魔導学術園①
木々の密集した傍に荷車を止め轅を飛び越える。
「今日の所はここで休むとしよう」
搭乗者がいる事で最高速度を出す事が出来ず、今日中に到達する事は出来なかった。
『眠る度に速度を上げよって、貴様のせいで休めなかったではないか……!』
とはいえ明日の朝には辿り着くことだろう、烏天狗の言っていた事は気になるが、一先ずは荷物の移送を優先させて貰う。
「妖とは存外繊細な物なのだな」
落ちている枝を拾い集め地面に横に並べ、それを挟むように石を置く
「猫叉、火を起こしてもらえないか?」
『なぜ我が人間に手を貸してやらねばならぬのだ』
「そうか」
樹脂を置いて火打金で発生させ着火する。
『……』
鍋に水と干し肉を入れ石に橋をかける。
「お前も中にある物は好きに食うといい」
『礼は言わんぞ』
「そのくらい気にはしない」
『ふん』
――
「猫又とは人に飼われていたものが妖になったと遺されていたが、お前もそうか?」
『……昔の事など等に忘れたわ』
「そんなものか」
荷台に柱を立て、布を被せていく。
『おい、一体何をしている』
「寝床を作っている」
猫又を持ち上げて、座っていた布を取る。
『なっ、貴様!何処を触っている!』
「布を敷く、外に出ていろ」
暴れる猫又を地面に置き、布を広げ馬車に敷き、刀を外して端に寄せて置く。
装備をすべて外し、それも端の方へ寄せておく。
『異様な気配のする刀だな、それを持つ貴様の気が知れん』
猫又が荷台に飛び乗り横になり始めた。
「ある種運命のような物だ」
『運命?呪いの塊だろう』
これを手にして間違いなく世界が広がった、何であれ運命的な出会いであったことには変わりない。
靴を脱ぎ荷台に乗り込み横になる。
『あっ、おい貴様!我の寛ぎを邪魔するつもりか』
「小さいお前にはそれだけの場所があれば十分だろう」
『ここは既に我の場所だ、貴様は外で転がっていろ』
「これは私が金を出して買ったものだ、お前に指図される謂れなどない」
『くっ、人間の癖に生意気な……、その首噛み切ってやろうか』
「その小さな口で出来るものならな」
喧しく暴れる猫又を放って目を閉じる。
――
『……っ!』
『……!……なせっ!』
『……あっ!やっやめ、撫でるなあ!』
余りの喧しさで起こされ、目を開けると、人の姿になった猫又が私の腕の中に収まっていた。
「……何をしている」
『此方の台詞だケダモノめ……!我が貴様のような男に身体を許すとでも思ったか……!』
「ケダモノはお前の方だろうに」
『だまれ、離せ……!』
猫又を解放してやると素早く傍を離れ、自らの身体を抱き締めながら赤い顔で睨みつけてきた。
「なぜ人の姿になっている」
『うるさい』
外を見るがまだ日が昇る様子もなく、焚き火が高く燃え続けていた。
「……まあいい、私は寝る」
また同じ状況にならないよう、背中を向けて横になってやる。
『……』
寝ている間も気を抜いてはいなかったが、悪意という物は感じなかった。
これならば人里へ連れて行っても問題は無いだろう。
隣に横になる音を聞きながら再び目を閉じる。
――
屋根に止まった魔鳥の鳴き声で目を開く、逃げ出さない魔物もいるということだろうか。
動きづらさを感じながらも視線を外に向けると、僅かに明るく朝日が昇り始めていることが分かる。
『……すぅ』
背中に熱と息を感じる。
起こさないように腰に回された手を離させ、ゆっくりと荷台から降りる。
「人に飼われていた頃の名残か……?」
猫又となる前の『猫』という獣は人と暮らしを共にしていたともあったが、それは妖となった今でも友好的な存在なのだろうか。
身体を水拭きし装備を身に着け、轅を掴み歩き出す
