記憶
それは、どこかで起きる現実であり
避けようのない悲劇であった
『ま、待ってくれ!頼む、殺さないでくれ!』
誰かの声がする、恐怖に震えた男の声だ。
『俺が悪かった!どうか命だけは……!』
命乞いをする者の声だ。
瞼を開くと見知らぬ建物の中だった、だというのにどこか懐かしさを感じる。
(この感覚は、夢か?)
自分が自分で無いような、どこか浮いているような、そんな感覚だ。
『金なら払う!女も用意してやる!だから……!』
声の方へ眼を向けると、頭頂部から前頭部の辺りまでを剃った長髪の男が地面に尻を着いていた。
男は左肩に傷を負っているのか手でその部分を押さえているが、指の隙間からは絶えず鮮血が溢れ出ししている。
どうにかしてその場から必死に起き上がろうとしているが、力が上手く入らないのか藻掻くだけに終わっている。
(あの男が身に着けている鎧、初代の物と似た形をしている……)
一つの仮定が浮かぶ、この夢は初代当主が暮らしていた世界なのではないだろうか。
男の視線の先に目を向ける、右手に鉈を持った大男が全身を血で濡らし男を見下ろしていた。
その表情は憤怒に満ちたような、憎悪に染まったような、悲愴に濡れたような、見ているだけで胸が詰まるような感覚になる。
大男は鉈が悲鳴を上げそうな程の力で持ち手を握りしめると、ゆっくりと倒れた男に近づいていく。
『ま、待て!この俺に手を出すと仲間が報復に来るぞ!それでもいいのか!』
『……』
男は脅しの言葉をぶつけるが大男はそれに耳を貸すことはなく、恐怖心を煽るかのようにゆっくりと近づいていき、鉈を高く振り上げる。
そして。
『や、やめ!……ゴォァ!』
男の頭部へ、凶刃が振り下ろされた。
鉈は顔の中程まで食い込み、血を噴出させる。
大男は血溜まりに沈んだ男を一瞥した後、こちらへ歩いてきた。
一瞬だけ警戒をしたが、大男はそのまま私の身体をすり抜けていった。
『俺が……、家を離れなければ、こんなことには……』
振り返ると見るも無残な女性と子供の亡骸がそこにはあった、表情は苦痛に満ちた状態で固まっており、恐らくは先程殺された男がそのようにしたのだろう。
大男が嗚咽を漏らしながら膝を着き、床を殴りつける。
何度も、何度も、皮膚が裂けその拳に血が滲み出すまでそれは続いた……。
大男は家の外に穴を掘ると二人の亡骸を丁寧に運び出し、そこへゆっくりと置き、穴が開いた六枚の硬貨らしき物を二人の手に握らせた。
『少し待っててくれよ』
亡骸の頬を優しく撫でてから、土を被せ埋め立てていく。
大男はどこからか平たく長い岩を持ち出し地面に突き立てると、そこに金槌と杭を用いて三人分の名前を掘った。
『最後の仕事だ』
大男は家に戻り男の亡骸を引きずり出してきた、そのまま別の建物まで運んでいくと金属の器に頭を凭させる。
そして頭部に食い込んだままであった鉈を引き抜き、男の首を切り落とし血を器に溜め始める。
炉に火を起こし、鉄のはさみで掴んだ金属を熱し始める。
紅く染まった金属を金鎚で叩き伸ばし、折り返し、叩き、熱してまた叩く。
その工程を何十、何百と繰り返す。
『おのれ、おのれ、おのれ……ッ!』
怒り、憎しみ、悲しみを込められた呪いが金槌の一振りごとに込められていく。
それは段々と刀の形へと変わっていった。
鍛冶師は土を血で溶き作り出した泥を、刀身の内側に塗り付ける。
炉に再び刀身を入れ赤くなるまで熱すると、鍛冶師は立ち上がり首の無くなった死体を蹴飛ばし、刀身を血溜まりの桶に漬ける。
熱によって血溜まりが沸き立つ、沸騰が収まり引き上げられた刀身には独特の反りが産まれていた。
鍛冶師は四角い石を持ってくると固まった泥を削りだし、湿らせた砥石に刀を滑らせると、荒れ狂う水辺のような波紋が浮かび上がる。
魔性の輝きを放つ、悲しくも美しい刀の原型が出来上がった。
鍛冶師は表面を布で拭い去ると、小型の金槌と四角い刃物で文字を書いていく。
『百鬼羅刹、俺の最後の刀……、多くの命を奪え、世に混沌を齎せ』
呪詛を刀に込めた鍛冶師は緩衝用の綺麗な布と綿を詰めた長い白木の箱に納めると、それを金床の上に置き短刀を以て外へ出た。
そして墓の前に座り、地面に手を着いた
『人を殺した俺は極楽には行けねえけどよ、せめてその手前までは見送らせてくれ』
鍛冶師の男は涙を溢れさせながら、短刀を自らの喉元に押し当てる。
『グゥっ……!』
そして、自ら喉を引き裂いた。
『チク……ショウっ!』
雨が降り出した。
――
「……っ!今のは……!」
見知らぬ場所、見知らぬ者達の悲惨な光景だった。
起き上がり、刀を見つめる。
「これの、記憶なのか?」
家族を殺された鍛冶師が鉈を使い報復を果たし、その亡骸を用いて刀を打った。
そして、最後には自らの喉を引き裂き命を絶った。
「やるせないな……」
恐らくはどこでも起こりうる話で、言ってしまえばただ運が悪かった。
鍛冶師の男が居合わせていれば、彼の家族を護る事は出来たのかもしれない
だがそうはならなかった、そんな悲劇なのだ。
「まだ暗い」
気絶していたようだが、まだあまり時間は経っていないようだ。
急いで村に戻り、埋葬用の道具を持って来た。
「魔物が寄り付かなかったのは幸いだった」
あの激闘の後で、血に誘き寄せられた魔物と戦うのは流石に面倒だ。
野盗が持っていた刀に、長めの布を巻き付け背中に背負う。
村から持ってきた袋の中から、魔術陣の描かれた紙を何枚か取り出し地面に並べる。
さらに液体の入った小瓶を取り出し、栓を開け紙に数滴づつ垂らし距離を取る。
紙に描かれた陣が光を放つ、すると置かれた地面が窪み周囲に土の山を作り出した。
そこに転がっていた亡骸達を運び入れ、新たに取り出した瓶から聖女が清めたという水を振りかける。
これを行うことにより肉体と魂が清められ、死体の魔物化や死霊化を防げるそうだ。
「これでいいだろう」
土を戻し穴を埋め終わる頃には、空が白み枝葉の隙間から光が差し始めていた。




