような表情をしながらもこちらを気づかう。
雰囲気を暗くしてしまった自分に恥じながら話題を変えようと周囲に視線を向けると、しきりに辺りを見回す落ち着きのない学生達を見つけた。
誰かを探しているのか人が通りかかる度に振り返ってはまた同じ位置に戻るという、無意味な行為を繰り返している。
「普通の様子では無いな」
「……そうですね、少し話を聞いてみます」
「私も行こう」
トリニティの隣を歩き生徒の元へ近づくと、小さく呟く声が聞こえて来る。
「あいつら何処行ったんだよ、まさかホントにあそこ行ったのか……?」
「いや、いくら何でもそれはないはず……」
「やっぱ先生に言ったほうが良いよな?いやでも……」
どうやら誰かが危険な地へ向かったようだ。
「どうかしたのですか?」
「へ……?トリニティ学長……!?」
何をそんなに驚くことがあるのか、同じ学園にいれば出くわす事はあるだろうに。
「誰が何処に行った」
「お前は……?それよりも学長聞いてください!ダチが東の山に行っちまって帰ってこないんです!」
東の山、その位置には天狗が居るはずだが、そこ向かったというのか。
「……それは一体どういうことですか?山への立ち入りは禁止していた筈ですが」
トリニティの纏っていた雰囲気が変わった。
「そ、それが、急に山が出来たからって危険な魔物が現れる筈が無いって言い張って……」
「……」
「そこに向かった日と人数は分かるか」
「昨日の朝にはもう三人共居なかった……」
もう既に一日が立っている、天狗が人を喰らうことは無いと書には遺されていたが、殺さないとは限らない。
まだ希望は残されている、出会った烏天狗には人と話せるだけの理性があった。
「アルマさん、学園の案内は一度ここまでにしても宜しいでしょうか?」
「ああ、忙しい所済まなかった」
「いえ、気にしないでくださいね、では……」
トリニティは魔導学科の校舎の方へ向かっていく。
「その者達の姿を詳しく話して貰えるか」
「……んなの聞いてどうすんだ」
「決まっているだろう」
――
荷台の元へ向かい矢筒に補充をしていると、リズが校舎の方から歩いてきた。
「アルマ、お父様の方から私と別れた事を全て聞いたわ」
「そうか」
「気づけなくてごめんなさい」
リズが頭を下げた。
「私もいたら貴方が人を斬ることも、その刀を背負う事も無かったかも知れないというのに」
「頭を上げてくれ」
もし運命があるとするならば、いずれも私はこの妖刀を手にし人を斬っていただろう。
「私にはお前が傷付くことの方が、余程耐えられなかっただろう」
妖刀を手にした者の力は常人の物では無かった、もしあの場にリズが居たとして守りきれていただろうか。
「アルマ……」
「この刀を手にした事で救えた命もある、何も気にすることはない」
私の世界が広がったのも間違いなくこの妖刀のお陰と言える、少なくとも恨みの感情は無い。
「そう……、なのね」
防具の紐をきつく縛り解けないようにする。
「また何処かへ行くの?」
「近くで依頼があってな」
「そう、気をつけてね」
「ああ、すぐに戻る」