猫又が起きるまでは余り速度は出さないでおくとしよう。
――
「あれが魔導学術園」
暫く走り続けていると比較的長大な城壁と、幾つかの建造物が見えてきた。
「少し速度を上げるぞ、しっかり捕まっていろ」
強く踏み込み一気に加速する、後ろで猫又がまた喧しく騒いでいるが落ちはしないだろう。
巨大な門の前で立ち止まり周囲を見渡す、門兵は配置されていないようだ、分厚い壁と魔道士達が集えば必要ないということか。
城門の横に見つけた小さな金属の扉の前に立ち、三回叩く。
「連盟の者だ、依頼の品を持ってきた、ここを開けてくれ」
返事は無い、傍には誰も居ないのだろうか。
人を呼ぶにはどうしようかと一瞬考え、手の甲で巨大な方の門を叩き、大きな音を発生させる。
『な、なにをしている……!』
「人を呼んだ」
門の向こうから人の叫び声と幾つもの足音が聞こえてくる、そして門の横にあった扉から青い鎧を身に着けた者達が飛び出し展開を始めた。
「何者だ貴様!」
「門に攻撃をするなど何を考えている!」
「連盟より依頼の品を持ってきた、通してほしい」
「なに……?一体何を運んできた」
「結界の核だ」
「結界の核?……おい、上に話を聞いてこい」
「は、はい!」
青鎧の一人が扉の向こうへと走っていく。
「お前一人か?」
「いや、あと一匹いる」
隠れていた猫又の首を掴んで見せる。
「見たことが無い使い魔だな、……あんまり懐いていないようだが」
「素直じゃないようでな」
暴れる猫又を荷台に降ろすと、布袋の中に入り込んでしまった。
「馬がいないようだが、逃げ出したのか?」
別の青鎧に馬車を観察しながら問いかけてくる。
「最初からいない、私が自力で引いてきた」
「引いてきた……?どこから」
「ザーウェイからだ」
青鎧達が一斉に此方を向く、それ程驚くことではないだろうに。
「おいおい……、街の中じゃ比較的近い方とはいえそれは無理だろ」
「試してみれば無理が分かるだろう」
「なんか馬車に工夫してんのか……?俺がやってみてもいいか?」
「構わない」
大柄の青鎧の一人が轅の下を潜り掴む、そして思い切り押すと馬車がゆっくりと動き出した。
「おお、流石力持ち」
青鎧の全身が発光すると、馬車は質量が消えたかのように軽く移動し始める。
「いや、強化しないとやっぱきついな」
荒い息を吐きながら青鎧は轅から手を離し、くぐって馬車から離れた。
「強化してでもこれを一日押して歩くのは拷問が何かだろ」
「そういうものか」
門の向こう側に消えた青鎧が再び走って戻ってきた。
「依頼の確認取れました!門を開けて良いそうです!」
「そうか」
一団を纏めているような青鎧が腰袋から金色の棒を取り出すと、門のすぐ横に開けられた穴にそれを差し込み半回転させる。
すると、巨大な門が半分ほど持ち上がった。
「何を想定してこれ程の門が作られた?」
「さあな、だが昔はでかい魔物をバンバン狩ってくる魔道士が居たらしい、そういう奴ら用じゃないか」
「通っていいぞ」
「ああ」
轅を乗り越え門の中まで押し運んでいく。
「……なあ、今魔術の反応あったか?」
「……いや、全く感じなかった」
「依頼主はどこに?」
「……!ああ、そのまま進めば赤い屋根の建物がある、そこで案内してもらえ」
「分かった」
幾つもの視線を感じながらも道を進んでいくと、赤い建物の扉前に立っている男と目が合った。
「貴方が連盟の方ですか?」
「ああ、依頼の品を持ってきた」
懐から木箱を取り出し見せる。
「移送ご苦労さまです、学長がお待ちですのでどうぞ中へ」
「分かった」
受け取りに来たのだと思ったが、直接渡しに来いということか。
矢筒を身に着け、弓を背中に掛け轅を乗り越える。
「……お前も来るか?」
『人里に来た以上、貴様の力などいらんわ』
猫又は荷台から飛び降りると、何処かへ走り去ってしまった。
「行ってしまいましたけど、良いんですか?」
「大丈夫だろう」
男に案内されながら建物の中へ進むと、同年代の者達と何人もすれ違った。
「彼等はここの生徒か?」
「はい、皆ここ魔導学科の学友です」
今は休息時間なのか各々が楽しそうに語り合っている、将来的には彼らが国を担う魔道士になるのだろう。
階段を幾つか登り、廊下を進んで三つ目の扉の前で男が立ち止まった。
「学長、連盟の方が来られました」
「通してください」
扉の向こうから穏やかそうな女の声が聞こえると、男が扉を開けて横にずれる。
「どうぞ」
「案内ありがとう」
「いえ、では失礼します」
男は私と学長にそれぞれ一礼すると扉を閉めて行った。
「連盟のアルマ=リュウガンジだ、依頼の品を持ってきた」
「私は魔導学術園魔導学長のタリア=トリニティと申します、移送ご苦労さまです、予想よりもかなり早い到着で大変驚きました」
トリニティが席から立ち上がると、近くまで歩いてくる。
背丈が私の目線の辺りにまであり、薄い茶色の髪を腰まで伸ばし、赤い縁の眼鏡を掛けている。
服装で言えば正に魔道士といった風貌だが、その恵まれた背丈からして武術の才もあるかもしれない。
「本当であれば昨日の内に到着したいところではあったが……、不備がないか確認してほしい」
「はい、お預かりします」
木箱を開けば、黒い結晶の中の粒子が輝きを放ち始める。
「傷一つなく完璧な状態ですね」
トリニティは木箱を閉じて机に置くと、金庫から紙幣を取り出し厚い束にすると、細かい装飾が施された赤い布紐で纏める。
「なにか包める物があれば良かったのですが、これでも宜しいですか……?」
「構わない、それよりも随分と多い気がするが」
「この石の性質もありますが、それ程に重要な依頼だという事ですよ」
石の性質とやらはいまいち実感することが出来なかったのは残念だが、無事に依頼を終えるに越したことは無いか。
「どうぞ」
「確かに受け取った」
トリニティの手の平から札束を受け取り、財布の中にしまう。
これにて依頼完了だ、次の目的地は天狗がいる山だが。
「……ここを発つ前に少しの時間、この学園の見学をしてもいいだろうか」
「ふふっ、是非見て回っていってください」
トリニティは柔らかく微笑むと、引き出しから緑に染められた腕章を取り出した。
「その間はこれを身に着けてくださいね?じゃないと守衛の方に摘み出されちゃいますから」
「気をつけよう」
魔術の扱えない私には縁のない場所であったが、ここに来られたのも妖刀のお陰だと思うと、いささか不思議な心境だ。
「良ければご案内しましょうか?」
「それは大変有り難い話だが、学長という立場は忙しいだろう」
学長という役割にどれだけの意味があるのかは分からないが、長と呼ばれるくらいなのだから任される仕事は多いのだろう。
「私もこれから休憩を取ろうとしていたところですから、気になさらないでください」
「貴重な時間を済まないな」
「ふふっ、それは言わないお約束ですよ」
随分と出来た人間だと感じる、人を纏める立場であればこれだけの度量は求められるのだろう。
「まずはこの学び舎、魔導学科は魔術の基礎から応用まで、他にも魔道具の製作や錬金術を学ぶことが出来ますよ」
「ふむ、魔術も錬金術も同じ魔導なのか?」
「はい、行われる事や求められる事に差異はありますが、どちらも魔法を再現する事を目的として開発された学術です」
『魔法』原初の魔族達が起こす奇跡の総称、その力は世界を繋ぐことさえ出来たという。
「魔法を導き出す学術、それが魔導学なのですよ」
「魔の祖に肩を並べようとしているのか、面白い」
「ええ、面白いですよ、貴方も学んでみませんか?」
「いずれ知識を得に門を潜るのも良いかもしれないな」
扱えない事を嘆く日が増える事になるかも知れないが。
「その日を楽しみにしていますね」
「ああ」
彼女と共に学び舎を歩いていると、熱意のある視線で見ている学生達を多く見かける。
相当に慕われているのだろう。
「あ、学長おはようございます!」
「はい、おはようございます」
「学長おはようございます!先日の助言のお陰で試験突破出来ました!」
「おはようございます、その調子で頑張ってくださいね」
日頃から学生達と真摯に接しているのだろう、負の視線を感じることが無い。
「隣の子って転入生ですか?」
「いいえ、こちら大事な物を運んできて下さった連盟員の方で、今は学園のご案内中ですよ」
「へー、学長直々なんて羨ましいなぁ」
頭を下げてどこかへ向かう学生達の背中をトリニティは見送ると、再び歩き出した。
「貴女には魔術だけでなく、人から慕われる魅力というモノを学ばせて貰いたいものだな」
いずれ将となり人を率いるのならば、武だけではなく求心力を鍛えねばならないのだろう。
「その言葉を紡げる貴方には十分な魅力があると思いますよ」
「そうだろうか」
今まで出会った人間には好意的に見てくれている者は確かに居たが、数で言えば恐れられる事の方が多かった。
「ただ、余りに真っ直ぐだと相手の心を貫いてしまう事もあるかもしれません」
「成る程、良い勉強になった」
その後生徒が普段使うという教室、魔道具を作る設備や錬金術を行う際に使われる大きな壺、魔術の練習が行える大規模な修練場を観て回った。
魔導学科の学び舎を出て、その向かいにある建物に入る。
「こちらは魔戦学科、戦闘に重きを置いた魔術や戦闘技能を学べますよ」
「確かに、武器を身に着けている者が多い」
リズが通っているのはこっちの方だろうか。
「トリニティ学長、こっちの校舎に来るのは珍しいですね」
「はい、こちらの方に学園の案内をしてさしあげようかと」
「案内、ですか……」
長髪の男が此方を見てくる。
背中には幅広の剣を背負いっているが、服装は他の学生と何ら変わりがないため、どこか不思議な格好だ。
「連盟員のアルマだ」
「魔戦学科のラヴェルです、宜しくね」
握手に応じると手の平の厚みがあるのがよく分かる、魔術に頼り切っているのではなくしっかりと鍛錬が積まれているようだ。
「広場で武器を使った模擬戦がもうすぐ始まるから、良ければ見てってね」
「それは楽しみだ」
「では、僕はこれで」
ラヴェルは軽く一礼をすると校舎の外の方へ歩いていった。
剣だけなのか魔術を交えたものかは未知だが、とても興味深い。
「先に広場の方を見に行きますか?」
「いや、建物の中が先でいい」
「分かりました」
案内されたのは生徒が座学を学ぶ教室、戦闘訓練などが行える武器用の場、大規模な魔術の行使が出来る場、そして的が並んだ射撃演習場であった。
「広いな」
的が並ぶ方を見てみれば多様な形の大きさの物があり、中には宙を自由に飛び回る的もあるようだ。
「ここではいい訓練が積めそうだ」
「良ければ射ってみませんか?」
「そうだな、弓は貸りられるだろうか」
「背負っている弓ではいけないのですか……?勿論お貸しも出来ますが」
「これは少し威力が強すぎてな、以前このような場で訓練をした時に怒られてしまった」
故郷の物はまだ良いだろうが、他所に来てまで壁に穴を開けるのは少し憚られる。
「ここでならその心配は要らないわよ、アルマ」




